「これが……龍の遺産かぁ」
「うーん、マジックアイテムの宝庫だ。僕の様な学者肌には宝の山だよ、これは」
そう言いながら俺とエドワードで扉の向こう側に広がっている空間を見た。そこには棚や台座に整理された道具や武器の数々が展示されていた。数はそう多くはない。だがどれもが古く、そして価値のある物の様に見えた。その大半は俺には使い方が解らないが……それでもその全てが、俺の為に残されたものだと思うと少し、複雑な気分になる。
老龍から継承したのは決して力―――俺が苦手としていた、魔力の使い方だけではない。この遺跡の構造、役割、使い方、そしてここにあるもの、残された物に関する軽度の知識だった。老龍は遠い未来、何時か再び龍がこの世に出現する場合何も残されていない同胞が可哀そうだと思い、その遺産の一部を墓に一緒に埋葬した。だからこれは宝物庫である様で、同時に埋葬品でもあり、倉庫でもあった。あの老龍が俺の為に、俺がこれから生きて行く為に少しでも力になるように残した遺品の数々だった。
不思議な力を込められた物品が多く、その大半が人のサイズで扱うものだ。不思議だ、龍はあんなに大きいのに道具の数々は人のサイズの物ばかりだ。或いは、古代の龍たちは俺の様に人の姿に変化出来たのかもしれない。龍の姿、生きるのに滅茶苦茶不便そうだし。
ただ、倉庫にずらりと並べられている物を見ると少し困った。
「これ、持ち出すのに相当苦労しそうですね」
「うーん、その心配はいらなそうだよ」
どうやって持ち出そうかと頭を悩ませようとしたところ、即座にエドワードが言葉を否定して、ショルダーバッグを持ってきてくれた。シンプルなデザインのショルダーバッグは背負いやすくできているが、その中にエドワードがおもむろに近くにあった高そうな剣を突っ込んだ。
「うおっ、て全部入っちゃった」
「ディメンションバッグだね。それも遺跡とかから出土する相当レアなタイプ」
「ディメンションバッグ……? ニュアンスはなんとなく伝わりますけど」
「まあ、見れば解るけど見た目以上に物が入る携帯倉庫だよ。これは、最高ランクの物だね。流石龍の遺産という奴だ」
つまり解りやすく言えばインベントリとかアイテムバッグとかそういうジャンルの奴だ。良くゲームにある鞄とかそういうコマンドの奴。無限に入る訳じゃないが、最高ランクというには恐ろしいぐらいものが入るのだろう。エドワードはこの倉庫にあるものだったら全部入れて持って帰れると言うが、
「これ、取り出す時はどうするんですか?」
「これを使うんだよ」
そう言ってバッグに引っかかっていた指輪を此方に渡してくる。それを人差し指に装着しながら掲げてデザインを確認してみる……デザインはただのシルバーリングの様にしか見えないが……細かく見てみれば、文様が表面に刻まれているのが解る。
「その指輪はバッグと連動していてね、その指輪を付けている時に中に入れたものを想像すれば手元にアポートする事が出来るよ」
「ほえー……あ、本当だ」
先ほどエドワードが入れた剣を思い浮かべると手元にそれが現れた。成程、確かにこれは便利だ。
「ディメンションバッグは構造も技術も解析されてるから実は廉価品が既に出回ってるんだけどね、遺跡から出てくるタイプはコピー不可能な超高性能品なんだよ。まあ、その分お値段も物凄い事になってるんだけど……最上位の冒険者とかにとっては必需品なんだよねぇ」
「そこまでインフレするとちょっと訳が分からなくなりますね……」
まあ、解るのは倉庫内の物を持ち帰る事に苦労する事はない、という事だろう。ただそれはそれとして、倉庫内にある物品はかなり雑多で何がどういう効果を及ぼすのかが知識込みでも解りづらい。何せ、その数がそれなりにあるのだ、時間をかけて見聞しないとどれがどれかは解らないだろう。ただ、ざっと確認する限り高価に見える宝石の類も置いてあるのだ。
「これ、売ったらグランヴィル家の財政……」
「断言するけど、出所を聞かれるし盗掘扱いされるよ。大人しくエデンが有効活用すると良いよ」
「はーい……」
売れそうなものは売ってグランヴィル家のお金にすれば少しは生活が豊かになるんじゃないかと思ったが……そんな事はなかった。そうだ、そりゃそうだ。ここはサンクデルの土地なのだから、ここから出土した遺跡も宝もサンクデルから持ち帰る許可が出ない限りはサンクデルに所有権が存在している。
「……アレ、これって盗掘なんじゃ」
「そうだよー?」
さも当然のように肯定するエドワードの発言にぎょっとするが、エドワードは苦笑しながら話を続けた。
「いやはや……流石にこの状況で盗品になるから持ち帰っちゃ駄目だよ……なんて言うのはちょっと正気じゃないと思うな。少なくとも僕は先ほどの老龍と君の間に交わされた話を聞いて、この所有権は正しく君にあるし、君が受け継ぐべきだと思った。法律上は確かにサンクデルに所有権があるだろうけど……それ以上に、これは君の為に用意された宝なんだ。誰よりも君が持ち帰るべきだと思うよ」
エドワードの言葉に深く、頭を下げる。
「ありがとうございます」
「君の正当なる財産だ。感謝する必要もないだろう。それよりもほら、まだやる事はあるんだからさっさとしまっちゃおう」
「あ、そうでしたね」
バッグの口を大きく開けてエドワードが構えた。それに向けて俺が倉庫内の遺産を片っ端から投げ込んで行く。走って集めて投げ込む。多分これが一番早いと思います。
