TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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不協和音 Ⅲ

「―――俺は近いうちにブラッドマントラップも俺達で片付けるべきだと思う」

 

 放狼の団、副長ガルムはそう団長イルザに切り出した。

 

 街の宿、その一室でガルムとイルザはテーブルを挟んで向かい合っていた。幼い頃から付き合いのある二人は互いの考えと性格をよく把握している。苦楽を共にし、そして何年という月日を経て漸く自分達の団を“金属”のそれも中位にまで成長させる事が出来た。これが出来るクランというものは多くはない。ガルムとイルザ、その才覚あっての事だ。しかし、2人はここからの伸び方を見いだせずに悩んでいた。それ故にガルムとイルザ、2人は顔を突き合わせながら団の方針を話し合っていた。その中でガルムが提案したのはブラッドマントラップの討伐だった。

 

 セオ樹海はヴェイラン辺境領西南部に存在する樹海だ。辺境らしい変化に富んだ環境の中で、様々な動植物が狂ったような成長を遂げており、樹海そのものが1つの罠だと言えるレベルで面倒な探索地になっている。だがこういう変化している環境でこそ珍しい素材は手に入る。その為、素材を求めてセオ樹海に挑み、跡を絶つ冒険者は多い。結局のところ、冒険者や探索者のビジネスとは自己責任で行う事なのだから、誰も彼らの行進を止めようがないのだ。

 

 そしてここにもまた1人、セオ樹海に挑まんとする意思を見せるものがいた。

 

 それをイルザは腕を組んで唸りつつ悩んでいた。

 

「いいか、イルザ。お前の懸念する事は解っている。俺達にそれだけの力があるのか、俺達にそれだけをこなせるだけの組織力があるかどうかって所だろう」

 

「……あぁ、そうだ」

 

 ブラッドマントラップの情報は既に入手していた。この辺境へと放狼の団がやって来た目的はシンプルに、名声稼ぎだ。ギルドに対する特典と、団としての名声を稼ぐために賞金首を狩るのは決して珍しい事ではない。点数を稼ぐという意味では前々から取られている手だし、大きくなってきた組織が一旦辺境へと出てこの手の依頼を処理するのも良くあることだ。放狼の団もそのセオリーに従って行動している。エスデルという国を選び、ヴェイラン辺境領を選んだ理由も治安がよく、国の質が高く、欲しいものが金さえあれば調達できるからだ。

 

 別種族への偏見が薄く、そして国民の民度の高いエスデルという国家は完成度が高く、人気だ。老後を穏やかに過ごすのであればエスデルへと移住し学問に取り組むというのも割とある考えだ。人が増えればその分問題も増える為、そういう所を狙って依頼処理に来る者もまたいる。

 

 ただ放狼の団は最終的に“宝石”を目指すタイプの団ではなく、貴族に召し抱えられる事で正規軍としてのポジションを獲得する事を目的としている傭兵団に近い。だから重要なのは成果と名声だ。この二つを稼ぐ必要があるとイルザは考えている。

 

 誰だって根無し草よりは正規雇用の方が良い。

 

 帰る家がある。恋人を作る余裕がある。それだけで傭兵と軍人には天と地ほどの差が出来る。傭兵になるというのはつまり()()()()()()()()()()()()者達の末路でもある。だからイルザもガルムも、本質的には安寧を求めている。だからこそ正規軍として召し上げられるためになるべく良い条件を作ろうとしている。

 

 それが名声だ。

 

 サンクデル・ヴェイランの耳に放狼の団が強く、そして辺境の治安維持に大きく貢献しているという事が入れば、放狼の団の事を気に掛けるだろう。その状態で活躍し、成功すれば有用な人材として登用されるかもしれない。特にヴェイラン辺境領は国境付近を任されている為、国軍とは別に個人で保有する戦力に余裕なんてものはない。それが解っているからこそ、ある程度大きくなった傭兵団やクランは辺境へと移動する。

 

 そうやって中央から辺境へ人が流れる。冒険者とはそういう風にシステムが出来ている。中央から辺境へ、上を目指そうとするものほど外側へと移動するようになっているのだ。そしてガルムとイルザは典型的な上を目指すタイプだった。

 

 故に求める、勝利を。

 

「お前の……言いたい事は……解る」

 

「なら迷う様な事ではない筈だイルザ。解るだろう? 俺達が思っていた以上に辺境冒険者の質は高い―――極めつけはアレだ。あの女だ。アレはヤバイぞ。原石だ。“宝石”の原石だぞ。今回は偶々此方が早かっただけだ。だが放置していればアレは間違いなく成長するし、此方の獲物を狩って行くだろう」

 

