「あぁ、勿論だよ。依頼をしたいのかな? こっちで手続きが出来るよ」
「し、失礼します」
ウィローの呼びかけに緊張した様子で少女が駆け足でカウンターへと向かうのがカーテンの合間から見えた。少女にはどことなく焦っているような、そんな様子が見られる。その為か視線が静かに少女へと向かって集まる。当然ながら新鮮な仕事となると誰もが興味を持ち、喰いつく所となる。仕事は基本的に適性のある人間が優先され、同じ適性なら純粋な仕事の取り合いになる。その為仕事が来たところで軽い牽制が始まっていた。それを俺は見て、密かにこわ……と呟いていた。
「さて、依頼をしたいとの事だけど……ご要望は?」
「え、あ、は、はい。その、えっと」
「落ち着いて、私達は逃げないから」
ウィローが何か魔法を使った―――龍の目を使って魔力や魔法を物理的に視覚化し、魔法を確認する。見えるのは……空気の流れ? 植物の匂い? 恐らくはアロマ系の精神鎮静魔法だろうか。その影響もあって少女の言動は焦っているものから少し落ち着いたものへと変わる。深呼吸で空気を入れ替えた少女がはい、と声を零す。
「村が、賊に襲われて……まだ誰も襲われてはいないんですけど占拠されている状態でして。お父さんが連中を騙して、時間を稼いでて、でももう……!」
「解った。ただちに冒険者を派遣しよう……村は?」
「アルナザです」
「うん、解ったありがとう」
一瞬でギルド内の空気が殺気立ったものに変わる。金の気配と外道をぶち殺せるという事実に誰もがやる気に溢れている。それを制するようにウィローが落ち着いた声で宥め、殺気を抑える。少女は報酬と言って金をとり出そうとしているが、それをウィローが制す。
「料金は必要ないよ。これは領主様の管轄だからね。円滑に処理が終了した所で改めて領主様に代金は請求するから。カインズ! 領主さんに伝令をお願い! 届く頃には状況終了してるだろうけど派遣の要請を頼む! オスカー、君のパーティーは今暇だったね? 出て貰うよ」
「任せな」
ウィローの言葉に従ってオスカーと呼ばれた男が立ち上がった。仲間を連れてギルドを出る。
「セルマ、カティ、クーリ。君たちも女子会を切り上げて行って貰うよ。女性被害があった場合ケアに出て貰う必要があるからね」
「了解」
「領主は払いが良いから素敵よね」
「この季節に馬鹿をやる連中もいたものねー。皆殺しだー」
「いえーい!」
バイバイ、と女子冒険者たちが此方へと向かって手を振り、席を去って行く。それにしてもあのアマゾネス共、物凄い気楽さで皆殺しとか口にするの怖いな。アレが殺す事に慣れてしまった修羅マインドという奴なのか? 俺には縁遠そうな領域だろう。そして女性が去って行ってもウィローはどんどんギルド内で指示を出す。時折少女から情報を聞き出しながら素早く指示を出し、良く見ればその後ろでギルドマスターが物事を見守るように眺めている。自分の権限が必要か、ミスをしていないかをチェックしているのか?
何にせよ、一気に十数人の冒険者をギルドは動かした。領主から報奨金が出る事が確定している仕事なので、それを含めて人材を出し惜しみする必要がないという事なのだろう。先ほどまでは屯っていた冒険者たちがほぼ全員いなくなってしまった。一瞬の事で少女は完全に置いて行かれていた。残された少女は右往左往するように周りを見ていたが、
「お疲れ様。君の勇気ある活躍のお蔭で君の村は直ぐに救われる事になるよ。それは心配しなくても良い」
「本当、ですか? ありがとうございます……!」
「あぁ、いや。感謝するのは皆が帰ってきてからにして欲しい。その労いは彼らにこそかけて貰いたいものだからね。心配する必要はないさ。彼らの中にはゴールドも混じってるしね」
「マジで?」
「オスカーはゴールド級冒険者だよエデン」
「マジかぁ」
見た目はさえないおっさんなんだけどなぁ。ゴールドとなるとほぼベテランであり、1ギルドにおけるエース的な存在だと言えるレベルだ。ただの山賊や盗賊が相手だったらオーバーキルレベルの実力だろう。投入戦力的に考えて一切の逃亡者を許す事なく完全に殲滅する心づもりだろう、こういう時ガチの戦闘力を持った集団の恐ろしさを知る。
これがプロか。モンスターも、人も選ばない殺しに慣れた連中。
