TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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バウンティーハンターエデン Ⅲ

 視界の中、軽く見られている事を意識して緊張している少女の姿を冒険者の男は見た。彼女の名はエデン―――良くも悪くも有名なグランヴィル家の新しい従者。()()グランヴィル家の従者なのだ、それだけで彼女の動きを見るべき価値があると冒険者の男は、そして周囲の者達は考えていた。今はまだ少女の名前に価値はない。だがいずれ価値が出てくるだろうとある程度の当たりはつけられる。

 

「お前はどう思う?」

 

 パーティを組むテンガロンハットにポンチョのガンマンに男が意見を聞く。その言葉にテンガロンハットを軽く調節しながら相方は答える。

 

「さて、な。探りを入れる限りは中々()()らしいが、この目で見た訳じゃないしな。だがあのグランヴィルのご令嬢の護衛に育てられてる嬢ちゃんだ。間違いなく普通じゃないだろうな。体は鍛えられていないように見えるが……種族柄、見た目そのままは通らないってのは良く解ってるしな」

 

 概ね同意できる内容に男は頷いた。魔族と言う種族は見た目がひたすらぐちゃぐちゃだ。固有の種族がいれば統一された種がある。個人個人で姿が違えば変異だと言い出す奴もいる。それほどまでに魔族という種は分類する意味がない。だが共通してこの世界の者よりも優れた肉体を有している、という特徴がある。その中でもあのエデンという少女の情報が本当であれば、最上級の部類に入るだろう。

 

 何せ、あのグランヴィルだ。元近衛騎士、元宮廷魔術師という組み合わせの夫婦の秘蔵だ、気にならないと言えばウソになる。夫婦が特殊であれば環境も特殊、領主の切り札と言われるあの一家が育てて信頼している従者だ―――到底まともではないだろう。

 

 少なくとも同業者として名を上げてくる場合は対策を考えなくてはならない。それを確認する意味でもエデンという少女の評価を行う必要があった。男が観察する限り、周囲には同じようにエデンの評価を行い、そして勧誘を考える姿も見える。問題はその手に彼女が乗りそうにないという事だろうか。客観的に見てグランヴィル家への忠誠心は高い。それを外して所属して貰おうというのは相当難しいだろう。

 

 となると、問題は彼女がギルドへと所属する事でどれだけ自分達の仕事へと影響を与えるかだろう、と男は考える。

 

 冒険者とはつまり、パイの奪い合いだ。有能な新人が増えるという事はそれだけ仕事がそっちに流れるという事でもある。全体で見れば貢献しているだろうが、個人で見た場合は貢献どころか妨害になっている。

 

 何故なら依頼とは上限が存在するからだ。この辺境はまだそういう意味じゃマシな方だ。常に討伐依頼の類が存在し、今日もどこかで新たな手配クラスのモンスターが産声を上げているだろう。だが中央なんかじゃ討伐、殲滅などの花形とも言える依頼の類は騎士団が処理してしまう。その為、残されるのは探索や護衛等拘束期間が長かったり、純粋に面倒だと思えるタイプの仕事ばかりだ。だがそれでさえ常に存在している訳じゃない。だから中央の冒険者は仕事を得る為に多少危険な仕事に挑むし、そして依頼者もそれを理解してダンジョンアタック等を依頼する。

 

 中央には天想図書館の大魔宮もあるし、ソッチがある意味主戦場だろう。その分死者数も増えるが。その為、中央のギルドは一々試験なんてやって確かめている暇はない。人の命、その価値は安全な中央の方が遥かに安いとは皮肉極まる。

 

 とはいえ、男は思う。

 

 有能な新人が増える事は何もデメリットだけではない、と。グランヴィル家の出なら間違いなく実力はあるだろう。それが探索地に出ればそれだけ探索地での安全が増え、そして全体としての活動範囲が広がるであろうという事実もある。冒険者は何も仕事をするだけでくいつないでいるのではない。

 

 探索地にある素材やモンスターの素材、今現在需要のあるものを目利きして選別し、環境に配慮して取り過ぎない事を意識しつつ流通に乗せる―――つまり素材の売却等で収入を得ているのも多い。荒事がない時はこっちでギルドに対して貢献度を稼ぐケースの方が多いぐらいだ。強さを持った者が大ボスとも言える賞金首を討伐する事で環境が安定するから、採取で食いつないでいる連中はそういう探索がしやすくなるのだ。