 別れた後発覚する少女の正体。エデン、グランヴィル家の従者の少女。まだギルドに登録して数日だが目覚ましい成果を上げ、元から領主に対する覚えも良い。このまま放置していれば将来的に“宝石”にまで駆け上るであろうことは()()グランヴィルに仕えている事から解るだろう。それだけの資質があの怪物の中にはあったとガルムは断言する。100回中100回、戦ってもあの少女には絶対に勝てないだろうとも確信する。それだけライバルは厄介だった。

 

「俺達で先に狩らないと、以降の賞金首は全て奴に狩られるだろうよ」

 

「あぁ、だろうな。何やら金が入用だったみたいだしな。これからも恐らくは間引き系統の仕事でバッティングする事は間違いがないだろうし、あのでたらめな強さだ。きっと1人で何もかも解決出来てしまうだろう」

 

 ガルムとイルザにとっては頭の痛い話だ。名声を稼ぎに来たのに、その元となるものには競争相手がいた。それも恐らくは絶対にしくじる事のない相手だ。エデンが一度狩りに行けば、絶対に獲物は始末されるだろう。タイタンバジリスクを助けに来た者共の死に様を思い出し、ガルムは軽く身を震わせた。冗談じゃないとさえ思う。これでは飯の種も、名声も奪われてしまう。

 

 こうなってしまうと放狼の団に出来る事は二つしかない。

 

 1つ、辛抱強く根付く事。それは今回の討伐を諦め、細かい依頼を処理しながら地域に根付き、そして少しずつ名声を稼ぐ道だった。だがこれは長期的に構える必要があり、また同時に団員達のモチベーション維持も難しい話だった。これまでの放狼の団の活動は討伐と傭兵メインの活動が多く、それで実績を重ねて来た。根付いて地道な作業というものは団の方向性に合っていない為、多数の団員が―――特に新人たちが抜ける可能性が出てくる。

 

 どこでもそうだが、マンパワーとはそのまま組織としての力なのだ。人が多い程強く、そして傭兵団を鍛える手段とはやはり戦闘なのだ。実戦と訓練、この繰り返しが放狼の団を強くしてきた。無論、先日の様に犠牲が出る事もあるだろう。だがそれは夢を追って人を殺し続ける道の上では絶対に起きる事だ。それを嘆いた所でしょうがない。

 

 2つ、最低限のリターンを得て移動する事。即ちブラッドマントラップを討伐し、収入と名声を得た所で別の地域へと移動する。この地域は自分達なしで非常に安定している。だから最低限回収できる物だけを回収してもっと活躍できる場所へと行くというプランだ。正直、もうちょっと安定していない国の方が稼げるのは確かだ。だがその場合、仕事周りのリスクが上がる。エスデルの内、国境付近の辺境を選んでいるのは国境付近が一番不安定な場所になるからだ。だがここまで安定しているとなると、場所を変えた方が良いだろうから、ブラッドマントラップだけを討伐しこの場を離れる。

 

 それがイルザの中にある2つのプランだった。ガルムは後者を推す。その気持ちはイルザも解っている。上を目指すのであれば地道な活動が正しいのだろうが、それは戦う者にとっては苦痛だ。特にこの辺境の戦闘力は高く、安定している。調べるだけでも領主の采配が優秀で、特に問題らしい問題にまで被害が発展しない、させない。その事を考えればさっさとこの地を離れる方が正しいのだろう。

 

「……だがブラッドマントラップの相手をする必要はあるか?」

 

「最低限の箔は欲しいだろう。このままじゃ逃げ帰ったのに等しい。それにタイタンバジリスクもだ。奴は最終的にあの女に怯えてた……アレを倒したところで勝利とは言えない」

 

 ガルムの中にあるのは純然たる怒りだ。

 

 まるで少女の様に戦いをエスコートされた。そんな怒りだ。

 

()()()()()()()()()だろうが」

 

「……」

 

 ガルムの言う言葉をイルザは理解する。言葉ではエデンに感謝していたが、彼女自身の矜持が傷ついていないと言えばウソになる。年月を経て鍛え上げた筈の技は一瞬の暴力によって蹂躙されてしまい、重ねて来た準備はたったの3撃によって叩きつぶされた。それだけでバジリスクは生きる事を完全に放棄してしまった。その気持ちはわからなくもないが、結果から言えば勝利を譲られた形だった。1つの団の団長として、あまりにも情けない形の勝利だ。その事に、確かに不満を覚えている。

 

 命よりも名を惜しめ。

 

 エデンであれば狂っていると言うであろう思想は、だがこの世界からすれば当然の考え方だった。言ってしまえば命の単価が非常に安いのだ。簡単に死んでしまえる世界の中では命を惜しむよりも、どうやって自分という存在を残して行くのか。どうすれば自分という存在が忘れられなくなるのか。そこに焦点が当たってしまう。だから別に死ぬ事は大きな問題ではないのだ。本当に恐ろしいのは何も出来ず、何も残せず、ただ死んでしまう事だけ。

