立ち塞がった敵を倒したら再びエドワードと共に奥へと向かって移動を再開する。時折坑道内部に響く亜竜の咆哮を頼りにすればどっちへ進めば良いのかというのは簡単に解る。故に亜竜の咆哮と遠くから聞こえてくる戦闘音を伝って坑道内部を進んでいくと、段々と坑道の気配が変わり始める。それまでは魔法等を使った採掘の痕跡があった普通の坑道であったが、整えられた土壁などが急に消え、細く続くくり抜かれたような穴へと道は変貌する。
坑道が細くなる前で、足を止めてエドワードが壁に触れる。
「これは……うーん、ワーム系統……かな?」
「ワーム……巨大なミミズですか?」
「そういう認識で良いよ。地中を掘り進んでいるモンスターなんだけど、肉食ではないから地上に出てくる事もないんだよね。ただそれが坑道とぶつかるのは珍しいね。基本的に人工物の類は忌避するし」
確認を終えたエドワードはま、と言葉を置く。
「考察は後にしたほうが良さそうだね。行こうか」
「はーい」
地中を掘り進んで天然の迷宮を生み出すモンスター……そんなのもいるんだなあ、なんて思いながら進んで行く。道中、罠や他のモンスターが出現するなどという事はなく、咆哮と衝撃が時折トンネル内部に響いてくる。頭上からパラパラと降り注ぐ土ぼこりが実はこれ、崩れるのかもしれないなんて恐怖を煽ってくる。流石の俺でも生き埋めになったらどうしようもないだろう。その事実がちょっとだけ怖い。
だがそれを乗り越えながら我慢強く進めば、再び変化の境目にまでやってくる。
ワームが掘ったであろうトンネルは何らかの構造物に衝突したのだ。
故にトンネルの先は、遺跡らしき場所へと通じていた。トンネルからゆっくりとエドワードと共に出てきながら辺りを見渡す。新鮮な破壊の痕跡を見ればどっちにモンスター人間と亜竜がいるのかが解るが、それよりもこの山の内部には遺跡があったという事実の方が驚きだった。
「遺跡……ですよね?」
「うん、それも相当古いのだよ。驚いたなぁ……神代の頃の遺跡かな、これは? 材質は普通だけど魔法保護されている? もしかして老朽化しないようにされている? なんて魔法を使ってるんだ」
呆然と、魅了されるようにエドワードが遺跡の壁に見入る。俺からしても繋がった遺跡には不思議なものを感じられた。青白い光を僅かに放つ壁は岩の様にも見えるが、触ってみると滑らかさに心地よい感じがする。どこから動力を調達しているのかは不明だが、時折白い線が壁の中を走り、奥へと向かっては戻ってくる。或いは動力はこの奥にあるのかもしれない。
「……もしや、亜竜はこの遺跡の守護者だったのかな?」
その言葉に視線をエドワードへと向けた。
「あるんですか、そういう事?」
「あるよ。特に龍関連の遺跡となると群れが存在してたりするよ」
だったら……俺が居た遺跡にも、守ってくれる亜竜とかは居たのだろうか? その事を少しだけ考えてから頭を横に振る。考えていてもしょうがない事は事実である。それよりも今は段々と規模が大きくなってきたこの事件、その真相を追う事の方が遥かに重要だ。視線を遺跡から外し、奥の方へと向ける。僅かにほの暗くなっている遺跡の通路は奥へと、どこかへと続いているのが見える。ただその闇の奥から、引き寄せられるような感覚がする。
……呼ばれているような気がする。
「エデン?」
「いえ……何でもありません。それよりも早く進まないと」
「あぁ、うん、そうだね。どうしても目移りしちゃうなあ……先にやるべき事を終わらせてから観光しよっか」
「そこ観光って言っちゃうんですか!?」
「ごめん、調査だね!」
テンションが露骨に高くなったエドワードの様子に呆れつつも、侵入者たちを追う為に遺跡の奥へと向かって踏み入る。破壊の痕跡だけではなく呼び込まれているような感覚に、迷う事はなかった。トラップや野生のモンスターの類はトンネルの中同様存在せず、どうやら相手は残してきた味方を信頼していた様だと思える。