一瞬でファジーな部分が取れて剥き出しの殺意を見てしまった気がする。今からワータイガーの退治へと向かおうかと思ったが、今から行ってもそのテンションになれそうにはない。日を改めて……後はスパッツかタイツでも購入する事を検討するか。
ズボンを履け、とは解るんだけどそうするとリアが拗ねるんだよなぁ……。
「え、えっと、私はどうすれば」
「飲み物を今持ってくるから、そっちのテーブルでゆっくり待っていると良いよ」
そう言ってウィローは俺が座っている、もう既にカーテンの掃われたテーブルを示した。俺の方を見て軽くウィンクをしたのは相手をしてやってくれ、という事なのだろう。まあ、ギルドが賊の対処で忙しい中俺だけ仕事がないという事態は避けられたらしい。いや、最初から俺に仕事を割り振らなかったのはこの為か。
まあ、何でも良いや。
「ヘイヘイへーイ! カモンカモン! アッハーン!」
「威嚇しない」
「うっす……と言う事でこっちでだらだらしようぜ」
「え、えーと、でも私―――」
何か文句を言いたそうな表情をしていたので、一瞬で踏み込んで捕獲し、そのまま横にだっこしてステップで戻り、秒速で椅子に降ろして自分も元の椅子に座り直す。超スピードで自分の場所が変わっている事実に少女はぱちくり、と瞬きすると先ほどまで自分がいた場所と、今自分が座っている状況を見て頭の上にはてなを浮かべている。
「まあまあ、そう焦らず焦らず。ここを出た人たちは皆俺の先輩で人生経験も豊富で、それだけ成功している人たちなんだ。君が焦った所で何かが解決する訳じゃないし、心配したところで神々がなんかしてくれる訳でもない。人事尽くして天命を待つ。後は行動に移った人たちを信じるだけ」
「それは……そうですけど、やっぱり心配で」
「良し、じゃあその不安を解消できる事をしよう―――誰かナイフ借りて良い?」
「これでいいか?」
横のテーブルから食器用のナイフが飛んでくるのを指で掴んで止める。それを軽く指の中でくるくると回し、目の前の少女の前で止める。そのまま軽くつんつん、とナイフでテーブルを叩けばコツコツとした音が反響してくる。これでテーブルもナイフの硬さも証明された。
「じゃあ見てて」
「え、うん……うん!?」
少女の前の間で
「え、えぇ……?」
べりべりばきばきナイフを食い千切って咀嚼する。口の中で更に細かく砕いてごっくん。
「ふぅ……こんな事が出来る俺が今日登録したばかりのリーフ級冒険者で、さっき出て行った人たちはゴールド級なんだぜ? ―――つまり俺の数倍凄い化け物だって事だ」
「ぼ、冒険者さん達って人類卒業しないとなれないんですね……!」
「誤解を招く言い方は止めろ!!」
「冒険者を誤解させるな! 俺達はもっとちゃんとした人類だぞ! 俺は乳牛と結婚してるだけだ!」
「じ、人外魔境」
そこはあまり否定できない。だがその代わりに良い感じに少女から力が抜けて来た。何時までも緊張感を保ったままじゃ無理だろうと解ってきたのだろう。それに合わせてウィローが木のコップの中に入ったジュースを二人分、持ってきてくれた。それを軽く頭を下げて受け取りつつ口を付ける―――お、クランベリージュースだ。俺こういう甘くて酸っぱいの好きなんだよね。偶に茂みに生えているベリー系、それをつまんで口に放り込むの最高の文化だと思う。
「俺、エデン。君は?」
「あ、アイラです」
「ア・アイラね」
「アイラ、です!」
「知ってる」
滅茶苦茶睨まれたのでけらけらと笑う。それを見てアイラは此方を改めて見た。俺も余裕をもって彼女を見る。村娘らしいチュニックにロングスカート、その上からポンチョを被る事で外出用の恰好にしているのだろう。どこにでもいる様な茶髪を軽く編んだ、大人しい印象の少女だ。ロゼやリアとは全然違うタイプだ。ザ・村娘というタイプ。
「エデンさんは……冒険者なんですよね?」
「あぁ、そうだよ。今日なったばかりのペーペーだけど」
その言葉にアイラは質問してくる。
「エデンさんも、戦えるんですか?」
「まあ、人並には?」
「嘘言うな」
「立派な怪物だぞ」
「煩いぞ外野ー」
仕事を貰えなかった、或いは適性を持たぬ故に仕事を与えられなかった連中が野次を飛ばしてくるのを睨んで返す。そのやり取りに少しだけびくびくしているのはまるで外界を知らなかったひな鳥が少しずつ殻の外の世界を知ろうとしているかのようで……どことなく、俺に引っ付いて色々と覚えようとしていたリアの姿を思い出す。だから片肘で頬杖をついて、にこりと笑みを零してしまう。それを見たアイラは多少恥ずかしそうにし、視線を逸らす。
