TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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エピローグ Ⅱ

 ―――首を掴まれた。

 

「忘れるな。お前だ」

 

 そいつは体の右半身が黒い結晶に覆われていた。見覚えがある。俺が殺した男の1人だった。そしてそれを自覚したからそれが夢だと即座に解ってしまった。気づけば浅く張った血の水たまりの中に裸足で立っていた。白いワンピースを着用し、歩くたびに血が跳ねてワンピースが赤く染まって行く。その中を這って近づいてくる姿がある。

 

 俺が殺した奴だ。生き残るために殺した奴の姿だ。それが血を掻き分けながら進んでくる。俺へと向かって手を伸ばして。

 

「お前が、殺した」

 

「あぁ、そうだな。殺したんだ……俺が」

 

 生きる為に、相手を殺す。その罪悪感が今目の前にあった。追いついてきた男は血だらけの手を伸ばして首を絞めてくる。だけどそこに息苦しさはない。俺が強すぎて、俺の体が特別過ぎて、そういう苦しみを感じられなかった。ただ伸ばされた手から滴る血が俺の体を赤く染めて行く。白い肌も、白い髪も、白いワンピースも。全部赤く染めて行く。

 

「忘れるな」

 

 足元から声がする。狼だ、狼のモンスターがいる。這うように結晶化した半身を引きずって両足に噛みついてくる。痛みも何も感じない行動だが、それでも的確に心だけは抉って行く。あぁ、そうだ……これはきっと悪夢だ。悪い夢だ……俺が夢で見る心の中だ。俺の罪悪感なのだろう。きっと殺せば殺すだけ忘れられない悪夢の住人が増えて行くのだろう。俺の白い体も返り血でもっと赤く染まって行くのだろう。

 

 物理的な苦しみは一切感じなかった。だから体をなすがまま、貪られるように攻められる。だけど痛みも何も感じず―――心だけが痛みを訴えた。現代日本で育て上げた心が、人を殺してはいけないという当然でしかない考え方が……この世界では通じないから。だから苦しい。気持ち悪い。心が痛い。体は全く何も感じられないのに。嬲られても何をされてもきっと、影響すらないだろうに。

 

 だからひたすら、心に杭を突き刺される。永劫抜けない杭を。きっと、これからも増え続ける杭を。この世界は優しいようで、残酷だ。現代にある様な殺してはいけないという考えが働かないから。生きる為に殺す事は当然という法則で生きているから。

 

 生かす為、生きる為にこれからも殺し続けるであろうから―――きっと、ここはもっと、賑やかになる。

 

「―――あぁ、気持ち悪い」

 

 言葉を吐き出すのと同時に現実に目覚めた。目を開けば領主の屋敷、そのベッドの上に横たわっている。何か普通と違う事があるとすれば、両側をロゼとリアに抑えられている事だろうか。悪夢を見たのはこの2人にがっちりホールドされた寝苦しさが原因の一旦なのかもしれない。しかし、彼女達も戻ってきた俺が服装がもはやぼろきれという状態だったのを見て気が気ではなかったのだ。折角の友達、そして姉替わりがぼろぼろの状態で帰ってきたのだ。そりゃあ心配にもなるだろうという話だ。

 

 だってまだ、2人は少女だもんな……と思うと、慣れた様子のエドワードとは全く違うものを感じる。今回の件で解ったけどあのご主人、実は物凄く鉄火場慣れしている。それこそ昔どっかに従軍していたとか言われても納得できるレベルで。

 

 ……まあ、考える必要のない事だ。ふぅ、と息を吐き出して目を瞑る。2人の少女に囲まれて眠るのは割と心地が良かった。傷ついた心を癒す力を人肌は持っている。だからこうやって寄り添える相手がすぐ近くにいる事に感謝し、また眠る。

 

 今度は悪夢を見ない事を祈って。

 

 おやすみなさい―――。

 

 

 

 

「―――それで、成果の方はどうだった?」

 

 スーツ姿の男が紫煙を吐き出しながら問うた。スーツという整った格好はこの世界において一部の国家ではそう珍しくもない恰好だ―――魔界による技術流入で服飾や生活周りの技術はごちゃごちゃになっており、近代的なファッションとハイファンタジー風のファッションがごっちゃ混ぜになった不思議な文化が構築されている。故にこの男は偶々近代的なスタイルを好んでいるというだけに過ぎない。恰好にはそれ以上もそれ以下の理由もない。中年の男は歳のわりに活力を見せる様な覇気に満ちている。短く切りそろえられた髭、オールバックの髪と合わせてどこぞのマフィアか、或いは敏腕実業家か。どちらにしろ、それ相応の地位にいる事を示すだけの風格と風貌をしていた。