 

 故に、彼女がどれだけできるのか、と言うのはここからの活動でどういう風に適応すべきなのかというのを測る為には重要な事でもある。

 

「始めるみたいだぞ」

 

 横からの声に男が思考から引き戻される。

 

 そして視界の中で、彼女―――エデンは手に魔力を集めた。

 

 黒い、魔力だ。

 

 

 

 

 ―――うーん、値踏みされてる。

 

 昔、プレゼンテーションとかやってた時に向けられた視線と同じだ。こいつ、どれだけ出来る? どういう価値がある? そういうのをじっくりと観察するタイプの視線だ。辺境の冒険者はかなりハードだと聞いている。選択肢にある程度の自由がある代わりに、一つ間違えると即死ルートへと直行する。その為ニワカとでもいうべき連中が恐ろしく少ない、というか死ぬと。舐めた奴か死んでいくのは辺境も中央も変わらないが、中央と違ってモンスターパラダイスになっている辺境では歩いてたら唐突にモンスターに囲まれて死! というパターンがあるらしい。怖いなぁー。

 

 だから結局、強い奴か頭の良い奴しか残らない。ここに見に来た連中はそういう奴らだろう。

 

 命が塵の中央と、事故死できる辺境。果たしてどっちがマシなのやら。

 

 まあ、何にせよ、これは立派な茶番だ。

 

 そう、茶番。ウィローは領主経由で俺の実力を大方把握できているだろうとは思う。それでもこんなパフォーマンス染みた戦闘を要求してくるのは他の冒険者に対するアピールだろう。

 

 前々から冒険者ギルドには興味を持って、仕事の合間や暇なときに顔を出して情報を聞きに来ていた。なので他の冒険者の顔は知っているし、話した事もある。だけど俺に関する具体的な実力や能力と言うものは噂話でしか認知されていないだろう。5年もいればそれなりに親しくもなるが、それが仕事に通じるかどうかは話は別だ。

 

 皆の前でペーパーワークをする事で“こいつは教養があるぞ”というのを示せる。

 

 皆の前で戦闘能力を見せる事で“こいつは戦うだけの力があるぞ”という事を証明できる。

 

 軽口で応対する事、ちゃんと目上の者に対する礼節を示す事で“こいつはちゃんとした対人能力があるぞ”というのを見せる。

 

 つまりこの試験の本質はそういう部分にあるんだ、と思っている。或いはこれも俺の深読みなのかもしれない。とはいえ、物事は可能性を考慮して動く分には損失がない。俺もグランヴィル家の従者として、立派な行動を心がけないとならない。

 

 ともあれ、心の整理を終わらせたらウッドゴーレムを目標にセットして、やってやりますかと聞こえないように呟く。

 

 呼吸で肺に空気を―――そこに含まれるエーテルを送り込んで、魔力へと変換する。

 

 老龍からの継承によって俺は魔力の制御方法、使い方を覚えた。それまでは魔力Lv0だったのが魔力Lv1になったようなイメージだ。それまで駄目だった理由はとてもシンプルだ。俺もエドワードも、俺の見た目が人間と同じ形状をしているから勘違いしたのだが、実際は人間とは体の構造が違う。生理がやってこないのも、生理周期が人のそれとは違うからだ。

 

 人間は体内に魔力の専用生成内臓がある。肺から送り込まれたエーテルはこの内臓へと移され、そこで魔力へと変換される。それが体内で保存され、魔法等の行使の為に引き出される。それが人間の魔力生成ロジックだ。

 

 龍は違う。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 無論、それは俺も例外ではない。龍は人間と違って肺から取り込んだ酸素をエーテル諸共心臓へと送り込み、鼓動と共にエーテルを魔力へと変換、血流に乗せて全身に巡らせている。これが龍の身体構造だ。常に全身を魔力で漲らせている生き物。それ故に低魔力環境においては著しく能力が低下するという縛りを持つも、高濃度と質の高い魔力を身体に常に巡らせる事でありえない身体能力と強度を実現する生物だ。

 

