TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

29 / 140
命の値段 Ⅹ

 他人の魔力を借りて魔法を放つ、というのはかなりのハイレベル技能だ。エドワードだからこそ出来る事でもある。つまりこの作戦は俺とエドワード、2人が存在して初めて成立する。だから俺も深呼吸をした。独学だが―――深呼吸は、龍にとって非常に重要な動作だと思っている。息を吸い込む事で大量のエーテルを体内に取り込み、それを一気に圧縮させて魔力へと変換し、それを身に纏う。そうする事で利用可能な魔力リソースを生み出す事が出来る。或いは圧縮させた魔力をそのままブレスとして吐き出す事も出来るだろう。

 

 問題は人間の体ではブレスが吐けないという事だろう。根本的な身体構造の違いから来る問題だ。

 

 だから出来るのはエドワード用に魔力リソースを捻出する事で、大量の魔力を一気に捻出すると、流石に桁違いの魔力の反応にモンスター達は気づく。

 

「なっ、上の奴らはやられたのか!?」

 

 驚愕の声と同時に魔法がリアクションとして放たれてくる。判断が恐ろしく早い。エリシアが殺した捨て犬共とはまるで違う。戸惑い、考える時間がほぼ存在せず、経験から自分が取るべき行動を素早く判断出来ている。だが魔力を纏った時点で俺の仕事はほぼ完了している。その為、盾になるように前に出て魔法を俺の身そのもので迎え撃つ。

 

 放たれる炎槍を拳で打ち砕く。敵の接近も同時に始まっている。ぼうっとしている時間などない。

 

「ふっ!」

 

 魔力を、渾身の力を込めるようにエドワードが放った。俺の背中越しに放たれる魔力は俺を回避しながら魔力の暴風となって結晶を混ぜながら吹き荒れる。完全なる奇襲となった先制攻撃を避ける術もなく、モンスター達が全身を暴風に打ちのめされる。結晶によって体を浅く刻まれながら、それが付着する。亜竜達は丁度反対側にいる為、暴風の影響は限りなく薄い。同時にオーガも2体ほど影響が薄い場所にいる。逆にキメラの方は此方の感知と共に後衛のカバーに入った影響でモロに暴風を受けている。

 

 来る。

 

「エデン、魔力をそのまま高めておいて。君の魔力を使って戦闘継続するから。相手の結晶化を加速させるよ」

 

「拝承です」

 

 深呼吸を忘れない。周りのエーテルを取り込んで自分の魔力へと変換しながら唯一の入り口をふさぐ。此方へと容赦のない矢と魔法の連弾が襲い掛かってくるのを、ただ拳を握って振るい、耐える。衝突する魔法も矢もこの体を傷つける様な事は出来ない。対龍装備か、極まった技量が存在しない限りは龍の鱗を裂く事は出来ない。だから恐れるものはなにもない。怖いのは自分の未熟でエドワードを傷つけてしまう事だ。だから覚悟を決めている。

 

 拳を振るう。まだ未熟な技量では完全に迎撃する事なんて出来ない体、体で受け止める。その度にロゼに借りた服がぼろぼろになって行く。それだけが心苦しい。というかそうか、帰りは俺がこのぼろぼろの姿で帰らなきゃいけないの控えめに言って地獄だな?

 

 どっかで服を調達したい……。

 

 そんな事を考えながら連続で魔法をエドワードが放ってゆく。その速度は本来エドワードが自分のリソースを使って使用する時に比べて遅いのはしょうがない話だ。だが複数の風の刃を展開するエドワードは広範囲に敵を押し返す事よりも、ピンポイントで魔法を放つ事で敵の動きのコントロールと狙撃に入る。風の刃と槍が入り乱れるように正面に展開され、真正面のみから敵の攻撃が通るようになる。

 

 必然的に、俺が出て来たキメラのターゲットとなる。ライオンの頭とヤギの頭、胴体はライオンのままで尾は蛇がになっている怪物。それが一瞬で蝙蝠の翼を広げて目の前まで飛び込んでくる。動きが早いが、俺が追い付ける範囲だ。

 

「邪魔だ」

 

「ふんっ」

 

 前足を振るうキメラの攻撃を片腕でガードする。魔力を込めた腕は衝撃を通すが、ダメージを一切通さない。片腕で踏ん張って堪えつつ魔力撃を開いているもう片手で放つ。目指すはキメラのライオン頭。解っていたようにライオンが大口をあけて噛みついてくる。ヤギの頭も頭を振るって角を突き刺しに、そして蛇の頭も毒の滴る牙を食い込ませに来る。

 

 だがキメラの攻撃はどれも体に刺さらない。毒は肌に触れても弾く。生物として見た目だけならキメラの方が上に見えるだろう。だけどこっちは龍だ。生物としての本質が違う。どれだけ見た目が怖くても中身の次元が違う。だからキメラの攻撃は一切の影響を与えず、こいつは自ら最悪な選択肢を取ってきた。

 

「噛み付いたな!? じゃあ死ねぇえええええ―――!!!」

 

「ぐ、お」

 