実際十分もすればバッグの中へと全てをしまう事が出来た。これでとりあえず遺産の回収は完了した。その鑑定と詳細なチェックは後日、暇なときにエドワードとゆっくりやるとして、今度はサンクデルの依頼の部分を完了させなきゃならない。つまりはあの亜竜達をこの鉱山から追い出す事だ。
倉庫の外を見れば、3頭の亜竜達が入口付近でぎゅうぎゅう詰めになりながらお仕事ないー? という感じに眺めてきている。あの可愛らしい生き物を殺して処理する、というのはもう今の俺には不可能に近いだろう。殺すだけなら可能だが……それを願う事は俺にはもう無理だ。だが幸い、その代替案は存在した。
既にモンスター人間が亜竜を2体殺している。だからその角を証拠として持ち帰るのだ。そして残された3頭にはこの地を去って貰う。それしか解決策が自分には見つからなかった。だから倉庫を出たところで亜竜の前に出た。3頭とも、仕事はなにかある? と目で訴えてきている所があるから、軽く手を伸ばして3頭の頭を順番に撫でた。
「俺の言う事、聞いてくれる?」
「くるぅぁぅ」
「くるるぅぅ」
「くぅ」
小さく鳴いて頭を頷かせる。賢く、そして本来は穏やかな性質を持っているのだろう。だから良いか、と言葉を置く。
「俺も、爺さんも、人を恨んじゃいない。解るよな?」
頷きが返ってくる。だから言葉を続ける。
「だからお前らが人と戦う必要はないんだ。俺も、穏やかで優しい日々の方が大好きだ。だからお前たちも、人に関わらず、恨む必要なく穏やかに……静かに暮らして良いんだ。君たちを墓守の任から解放する……うわ、うぉっととと、ははは」
人を傷つけないで、それは悪い事だから。そう伝えると亜竜達は感謝と、そして幸運を祈るように軽く頭突きし、頭を寄せて擦りつけてくる。人懐っこい犬たちの様で、可愛らしいその姿を存分に撫でて愛でてから……解放する。この遺跡には亜竜達の為の外へ繋がる通路が山中に隠されている。そこを通して亜竜達は山を去るだろう。去って行く亜竜達は名残惜しそうに何度も振り返るが、それを見送って―――別れを告げる。
これで遺跡にあったものは全て去った。これで残されたのは侵入者のローブとその死体ぐらいだが……正直、服は上が相当ぼろぼろになっているので、服の代わりに此方を着させてもらう。一応倉庫の中には服っぽいものもあったのだが、効果も解らないものを使うのは正直色々と怖い。なのでローブを着用してぼろぼろの服を隠して、終わり。
山を去る時が来た。
「お、馬車は無事だったみたいですね」
「僕たちの馬も無事だね」
空へと視線を見上げれば山の上を旋回する亜竜達が別れるように飛翔して行く。また何時か、どこかへと旅に出た時会えればいいな、と思いながら視線を地上へと戻す。馬の様子を確認したエドワードが手綱を木から外すと、今度は馬を馬車へと繋げる。
「帰りは余裕をもって帰れそうだねぇ」
「先に知らせを送る方法はあるんですか?」
「ないよ。帰りは遅れるって解ってるし、まあ半日ぐらい遅れたって大丈夫さ」
アンデッドホースはちょっと生気を欲しそうな顔をしているので、有り余っている俺の生気を分けてやる事にする。アンデッドホースの前に回って軽く手を差し出すと、そっからライフドレインで体力を吸い取ってくるが正直、俺はそれで疲れというものを感じないし、数秒程で満腹で幸せという表情を見せてくる。こいつ、本当にちゃんと食ってるのか? と心配になるぐらいには食が細い。或いは俺の生気の密度が濃いのかもしれないが。
「帰り道も安全に頼むぞウマ公」
「……」
カタカタと体の骨を揺らしてアンデッドホースが応える。まあ、この様子なら大丈夫だろう。馬を放置して馬車の荷台へと転がり込む……元々はあのモンスター人間たちが遺跡で探していた何かを持ち帰る為の馬車だからか、非常に広く作られており、数人寝転がっても余裕がある程のスペースがあった。これ、サンクデルに証拠提出で渡さなきゃいけないんだろうけどウチに欲しいなあ……。いや、何時だって資産に飢えているのは事実なのだ。だってグランヴィル家貧乏だし。
「あ、少し待っててねエデン。今罠とかないか確認しておくから」
「あるんですか、そんなの?」
「盗難対策にね。あぁ、やっぱりあった。何個かあるからサクッと解除するからそのままでいいよ」
馬車から降りようとしたらそう言ってエドワードが止めてくるので、言葉に甘える事にする。ふぅ、と息を吐きながら馬車の荷台、その床に座り込む。広いスペースを今占領するのは俺1人で、他には何もない。本来であれば今日、ここに訪れたモンスター人間達が帰るのに使ったのだろうが……今は誰一人として生き残ってはいない。だから、今は俺とエドワードしかいない。
ふと、手を見る。人と同じ形をしているが、その本質は違う。老龍から継承した知恵を得た事でそれが増々良く解るようになった。
そして残る、殺した感触。
結晶化する人の恐怖。憎悪。絶望。僅かな希望が潰える感覚。その全てが結晶を通して感じ取れた。結晶化によって殺すのはどっちかというと捕食に近い感触だったかもしれない。アレは……俺の魔力なのだ、俺の一部だ。だから良くモンスター達の恐怖を感じられた。それがどうしようもなく気持ち悪くて、苦しくて、そして怖かった。何時か平気な顔をして喰い殺せるようになってしまうのだろうか? 何も感じずに淡々と人を殺すようになってしまうのだろうか?
