TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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ワータイガー Ⅴ

 帰りは川に沿って帰る事にした。不思議とモンスター達が川に近寄る事はなかった。或いは、陽の光から逃れるように生態系を構築しているのかもしれない。薄暗く、そして静かな闇の森の中でのみ、あの地獄の様な環境は維持されているのだろう。だから川を歩いている間、一切襲われる様な事はなかった。それとも、俺がワータイガーを殺し、その住処を焼き払った事が既に森へと響いているのだろうか。

 

 それとも悟られたのか。

 

 この怪物には絶対に勝てないから逃げろ、と。

 

 だがおかげで森を突っ切る川を通してトール街道へと戻ってくる事が出来た。

 

「ふぅー……疲れたな。泥のように眠りたい」

 

 全身にのしかかってくる疲労感は間違いなく肉体的な物ではなく、精神的なものだ。それでもちゃんとこのワータイガーの討伐を報告して金を貰わないと、何のために殺したのかさえ解らなくなってしまう。だから街道を出た所で指笛で適当な動物を召喚する。数十秒待つと、何時の間にか入り口で乗り捨てて来た馬が近くにまで寄ってきていた。熊の登場よりも早かった辺り、最初からスタンバイしてたのかもしれない。

 

「もしかして待っててくれたのか? よしよし、良い子だ」

 

「ぶるるぅぅ……」

 

 軽く頬を撫でてからその背に跨る。腹を蹴って競歩程度の速度で前へと進ませる。もう焦る必要もないのだが、空を見上げれば相当長い時間を外で過ごしていたのが解る。森に入った頃は高かった筈の日が今では少しずつ夕日の色へと染まりつつあった。早めに街へと辿り着かないと夜までに家に帰れないかもしれない。そう思うと少しだけ馬を急かし、街道を一気に南下して行く。方角的にはこれで正しい筈だ。走る速度は当然ながら俺の脚の方が遥かに早いが、今は自分の脚で歩くのも流石に面倒な気分だった。

 

 あぁ、そうだ。

 

 気分は当然最悪だ。

 

 そんな中、漸く街道を抜けた、と思うと突入する時に会った衛兵達の姿が変わらず―――いや、前よりも人を数人増やしてそこにいた。馬の蹄が街道を蹴る音で気づいた衛兵たちは此方へと視線を向けると、驚きの声と共に喜びの表情を見せた。

 

「君は……無事だったのか! 帰ってくるのがあまりにも遅いから心配してたんだ」

 

「どもども、見ての通り無傷です」

 

 片手で軽く挨拶をすると、おぉ、という声が衛兵たちの間から零れる。それで、と衛兵が声を零す。

 

「あの、ワータイガーは……?」

 

「あ、討伐しました。これからギルドに報告と証拠の提出に向かう所です」

 

「本当か!? いや、確かに君はあのワータイガーさえも薙ぎ払えるだけの実力を見せていた。となると本当か! 本当なんだな……あぁ、神よ、ありがとうございます……」

 

 そう言うと衛兵は祈るように両手を合わせ、頭を下げてくる。それに合わせるように他の衛兵たちも歓声を飛ばし、祝うように声を張る。衛兵達のその様子にちょっとだけ驚いてしまい、言葉を失ってしまう。それを見てすまない、と衛兵が声を零した。

 

「奴は友人や知り合いを狩ってたからな。自分達に出来る事はこうやって新たな犠牲者が出ないように見張るぐらいだった……それでも犠牲者は出てしまう。悔しくて悔しくて奴の事が憎かったんだが……君のおかげで彼らの死を漸く悼めそうだ」

 

「あ、あぁ……そうでしたか。その、お疲れさまでした」

 

「ああ! 君もだ! 本当にありがとう!」

 

「ありがとう、これで私も無事に妻の所へと帰れそうだよ」

 

「君のおかげでもうここの警備で怯えなくて済むよ」

 

「ありがとう、ありがとう……」

 

「いえ、その、俺も報酬が欲しかったからなんで……じゃ!」

 

 逃げるようにその場を去った。馬を街へと向けて走らせながらも心の中は辛さでいっぱいになっていた。彼らは俺が強いから問答無用でその言葉を信じた。結果と成果を見せなくても言葉だけで信じる事にした。それだけの強さが俺にはあったからだ。なら、強さが全てなのか? 強いから許されてしまうのか? 弱肉強食と言えば聞こえも良いだろう。だけどあのワータイガーは子供の為に必死に栄養のある食べ物を探していた。人食いしか知らない虎だから必死に人肉を集めて食わせようとしていたんだ。

 

 ああ、人を殺すのは悪だ。それはとても悪い事だ。絶対に許されない事なんだ。

 

 じゃあ、誰かを守るために人を殺す事はどうなんだ……?

