TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

42 / 140
ワータイガー Ⅲ

 斬る。

 

 突く。

 

 叩く。

 

 武芸の奥義はここに集約されるとエリシアは教えてくれた。攻撃を行う時、その種類は三種類に分けられる。つまり斬撃、打撃、刺突だ。全ての動きはここに集約されるから極めるならこの三種類の攻撃動作を極めれば良い、と。本当に強い達人と呼ばれる連中は大魔法が使えるとか、凄まじい攻撃技を備えているとか、そういう事じゃない。連中は人より早く反応し、人よりも鋭い攻撃を行い、確実に殺せる攻撃を確実に通す。繊細で完全にコントロールされた力と技術を持っているのだと言う。

 

 果たして核爆弾が1つの鎧を粉砕するのに必要か? 答えは簡単で否、となるだろう。核爆弾なんて無駄な火力を必要としない。達人であれば斬鉄の奥義を習得すればそれで十分すぎる。山を砕く力も、都市を亡ぼす火力も、全ては無用だ。たった一振りの斬撃で結果が出せるのならそれで十分すぎるのだから。

 

 だからエリシアは俺にそれを求めた。斬撃、打撃、刺突。その三動作をひたすら練習させる。それを唯一の武器でひたすら習熟させる。それ以外には遠距離と集団に対する攻撃手段と、強力な相手を確実に屠る為の技、それだけを求めた。

 

 何故かと言われればとてもシンプルな理由で―――俺に、細かい技は必要ないからだ。

 

 たとえば今、この花畑。

 

 俺の正面には鎧の姿がある。穴という穴から花が生え、触手の様な根が鎧の全身を這う。その中には骨が入っており、生前が誰だったかは判別が出来ない。その代わりにアンデッド化した鎧とスケルトンが更に花形モンスターに寄生された事で融合した様な生物に変化している。鎧に本体を守られているから簡単に焼く事は出来ないし、根を除去しようにも鎧を纏っているから鎧を処理しないとどうしようもない。単体で出現したとしても相当厄介な部類だと解るだろう。

 

 こいつを処理する方法を考えようとすれば、範囲の広い炎魔法で中を満たすように燃やすか、あるいは風の乱気流を生み出して呑み込む、達人であれば鉄を裂く奥義で鎧諸共中身を処理すれば良いだろう。だがどれでもそれなりのリソースと手間が必要だ。体力の消費だってするだろう。相手をする上で環境と合わせて面倒な相手だと言える。

 

 じゃあ俺は? そこまでの手間は必要か?

 

 剣を振り下ろす―――斬撃。

 

 大層な奥義も技もなく、刃筋がちゃんと立つようにコントロールして振り下ろす。それだけで刃が鎧に食い込み、ティッシュを引き裂く様に鎧を両断する。接触断面から結晶剣の蝕みが付与され、根が一瞬で侵食される。両断した鎧の間を駆け抜けるように前へと進めば、背後で結晶化したモンスターが砕け散って終わりを迎える。

 

 そう、俺にはいらない。

 

 黒で勝手に死体処理が出来る。剣に纏っている白で防御は割れる。後は超人的な身体能力で攻撃のエネルギーが空回らないようにしっかりと攻撃を叩き込む。それだけで処理は完了するからだ。細かい技術を身に着けるという事は繊細なコントロールを要求するという事だ。そしてそれは少なからず、100%の力では行えない。わざわざ力を落として技を放つぐらいであれば、俺は常に100%の力を発揮できる戦い方をすべきだ。それが最も効率的だ、最も強い戦い方。身体スペックというこの世界の誰もが手に入れられない頂点、それを有しているのだ。

 

 それを存分に振り回してこその龍の戦い方だ。

 

 だから俺が戦闘中に取る動作は斬る、叩く、突く、薙ぐ、破壊、そして突破。自分の攻撃コマンドは極限までシンプルに、頭を悩ませる必要のない範囲に狭める。状況と敵に対してどの攻撃手段を取れば良いのかを事前に頭にインプットする。後は状況を管理する脳味噌と、それに反応する体と、確実に攻撃を通すだけの技量を永遠に鍛えれば良い。

 

 それで俺は最強にたどり着ける。

 

 だから花畑が地雷原で、大量の花型寄生モンスターで溢れようと関係はない。やる事は変わらず、正面突破だけだ。種族値の暴力とでも言いたくなるスペックとエリシアとエドワードに培われた戦闘経験、俺が決して無敵ではないという意識、そしてここまで積み上げてきた経験と技量。それを備えて花畑を一気に突破する為に加速する。

 

 加速する。

 

 加速し続ける。

 