 人間がこれと同じような事をしようとすると、全身が魔力の負荷に耐えきれずに爆散する。龍という規格外の身体強度を保有する生物だからこそ許された構造であり、魔界の生物や魔族は構造的に此方に近い。だから基礎スペックが此方の世界の人間と段違いなのだ。

 

 故に俺も、魔力を練り、使用する上でのイメージが根本から間違っていた。だから魔力を上手く使う事が出来なかったのだ。存在しない内臓を求めて魔力を使おうとしていたのだから当然だ。だが今はその違いが判る。老龍から継承した知恵によって力の使い方が解るし、その上で鍛錬を重ねてきた。

 

 その結果―――二律背反の魔力を分けて運用する事が出来た。

 

 純粋な黒のみが手の中に出現する。白が混じれば浄化の力によって形状が崩壊したであろう魔力は黒の性質によって容易く固形化する。出来る事は解っているし、何度も練習してきた。視線を受けて僅かに緊張するが間違える事はない。手の中の黒い魔力を更に強く結合させ、

 

「凝固しろ」

 

 命ずる。手の中の魔力を結晶化させ、凝固させる。小さな結晶は次第に大きく、俺の意思に従った形状へと成長するように変形する。握れば柄が生まれ、その先へと大きく、鋭く、厚くその形状を変化させる。

 

 左手をパーカーのポケットに突っ込んで、右手で握るのは結晶大剣だ。背丈に近い大きさの結晶のみで形成された大剣。それが魔力から生み出された。それを肩に担ぐ様に構える。これだ、これが俺の構えだ。所在なさげに剣を降ろしていても良い。武器を相手に向けて構えるなんてみっともない事はしない。

 

 流派や型なんて物は存在しない完全なるフリースタイル。だがそれで良い。俺は龍だ。俺は人間じゃない。流派や型、小手先の技術なんて人間が足りない力を補うために使うものだ。今はそれに負けるだろう。だが俺が技量を高めて行けば、純粋な暴力だけで相手の技を上回れるようになる。そしてそれだけで良い。

 

 小手先の技術や技は折角の暴君とさえ呼べるような力を削ぐ。

 

 だから俺が覚えるのは力を100%使い切れるだけの技量。

 

 この体に満ちる暴力的な全てを完全コントロールして使いこなす技術。

 

 俺が求めるべきはそれだけなのだ。

 

 それだけで十分だ。

 

「いつでもどうぞー」

 

 ウィローに向けて開始を促す。

 

「おや、先手を譲ろうと思ったんだけど」

 

 先手、取らなくて良いのか? という極真っ当な疑問がウィローから戻ってくる。だがそれに対して俺は頭を横に振る。まあ、どうせ一撃で粉砕するし。だったら軽いパフォーマンス混じりで動いた方がウケが良いだろう。

 

「軽く慣らしから入りたいんで」

 

「では遠慮なく」

 

 言葉と共にノーモーションでウッドゴーレムが迫った。一瞬で肉薄する動きは普通の人間なんかよりもずっと速く、そして軽やか。だが踏み込みのモーションで地面がえぐれているのを見れば決してゴーレム自体が軽いという訳ではなく、体の動かし方によって重量を流しているのだというのが解る。“金属”の下位というとギルドのランクにおけるアイアン、スチール、ブロンズ辺りを示す言葉だ。金属下位レベルのモンスターともなれば賞金首の最低レベルともなり、同時に何らかの即死手段を持つモンスターが出没するランクでもある。

 

 ウッドゴーレムも良く見てみればその拳には種子が付着している。たぶん攻撃を安易にガードしたり、受けたりすると種子付着からの発芽で寄生ルートだろうか。見事なタンク殺しタイプのビルドだろう。

 

 とはいえ人体では捉えられない速度の拳だろうと、俺の目には見え、そして見てから反応出来る速度だ。拳に合わせて構えを解く事もなく後ろへと向かってスウェー。体をゆらりと揺らす事で目の前で繰り出された拳を回避する。

 

「お、いいね」

 

「でしょ」

 