 噛まれた腕をそのままライオンの喉の中に突っ込んで舌を掴み、爪を突き立てるように指先を突っ込んで固定し、もう片手でヤギの頭の角を掴む。そのまま魔力を全身にみなぎらせ、周辺のエーテル全てを喰らうように深呼吸をし―――一気に魔力を流し込む。

 

 ぱきり、ぱきり。音を立てながらキメラが顔から結晶化する。驚愕の表情を浮かべるが、もはやどうしようもない。言葉を放とうとして口を開き、逃げようと足掻くが、全力での膂力でキメラの暴れる体を抑え込み、頭から尻尾まで全てを結晶化させ―――砕く。

 

 前線を抑えていたキメラが目の前で砕け散った。

 

 それを残されたモンスター達は呆然と眺めていた。

 

「なんだそっ―――!?」

 

 だが亜竜達は当然と言わんばかりに既に動いていた。二頭がオーガの注意が逸れた瞬間に部屋を挟み込む様に移動し、吐息を一気に吐き出した。炎の吐息が両側からモンスター達全体を燃やしにかかり、一瞬でモンスター体が阿鼻叫喚の地獄絵図へと叩き込まれる。オーガ達はともかく、後衛たちはそこまで頑丈な作りをしていなかったらしい。全身が燃えるのと同時に火消の為に魔法を使おうとして、

 

「―――チェック」

 

 その瞬間を見抜いたエドワードが魔法で狙撃した。風の刃が指揮官である筈のケンタウロスの首を刎ね飛ばし、結晶化が全身に回る前に即死させる。魔法の同時操作で同タイミングで3人を始末し、一気にモンスター側の均衡が崩壊する。だがこのわずかな時間の間にショックから回復しつつオーガも態勢を整えなおしている。味方の死を計算に入れ、全身を炎で焼かれながらも盾持ちが正面に立った。

 

「撤退するぞ!」

 

 足掻くのでもなく、何らかの成果を最低限取得する事も放棄し、撤退を選んだ。恐ろしく判断が早い相手だった。

 

「ぐるぅぅ……!」

 

 此方へと向けて撤退するように一列に並んで突貫してくる。それを先に亜竜が1頭、俺の正面に回るように―――まるで一切、襲われる事を心配しないような姿で立ちふさがり、オーガ達の突進に立ち向かう。突き進むように接近してくるオーガに対して姿勢を低くした亜竜が床を蹴って加速する。同時に左右に展開していた亜竜も後方斜めから襲い掛かるように突貫する。槍持ちオーガが盾の動きに合わせて正面の亜竜の処理に入ろうとして、

 

「だが駄目だ」

 

 スネア、足元を転ばせる魔法を発動させた。突貫する盾持ちのバランスを踏み込みの瞬間に崩す事で後続の動きを妨害し、浸食率を向上させる。盾持ちの両足が結晶化し転びながら動きが永遠に封じられる事になり、槍持ちが盾もなく身をさらされる。

 

 刺突、迷いのない一撃が盾持ちの屍を越えて放たれる。亜竜が僅かに身を逸らすとその鱗を削りながら槍が受け流される。そのまま接近する亜竜は正面からオーガの首筋にその強靭な顎で食らいつき、前足で両腕を抑え込んで食い千切った。

 

 鮮血が舞う。残された後衛が追いついた亜竜によって喰いつかれた。

 

 そこからはもはや蹂躙と呼べる光景だった。

 

 キメラを失った時点で戦闘の天秤は崩れた。絶妙なバランスで構築されていたモンスター側の戦闘は連携を前提とした動きであり、前衛の3体は作戦の肝だったのだろう。その一角であるキメラが一時抜けるならまだしも、死亡した事によって完全に抜けた事はもはや取り返しようのない損失だった。それを理解したオーガの判断は撤退であり逃亡だったが、それを効率的に行う為の指揮官も即死した。

 

 ブレインも、抑え役もいない。そして亜竜はいまだに健在。

 

 結晶化が全身に回る前に血飛沫が舞い、モンスター達が惨殺された。強靭な肉体と堅硬な鱗を持つ亜竜はこの龍の身程ではなくても、恐ろしく硬く生半可な攻撃ではダメージを与える事が出来ない。故に最大戦力を失った時点で勝敗は決した。

 

 残された全てのモンスター人間が始末され、死体だけが空間に残された。

 

 俺達と、亜竜の勝利だった。

 

「さて……気を抜いちゃ駄目だよエデン」

 

「うす、解ってます」

 

 ふぅ、と息を吐きながら正面を見る。

 

 広間中央でモンスター達を皆殺しにした3頭の亜竜がその場には残されている。もし、アレが普通の亜竜同様人類に対して敵対的であれば……今から、俺達はアレと戦わなくてはならない。結晶化と俺が気合で壁をやって即死させる以外に勝ち目は存在しないように見えるが、あの筋力が相手だと俺でも押し負けるかもしれない。いや、今の段階だと負けるだろうな……という感じはする。だからなるべく、戦わない事を祈っている。

 

「……っ」

 

