ロック鳥で街へと戻るには時間はそうかからない。やはり地形を無視できるのは時間を短縮する上ではかなり有用だ。あの団は馬車を使って移動しているから確かに足は速いが、それでも集団での移動と疲労、そして地形の都合があるからガイドがいたとしても帰還できるのは恐らく明日ごろになるだろう。ともあれ、早めに事情を報告するのは決して悪い事ではない。さっさと街へと戻った俺はギルドへと向かった。そしてそこでギルドの隅の方で他の職員から色々と話を聞いているアイラの姿を見た。
「お、早い帰りだったねエデン。もう帰ってこれるとは思わなかったけど……今度は空を飛ぶ方法でも見つけたのかい?」
「ロック鳥を足代わりに使ってるから移動は早いんだよ」
「そっかー」
投げやりなウィローの返答を見つつ、アイラの方をチラ見する。手の空いている職員からどうやらギルドでの仕事に関して色々と教えて貰っているらしい。
「アイラちゃんは……?」
「いや、マスターはまだ戻ってないよ。ただ仕事を教えて欲しいって丁寧で熱心に聞いてくるからね。一部が折れて仕事を教え始めたんだよ。変な幻想を抱いているかもしれないけど……それでも新人が増えて仕事が楽になるのは別に悪い事じゃないしね」
「ほーん」
ギルドは大体受け入れる方向性で決めて来たのか。ただそういう話になると気になる事がある。
「ギルドって慢性的な人員不足でもあるのか?」
「うーん……」
その言葉にウィローが頬杖を突きながらどういう風に答えたもんか、と少しだけ悩むような表情をする。その表情がギルドとしての現状を物語っている様な気もするが、ウィローは少しだけ悩んでから話を続ける。
「そうだねぇ……私達ギルド職員って分類的には正規雇用に入るんだよね。デスクワークがメインだし、一時的な雇用じゃなくて基本的に終身雇用だし。だからね……ぶっちゃけると部類としては冒険者よりも雇用条件が上なんだよね。だから冒険者からギルド職員へと就職を狙おうとするコースもそう珍しくはないんだよね。実は中央とかだと割と倍率が高かったりするんだよ、これ」
「へえ」
「事務能力が求められるから読み書きが最低限出来る事が必須条件、その上で人として信用できる相手かどうかが重要なんだよね。解っているとは思うけどギルドの仕事は信用で食っているようなものだから、信用、信頼されていなきゃギルドに仕事を委託しようとは思わないだろう? だから色々とぼかすけど
自浄作用……というには少々物騒に感じる。とはいえ、他人から請け負った責任を果たすのがギルドの仕事だと考えれば、中抜きとか贔屓で仕事を回す職員とかは評価を落とす原因でもあるのだろう。特に辺境の様なハードな環境で働くとなるとより一層の信用と信頼、そしてまともに仕事をしてくれる人が必要なのだろう。そう考えてみるとギルドの業界への食い込みって意外と厳しいな? 基本的にプロフェッショナルへと依頼すれば良い筈の所をアマチュアへと依頼するように誘導しているのだから。金無し、職無し、信用無しの根無し草に仕事を任せても達成出来るよ……と説得して仕事を回させるのがギルドの主な役割だ。そりゃあまともな職員がいなきゃ仕事が回らないわ。
「あー、そういう意味じゃ純粋無垢な少女を信用できる職員に育てるというのは大いにありなのか」
「そういう事。言っちゃ悪いけど素質はあるんだよね。後は読み書きが出来て夢が終わっても仕事が出来るか……って所だけど。幸いウチはかなり環境が良いしね。仕事も多い。モラルも高いから変なちょっかいをかける奴もいない。そういう意味じゃ新人を育成するには割と良い場所なんだよ……マスターなしでは許可を出せないけど悪い話ではないんだよね」
「と、絆されつつ言い訳すると」
「うん」
認めやがった……とは思うものの、必死に夢に向かって頑張る少女という姿は誰だって弱いものだ。事実、ギルド内の冒険者でそれを冷かそうとする姿はいない。夢を追いかけるのは現実が見えないとも言える事だ。だがその夢をあえて否定する必要がないと解っている大人たちがここに居る。何せ、冒険者なんて夢を見てなきゃやっていられないのだ。それが解っているから何も言わない連中ばかりなのだろう。俺はそういうの、決して嫌いじゃない。個人的にはアイラを応援できる。
「おっと、話が大きく逸脱しちゃったね。それでモンスターを従える野生界の新星は何か御用かな」
「オイラはモンスターじゃねぇ。ってそうだ、えーとな」
ウィローにアルヴァの岩場での出来事を説明する。放狼の団との合流、バジリスクの変異種、そして討伐結果の内容を語る。証人はその内帰ってくるであろうエルフが担当してくれるだろう。それを聞いてウィローは成程、と頷いた。