 

 スーツの男の執務室、男は両足を机の上に乗せながら屋外へと視線を向けていた。中央・天想図書館。どこまでも高く伸び、そして陽炎の様に先端が消える不思議な建造物。エスデルの建国王が全ての叡智をここに収めようと決めた場所。だが果たして、建国王ごときがあのような建造物を生み出せるだろうか? 男はその由来を知っている。故にその建造物を眺めながら過去の真実に思いを馳せ、作戦の結果を聞いた。

 

「申し訳ありません、失敗しました」

 

 男のデスクの前では傅く若い騎士の姿があった。感情を一切消し去った能面のような表情を伏せ、スーツの男の言葉を待つ。だがスーツの男は何かを口にする訳でもなくしばらく葉巻を口に咥え、その煙を吸い込み、しばし味わった。それからしばらく、

 

「ふぅ―――それで、解った事は?」

 

「送った部隊は全滅、場所は恐らくバレました」

 

「最悪のコースか……まあ、1か所ぐらいは別に良いな。龍の遺産は所詮サブプランでしかない……あろうがなかろうが大して変わりはしない。それよりも辺境に送り込んだ部隊が全滅したというのが問題だな」

 

 男は怒らない。怒りを見せず、静かに思考に耽る。自分の手の者が全滅した―――それはあらかじめ考慮している可能性だから別にどうだって良い。問題はゴールド級のパーティーでさえ殲滅出来る程の練度と装備のある私兵が全滅した事だ。男は亜竜の実力の程を己の身で良く理解していた。それ故に安定策さえ取れば亜竜相手であろうと勝利できるだろうと勝率の計算も行っていたが、だが結果として残されたのは作戦の失敗だった。

 

 ゴールド級と言えばギルドでも看板冒険者として売り出せるレベルの実力者だ。年単位で冒険者として活動し、名声を高め、そして実力を経験で裏付けている。故に信用できるレベルの戦力を。それを倒せるだけの存在が辺境に存在するという事になる。

 

「ふん……サンクデルの狸め、どうせ貴様の手だろう」

 

 男はヴェイラン辺境伯を甘く見ていなかった。辺境に送られた貴族を中央の貴族はどことなく軽く見る所がある。王族や、高位の貴族はそういった馬鹿な考えを持たないが、それも下級貴族は何時自分が蹴落とされるかも解からない。ならなるべく、他人を攻撃する材料を欲しがり―――結果、現実と妄想の区別もつかなくなる。

 

 愚かではある。

 

 だが利用価値のある愚かさだ。そういうものが金になるのだと男は良く理解していた。そして金とは力だ。人の意思も運命も、その大半は金によって買う事が出来る。ただ唯一、それに勝てないのは力だけだ。

 

「……全滅した、と言ったな」

 

「生体反応の途絶を確認しました」

 

「もういい、下がれ」

 

「はい」

 

 騎士を下がらせた男は目を瞑り、再び静かに思考に拭ける。

 

 男にとって失敗は恐ろしい事ではなかった。龍の遺産、眉唾物ではあるものの情報源は疑うべくもないものだ。故に問題があったとすれば守護者か、或いはイレギュラーの要素だろう。この手の問題は“悪い事”をしようとすると定期的に発生する。まるで目に見えない物語の書き手がシナリオに修正を入れているような、そんな感覚さえある。まるで最悪を回避する事を求めているような。

 

「杞憂か。いや、それよりも問題は遺跡をサンクデルに確保された事か」

 

 辺境伯の中央への影響は薄い。だが国王からの信頼は厚い。それが辺境を任されるという事の意味だからだ。そして辺境を抑える貴族に対して王国は常に譲歩と誠意を見せないとならない。何故なら国防という国の平和の大きな部分を担っているのは事実なのだから。目立たずとも、サンクデルは着実に、確実に仕事を成すタイプだ。男はその手腕を評価し、可能なら味方にしたいと思っていた。だが同時に無理だろうとも理解していた。

 