……実際、俺やエドワードの様な反則的な能力持ちでなければ、大半の人間があのモンスター人間に殺されるだろう。それほどまでにあのモンスター達はチームとしての動きが完成されていた。願わくば野生のモンスターがあんな連携をとってきませんように。あんな動きを野生でやってくるならこの世は地獄だ。
こつこつこつ、と靴の音が反響する遺跡の中を進んで行く。時折残された破壊の痕跡が正しい道である事を証明するが、奥へと進めば進むほど胸がざわめく感触がする。奥で何かが待っているという確かな感触を胸に特に複雑な構造もしていない遺跡を進んで行く。
道中存在する扉の類は全て破壊され、そして壁にも戦闘の痕跡として燃えた形跡がある。それでも遺跡が崩壊する様な様子は見られず、構造体として頑丈な事を示していた。
「……」
「エデン、本当に大丈夫かい? 顔色が優れないよ」
「大丈夫ですよ、本当に。ただ……」
「ただ?」
奥を眺めながら言う。
「呼ばれている気がして……いえ、気のせいでしょう。すいません」
その言葉をエドワードは否定する。
「いや、君は僕と違って龍なんだ。ここが神代の遺跡か……或いは龍の遺跡だとすれば。もしかすると、君に関係があるのかもしれない。十分注意を払っておこう」
「ありがとうございます」
「気にしなくて良いよ」
そうは言ったが、結局、目的地へと到着するまで特に何かが起きる様な事はなかった。
多数の通路を抜けて到着する遺跡の奥、その通路壁に隠れるように身を寄せながら、通路の先から聞こえてくる破壊音に視線を向けた。最初の戦闘は俺がいきなり飛び出したのが原因で盛大に失敗したため、今度はちゃんと隠れることを覚えた。エドワードと共に通路の左右に展開しながら覗き込んだ先で見たのは激戦の様子だった。
まず、通路の先には広い空間が広がっていた。円形の部屋には多数の石柱と共に四角形の岩が多数、白い線を表面に走らせながら浮かんでいた。その中には亜竜が3頭存在し、また床には2頭の既に死んで動かない亜竜の姿もある。
それ以外にあったのは、モンスター達の姿だ。
先ほどにも見たオーガ、大きな盾で武装したのが1体、ハルバードで武装したのがもう1体。それとは別にキメラの様な姿をした、人よりも巨大なモンスターが1体存在している。それがそれぞれ散開しつつ亜竜への攻撃と防御のメインアタッカーとして役割を果たしている。その後ろに控えるのは弓や杖を持つモンスター達の存在であり、俺の知らない、見たことのない種が魔法を発動させたり、矢を放って亜竜達に牽制と状況のコントロールを行っている。最後に一体、上半身を鎧に包んだケンタウロスが存在するが……こいつは後方で腕を組みながら状況を俯瞰している。どうやら指揮官らしい。
聞こえない距離をキープしつつも、エドワードが魔法を使う。
「……良し、これでこっちの声は洩れない筈だ。魔法痕跡も周りがエーテルで満ちているおかげで隠しやすいし見られない限りはバレないよ」
壁に張り付いたままエドワードがそう言ってくるので、視線をまだしばらくは戦線が大丈夫そうな戦闘から外してエドワードへと向けた。
「さっきみたいに突入すれば今度は確実に死にますよね?」
「うん。流石にこの数の処理は無理かな……。ちょっと無謀というか、装備が整いすぎてる。動きも統制が取れていて無駄がない。ドラゴンハンターたち並に対竜戦術が出来ている辺り、見た目はアレでも中身はどっかの国の軍人だろうね」
「やっぱり、そう思いますか? ごろつきにしては動きが綺麗ですもんね」
「問題はどの国か、って所の特定が無理な事なんだけどね。自殺までしてくるとなると捕まえるのも至難の業だし、証拠だけ取ってサンクデルに伝えるぐらいが限界かな……とはいえ、ここで勝てなきゃ意味がないんだけど」
亜竜の咆哮が部屋を震わせる。レッサー種の亜竜はつまり、二足歩行で前足が小さいタイプの亜竜の事だ。背中から翼を生やして二足でも四足でも移動できるタイプの亜竜。残された3頭は今、2頭が壁を足場に走る事で攻撃を回避、撹乱しながら動き回り最後の1頭がブレスによる牽制を行う事で集団を近づけさせないように遅延戦闘を仕掛けている。だがその合間を縫うように剛弓と魔法が放たれ、少しずつ亜竜に対してダメージが入る。オーガとキメラが的確に牽制と妨害を行い続けているのが戦闘の肝だろう。