「他の支部と連絡を取って情報の裏取りはしておくとして……バジリスクの変異種が同時に二体か。確かにそれは妙だね」
ウィローはそう言うと少しだけ唸るように首を傾げ、考え込む。変異種が一か所にああも固まっていると、誰かが意図的に配置したのではと思ってしまう。だが果たしてそれが可能なのか? 変異種を意図的に生み出す事が本当に? ちょっと技術的に無理に思える部分があると俺には感じられる。とはいえ、世の中には人をモンスターにする技術があるんだ。それを考えると決して不可能ではない様にも思える。ウィローもそこら辺を考えているんだろう、情報に頭を悩ませている。
「……とりあえず変異種は此方で買い取るよ。ここまでくると調査の必要性もありそうだしね。裏手で二体とも出してくれれば此方で処理しておくよ」
「お買い上げありがとうございまーす。査定が楽しみデース」
「はあ、ギルドの財布が軽くなるなあ」
ダブルピースで収入を祝福していると、ウィローはだけどと声を続けた。
「エデンには直接仕事を指名するかもしれない……かな」
「おおーん? たとえば?」
「調査依頼かな。君の言う変異種がそんな風に集まっているなら別の場所、環境で変なのがまた生まれているかもしれないしね。ワータイガーの件もあるし、場合によっては酷く有害かもしれない。その事を考えたら付近の探索地を全部調査する必要がある。となると素早く動けて、単体で高い戦闘力を保有するエデンみたいな冒険者を派遣するのが有効なんだよね」
「残念だけど俺は屋敷での仕事あるから時間拘束が酷いタイプは受けられないよ。あくまでもグランヴィル家での仕事が優先だから」
「そうなんだよなあ……」
「いーじゃねぇか。エデンばっかり活躍すると俺達の仕事がなくなるんだから。バランスとしては丁度いいだろ」
「そうだそうだ。俺達にも先輩としての威厳を示させろー」
「後輩は後輩らしく可愛くしてろー!」
「お前らの発言おかしくない……?」
ギルド内での発言がおかしいというか……お前らもうちょっと考えて発言してみない? って感じはする。だけどまともな脳味噌で喋り始めたこいつらってこいつらって感じがしないんだよなあ。やっぱり適度に脳味噌を溶かした発言してくれていると助かるわ。なんというか、こいつらは荒くれである事は間違いがないんだが、その中でもユーモアが解る連中なんだ。適度にゆるふわってしててくれると怖くないんだ。
「まあ、飛んでいける範囲だったら新しい足が手に入ったしそれで見てくるよ。お金になるんだったら否定するだけの理由もないしね」
「うん、それだけでも十分だよ。それで今日はそれだけかい?」
「おう。それじゃあ裏……ってか訓練場に死体放棄したら今日は帰るわ」
「また後日」
ウィローに別れを告げてからギルド裏手の訓練所へと向かい、そこで待っていたギルド職員の目の前でカラフルな二体のバジリスクを取り出す。そのボリュームと質感、そして死体の状態の良さに驚かれはするものの、これなら良い査定が下るだろうという評価に俺の心はるんるん気分だった。それからギルドを去って街に出た所でさっさと屋敷に帰ろうかと思い、その前に足を止めた。
「服、買って帰るか」
流石にホットパンツのままだと視線がヤバかったし。その手の視線を自分の身に受けて漸くその危険性が解ってくる辺り、俺も女としての意識は全くないよな……と思う。ぶっちゃけ、女子としての私生活は割と慣れて来た部分がある。髪のケアとか肌のケアとかぶっちゃけやらなくても最高の状態を維持できるからエリシアとアンからそこら辺で滅茶苦茶睨まれた事があるんだが、リアのケアをするのが俺の仕事なのでそこら辺は全部頭に叩き込んでいる。面倒な体のあれこれだってこの数年で全部覚えている。
それでもどうしても男としての意識を持って育った影響で、自分の脳味噌のスイッチが男のままで常にキープされている感じがある。だから服の選び方とか仕草とか考え方とか、体が女子として引っ張られる部分を除けば意識部分は全部男のままだと言える。今回、それが完全に悪い方向へと転がっている感じがあった。
「舐められない恰好かぁ……今はまだ地元だから良いけど、将来的に中央に行くようになったら自分の恰好の事も考えなきゃならんか」
地元を出た場合グランヴィルの名前を知らん奴だって出てくるだろうし、その時は絶対に舐められない様にキマった恰好をする必要があるだろう。とはいえ、俺にとってのそういう格好って結局スーツとかそういうタイプの格好だしな……もうちょっとファッション雑誌とか見ておけば良かった。いや、今でも遅くはないのか?
