「はい、それじゃこれが所属を証明する冒険者カードだよ」
「ほほーう」
受け取ったのはシンプルな金属製のプレートだった。軽く見た感じ、偽装防止用の魔法がかかっているような事はないみたいだ。白い金属製のプレートには名前と登録ギルド、そして現在のランクとそれに付随するエンブレムが描かれている。本当にシンプルで特に何か、特殊な装飾が施されているとか、特殊な加工を受けているような様子はない。まあ、何個も作成してたくさんいる冒険者に配るんだから当然か。
「じゃ、軽く注意事項行くよ」
「うっす」
ウィローから受け取ったカードを目の前に置きつつ、カウンターの向こう側へと戻ったウィローへ視線を向けた。
「まずそれは冒険者としての証であると同時に、簡易的な身分証明書にもなる。一応最寄りのギルドへと持っていく事で現在の所属を変更できて、それを身分の照会先として登録しておけば一部の公共施設を利用する際にサービスして貰ったりできるから」
「あ、それは初耳」
「まあ、君の身分はグランヴィル家が保証してくれているからね。貴族の従者というのはかなり強い身分だからその事は心配しなくて良いんじゃないかな? そんな訳でギルドと提携している酒場や宿屋、店舗では割引して買い物が出来るようになっているよ。ちなみに、簡単に身分の照会が出来るようになっているから偽装するだけ無駄だよ」
システム的に偽装する意味がないシステムを構築している。だから偽装防止を行う必要はない。カードを見せて冒険者である事を示しても、それを照会して確認されるまでは信用されないのか……これはこれで上手く出来てるな、と思う。俺には全く関係のない話だが。
「ちなみに再発行に必要な金額は500ヘレナだからね」
「絶妙に辛い値段だなぁ」
「でしょう? だからなるべくなくさないようにね」
「うーっす」
ディメンションバッグの中にカードを突っ込んでおけばとりあえずなくすことはないだろう。基本的にはそっちに突っ込んでおくことを覚えておけば良い。ともあれ、これで仕事を受ける事が出来るようになった。
「これで賞金狩り出来るようになったよね?」
「うん。個人的には信用を得る為にもランクを多少上げる方が良いとは思うけどね」
「ランクか……今は確かリーフだっけ」
「うん、文字通り”木っ端”だね」
ギルド所属冒険者のランクは結構たくさんある。一々覚えるのも面倒……というかこれまで関わってくる事もなかった要素なので細かい所は覚えていない。ウィローはそれを察しているようなので、解りやすく絵と文字で描かれているランク表を取り出してきた。それをカウンターに置き、説明してくれる。
「誰もが最初はリーフから始まり、ウッド、ペーパー、ストーンとランクを上げて行く。ここは通称“資源”級だね」
「腐る程あって替えが効く、って事かな」
「正解。捨て犬たちもここら辺が一番多いね。馴染めなかった、仕事が上手く出来ない、上を目指す為の苦労をしない。何でも簡単に済ませようとした結果失敗する。そういう連中の吹き溜まりだね。だから“資源”である間は特に信用とかはないよ。仕事だってもし任されても、良い所迷子のペット探しぐらいだろうね」
「うへぇ、そんなに」
「うん、そんなに。なるだけなら簡単だからね。それで次はレザー、メタルでここは“加工物”級になるね」
「“資源”から選別されたクラス」
「正解」
ゲームや小説だとギルドランクというものは大体アルファベットで表記されてるもんだが……このギルドのシステムを考えた奴は相当性格が悪かったらしい。人間を、冒険者という人材を消費する事前提で考えている。だからこそこういうネーミングが付いてくる。正直カッコいいと思うしセンスのある考え方だが、ロクでもない奴だろうこれ。
ウィローの説明は続く。
「続いてスチール、ブロンズ、シルバー、ゴールド、プラチナ、ミスリルの“金属”級」
「精錬され、使用に耐える素材。やっぱこれ考えた奴の性格最悪だよ」
その言葉にウィローは苦笑して頷くが、それ以上同意する様な言葉は言えない。立場的にそれ以上言う事は出来ないのだろう。だから、とランクの話を続ける。
「“金属”の範囲は広い。一般的に言うとスチールが1回目の壁、シルバーが2度目の壁だって認識されている。だからそこら辺が境目になっていてスチール・ブロンズで金属下位、シルバー・ゴールドで中位、プラチナ・ミスリルで金属上位って認識されてるよ。ちなみにスチールを超えた冒険者は徒党を組んだりして結構金属下位までは行くんだよね。中位は本当に難しいから才能や専業を考える時期になるかなぁ」
まあ、俺がソロでやるとしても目指すのは“加工物”ぐらいだろう。ブロンズまではギリ行けるかなぁ? とは思わなくもないが、別に無理して“金属”を目指す必要はないだろう。そしてギルドランクはこれで終わらない。
「さ、次がいよいよ冒険者の華、
