TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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狼たちの賛歌 Ⅲ

 ―――人の叫び声が聞こえる。

 

 龍の体は人の姿を取っていても、全てを圧倒するだけの力とスペックを備えている。感覚は人の数倍優れ、視覚も彼方まで見渡し、そして聴覚は小さな音も拾い上げる。故にぱちぱちと炎が爆ぜる中で、人の悲鳴を捉えた。入り込んだ横道の先、その更に曲がった先で誰かが襲われている。それを察した瞬間に全力で駆け出した。足元で道路が砕け散るのを靴の底を通して感じつつも加速し、最高速度に乗って一気に角まで到達する。

 

 そこで人を背に、そしてその更に後ろには壁を。そうやってぎりぎり迄追い詰められても人を守ろうとする衛兵の姿があり、その前には3匹の人狼の姿があった。人狼にぎりぎりに追い詰められていた衛兵は槍を口枷代わりに迫る人狼の口を押さえつけている―――だが根本的な筋力で負けている。火事場の馬鹿力で拮抗している様に見えて抑え込まれている。

 

 猶予はもうない。視認した瞬間には接近していた。まずは安全を確保する為に襲い掛かっている人狼の首を掴み、それを力まかせに引きはがして後ろへと向かって投げ捨てる。そのまま振り返りながら大剣で薙ぎ払う様に斬撃を放つ。回避できる速度にまで落とした斬撃を人狼たちはバックステップで回避し、距離をあけながら様子を窺うように動きを停止する。これで距離は空いた―――空気感染は恐らくしないだろうが、噛まれて感染するなら血液を媒体に感染するかもしれない。

 

 始末する前に距離をあけた方がいいという判断だった。

 

「き、君はグランヴィル家の」

 

 後ろの衛兵からほっとした声がする。

 

「領主の要請で助けに来た。ここから南の入口までは片付けながら来たから逃げるならそっちへ。……今、ここも逃げられるようにするから」

 

 正面、3匹の人狼は男が着る様なチュニックに身を包んだ姿をしており、そのベースが恐らくは■■だというのが解りやすく見える。その事実を視認しない様に頭から忘却しつつ、大剣を再び構える様に肩に乗せて―――人狼が指さした。

 

「ば」

 

 笑い声以外の音を、口から。

 

「ばぁっく、ぶりぃーかぁ」

 

「―――」

 

「あるぜんちん」

 

「―――」

 

 続く嘲笑の声。誰のモノか、それが発された言葉によって解ってしまった。嫌でも解る。記憶にある言動だ。俺が言った言葉だ。そしてそれを誰が聞いていたのかをよく知っている。あの場にいる人達は少なかった。そしてアレを聞いていて口にできる奴なんて、それこそ実際に受けて覚えている奴ぐらいだろう。それぐらいだろうな。あぁ、それぐらいだろうさ。

 

「あぁ、クソが。本当にクソが。お前かよ、お前なのか、クソ……クソっ!」

 

 覚えている。忘れる訳でもない。特に深い交流があった訳でもない。でも、ただの善良な悪ガキの事を、記憶にある思い出の一つを忘れるはずがない。その人狼が元々どんな姿をしていたのかを思い出してしまった。思い出す必要もなかったのに。だから記憶を振り払うように担いでいた大剣を降ろして一気に踏み込んだ。言葉が出てくる前に一瞬で接近してからすれ違いざまに一閃。絶対に言葉を発せない様に上あごと下あごを切り離して即死させる。通り抜けた所で今度は一切の加減無く食い千切りを放った。纏めて頭を消し飛ばして即死させ、傷口を結晶化して覆う。それで人狼の処理は完了した。

 

「早く、次のが近くにいないとも限らないから」

 

「あ、あぁ……本当にすまない。そしてありがとう。さ、皆! 出口まではグランヴィルの方が確保してくれた! 直ぐそこまで頑張るぞ!」

 

「ありがとう、エデンさん」

 

「助かったよ、もう駄目だと思ってた……」

 

「グランヴィル家と領主様に感謝を」

 

 衛兵に守られながら住民たちが駆け足でバリケードへと向かって走って行く。その姿が去って行く前に、衛兵が足を止めて振り返る。

 

「君のおかげで助かったんだ―――助けられなかった者より、助けられた人の事を考えるんだ」

 

「それがコツ?」

 

「あぁ、衛兵の心得だ。辺境や地方でこの職業、犠牲は絶対に出るものだからね……改めてありがとう。それではまた会おう!」

 

 そう簡単に割り切れる訳ねぇだろ。その言葉をすんでの所で呑み込む。それを口にしてしまったら格好が悪い……ただの八つ当たりだというのが解る。ここへ来たのは俺の選択肢なのだから、俺がちゃんと責任をもって最後までやり遂げないとならない。それにこの状況……あの人狼があまりにも強すぎる。自然発生したとは到底考えられないレベルで。ただの衛兵では対処が難しいだろうし、俺みたいな腕利きが誰かを助けに出ないと助かるはずの人も助けられないだろう。