 そんな言葉を吐きながらもウッドゴーレムは動きを止めない。フック、ジャブ、フック、フリッカー、ストレート。素早いステップと踏み込みから繰り出される殺人的な速度の拳は巨体から放たれる事もあって威圧感が凄まじく、触れればアウトという要素も相まって金属下位と納得も出来る凶悪さを持っている。ウィロー自身は蔦で遠隔操作を行っているだけの為、全く疲れないというあたりも凄まじく面倒だろう。

 

 だが避けられる。

 

 右へ左へ体を揺らして楽々と回避する。木々である事を生かして腕が伸びたりもするが、それも些末な事だ。回避途中で体を更にずらしたり、動きを加速させればそれだけで余裕で回避できる。金属下位となるとソコソコ強い相手が出てくるランクだろうが、根本的な部分でエリシアに及ばないと判断できる。

 

 動き1つ1つに追い込んでくるような恐ろしさがない。これが下位相当か、そう判断して攻撃を回避した所で攻勢に出る事にする。

 

「お」

 

 声が聞こえた瞬間には衝撃を叩き込む様に斬撃を縦に叩き込む。拳に合わせて放った斬撃は黒い結晶の刀身に白い魔力を纏っている―――即ち浄化属性の魔力、背反の白だ。黒い刀身に白が纏われる。刃は削れず、剥がれず、二律背反が崩れる事無く存在する。振るわれた結晶大剣は白く軌跡を描きながら黒い残像を残して行く。

 

 それはまるで大きく開いた黒い顎の中に白い歯が浮かぶようで。

 

 龍がそうするかのように―――斬撃でウッドゴーレムの腕を食い千切った。

 

 接触と同時に寄生に来る種子を接触による蝕みで逆に浸食し、結晶化によって無力化する。白による防御力の無効化。黒による侵食効果。

 

 それがウッドゴーレムの恐らくは強固だった躯体も、接触で発動する筈だった種子も、そしてゴーレムだからこそ可能となる再生能力も、全てを殺していた。食い千切られた腕の断面は既に結晶によって薄く覆われている。再生を阻害するのみで、そこまで強い侵食能力はない―――だがゴーレムの厄介さを殺すには十分すぎる成果だ。

 

 腕が食い千切られたゴーレムの動きによろめきはない。素早く使い物にならない腕を盾にしようするので、返しで横切りを放って根本から腕を両断する。押し込まれるように下がる姿に刃の切っ先を見せるように突きを放つ。一撃。防御の上から残された腕を粉砕しつつ胴体に穴をあける。

 

 二撃目、横薙ぎを放つ。がら空きの胴体に叩き込む食い千切りが上半身と下半身を分断するように薙いだ。

 

 たったそれだけでウッドゴーレムは機能不全に陥る。だがパフォーマンスを込めて後ろへと吹き飛んで行くウッドゴーレムへと前傾姿勢になるように一歩だけ踏み込んで、黒い残像と白い軌跡を生む結晶大剣を腕を下から振り回すように上へと向かって切り上げる。

 

 足元から喰らう食い千切りの斬撃が足を、残された胴体を、頭を喰らうように両断しながらウッドゴーレムの姿を無残な物へと作り変える。

 

 踏み込んだ脚を戻し残像も消え失せた中で刃を再び肩に担げば、唯一残された最後の腕が地面に落ち、それすら断面から蝕まれて黒い結晶に覆われ―――砕け散った。

 

 後には何も残さない。苦笑気味のウィローの姿を見て、首を傾げる。

 

「これで十分かな」

 

「十分すぎる程にね」

 

 にわかにざわめく周辺の声に心地よさをどことなく感じる。やっぱり人間、承認欲求が満たされると非常に心地よい訳で。意味もなく担ぎ直した剣をそのまま、胸を張ってしまう。

 

 それ、見たか。これが超大型最強新人の姿だぞ。




 感想評価、ありがとうございます。

 ダンジョンありまぁす!

 これがこのお話におけるエデンちゃんの基本スタイルにして根本。結晶大剣をナイフとか拳とかと変わらない速度で振るう事が出来るので、圧倒的速度とパワーで正面から攻撃とかち合う、弾く事なくそのままぶち殺すというパワーは力だスタイル。見栄えの良さ、格好良さ、派手さはつまり見る相手に対して恐怖を与えるという事。

 龍の戦いとは畏怖を与えるものでなくてはならない。そんな考えから生まれた戦い方。

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