 

 それは大半の傭兵や冒険者に共通する考え方だった。無論、イルザとガルムにも当てはまる。

 

 だが命とはリソースだ。切り時を間違えると命を浪費する形になってしまう。それだけはいけない。だからイルザの頭の中では適切な命の消費の仕方を考えていた。言ってしまえば死んでしまう事自体が部下たちの仕事でもある。それをガルムは、ここで名の為にある程度消費すべきだと主張していたのだ。

 

 ガルムは思考する、このままでは舐められると。

 

 舐められたら終わりだ。この業界、名で売るのだから舐められたら全てが終わる。そして今回の話が出回れば、助けがないと勝てない、程度の低い“金属”だと思われるだろう。だからこそ多少の犠牲を許容しても成し遂げる必要がある。新たな討伐対象の排除を。

 

 それを理解するからこそイルザは考え、悩み、そして結論を出す。

 

「……解った。ブラッドマントラップの討伐をしよう」

 

「イルザ」

 

「いや、解っている。だが昨日まで一緒に飯を食っていた事を考えると消費する事に少々憂鬱になってな」

 

「それを背負うのもまた団長の役割だ。無理そうなら俺とその立場を代われば良い」

 

「そして責任をお前に押し付けろ、と? 冗談じゃないさ。これは私の選択で、私の責任だ。お前が心配する様な事じゃない」

 

「……そうか」

 

「そうだ」

 

 それで二人の会話が終わり、沈黙が訪れる。しばし無言を守るように腕を組んでいたガルムは席から立ち上がる。

 

「俺の話はそれだけだ」

 

「うむ、解った。お前も今夜は休んでいてくれ」

 

「ああ」

 

 そう言って部屋をガルムは後にした。タイタンバジリスクとの戦いの後という事もあり、団員の多くは昂って娼館へと向かってしまった。だがガルム本人にはそれを発散させるような気持ちも湧かず、萎えていた。その理由は本人からすれば実に明確だった。

 

 獲物を譲られた。

 

 それがずっと心残りになっていた。だからそのまま宿を出て、段々と暗くなって行く逢魔が時に街へと出た。空を見上げてから己の手へと視線を降ろす。

 

「上は遥か彼方、か……」

 

 生まれ、才能、素質、資質。その差を見せつけられたような気がした。それがどうしようもなく腹立たしく、悔しい。たとえ十数年己を鍛えたとしても、あの滅茶苦茶な力を手にする事は不可能だろう。

 

 肉体強化施術……それも最高クラスのそれを施さない限りは無理だろう。だがその手の手術は金が恐ろしい程にかかる。それこそ今の放狼の団の全財産を入れても1人分確保できるかどうか、というレベルで。

 

 いっそ、諦めてしまえれば楽なのに。

 

 だがあのバジリスクを蹴散らした姿が―――あの強さが脳裏に刻まれている。

 

 羨ましい。妬ましい。憧れる。憎い。複雑な感情がガルムの胸中の中では静かに渦巻いていた。それを決して表情に出さないようにしつつも、ガルムは自制していた。己と団にとって最適な選択肢の為に。

 

 ―――なのに。

 

「おや、おやおやおやおやぁ? これはこれはぁ? ほっほーう?」

 

 人の姿をした不吉がやって来た。ガルムの認知の外側から、一切その不吉さを感じさせる事無く、破滅が足音を立ててやって来た。

 

「ラブか? 恋か? 恋敵だっ! 街中へ残り香を求めてやって来て大! 正! 解! イエスッ! 悩み、焦燥、それはつまり青春で成長へのステップアップ!」

 

 軽いステップを踏む様に青年がガルムへと知覚外からやって来た。纏っていた狂気を全て霧散させ、人の良い青年を演じるように、軽くガルムの肩を叩いて。それに反応したガルムは自分の至近距離に入られている事に違和感を抱く事もなく、嫌悪感よりも寧ろ見たことのない筈の青年に友人の様な好感を抱いた。

 

「いきなり申し訳ない……けど私には君がどこか、悩みを抱えている様に見えてしまって―――」

 

 人の良さそうな笑みを浮かべる青年にガルムは疑う事無く心を開き、そして毒を流し込まれて行く。少しずつ、少しずつ―――意識を誘導し、侵食するように。本人の自覚さえなく壊して行く。全てを悪い方向へと進める為に。それがまるで本人の為のように思わせて。

 

 こうして、狼は狂い始めた。




 感想評価、ありがとうございます。

 放置しているとボスを増やすクソエネミーの鏡。これで今回のチャプターボス、皆は解ったかな。

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