TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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命の値段 Ⅺ

 亜竜の先導に従い進んで行く。ここに来るまではそこそこ分岐があったりしたのだが、ここに来るとどうやら分岐の類は無しで真っすぐ奥へと向かって進むだけの様だ。通路はなだらかなスロープを見せており、どんどん地下へと向かって進んで行く。距離的には既に山の中心に入っている筈だ。そのまま山の中心奥深く、地下へと沈んでいる形だ。

 

 ただRPGをよく遊んだプレイヤーとしては、こういう分岐のある遺跡って行き止まりに宝箱があってマッピングしたくなるもんなんだよな。全部終わったら探索する時間ないかな? 遺跡そのものを見るのも割と楽しいと思うんだよな。

 

 まあ……今はそんな余裕はないが。少なくともリアが帰りを待っているのだ。無事な姿を何とか見せてあげないとならない。だから亜竜の先導に大人しく従い、進む。エドワードは辺りを楽しそうにきょろきょろと眺めているが、言葉はない。流石に亜竜を刺激しないように気を付けているのか。とはいえ、亜竜から悪意と言えるものは実際のところ、何も感じない。だから俺自身、心配の様なものは一切ない。

 

 そうやって数十分ひたすら地下へと向かって進んでいると、漸く通路の終わりへとやってくる。亜竜が3頭横並びになっても余裕のある広い通路はまるでもっと大きな生物を通す為の様にさえ感じられた……所々、人間に配慮した様な形をしている気がした。そもそもを言えば神々の姿が人の姿をしているという所もある。人間という形には、意味があった? 或いは特別な何かがあったのだろうか? そんな事を考えつつ到達した通路の終わり、亜竜達は左右に分かれる。その先に見えるのは一つの巨大な扉だった。

 

「……」

 

 何かを訴えるように視線を送ってくる亜竜達に首を傾げる。

 

「開けろ……って事ですかね?」

 

「みたいだね?」

 

 恐る恐る、という様子でエドワードが前に出ると亜竜達は横へと退いた。完全に俺に従っているように見える。扉に触れ、軽くノックし、調べるようにそのまま手を扉に滑らせるが、エドワードは後ろへと直ぐに下がった。

 

「駄目だね。材質も不明だし、特殊なロックがかかってる。多分これ、設定された魔力以外を弾くプロテクトがかかってるよ。古代文明の技術の中には認証魔力以外を通さないプロテクトが存在するんだけど……多分それだね」

 

「となるとこの子達でもここは開けられないんですかね?」

 

「となるかなー?」

 

 亜竜へと視線を向ければ、申し訳なさそうに頭を下げた。べ、別に責めてる訳じゃないんだぜ……? いや、本当に。ただそれはそれとして、この奥に俺に見せるべきものがあるというのがこの亜竜達の考えなのだろう。恐らくは俺にしか開けられない扉。となると龍にしか開けられない扉という事になるのだろう。それを意識してエドワードと入れ替わるように扉の前に立ち、軽く胸を押さえて深呼吸をする。

 

 それからゆっくりと扉に手を触れ―――魔力を込めた。

 

 本来であれば浄化と蝕みという二種の結果を発揮する魔力だが、この扉に対してはその影響を見せる事はなかった。その代わりに白と黒の魔力を吸い上げた扉は幾何学模様を描く。扉全体を文様が埋め尽くすと、僅かに壁や床へと模様が広がり、そのまま遺跡の中を巡るように広がって行く。

 

 後ろへと数歩下がりながら変化を眺めれば、扉がゆっくりと開き始めるのが見えた。中から吹いてくる風を感じて軽く顔を手で守る。それから数秒間、舞いあげられた埃を手で掃っていると風がその全てを外へと流し去った。エドワードが魔法によって埃を掃ってくれたらしい。感謝しようと振り返ろうとしたが、その前に視界に入ったもので動きと言葉を失った。

 

 それは美しいものだった。

 

 人の数倍―――十倍近い大きさをしている。

 

 その全ては透き通るような青い色をしている。巨大な骨格という形状を取り、穏やかに永劫の長い時を過ごしてきたように鎮座している。ただ1つ、巨大な部屋の中央に身を丸め、眠り続けるように姿を見せている。呆然と見上げながらも胸に到来するのは郷愁と寂しさ、そして喜び。言葉には出来ない切なさが見た瞬間自分を襲う。

 

 一歩、二歩、近づく様に踏み出し、眠り続ける姿を見上げた。

 

「そっか……俺がこの地に流れ着いたのは君のおかげだったのかな」

 

 そして目の前に広がるのは、巨大な龍の骨だった。

 

