第一戦隊がタイタンバジリスクの動きを止め、抑え込む。その役割は見て解る。フルアーマーで相手の攻撃を受けて止める役割だ。10メートル級の巨体を足止めするのは生半可な事ではないだろう。だが第一戦隊は最前線を抑えるように連携し、バジリスクの攻撃を数人で割って受け止めるように勢いを削ぐ。そうする事で1人1人が受ける負担を軽減し、ダメージを減らしているようだった。
「賢いなあ」
「賢い……ってかここら辺は普通に良くやる手段だよ。1人で受けきれない攻撃は複数人で衝撃を割って受ける。そういう技術や技法は大型の敵を相手する時は必須の技術だ。人間、体はそんなに強くはないからな。生き延びるなら知恵を凝らさなきゃならない」
「ほーん」
正面衝突とぶつかった戦隊の姿を見て思った。
「アレなら押し勝てるな」
そう言っている間にもバジリスクの動きを抑え込んだ戦列の後ろから槍やハルバードを持った戦士たちが回り込んで動く。そのままバジリスクの巨体が抑え込まれている間に巨体に近づかない様に、範囲ギリギリから攻撃を鱗や甲殻へと重ねて削るように動きを作って行く。あまりにもちまちました動きにちょっと驚いてしまう。
「……攻撃の仕方可愛すぎない?」
「アレで良いんだよ。一気に攻撃をして暴れられたら寧ろ困る。少しずつダメージを蓄積、体力を奪い、失血させて徹底して力を削ぐ事を考えるんだよ。大ダメージを叩き込むとか、いきなり殺すとか考えちゃならない……というかエデンちゃんならどうする?」
「ん? 俺? 頭に飛びついて脳天に一発で即死かな。死ななきゃそのまま首を落とす」
その言葉にクロムはこっちを見るが、納得したように頷いて視線を正面の戦闘を目を戻す。ぶっちゃけ、このレベルであれば俺は苦戦する事もないだろう。タイタンバジリスクは能力が防御型、デバフ型になっている。だが俺に硬さなんて概念は通じない。どれだけ硬かろうが一撃で両断する事が出来る。石化なんて魔力の質で圧倒しているのだから通じる筈もない。つまりこのバジリスクに俺に対する対抗手段が存在しないのだ。何をしようと結局俺が先手取って即死させて終わりだ。
だが彼らにはそれが出来ない。だから彼らには彼らなりの戦い方がある。それは練習に練習を重ね、そしてリサーチを重ねる事で組み上げて来た最適な戦い方というものだ。それを実践する為にも地味で、しかし掛け違うと崩壊する様な戦術を続ける。盾を持った仲間で攻撃を分散しつつ受け止め、止まった所を素早く回り込んだ仲間たちで攻撃する。魔法や矢を使って攻撃しないのは……恐らく、返り血対策だろう。バジリスクの血は石化の猛毒だ。矢傷などで上から血が降り注いだ場合、回避は困難だろうからなるべく避けたいのだろう。
「お、来るぞ」
「おー?」
言葉に視界を敵に合わせれば、バジリスクが大きく息を吸い込む。魔力を生成してブレスを吐き出す為の予備動作だ。それを理解したからこそタンク達は正面、密集するように盾を壁の様に構え、後ろへと、そして隙間からブレスを通さないように構える。同時にそれまでは沈黙を守ってきた魔術師達が魔導の発動準備に入った。勢いよく吐き出されるブレスは石化の吐息だ。バジリスクの魔力の浸食を受けた生物は全て問答無用で石化する。その為、タンク達は吐き出されるブレスに合わせて今の今まで温存していた魔力を高める。それでブレスに耐えながら後方から魔術師達が放つ風の気流でブレスをバジリスクの方へと押し返す。タンク達にかかったブレスは最小限だ、
「交代しろ! 魔力と体力を回復しつつ次の出番まで待機! 良し、狼たち前に出ろ! 貴様らの活躍が戦局を左右する事を肝に命じろ! 狼共! 食らいつく間を待て……待て……行くぞ!! 食らいつけ狼共!」
「左翼俺に続けェ!」
イルザの響くような声と共に、反対側からも男の声が響いた―――ひときわ強い気配を持つから恐らくはイルザの右腕か、副長ポジションだろうか? どちらにしろ、バジリスクのブレスを無効化してからのタンクスイッチ、そしてそこから入る魔術師による拘束支援と素早い左翼右翼の挟撃は見事としか言えないものだった。一部、練度が足りずにイルザ達の動きに遅れているものが出てきているのは事実だが、それを抜きにすれば全体としてちゃんと動きが機能し、バジリスクに何の行動もさせずにその動きを崩壊させていた。