 まともに相手をする必要はない。結晶大剣を消して両手をポケットに突っ込み、余裕すら見せながら前傾姿勢で一気に加速する。ウェイトを消した事で更に加速しながら花畑、その足元を吹き飛ばす様な脚力と加速力で一気に前へと飛び出す。更に荒れる足元に怒り狂う花畑の住人共が後ろから続々と出現する。

 

「モンスターハウスだってここまで酷くないぞ……バランス調整狂ってないかこれ?」

 

 触手、蔦、根、ガス、飛ばされる種子―――触れてしまえば対策なしだと即座に詰みへと持っていくような攻撃の数々が此方へと向けられてくる。そもそも空間に充満しているガスでさえ致命傷を引き起こす様なものだ。それをガスマスクもゴーグルもなしに疾走している時点でおかしいのかもしれない。だがその攻撃の全ては俺の加速力の前には空を切る。放たれても既に前へと飛び出している。後ろへと向かって空ぶるだけで絶対に届く事はない。速度に任せたスプリントに集中すればそもそも俺に追いつけすらしない。

 

 それでも行く手を塞ごうと正面にモンスターが出現する。

 

 そいつらは手を出す事もなく、白を纏って突進すれば消し飛ぶ。

 

 加速―――或いは過剰速度とさえ言える速度は完全にモンスター達の理外の領域へ突入している。足元に出現する食虫植物にも似た形状にモンスターは大きく開けて待ち構えていた口を閉じようとして、閉じ始める前に踏み抜いて、通り過ぎてから死が追い付く。

 

「おぉっと悪い、何か踏んだか? 来世ではもうちょっと環境にやさしい生まれ方をしてくれ」

 

 軽いジョークを挟むだけの余裕さえもある。人にとっての過酷すぎる環境は、俺にとってはそこまで過酷でもない。普通に踏破出来る道でしかなかった。とはいえ、これを地雷原と評価する人間も解る。そう考えながら加速した突進で正面の敵を全て薙ぎ払い、一気に花畑を抜けた。再び花の大地から腐葉土で溢れる土の大地に踏み込んでも花畑の怒りは収まらず、此方へと向かって蔦や胞子が飛んでくる。

 

「いいから諦めておけ」

 

 振り返りながら手の中に再び結晶大剣を生み出し、薙ぎ払うように大斬撃・白を放つ。ただし今度は斬撃ではなく、汚く放つ事で攻撃の線をわざと崩す―――つまり斬撃ではなく打撃として攻撃を繰り出した。この方が攻撃時の面制圧力が上がる。斬撃では発生しない風圧も発生する為、集団を制圧するならこっちのが突破力が薄くても便利な部分がある。

 

 故に打撃化した白い薙ぎを放ち、空間を殴打して追いついてくる花を処理し、空間を生み出す。

 

「この世で一番絶対にピクニックに来たくない場所だったわ。じゃあな」

 

 薙ぎ払って出来た空白に流れ込んでくる姿を無視してワータイガーの痕跡を探し、自分が付着させた結晶と魔力の気配が森の奥へと続いているのを把握する。もう二度とあの花畑は通らないぞ、と自分の中で決めながらワータイガーへと追いつくために駆け出す。

 

 花畑を超えた所で環境は再び普通の森……の様に見える空間で落ち着いた。ある程度進めば花畑のモンスター達も俺の姿を見失ったのか追いかけてくる事はなくなった。漸く落ち着けると、軽く足を止めながらくんくんと自分のパーカーや服を嗅いでみる。

 

「げ、匂いが移ってる……これで良し」

 

 浄化の魔力を服に纏わせ浸透させ、臭気等のデバフを解除する。エドワードに言われて初めて気づいたことだが、俺が始めて魔力を使った時、本当にコントロールできてないのなら服さえも結晶化と浄化でぼろぼろになっていた筈なのだ。そうしていないって事はあの時点でコントロールが無意識的に出来ていたという話だ。言われてみればそうなんだよなあ……ってなる話だ。お蔭で今はこうやって便利に使えるんだが。

 

「さーて、人食いトラはどっこっかっな」

 

 ワータイガーの痕跡はまだ続いている。薄暗い森の足元を確認してみれば血の跡が点々と続いている。やはりダメージからはそう簡単に回復出来ないらしい。焦る必要もなくなったので歩きながら森の中を進む。モンスター達の気配は割と周囲からするが、花畑を突破した俺の存在に恐れているのか近づいてくるような様子はない。面倒が省けて助かりはするんだが、ちょっと納得が行かない。

 

「……ん? 水の音?」

 