 悠久を生き、そして眠りについた存在。その姿は骨となり、そして骨は高密度の魔力によって結晶化されていた。龍殺し達に見つかる事もなく、殺される事もなく、自分から眠りについた偉大な先人、同胞の姿がそこにはあった。龍―――龍だ。一目見ればそれが亜竜ではないと解る。言葉を失うほどの存在感、そして心に満ちる同胞への想い。それはこの世の誰と出会った時とも違う不思議な理解だった。

 

「驚いた……資料では見た事があったけど、これは龍の墓か」

 

「龍の、墓?」

 

 振り返り視線をエドワードへと向けると、エドワードはうん、と言葉を置いて頷いた。

 

「かつて龍殺し達と壮絶な殺し合いを果たしたという龍達……今となってはその信憑性も怪しいけど、その龍たちも何もかもが龍殺し達に殺された訳じゃないんだ。今、目の前で見る龍の様に……どこかで静かに、墓の奥底で眠り続けるように死んでいる、そういう姿も良く見つかったそうなんだよ」

 

 エドワードはそこまで口にすると腕を組んで軽く足で床を叩いた。

 

「超高密度で質の非常に高い魔力は容易く結晶化するんだ。これは学説的に証明されている事でね。高等触媒として利用される高級品なんだ。だけど龍そのものが超高密度魔力を生成する生き物でしょ? だから龍の死後、残された魔力は皮や肉から圧縮されて骨の中へと移り……死後、圧縮された魔力が骨そのものを結晶化させるって話なんだけど……」

 

 今、目の前にある龍の死体はまさにその学説を証明するものだった。恐らくはこの龍の魔力なのだろう。それが骨と結合して結晶化させている。色は違うが、起きている事は俺の結晶化と似たような結果だ。

 

 数歩、更に近づく様に踏み出して見上げる。

 

 この龍は……数えきれない年月をずっとここで過ごしてきたのだろうか? だとしたら、どれだけの孤独を過ごして来たのだろうか。ただ、漸く会えた同胞、同族がこうやって既に死んでいるのを見ると、

 

「やっぱり、絶滅しちゃったのかな……」

 

「……」

 

 そんな呟きをエドワードは聞いていても、何も言えずにいた。卑怯な事を口にしてしまった。そう思った途端、

 

おぉ……懐かしき……気配よ……。同胞の……気配よ……

 

「っ!」

 

「え!?」

 

 突如、部屋に轟くような声が脳内に響いた。それは間違いなく声量で部屋を震わせているのに、脳内に直接、不快感もなく聞こえてくる老人の声だった。そしてその声の主は朽ちているはずの龍の死体から来るものだった。視線を龍の死体へと向けても動きはない。だが結晶化しているその骨は、魂が宿っているかのように僅かに煌めいている。

 

「も、もしかして……お爺ちゃん、生きている?」

 

は、は、は……否、否……この身は……朽ちし……もの。されど、長き……長き眠りに……あった。……惑う……同胞……何時か、巡り……会える……その時を……待って

 

 笑う様な龍の言葉には優しさがあった。優しく、見守り、愛でる、そんな感情を込めた声だった。

 

「じゃあ、やっぱり皆は」

 

我ら……龍は……滅ぶ事を……自ら、選んだ

 

 龍の放った言葉、それはソフィーヤが語ろうとしなかった言葉、その続きだった。それに反応したのはエドワードだった。

 

「待ってください! 偉大なる先達、大いなる自然の支配者よ! その言葉はつまり、龍の絶滅は自らの意思で行われたという事ですか!」

 

 エドワードの言葉に龍は嫌悪感を見せず、子を見守る親の様な声色で答える。

 

然り。我らは己の意思で、滅びを……選んだ。故に、決して神々を……怨んでは、ならぬ。多くの……同胞は……怨む事を、望まない。我らは……我らの意思で、滅びを……選んだ。ならば……どうして、怨めようか

 

「―――」

 

 語られる歴史、その全てを完全否定する様な言葉にエドワードは絶句するも、自分の知らぬ真実がある事に同時に興奮しているようにも思える。だけど龍の言葉はソフィーヤの言葉を肯定し、同時にその態度を肯定するものだった。龍が自分から滅びを選んだのであれば、ソフィーヤはきっとそれに対して何か……申し訳なさの様な、そんな感情を抱いているのだろう。今まで進行を後回しにして何も考えてこなかったが……もうちょっと向き合ってみるべきなのかもしれない。

 

 片手をぎゅっと、胸を抑えるように固める。

 