“宝石”、それは冒険者ランクの最高位を示すもの。俺でさえ噂や伝説は聞いている。あの龍殺しも恐らくは“宝石”級だと思う。この世で最も自由な者達とは本当に良く言った。集団で戦争を行えるほどの規模を誇っていたり、単体で伝説と呼ばれる生物を殺傷するだけの力を備えていたり、或いは国家間で調停者として動ける単体。ギルドに所属しておきながらギルドには縛られない。強すぎるが故に縛る事が出来ないような存在達。ギルドは連中を規則で縛っているのではなく、利益を与える事で協力して貰っているだけだ。そういう連中が“宝石”認定される。
「その顔を見るとあまり詳しい説明は必要なさそうだね?」
「流石に“宝石”は知ってるんで……とはいえ認定が大変そう」
「そこは本部が頭を悩ませる所だからねぇ。私が頭を悩ませるような事じゃないのさ。そして“宝石”と“金属”の間には天と地ほどの差があるのさ。その壁を超えられる者達だけが“宝石”として神々の見る世の物語を彩る事が出来るんだ」
「まあ、俺には関係のない所かなぁ。そこまでやるつもりはないし」
「どうだろう……案外君は何時かそこまで行けそうだと思うけどね。まあ、何百年か先かもしれないけど」
「そんな先の事は解らん!」
「それで良いと思うよ」
苦笑してウィローは他にも冒険者カードの失効について話してくれる。冒険者としての資格を保有し続ける為には定期的な更新が必要であり、場合によっては料金も発生する。これはただの身分証明書として冒険者登録してきた人対策らしい。その時、仕事をしているのかどうかというのもしっかりとチェックする辺りがそれらしいというか……。
その後も細かい諸々を説明して貰い、とりあえずは説明会が終わる。カードをちゃんとバッグの中に入れ保存する。そこで一旦話が終わった所で振り返り、
「という訳で高額バウンティーメインで活動するからその辺宜しく先輩方」
軽く手を振りながらアピールする。その姿勢に溜息や安堵の息を感じる―――やはり、どことなく仕事を奪われないかどうかを心配しているのが一定数存在するのだろう。だが俺は立場上パーティを組むことが出来ないし、長期間の仕事も難しい。となると現場へとサクッと急行してぶっ殺して帰ってくるスローターかバウンティーハントぐらいしかやれる事がないのだ。それを暗にウィローとの会話を通して伝えてみれば、空気は何時ものギルドの様子へと戻る。
「というか皆俺の事警戒しすぎでしょ」
「そりゃあそうだろう。あのグランヴィルの秘蔵だぞ? 警戒しない方がおかしいだろ」
「領主直々に指名されて討滅依頼をこなしているんだからなぁ? こっちは飯のタネがかかってるんだからそりゃあ様子見するわ」
「そんなもんかなぁ」
腕を組んで首を傾げながら同業者の悲哀というものを考えてみたが、考えたところでしょうがない話だろう。悩むのを止めて掲示板の所へと向かおうとするとずずずい、っと一気に接近してきた冒険者の姿が二つあった。1人はエルフのアーチャーで、もう一人は純人種のスカウトだった。2人とも女性という冒険者では珍しい人達だ。挟み込む様に近づいてくると両腕を組む様に捕獲される。
「え、あの?」
「まあ、まあ、まあ」
「まーまーまー」
「えぇっとぉ……?」
「こっちおいでおいでおいで」
「行くわよー」
「ぬわー」
両側を挟まれるように掴みあげられた俺はまさしく連行されるエイリアン。女性陣2人に持ち上げられてそのまま連行されるのはギルドの端の方のテーブルであり、もう一人の女性である虎人の女性が座って待っていた。
「来たわね」
「連れて来たわ」
「隠せ隠せ」
椅子に座らせられるとあれよあれよという間に四人でテーブルを囲む事になり、そしてエルフが魔法で草のカーテンを天井から生やす。それをウィローは苦笑しながらも見送り、周りの男性陣からは舌打ちや嘆きの溜息が聞こえて来た。え、なにこれ? そう思いながら女子会らしきエリアへと連れ込まれた俺は全力で頭の上にはてなを浮かべていたが、
「……良し、遮音結界発動完了! これでこっちの音は外に漏れないわ」
「良くやったわカティ」
カティ、そう呼ばれたエルフがサムズアップを送り虎人の女性が頷いた。そして純人の女性が此方へと視線を向け、顔を寄せてからがっちりと両腕で肩を掴んだ。その迫力に気圧されながらもなんとか口を開く。
「え、えーと、俺、なにかした……?」
その言葉に純人の女性は頭を横に振り、
「逆よ……そう―――」
軽く息を吸い込んでから、彼女は声を放った。
「ガード! 緩すぎッッ!!」
その言葉に他の女性陣が腕を組みながらうんうん、と頷く。その様子に俺はえー、と声を零す。
「そんなに俺の動き駄目だった……?」
「いや、そうじゃないわよ! 肌よ、肌! 肌の露出!」
言い切った後で彼女は溜息を吐き、顔に手を当てた。物凄い重みのある溜息の恐ろしい程にビビってしまったが、自分の恰好を見て首を傾げる。
「そんなにガード緩いか、俺……?」
「き、危機意識が足りなさすぎる」