 ワータイガーを追っていると段々と水の音がしてくる。追跡方向と一致する為、水の音へと向かって歩けばほどなくして森の中がまた開ける。木々が生えずに空からの光が差し込んでくるため、きらきらと水面が光る川の姿が見えた。

 

「おぉ、綺麗じゃん」

 

 薄暗い森の中を抜ける光る川。周りが薄暗いだけに余計に明るく見える川はまるで光の道の様にさえ見える。ここまでくると滅多な事で人が入って来れる環境ではないだろう。あの花畑がどういう形で広がっているかは解らないが、あの花畑を超えて来なくちゃいけないのであればほぼ人の手が入らない領域だろう。水面は透き通っていて、水は濁りががない。その中では魚たちが悠々と泳いでいるのが見える。どこかで見覚えのある魚は前に晩御飯として食卓に出た奴だろうか? 何尾か確保しておけば今夜の夕飯を豪華にする事が出来そうだ。

 

「結晶化してバッグに突っ込めば良いな」

 

 結晶化している間は腐らないし。素早く川の中を泳ぐ魚を何尾か素手で捕まえると結晶でその姿を覆い、即死させる。肉体を結晶化させないように気を付けつつコーティングを終わらせたらディメンションバッグの中へと突っ込む。生きている生物は無理だが、こうやって死んでいる状態ならバッグの中に詰め込む事も出来る。とりあえず5尾程捕まえておけば良いだろう。

 

 たぶん川の横に生えるあの草も割と特徴的だから何らかの薬草か力のある植物なのだろうが……そこまで勉強している訳でもないので、効能が良く解らない。とりあえず金になるかもしれないと、軽く採取してバッグに突っ込んでおく。

 

 これぐらいで良いだろう。

 

 森から続いているワータイガーの血の跡は川に入っている。そのまま反対側へと抜けず、川の中を泳いで進んだらしく血の跡はここで途切れている。

 

 だが水底を確認すれば、折れた木の枝や、足跡の形に乱された砂利が見える。流石に追跡の隠蔽手段までは持ち合わせていない様だ。とはいえ、水の中に入って匂いと血を消す事が出来るというのはそれだけでも驚異的だが。確かにここまで賢いのなら中々捕まえられないのも解る。

 

「ま、無駄だけどな」

 

 俺が追っているのはワータイガーに付着している俺の魔力だ。つまり俺の魔力を落とさない限りは絶対に追跡が出来る。水に入った程度では落ちる筈もない。だからワータイガーが川の中に入り移動したのはちゃんと把握できている。

 

 バッグの中からコンパスを取り出し、川の流れる方角を確認する。

 

「逃げたのは東の方か……結構奥の方に巣を張ってるのかアイツ?」

 

 流石に川の中を歩くのは嫌なので川沿いに歩く。

 

 両手をポケットに突っ込んで歩けばここら辺にはモンスターが寄り付かないのを感じる。川に何かあるのか? 水場というのは何かと生き物が集まりやすい場所だと思っていたが、ここだけ森の全体と比べるとえらく静かに感じる。

 

 そんな事を考えながら川沿いに歩き続ける。あまりにも時間がかかるようであれば今夜は野宿になってしまうが―――そこまでの心配は必要ではなかったらしい。

 

 1時間ほど川沿いに東進し続けると、やがて川が1回滝壺という形で途切れるのが見えた。円形に広がる滝壺の頂上がそれなりに高い崖になっており、その向こう側にはまだ森が広がっている。だがワータイガーの反応はその頂上ではなく、滝の裏へと続いている。滝壺を回避するように裏へと回り込めば、滝の裏側に洞窟が広がっているのが見える。

 

「ビンゴ、ここが巣だな」

 

 結晶大剣を肩に担ぎ、ふぅ、と息を吐く。洞窟の入口に立ち、軽く目を閉じて神経を洞窟の奥へと向ける。その中に隠れている気配を察知する為に意識を巡らす。感じ取れるのはワータイガーの気配の他に……小さな気配が複数。蝙蝠か鼠でもいるのか、と考えたがワータイガーの巣だとすれば違うだろう。というか巣なのだから考えてみれば当然だ。

 

「子供か……」

 

 人食いトラの子供、それが巣の中で育っているのだ。

 

 放置していればその内、その子供達も人の肉を求めて街へと飛び出すかもしれない。親同様、始末しないとならない。そう判断して洞窟へと踏み出す。

 

 もう、ワータイガーに逃げ場はない。




 感想評価、ありがとうございます。

 当然繁殖で増えるモンスターなので放置してれば子供を作ってそれもまた人の血を覚えて育てられるから将来、人食いトラになる。こうやって環境は崩壊するんだなぁ、って。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。