空を見上げればまだ日は暮れていない。ロック鳥による移動が速い影響もあって今日は時間にたっぷり余裕がある。だったら帰る前に多少の寄り道をした所で問題はないだろう。素直に帰るよりも、ここは必要経費だと割り切って新しい服を購入する事を決める。
その為、ギルドを出て向かうのは普段から世話になっている服屋のタイラーの所だった。本日も特に何かがある訳ではなく、緩く営業しているようだった。ドアのベルを鳴らしながら店舗内に入ると、カウンターで何らかの作業をしていたタイラーが視線を向け、にっこりと柔らかい笑みを浮かべた。
「いらっしゃいエデンちゃん。今日はなんかの依頼かな? また鱗を繊維化させて仕立て上げるなら少しだけ待っててくれないかな? エリクシル剤を発注しないと体がもたないんだ」
「あ、いや、そうじゃないんで今回は」
「そう? まあ、依頼したいのなら何時でも頼んで欲しいかな。死ぬほど疲労するけど君の鱗を糸と布にする作業ってのはこう……今までにない神秘の素材に触れている感じがあって凄い勉強になるんだよね。神の力を借りる必要があるけど自分の実力がめきめきと伸びるのも感じられるし。まあ、それはともあれ何かお探しかな?」
その素材、恐らく現世では遺失している龍の素材なんですよ……そんな辛い仕事だと知らなくてごめん……。
「あ、えーと、今日はダメージジーンズを探しに来ていて」
「ダメージジーンズ? 普通のジーンズならあるんだけど」
「あー、成程。ダメージジーンズというのは、こう……」
具体的にダメージジーンズがどういう物なのかをタイラーへと説明する。ダメージジーンズ、アレほどカッコいいもんも中々ないと思うんだよね。履き古したジーンズには味があるというか。それを聞いてタイラーはうーん、と首を傾げる。
「中々難しい注文だね。普通のジーンズ自体なら魔界経由で仕入れてるけどダメージ、の概念はちょっと聞いたことがなかったなあ。そんなファッションもあったんだ……」
「あ、いや。これ結構特殊な魔界ファッションなんで。ほら、ジーンズが穴あきで肌が見えててもどうにかなるのは俺らぐらいなんで」
「まあ、確かにそうだね。ただ、穴が開いている服を着るってのはちょっと外観が良くないけど大丈夫かい?」
「グランヴィルが貧乏なのは今に始まった事じゃないんで」
「あ、うん。何も否定出来る要素がないなあ」
せやろ。流石にそこまで困窮している訳じゃないんだけどね。それでも、まあ、ウチが貧乏なのは事実だ。今回のは俺のポケットマネーだし、それ以前にダメージジーンズも9割俺の趣味が混ざっているし。どっちかというとカッコいい系でいたいんだよな、俺。正直スカートもそれはそれで楽しいって部分もあるんだが。やっぱりズボン系のが動きやすいのは事実だ。
寧ろスカートで滅茶苦茶動けているあの人妻がおかしい。
となると……ダメージジーンズが置いてあるのはやはり魔界系の商人だけだろうか? 幸い、今の自分にはコネが、というよりは名刺がある。貰ったのは今朝の事だが……これは一つ、冷やかしついでに確かめてみるのも悪くはないかもしれない。
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ギルドは信用で食ってるみたいな部分あるので、汚職してるやつを見つけ出してひっそりとこの世からさようならさせてる部署がある。悪い事してるのがいけないからしょうがないね。