 サンクデルの根底にあるのは善性だ。穏やかさを求め、善き心を尊ぶ。

 

 だが男の根底にあるのは悪性だ。波乱を求め、そして退廃を尊ぶ。

 

 平和で穏やかな世の中は確かに意味がある―――だがそれは己が納得できる場所にいる場合に限る話だ。男は到底、自分の居場所には納得していなかった。そして止まるつもりもなかった。求めるのは頂点、それのみ。その思想は死ぬその瞬間まで変わりはしない。

 

「辺境にアレをどうにかできる戦力があるというのなら話が変わってくるな」

 

 足を降ろし、頬杖を突く様に肘を立て、思案に耽る。

 

「辺境には強者が集まりやすいがあの時期で動かせる奴は限られる……あそこらへんで勇名があるとすればグランヴィルか? だがアレは前線から長く離れている……いや、あの狸の事だ、定期的に腕を磨かせていそうだな。だがそれ以外にも確か狸には子飼いの“宝石級”がいたな。そっちか?」

 

 それ以上は考えるだけ無駄か、と吐いた。男の頭の中で可能性がいくつか浮かび、そして消える。その全てを考慮する事も可能だが、それをやるのは愚か者の行いだ。重要なのは不要な情報をカットし、必要な情報のみを抽出する事だ。つまり辺境には自分の動きを察知し、妨害した何かが存在し、自分の手勢をどうにかできるだけの戦力があったという事だ。

 

 面倒だ、と判断する。可能性と考慮するのと実際にやられるのとでは話が違う。結果を考慮して、もう少し慎重に動くべきなのだろうと男は判断する。

 

「少なくとも水面下で動かしてきた事を察知できる怪物がいる……それが誰か、という事だ」

 

 こういう小さな失敗は何かの予兆でもあると男は考える。故に絶対に失敗して終わった、という事だけで終わらせてはならない。そこはビジネスと何も変わりはしない。失敗したことから学び、反省し、そして修正する。戦略の基礎にして真髄とはそういうものだ。故に焦らず、修正し、追い込む。少しずつ手札を切って徹底して敵をあぶり出す。そうやって一歩一歩、自分の勝利へと近づいて行く。

 

「とはいえ頭を悩ませる者は他にもあるからな……」

 

 エスデル王国は単純に大きく、そして強い。その上で周辺諸国にその価値観を示している為、攻められ辛いという点がある。汚点や欠点を求めて諜報合戦が行われているのは当然の事だが、その点でも強さを見せている。国として拡大する事に対する意欲があまりない事を除けば、欠点らしい欠点が存在しない国だ。逆に言えば身を焦がす様な野心が存在しないのが欠点だとも言える。それが男からすればつまらなく思えた。

 

 火をつけるならそこだろう―――穏やかで平和を望む気質に火をつける。競り合い、食らい合い、そして潰し合う獣の本性を引き出す。それが国を潰して喰らう為の一歩になるだろう。

 

 だがその為には面倒な司書や賢人、今代の宮廷魔術師等の相手をする必要がある。目下、男の目標はそっちへと向けられていた。とはいえ、見通しは出来ている。

 

「上手く運べば20年以内にはどうにかなるな」

 

 20年―――全てが男の理想通り、目的通りに進んだとして計画を完遂するには20年かかる。或いは外的要因で加速する可能性もある。だがそういうラックには期待しない。仕事は、計画は、極限まで運の要素を省いた上で成り立つものだからだ。

 

「聖国の腐敗まで後200年、帝国は見通しが立たず、となると足掛かりとしてはまずここからだろうしな……ふん、無能共め」

 

 そこにはいない誰かを罵り、煙を吐き出した。

 

 誰にも届かない呟きを。誰にも聞こえない呟きを。誰かに届く事もない言葉を。

 

 

 

 

 ―――そして、月日は流れて行く。

 

 穏やかな日々は進んで行く。幼少期は瞬く間に過ぎ去る。

 

 狭かった世界は成長と共に広がって行く。

 

 そして始まる。

 

 思春期の春が。




 感想評価、ありがとうございます。

 悪夢を見るエデン、そして王国辺におけるシナリオボスでございます。ただすぐそばに気遣い、癒そうとしてくれる存在がある事だけが救いになるのかな、と。


 それでは、これにてエデンの幼少期編が終了し、次回から思春期・青年期編になります。

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