ハンマーや槍、ハルバード等の武器がバジリスクの手足を集中的に潰し、その機動力と突進能力を奪って行く。魔術によって運ばれたねっとりとした液体がバジリスクの目を塞ぎ、その魔眼の効果を奪って行く。正面からバジリスクの動きを抑えるタンクは暴れようとする姿を理解しながらも絶対に攻撃を一人で受けず、常に数人で攻撃を受け流しながら分散させる。一番練度の高い戦士たちが揃えられているのは作戦の肝でもあるこのタンク達だろう。一番危険ではあるが、作戦行動の中で一番安定しているのも事実だ。
「流石“金属”のクランともなると動きの安定感が違うなあ……まだ下っ端の連中が付いてこれてないけど、それも時間があれば練度が上がるだろう。ちゃんと装備を整えて、調べて戦える組織はどこであれ強いもんだ」
「成程なぁ……これが集団での戦い方か」
これが人間が人間らしく戦うという事で。全ての種族で最も数が多く、最も替えが利く種族。だから数を増やし、ノウハウを確立し、そしてそれを継承する事で次へと託すことの出来る種族。故にこの星で最も栄えている種族でもある。確かにこうやって極限まで効率化された戦い方を見ていると、ある種の美しさを感じる。個人としては突出していなくても、集団としての機能を果たせるのであれば決して突出した個人が必要という訳でもない。それを目の前の集団が見せてくれていた。非常に勉強になる姿だった。とはいえ、俺にはこういう戦い方は絶対に無理だろう。
周りに合わせるには俺は強すぎる。周りが合わせるか、少数で乱戦に持ち込んで戦う事で恐らくは限界だ。大人数で役割を分担しながら戦うというのは俺の種族としての機能と一切マッチングしないだろう。そもそも本気で戦おうとすれば魔力を抑えずに戦うのだ、周りが結晶化したり浄化で消滅するだろう。
俺は恐らく永遠にソロだろう……。
パーティーで戦えるの、ちょっと羨ましいなあ……と、放狼の団が少しずつバジリスクを追い込んで行く戦いを見ながら思っていると、知覚の隅に引っかかるものを感じて視線を持ち上げた。俺の反応にクロムが視線を向けてくる。
「どうしたエデンちゃん」
「……んー? なんかいる? いや、来てる? 向かってる? 来てるな」
完全に観戦モードだった所から意識が戦闘モードに一瞬で切り替わる。この戦域へと向けて素早く何かが接近してきている。視線を戦域で指揮を執っているイルザへと向けるが、接近に対して気づくような様子は見せない。その視線と集中力は偶に周囲へと向けられつつ基本的に正面のタイタンバジリスクへと向けられていた。ただ俺の話を聞いてクロムはマジか、と声を零す。
「何か解るか?」
「ん-……タイタンバジリスクに近い気配だな……。もしかして同種か亜種が接近してきてるかも」
「おいおい、そんな話聞いてないし報告になかったぞ。勘弁してくれよ」
感覚的にそんな感じかなあ、というのはする。移動は地上ではなく地下で発生している感じもあり、何か異様なものを感じる。ただこれで俺が動いて良いのかどうかは、ちょっと判断に難しい。
「……これ、俺が動いても良いんだよな?」
「動いても動かなくてもいちゃもんつけられる時はつけられる」
「真理だなぁ……イルザ、変異型バジリスクが追加で2体ぐらい来るぞぉ!」
「なっ!? 戦隊下がれ! 拘束魔法を倍がけしろ! 総員防御姿勢!」
此方の言葉にイルザは疑う事もなく判断し、従った。即座に反応した戦士たちは防御を固め、奇襲に備えた。だがそれに反応できなかった者達は次の瞬間には即死した。その理由は単純明快だ―――地中からの攻撃に耐えられなかった。それだけだ。
タイタンバジリスクの左右に登場したのは赤と青の2体。煌めく鉱石の様な鱗と甲殻を纏ったバジリスクに近い気配のモンスターだった。地中を叩き割るように出現した乱入者は登場と同時に逃げ遅れた団員たちを口で掴み、ゼロ距離からブレスを吐き出しながら石化による被害を増やす。