殺す事に何も思わず、葛藤もせずに戦うようになるのだろうか?
そんなの嫌だ……。
そんな俺になりたくない。
だけど、世界はそう優しくはない。自分の命を守るためには他人の命を奪う必要がある。今日みたいに、殺す事を強要してくる状況だって何度もやってくるかもしれない。だから本当は迷っててはいけないのだろう。だけど……殺す事に、慣れたいとは思えなかった。
どうしてアイツらはここに来たのだろう。来なければ殺す事もなかったのに。
「―――うん?」
何か、何かが思考に引っかかった。何か今思考の隅に引っかかった感じがした。今考えてたのはなぜ、モンスター人間たちがここに来たか、という話だ。その理由は不明だ。連中は遺跡の奥へと入り込み、亜竜達と戦っていた。あの亜竜達は墓守でありこの遺跡の守護を担っていた。故に侵入者であるモンスター人間と戦うのは必然だ。逆に言えば侵入しなければ戦う事もなかった。
「……エドワード様ー」
「うん? どうした?」
「ここの遺跡って領主さまは知らないんですよね?」
「そうだねぇ。知ってたら鉱山を封鎖して中央から学者がいっぱいやってくるしね」
「成程……成程?」
となると増々不思議な話になってくるぞ、と気が付いた。
これ、因果関係滅茶苦茶になってない?
亜竜は遺跡に近づき、侵入しない限りは人を襲わない。それが彼らの役割だったからだ。だから鉱山の亜竜出没は遺跡への侵入者が発生したのが原因だと見て良い。もしこれが遺跡発見に伴う亜竜の出現だったら、エドワードの言う通り中央から学者やら確実性を求めて討伐のプロフェッショナルを招致していただろう。だがそうしなかったという事は、単純な亜竜被害だと思っていたという事になる。つまり亜竜が鉱山に出たのはモンスター人間が侵入したからだろう。
だが考えてみたら鉱山と遺跡はワームの削ったトンネルによって直結していた。つまり鉱山から遺跡へと入るルートは俺とエドワードが到着している時点では存在していた。だけどサンクデルは遺跡の存在を知らず、そして亜竜被害にあっただけだ。エドワードが信頼している人物が嘘をつくような事をするとは到底思えない。つまりサンクデル側の主張、亜竜被害としか見ていないという点は真実になるだろうと思う。
だったらモンスター人間が最初の被害の時点で侵入したのか? だとすれば遺跡が無事な時点でおかしい。もしその時点で侵入者がいたとすれば死体なり、侵入者の痕跡なり、何らかの跡があるはずだ。だというのに俺達はその一切を見ていない。確認できているのは今回のモンスター人間だけだ。そしてそいつらと亜竜は死ぬまで殺し合っていた。つまり亜竜に殺されるか、逃げ切るかでしか結果は出ないのだ。
―――話を簡単に纏めよう。
それが今、認識出来てしまった。全く知らない、解らない、理解できない。謎の人物が今回の事件、その盤面に登場したのだ。
そしてそいつが恐らく最初の亜竜被害の時には存在せず、そして今は存在するワームのトンネルを掘ったやつだろうと思う。少なくともサンクデルが報告を受けた時には存在しなかったこのトンネルは、空白期間の間に用意された。
何か、見えない所で動き出す感覚に俺は少し……背筋にゾッとした悪寒を感じた。
感想評価、ありがとうございます。
そりゃあ財宝の主権は管理者であるサンクデルのものだし、国が調査に入れば財宝は全部国の宝物庫に入るんだけど、正当なる所有者はエデンなのでエドワードはそこら辺を法よりも重視してる。
何よりも龍時代の遺物を研究できるからやっぱ独占したい。それを売るなんてとんでもない!
Sionさんから今度はグローリアの立ち絵を頂きました! うーん、これはロゼ抹殺まで1秒前の景色……!
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