「セルマの言う通りよ。エデンちゃん?」
「あ、ちゃん付けでも大丈夫だよ」
「じゃあエデンちゃん」
エルフの女性、カティが話を続ける。
「今まで、ギルドに来るときはもっと肌を隠した感じの服装だったりしたけど、今日はどうしてこう……露出の多い感じの恰好なのかしら?」
立ち上がり自分の恰好を見る……おかしなところがあるだろうか? まあ、そりゃあミニスカートってのはちょっと目立つかもしれないけどソコソコいい感じにファッションが出来ていると思ったのだが。これがどうやら女性陣には不評だったらしい。
「そりゃあ家の名代として仕事する為に街に出たりするんでなるべく迷惑にならない恰好を選んでたけど……今日はほら、冒険者デビューだし? いっちょビシっとキメておかないと。これなら動きやすいし、見栄えも良いし、耐久力も織り込み済みだし。何も問題ないかなあ、って」
「問題大ありよ。まあ、私は種族的な特徴のおかげで大分楽させて貰ってるけど」
そういう虎人の女性はノースリーブのチュニックと長ズボンと言う格好だ。種族の特徴として強靭な肉体を持つが、顔を含めた全身が毛に覆われており、純人等と比べるとやや顔がケモいとでも言うべきだろう。1が人間で5を虎だとすれば大体2~3辺りのケモ度だ。それが虎人という種族だ。女性であろうと怪力の持ち主が多く、人間の頭を掴んで握りつぶすぐらいの事は出来る種族だ。
「それでも露出が多いのは駄目よ。特に貴女の服装、どっからどう見ても初デートに出かける少女みたいな恰好じゃない……足、ガン見されてたの気づいてる?」
「えっ」
「スカートの下、割と狙われてたわよ」
「えぇ……嘘でしょ」
反射的にスカートを抑えながら椅子に座り込んでしまう。え、そこまで露骨にガン見されてたの? テストの内容が割と楽しいし服装も結構気合入れていたので気にならなかったのだが、女性陣が3人揃って静かに頷いているので、どうやらマジだったらしい。そこまでおかしな恰好をしたつもりはなかったんだけどなぁ……。
「これで意識せずに見せつけてるならサキュバス認定してる所よ」
「それは酷くない!?」
「それだけ無警戒だったのよ。解る? この業界結構荒くれものが多いし、同業者を襲うなんて事割とあるわよ。同意を迫って一夜の関係を持ったり。泊りがけの依頼だと良いストレス解消になるから一緒になったりとか。だから割とあけすけよ。守るべき世間体がないから」
「最悪じゃん……」
「だから意識しろって今言ってるの。解る?」
心配して言ってくれているのはマジらしいので、ここは素直に頷いておく。それを見て安心したセルマが教えてくれる。
「良いからなるべく長ズボンを履きなさい。環境次第じゃ毒虫や毒草が普通に群生している場所に突っ込むし、それが死因になる事も結構あるから。肌は守れるだけ守るのが大事よ」
「あ、その手のダメージ通じないんで」
頭を抱えられた。虎人が試すように爪先で軽く此方の手の甲の鱗を叩くが、恐ろしいものを見る様な目で見返してきた。
「……私でも突破できそうにないわねこの鱗」
「我が全身がこの鱗と同じ強度」
えっへん、と胸を張ると頭を抱えられた。
「駄目だ、この子やっぱり何も理解してない」
「私が男だったらこんなの直ぐに連れ込むわよ」
「はは、好き放題言いなさる」
「それが解ってないって言ってるのよ―――!」
えー、心配しすぎじゃない? エリシアが何も言ってないって事は大丈夫って事でしょ。ただ目の前の女性陣は俺よりも女性度が高いのだ。俺は元男性でそこら辺の危機意識が足りないというのも実に真理だと思う。
「だからここは3人の話を聞き入れて俺も改善しよう―――ホットパンツで良い?」
「解ってないなこいつ……!!」
「短パンはまだ解るけどなんでそこでホットパンツという選択肢が出てくるかが解らない」
「えー」
結局のところ動きやすさを重視してファッションを選んでいるところがあるし、鱗を晒しても平気、肌を晒しても平気……となったら別に肌面積多いファッションで良くない? 寧ろ布面積増やすと破れた場合の補修費が嵩むからソッチのが嫌なんだよね……。
女性陣は徹底して危機意識を叩き込んでやらないと、という凄い気合を見せる中で外から音が聞こえてくる。遮音結界と言っても外からの音は聞こえるようになっているらしい。また冒険者でも来たのかな、なんて考えながら服装の話を続けようとすれば、
少女の声がギルド内に響いた。
「あ、あの、すみません! 仕事を頼みたいんですけど……だ、駄目でしょうか……?」
どことなく弱弱しく、段々と小さくなって行く声。
だがそこには明確に困っているから助けて欲しい、そんな色が見て取れた。
その声に、なんとなく興味が向いた。
感想評価、ありがとうございます。
TS娘特有のガードの低さ。室内全裸だったり外にいてもちらっと肌を見せたりする事に何の躊躇もない男がTSすればそらそうよ。見てる女性陣の方が気が気ではない模様。