そうやって生まれた石像をむしゃり、むしゃりと咀嚼する。まるで見せつける様に。その姿にイルザは苦々しい表情を浮かべるものの、即座に穴の開いた戦線を埋めるように指示を飛ばす。流石“金属”ともなると奇襲に対応するだけの能力と経験があるという事か。とはいえ、大きさこそタイタンバジリスクの半分ほどしかないが、能力は迫るものを有しているらしきモンスターの登場は恐らくキツイだろう。
「クロム!」
「俺だってこんな話ギルドから聞いてない! 恐らく今まで未発見だっただけだ! こんな奴らがいるなら俺だってこんなところ来るわけないだろ!」
「チッ……それもそうか」
聞こえるように舌打ちをしながら戦線の再編成を行い、放狼の団は再び戦う為の準備を整える。だが今度は賞金首クラスのモンスターが合計で3体だ。だいぶ無力化させたとはいえ、タイタンバジリスクはまだ沈黙している訳ではない。まだ生存し、なりふり構わなければ大暴れする事もできるだろう。そして状況的にタイタンバジリスクをあの赤と青のバジリスクは守りに来たのだろう。となると間違いなく守るように戦ってくるし、長引いてタイタンバジリスクが復活してくると厄介だ。
「アレ、知ってるやつか?」
「いいや……図鑑でも見たことがない奴だ。恐らく新種か変異種か……とはいえ、それも妙だがな」
「ふむ」
確かに、ワータイガーに続いて変異した凶悪なモンスターがこうも立て続けに出てくる事にはちょっとした違和感を覚える。まるで狙って現れたような、被害を生み出す為にピンポイントで厄介な所に配置されているような、そんな意図さえ感じる。とはいえ、変異モンスターを人為的に生み出す手段なんて聞いたことがないし、そもそもそれを辺境に配置する意味も解らないし。陰謀論の考えすぎだろうと判断する。それに重要な事はそういう陰謀の事を考える事ではなく、目の前の状況をどうにかする事だろう。イルザ達では恐らく1体を相手にするのが限度だろう。
ならば、と、声を張った。
「あの二体の素材を譲ってくれるなら俺が相手しても良いーぜー」
イルザに聞こえるように声を張ると、イルザが少し悩み、副長らしき男と視線を合わせる。男は頭を横に振るがイルザは再び全体を見渡し、そして此方へと視線を向ける事無く返答した。
「頼む!」
「よっしゃ。じゃあ、この後面倒ごとがあったら交渉とか説得とか頼むね、クロム。バイト代は出すから」
「仕方がねーなー。報酬素材の1割で良いぞ」
「結構ぼったくるな……」
苦笑しながら両手をジャケットのポケットに突っ込んで高台から飛び降りた。両足で軽く着地しつつ前傾姿勢になるように体を前へと倒し、イルザの横を抜けるように瞬発―――一気に戦隊の合間を抜けて前へと飛び出す。
「じゃあ引きはがしてから貰うな」
突進。
正面から青いバジリスクへと衝突する。顔面へと頭から突撃して5メートルほどの巨体を後ろへと向かって押し出す。石切り場に響く轟音と衝撃を無視しながら右手だけポケットから引き抜き、結晶大剣を生成する。一瞬で最大の脅威と恐怖が誰なのかを理解した赤いバジリスクが仲間を助ける事無く逃亡を選ぶ。即座に背を向けると命を求めて全力で大地を掻き、潜る為に必死に穴を掘ろうとする。
だがそれよりも俺の方が早い。
だからタイタンの体を飛び越え、逃亡しようとする赤いバジリスクの背中に飛び乗り、そのまま背を駆け上がりながら頭へ到達し、頭蓋骨に白を纏った大剣を突き刺す。頭を、頭蓋を、脳味噌を結晶剣が貫通し、そのまま蝕む。
脳が完全に結晶化して即死完了。剣を頭から引き抜きつつ傷を結晶で塞いで血の流れを止める。その間に多少返り血を浴びてしまうが、全身に纏っている魔力が血が体に触れた途端からそれを蒸発させる。
それはまるで白と黒の蒸気を身に纏っているようで。
赤いバジリスクの死骸から、吹き飛ばされて頭を振るい、一瞬で形勢がひっくり返ったのを認識してしまった青いバジリスクを見た。
「ここからは龍の時間だ―――まあ、もう終わりそうだけど」
お前も学費になれ。
感想評価、ありがとうございます。
ちなみに乱入なければ一切の問題もミスもなしに普通にタイタン討伐できる程度には優秀ですね。”金属”って事は新参がいたとしてもそれが問題なく出来る組織って事なんで。
龍の時間(5秒)