 ごくり、と生唾を飲み込みながら数歩前に出る。それを認識する亜竜達は中央で此方へと視線を向ける。その動作はゆっくりとしたもので、警戒する様な様子は見せない。

 

 数歩、前に出る。亜竜達は此方を窺い、エドワードを窺い、そして俺を見た。亜竜達はそうやって俺を確認するとゆっくりと近づいてくるような姿を見せ、

 

 俺から数歩離れた場所で、

 

 その頭を、俺へと向けて下げた。敬うように、待ち望んでいたかのように、ぼろぼろの体を引きずるように俺の前で静かに頭を下げていた。その姿に亜竜達には闘争心がない事を証明していた。そんな亜竜達の姿を見て、視線を後ろのエドワードへと向けた。

 

「あ、あの、エドワード様」

 

「うん……どうしよっか、これ」

 

 流石のエドワードも予想外だったのか、或いは解っていても目の前の光景を信じられないのか酷く驚いている。だがエドワードが動くのを見て亜竜達が起き上がりそうになったのをわああー、と声を放って両手で抑えた。

 

「ストップ! ストップ! 止まって! エドワード様は俺を拾って育っててくれた人! 襲っちゃ駄目!」

 

「ぐるぅぅ……」

 

「くぅ……」

 

「ぅー」

 

 慌てて放った声に亜竜達は動きを止め、エドワードへと視線を向けてから俺へと視線を戻し、頭を頷く様に下げた。あぁ、良かった……言葉は通じるようだった。恐る恐る、手を前に伸ばしてみれば、亜竜はそれに抵抗しない。戦闘のせいか軽く熱の籠っている体はすべすべとしている。撫でるように亜竜の頭に軽く触れてから、放す。そのまま振り返り、エドワードを見る。

 

「なんか、凄い事になっちゃいましたね」

 

「うん、そうだね……僕も割と驚いているし、どうしよっかって悩んでるよ」

 

 腕を組み、悩まし気に俯くエドワードの表情はそこそこ珍しいものだ。エドワードが考え込むような事は多いが、本当に悩むような姿勢を見せる事はあまりない。判断力も高く、教養のある人物なので何時も選択と判断は素早く行っている人だ。それだけに目の前の状況は常識外すぎてエドワードでも判別がつかないのだろう。そう思ってエドワードを見ていると、横からちょこん、とせっつくような感触があった。

 

 視線を横に向ければ軽く頭で手を押してきた亜竜の姿があり、中央にいた亜竜が何やってんだてめぇ? と言わんばかりの睨みをそいつに向けていた。可哀そうなのでそいつの頭を軽く撫でてやると、目を細めながら犬か猫みたいに喉を鳴らし始めた。それを見ていた最後の1頭も近寄ってくるので開いている手で撫でてやる。

 

「おぉ……なんか、可愛いですねこいつら」

 

「僕としては長年の常識がここで崩れるのを感じている所なんだけどね……いやあ、人類の敵対種とはなんだったのか」

 

 諦めるような、頭痛を訴える様なそんな様子をエドワードは見せている。だけど今、目の前にいる亜竜達は決して俺に対して敵対する様な意思を見せない。というよりもペットみたいな可愛い感覚で接されるので、俺としては非常に困惑している。本当にこんな可愛い連中が人類とバチバチにやり合っているのか?

 

 うーん、でもさっきはモンスターとやり合ってたしな……。

 

 戦っている姿はどことなく恐ろしかったが、今はただ可愛いだけだな。そう思いながらどうしたもんか、と思っているとぼろぼろの服をくいくい、と引っ張られる感触がした。最初に撫でた子が服を軽く噛んで引っ張り、注意を得たら後ろへと数歩下がった。

 

「くるぅぅ」

 

 広間の奥、更に奥へと続く通路の前にそのまま下がって行き、そこで動きを止めた。

 

「ついて来い、って事なんでしょうか?」

 

「たぶん、そうなんだろうね。君が……龍が見ないといけない物があるんだろうね」

 

 故郷の遺跡の姿を思い出し、もしかしてここにも卵があるのかもしれない? なんて事を考える。きっと、俺以外にも生き残りがいるのかもしれない。そう思うと今度は俺が完全なるお姉ちゃんになる。グランヴィル家の食費も上がりそうで申し訳ないなぁ……。

 

「さ、行こうエデン。僕はちょっとどころかかなりわくわくしてるからね、今。早くこの奥にあるものを見たいんだ」

 

「欲望に素直ですね! いや、まあ、俺も気になってはいますけども!」

 

 はあ、と溜息を吐きながら歩き出せば先導するように亜竜達が前を歩き出す。一緒に歩き出しながら広間を出る前に、一度振り返る。

 

 残された大量の血と肉と死体。それを見て胸の中に感じる気持ち悪さとねばりつくような感情。それを静かに飲み込んで、目を閉じる。

 

「ごめんなさい」

 

 それを一度だけ告げてから視線を外し、早歩きで広間を出た。




 感想評価、ありがとうございます。

 亜竜、龍に対してはもはや犬とか猫とかそういうペットカテゴリーに入るレベルで懐く。見た目は違っていても本能的に誰が主だと解っている。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。