「なら、なら! 教えてくれよ! 俺は、俺は何のために起きたんだ! 何のために起こされたんだ! 何のために起きた直後に殺されかけたんだ! 教えてくれよ! ソフィーヤは何も答えてくれないんだ……」

 

「エデン……」

 

 この1年で溜め込んだ疑問を吐き出す。

 

最も新しき……幼き……最後の同胞よ……

 

 それに老龍は優しく応えてくれる。

 

正しい答えなど……ないのだ……答えは……己で見出せねば……ならぬ

 

「どうして」

 

神々にも、事情が……あるのだ、幼子よ

 

 もはや動く事のないただの結晶だ。だがその声の色は優しく慰める様で、

 

我も……全てを語るには……時間が足りぬ。だが、恐れるな。まだ……道は残されている……。探すが良い……求めるが良い……まだ、暴かれぬ墓は多い……多くの道標が……幼子の為に……残されていよう

 

「―――龍も神々も最初からこの状況を見据えていた? エデンの為に墓や遺物を残しているのか……?」

 

 思考に埋没する様なエドワードの呟き。しかしそれを肯定する様な気配が龍には存在していた。

 最初からこうなる事が解っていて、俺が訪れる事を前提として多くを残しているなら……最初から、俺が求められていた?

 

 だけど、何で? どうして? 疑問は多く残る。

 

 だというのに、老龍の輝きは段々と失われつつあった。

 

「待って、行かないで」

 

案ずるな幼子よ……同胞を知る者はまだ……いる

 

 落ち着かせるように、安心させるような声が部屋に響く。

 

古より我らを奉ずる一族がまだ……世のどこかにある。我らの足跡を、求めよ……。その小さな翼……大きく広げ、何時か……飛び立つと良い……

 

 徐々に弱まる老龍の光、それが最後に強く輝く。

 

世界をまだ知らぬ幼子よ……最後に力の使い方を、教えてやろう……!

 

 温もりを求めるように手を前に伸ばす。最後に強く輝く老龍の身が溶けて行く。だが純粋な光となった老龍の姿はイメージとなり、伸ばした手の先から体に流れ込んでくる。それまでは自分の中ではバラバラだった力の使い方が―――魔力の使い方、その正しいコントロール方法が直接語られるように自分の中へと流れ込んでくる。それと同時に遺跡の構造や情報も流れ込んでくる。最後に心配する老龍が形見分けする様に、龍によって残されたものが受け継がれた。

 

 手を伸ばし続けて数秒後、部屋の中に存在していた老龍の遺骨は消え去り、安置されていた部屋にはもう、何も残されていなかった。

 

 老龍が消え去ってからも数秒間、虚空に手を伸ばしたまま動きを止めていると、後ろからエドワードがやって来た。そのまま言葉を放つわけでもなく後ろから頭を撫でて、抱きしめてくる。

 

「君が、どういう孤独を感じているかはきっと僕には理解できないだろう。だけど忘れないで欲しい。僕も、エリシアも君をもう一人の娘の様に思っているし、リアだって君の事をお姉ちゃんの様に思っているって。グランヴィル家は君を家族の様に思っている、って事を」

 

「……はい」

 

 嬉しくて、悲しくて、切ない気持ちだった。

 

 老龍の出会いと別れ……その時間は恐ろしく短いけど濃密なものだった。その時俺が感じたのはどうしようもない喜びと、最後に残されてしまったという悲しみだった。俺が最後である事が本当に解ってしまったし、龍の滅亡には何らかの裏事情があるのも理解出来た。だけど俺は残されるばかり、絶対に同じ時間を生きる事は出来ないんだ……そういう悲しみが常に存在した。

 

 それがどうしようもなく悲しくて……俺の家族はグランヴィル家だけなんだな、と解った。

 

 それでも、老龍の、同胞の優しさという物は強く感じられた。

 

 あの老龍は死んでからずっと……俺の事を待っていてくれたんだ。ずっとずっとずっと、この日が来るまでずっと。何百年、何千年かは解らない。だけど少しでも語り合う為だけにずっと孤独の時間をここで過ごしてきたんだ。

 

 だから改めてもはや何もない部屋に対して敬意を払うように目を閉じた。

 

 俺が思っていたよりも、古い同胞は―――悠久の王は、偉大だったのだ。




 感想評価、ありがとうございます。

 人の命の値段、悪党の命の値段、龍の命の値段。死ねば全部一緒だけど敬意や扱いは変わってくる。立場や行いで命の値段なんてころころと変わる世界。当然と言えば当然だけども……。

 えでんは まりょくの つかいかたを じっじから けいしょうした!

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