 

 俺がエドワードを守るためにモンスター人間を殺す事と、子供の命を救う為に人を狩る虎と、そこにどれだけの違いがあったんだ? それは人間が最も優れた種で、今の世の覇権を握っているから違うのか? 人には法律があって、人には考える頭があるから話が違うのだろうか? だけどあのワータイガーも子供を想う心は本物だった筈だ。獣畜生だったとしても子供を愛する心は本物で、その為に内臓が零れても立ち上がろうとしていた。それは絶対に代わる事のない真実だというのに……結果は奴が悪だったという事だけが残る。

 

 じゃあ善ってなんだ。悪ってなんだ。殺してでも守る事が善になるのか? だが視点を変えれば善が悪になる事なんて良くある事だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 誰かを傷つけられる人は、絶対に善ではないから。なら俺は……なったのか? 悪龍に? いや、それは飛躍しすぎなのだろう。だけどそう言えるぐらい俺の心は揺さぶられ、荒れ狂っていた。子供の為に戦うモンスターの姿は、あまりにもリアル過ぎた。普段、グランヴィル家で食事の為に行う狩りとは全然違う。どこまでも現実的で愛のある人間性……モンスター人間にはなかったものがあの純粋なモンスターには存在した。

 

 それが、どこまでも、人を殺したような、感触がして、

 

 ずっと、ずっと、気持ち悪い。

 

「教えてくれソフィーヤ……俺、どうしたら良いんだ」

 

 きっと求めれば応えてくれる神に、口に出してそう聞いてみた。オラクルはせずに。声は届かないだろうと知っていて。それでも口に出さずにはいられなかった。胸中は痛みで満ちていた。だけどきっと、これはエゴイズムの痛みだ。俺が自分で殺して糧を得るという事を選んだ結果の結末なのだから、受け入れなくてはいけないのだ。それがどんなに苦しくても、受け入れる。

 

 それが選択をするという事であるのは、中身が大人である身としては良く理解していた。だから自分の選択からは逃げてはいけないのだろう。

 

 

 

 

 なんとか暮れる前に街に到着した。門の入り口を守っている衛兵は俺を見ると、少し驚いたような様子を見せて、

 

「馬に乗ってる……?」

 

「なんでそこで疑問に思うのぉ? 俺だって運が良ければ馬に乗るよ!」

 

「運が良いなら、って時点で答えは出ている気はするんですよね。さ、通って良いですよ」

 

「あざーっす」

 

 慣れた軽いやり取りをしながら馬から降りて野生へと帰す―――まあ、帰りにまた確保するつもりだというのを理解しているのか、馬は街から少し離れたところまで行くと、そこで待っていた熊と睨み合って頭突きを叩き込み始めていた。あの馬と熊ほんとなんだろうね。シリアスが3秒も持たねぇわ。

 

 程良く肩の力が抜けたのを感じつつ、段々と暗くなり始める街中を進んでギルドへと向かう。街の人たちも俺の姿には良い意味で慣れているので、此方へと視線を向けたら軽く手を振って挨拶してくれる。此方もそれに笑顔で返しつつ、少し疲れたなんて事をもう一度考えた。本当に、疲れた。今日はもう真っすぐ家に帰って寝たい。

 

 その欲求を抑え込みながらギルドの扉を開けて、中に入った。段々と暗くなり始める頃、人は自分の家へと帰り出す時間帯になるが、ここに限ってはたまり場としての意味もあるから、夜になろうが酒を持ち込んで帰る気配のない駄目な大人連中で溢れている。寧ろ夜の方が盛り上がっているまである。そんな盛り上がる時間帯近くにやってくると、ひゅー、という口笛と共に此方へと視線が飛んでくる。

 

「今夜は目の保養のサービス付きか! 良い心得だぜ新人―――ぶっ」

 

 顔面に形成した小型の結晶ハンマーを投げて無言でノックアウトする。その姿に数人が群がって財布を回収すると、それで新たな酒を買いに走ってった。ギルドはそんなやり取りを見て見ぬフリし、視線を正面へと向ければカウンターの奥でウィローが待っているのが見えた。

 

「やあ、エデン。今日は中々遅いご到着だけどもしかしてどこかで狩猟でもしてたのかな?」

 

 ウィローのその言葉に頷きながら無言でカウンターへと近づき、ディメンションバッグからワータイガーの死体、結晶で覆って保存してあるそれを取り出して上に乗せた。ずしん、という凄まじい重みと共にこれまで人々の頭を悩ませ続けていた賞金首の死体が上がり、一瞬でギルド内部の空気が死んだ。