連中には一切状況を焦る様な様子を見せない。着実に、淡々と戦闘を進めている。それこそまさしく、処理するという言葉でも使うように。アレを崩すのは相当難しい事になるだろう。倒すとなると一気に全部巻き込んで呑み込むぐらいの破壊力が必要となってくる。そう、一気に殺しきるだけの火力が必要だ。
相手を全部殺すだけの……。
忘れる。
今は考えない。
「クリスタルガストで行きますか?」
「そうだね……たぶん僕たちで現状、彼らを即死に追い込める手段はそれだけだと思うけど、問題は一気に結晶化を進行させられない事だよね……出来ない?」
エドワードの言葉に首を傾げる。
「魔力を継続的に放射すればまあ、何とか出来ますけど……その場合、絶対気づかれますよ? 初手で気づくとは思いますし」
「魔力密度を上昇させて、濃度を上げる。その上でガストで一気に結晶進行させるのが僕たちの勝ち筋かな。問題は連中を処理した後の亜竜達の動きが見えない事だけかな」
「亜竜……」
翼ある竜たちが必死に吠えながら戦闘を行っている。そのフィールドは主にこの奥、反対側だ―――そして決して、反対側から此方へと向かおうとはしない。まるで敵の視線を遠ざけているようにさえ感じられる。いや、流石にそれは考え過ぎだろう。そこまで亜竜達が考えているようには思えない。ただやっぱ、亜竜を見ていると妙な気分になる。
どことなく安心する様な、そんな気持ちだ。同族意識でもあるのだろうか? それとも知っている人を見て安心する気分なのだろうか? どっちにしろ俺の心や記憶ではなく、体にある感情の様で……ちょっと、制御が付かない。だから軽く深呼吸をして、気持ちを抑える。自分がなんであろうと、根幹は決して変わらない。
「たぶん、大丈夫です」
「根拠は?」
エドワードの言葉に笑みを浮かべて答える。
「勘です」
「―――君のその勘を信じよう」
迷う事無く信じてくれた。エドワードのその信頼に感謝しつつ、ゆっくりと深呼吸をする。やる事は先ほどのクリスタルガストと一緒だ。俺の魔力をリソースに魔法を発動させる。そうする事によって魔法そのものに蝕みの効果を乗せるのだ。そうする事によって先制攻撃で相手に対して致命傷を与える事が出来る。そうなればひたすらイニシアチブを取得する事だけを考えて戦えば良い。こちらがずっと有利対面を取るように動けば勝手に自滅してくれる。
だがその時間が一番怖い。だから今回は一気に押し通す形になる。少なくともこれは完全なる奇襲になる筈だ。初手で封殺する事が出来れば良し、出来なければ―――相当辛い事になるだろう。
「魔法で相手をばばーっとやったらやっぱり俺がこの入口に立ちます?」
「それを頼むのは正直物凄い申し訳ないんだけどね。現状、君が入口を封鎖してくれるのが一番場持ちが良いんだよね……頼んでも良いかな?」
「お任せを。正直、連中の攻撃は何も怖くないですから」
見てる限り、あの龍殺しに匹敵する様な怖さを感じる様な事はない。少なくとも俺の鱗を貫けるような装備を持っている奴はいないように感じる。対龍装備と対竜装備はまた別ジャンルなのかもしれないと、振るっている武器を見て思う。あぁ、だけどそうか。そういう武器さえも装備できるのか、モンスター人間は。そう考えると相当厄介だ。
見る。
これから殺すであろう人達を。姿かたちは人の姿をしていなくても、これから殺すだろう者たちを。その行動は完全なるエゴイズムから来るものだ。仕事だから、領主の為にとか、生き延びなきゃいけないからとか……そういう風に逃げちゃ駄目だ。
手を汚す事、それを忘れないように。
拳を強く握って、魔力を込めた。
作戦、開始だ。
感想評価、ありがとうございます。
今回の話が終われば幼少期が終わり、思春期編に入ります。1話からの流れで幼少期編は文字数が大体ラノベ1冊ぐらいになりましたなー。丁度良い文量なのかなー。