「もっと俺とお話しようぜアイラちゃーん」
「え、と、その、私……あまり話が得意な方じゃなくて」
「じゃあ俺が一方的に話すよ。色々と話のストックはあるぞぉ。最近の出来事で一番面白いのは家宝を売り飛ばそうとするエドワード様の話かなぁー」
「それは私も初耳なんだけど」
カウンター向こうからウィローがそんな事を言ってくるが、当然だ。本邦初公開ですから。
にこり、と笑みをアイラへと向ける。それを受けてアイラが少しだけたじろぐような姿を見せ、ちょっと顔を赤くし、それから静かに頷いた。
「では、お願いします」
「おしおし。それじゃあこの間の話だけど―――」
それから1時間ほど喋っている間にクランベリージュースがなくなり、補充のフリをしてホットワインを差し入れた。何も疑わず、躊躇する事なくホットワインを飲んでしまったアイラはアルコール自体が初めてだったのか、あまりにもあっさりと意識を手放してしまった。元々疲れていた事もあったのだろう、ワインのアルコールが後押しとなって一瞬で意識を落とした。目の前で倒れたアイラにタオルケットをかけてあげると、ウィローが労ってくれる。
「お疲れ様エデン、大変だっただろう」
「いや、そんなには。俺喋るのはそんなに嫌いじゃないしね。それよりもアイラちゃん眠っちゃったけど……村の方は大丈夫?」
「まだ続報はないね。距離的に考えて続報が入るのは流石にまだ早いかな」
「そっか」
頬杖を突きながら眠っているアイラを見た。善良で、そして誰でもない普通の村娘だ。特に飛びぬけて可愛いという訳でも、何か特別な力がある訳でもない。どこにでもいる少女だった。だが必死にギルドにやってきて助けを求める姿は、どうしても印象に残る。
「こういう事、あるんだなぁ」
「珍しいけどね。大抵の場合は領主軍が対処してるし、それで間に合っているからね。今回みたいに直接持ち込まれるまで発覚しないというのは本当にないんだ。それだけに今回、賊がどこから現れたのか、それを調べるのはかなり重要な事なんだよね」
「その為にあの人数を」
「うん、誰一人として残さない為にもね」
迷いなくウィローは全員を殺す為だと言った。それを聞いて俺は少し怖くなった。俺以外の人たちはまるで当然のように人を殺す事に躊躇がない。相手が悪であれば殺して良いのだと考えている。俺にはそれが良く理解出来ず、怖く感じた。だって相手も人間だ。生きているのだ。命があって失われたら戻ってこないのだ。なのに何で皆、そんなに躊躇なく殺す事を考えられるんだろうか?
今でも毎晩、悪夢を俺は見ているのに。
殺した感触も声も覚えている。
皆はそれを覚えていないのだろうか? 俺はそこまで考えて、無理だなぁ、と思った。精々モンスターを狩るので限界だ。そしてそれ以上は考えたくはない。
そんな俺を見てか、ウィローは微笑んだ。
「君は多分、とても才能がある。誰よりも強くなれる程の才能が」
だけど、と付け加える。
「きっと誰よりも絶望的に適性がない。違う道を選んだほうが良いよ」
ウィローの此方を気遣う言葉に俺は何も言い返せないまま溜息を吐いた。実際、ウィローの言葉は正しかった。俺の龍という能力は、出自は、才能は、俺の中身とは関係なく絶大な力と叡智を授けてくれるだろう。これからも俺は成長を続け、もっと強くなるかもしれない。
だけどきっと、それだけ誰かと衝突するだろう。
その度に俺はその感触を忘れはしないだろう。
永遠に。
だから曖昧に笑って、
「アイラちゃんが起きたら村まで送って今日は帰るかなー」
「おや、送ってくれるのかい? 助かるよ」
「結局今日は何も出来なかったしなあ」
そうやって話題を切り替える事で誤魔化す程度の事しかできなかった。
それから更に数時間後、村人に多少の怪我人は出たけど後遺症や死人もなく無事に制圧は完了したという話がやって来た。
この事件を生き残った賊はいない。
誰一人として。
もう二度と事件が起きないように、その場で全員殺された。
それでこの事件はあまりにもあっさりと終わった。
感想評価、ありがとうございます。
最初のお仕事は少女の話し相手。なおちゃんと報酬は出た。
エデンは未だに悪夢を見るし、最初に殺した時の感触を今でも思い出せる。そしてとても賢いので永劫に忘れない。生きている限り積み上げる屍を一つ一つ忘れられない。それが龍という生き物。