 

「ワータイガー、討伐してきた。巣も見つけた。中に遺品もあって、回収できるだけしてきた。後は色々ある。報告、どうしたら良い?」

 

 ウィローが絶句した。他の冒険者たちも全員が黙り込んだ。十数秒、誰もが目の前の光景を疑うように黙り込み、しかし視線を俺とワータイガーへと集中させていた。その中、冒険者の1人が口を開いた。

 

「傷を負っていないけど……?」

 

「傷を受ける前に始末したし」

 

「巣、って言ったよな?」

 

「森にあったよ。追跡して追い込んで始末して来た」

 

「マジかぁー」

 

 その言葉が嫌に強く、ギルド内部に響いた。だが次の瞬間には歓声と笑い声へと変わった。その反応はあの衛兵たちと凄く良く似たもので、ワータイガーの討伐とそれまで討たれた同業者たちの無念が晴らせた事を祝う声だった。もっと睨まれたりする事をちょっとは覚悟していたのだが、全然違うリアクションが今、自分の周囲で飛び交っている事に少なからず俺は驚いていた。

 

「ははは……”宝石”の原石だとは思っていたけど、既にその輝きの片鱗は見せていたね。いやはや、私も目が曇ったかな。近いうちに討伐するとは思ったけど昨日の今日でもう実行するなんて……と、ちょっと待っててね」

 

 そう言うとウィローは振り向き、ギルドの職員の方へと声を飛ばすと、後ろの方で慌ただしくギルドの職員たちが動き始めた。それを確認してからウィローは此方へと向き直った。

 

「ごめんね、まさか本当にこうも来るとは思いもしなかったからこっちも準備してなかったんだ。えーと、確かにワータイガーの討伐を確認させて貰ったよ。この死体は結晶が取れるんだよね? うん、ありがとう。だったら解体費用を頂くけど素材別に解体する事も出来るけど―――」

 

「それ、売れる?」

 

「勿論。特にギルドでは研究用に丸ごと欲しいぐらいだよ。だから売却の意思があるなら死体を丸ごと買い取るよ。もう半分あるんだよね?」

 

「あるよ。じゃあギルドで買い取り、お願いしやっす。なるべく高く買い取ってね」

 

 ディメンションバッグから残りの半分のワータイガーを取り出す。その姿を見る度に殺した瞬間と巣での出来事を思い出し、顔を顰めてしまう。ただそれも後ろからやって来たギルドの人間が素早く回収してしまう為、視界から消えてしまう。

 

「他にも巣からワータイガーの子供の死体とか、番の死体とかも回収してきた。これは―――」

 

「当然、全部売ってくれるのなら買い取るよ。後持っている情報があるなら全部提供できるかな? 遺品回収、生態調査、討伐依頼の三種類として処理するから色々と上乗せできるよ」

 

「お願いします」

 

 値段交渉をしよう、という気持ちは一切なかった。ただただ早くこれを金に換えて手放したかった。死を冒涜しているような気分で常に最悪をマークしていた。だから後からやって来たギルド員達に他の死体を渡し、そして回収してきた遺品も渡した。これで回収してきたものは全て渡し終えた。その間も回りでは街道が再び使えるようになったことから陽気になった冒険者たちが酒を更に飲み始めていた―――人の気も知らずに。

 

 ただ目の前、そこにいるウィローだけが俺の気持ちを顔色を見て理解しているようで、溜息を吐きながら頭を横に振った。

 

「だから君は冒険者に向いてないって言ったんだ」

 

「自覚してる」

 

「……言われて止まらないんじゃ私にはどうしようもないかな。もう暗くなるし、今日は一度帰った方が良いよ。明日には話を聞く準備と支払いの用意をしておくから……君も、疲れて今は休みたいでしょ」

 

「……うっす、あざっす」

 

 ウィローの言葉に素直に従う事にする。早速背を向けてギルドを出ようとすると、冒険者たちから背に向けて混ざらないかと誘われるが、それを断る。たぶん、連中は単純に理由は何でもいいから暴れ、そして楽しみたいのだろう。

 

 冒険者の命は安い。

 

 命を張って稼いでもそう沢山儲けられる訳じゃない。

 

 だから全力で飲んで、騒いで、そして暴れているのだろう。

 

 その無神経さが俺にはどうしようもなく羨ましかった。




 感想評価、ありがとうございます。

 冒険者は明日生きているか解らない。だから全力で飲み、食べ、騒ぎ、遊ぶ。命を奪う以上は常に奪われる覚悟をして生きる。だから常に全力でふざけながら全力で生きている。命が資源として利用されているからこそ、最も命の輝きが強い職業。

 森「もう二度とこないでくれ」

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