 

 それにやっぱり……知り合いが心配だ。出来るなら確実に助けたい。だから逃げられない。逃げちゃいけない。これはきっと良くある悲劇なんだ。そう自分に言い聞かせて再び歩き出す。

 

 誰かを探して。誰かがいないか。助けを誰かが求めているかもしれない。なのに聞こえてくるのは悲鳴と怒号、そして戦闘音。耳を限界まで済ませば聞こえてくるのはどこかで誰かが必死になって生きようとしている音と、人狼の嘲笑ばかり。平和で穏やかだったはずの街の様子は完全に死んでいた。

 

 それでも探す、まだ無事かもしれないと思って。

 

 中央へと向かって人を探すように蛇行しながら進もうとすれば、屋根の上を走る人狼達の姿が目に入る。どこかへと―――或いは人を狩ろうとする為に走る姿を見て、即座に始末する為に道路からステージを燃え盛る屋根の海へと変える。本来であれば視界いっぱいに広がるはずのレンガ色の景色は今は炎と倒壊した建物に寄って遮られ、遠くを見渡す事さえ出来なくなっていた。何時の間にか高く立ち上る程までに燃え盛るようになった炎はまるで怨嗟と悲鳴を食って育っているようでさえあった。

 

 そんな屋根の上を走る人狼たちの前へと飛び出し、大剣を担いだ。

 

「ここからは通行止めだ」

 

 人狼たちの脚が止まる。武器を持った人狼たち、その中央に立つのは法衣姿の人狼―――つまり聖職者、元は神官だった者の恰好だ。その腰から下げているメダルには覚えがある。笑みの優しい司祭が信仰を証明する為に装着している、特別性のメダルだ。俺が初めて教会へ行った時に会った人で、時折街に行って出会うと何時も挨拶する人でもあった。愛される司祭で、優しく他人を諭す事の出来る人格者だった。

 

「チャールズ司祭?」

 

「HAHAHAHAHAHA―――」

 

 その装飾品以外に、もう面影はない。大剣を握る手が震える。人狼の姿に本人の姿が思い浮かぶ。それでも大剣を上へと掲げ、

 

「さようなら」

 

 結晶斬撃を放って即死させた。斬撃を振り下ろすと同時に言葉もなく、意識が到達する事もなく死亡した人狼を放置し、残りの人狼が群がるように飛び掛かってくる。武器を手に襲い掛かってくる姿に対応する為に斬撃を引き戻しながら振り上げようとして―――それよりも早く、横から素早く飛んできた杭が人狼たちに突き刺さった。中空で杭の突き刺さった人狼たちは一瞬だけその動きが浮かび上がるように停止、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「エデン!」

 

 声に違う屋根へと視線を向ければ、そこには冒険者ギルドで受付をしているウィローの姿があった。知り合いの無事を確認できた事に安堵しつつ、まだ死亡していない人狼に追撃の斬撃を浴びせて体を抉り殺す。傷口を結晶で塞いで血液の流出を阻害しつつ左手で屋根を飛び移ってくるウィローを歓迎する。

 

「ウィロー! 無事だったか!」

 

「君こそここ数日は領主様の所で仕事にかかり切りだったはずじゃないのかい!?」

 

「俺は帰ってすぐに街がヤバイ事になってるって聞いて派遣されてきたんだ。俺は先に来たから軍が来るのはまだ少し時間がかかる」

 

「となると、移動をどれだけ急いでも最低で3時間か4時間はかかるかな……それまでに何とか安全を確保し続けるのは難しいかもしれない……」

 

 両腕を袖から露出しているウィローはその腕が樹木へと変貌していた。どうやら本気で戦う事になると体の一部を木に変化させるのがウィローの種族としての戦い方なのかもしれない。こんな状況なのだ、ウィローも全力で戦わざるを得ないと思うと相当酷い状況になっているというのが伝わってくる。

 

「ウィロー……一体どうなってるんだ? 皆は?」

 

 ウィローは一瞬、人狼チャールズの死体へと視線を向け、目を伏せる様に俯き、しかし顔を持ち上げて横に振る。

 

「詳しい事は解らない。だけど原因は放狼の団だ」

 

「放狼の団?」

 

「うん。ブラッドマントラップの討伐から帰還して1日後、急に団員たちが一斉にあの人狼に変貌したんだ。それからは見ての通りだよ。噛んでは増えて、好き勝手暴れながら徘徊している。変に知性があるくせに街を出ようとしない。まるで自分の縄張りを徘徊しているような―――」

 

 ウィローの言葉の途中で、人狼が屋根を破って上がって来た。迷う事無く顔面を消し飛ばしながら処理する。淀みなく元は人だった存在を殺せてしまう程に打ち込んだ鍛錬が、今では最悪の武器となっていた。きっと、そういう意味でもエリシアは俺に反射の領域になるまで俺に動きを叩き込んだのだろう。頭と心が乖離しても、戦闘が必要な状況に対応できるように。だから流れる様に人狼の処理に成功し、そのままウィローと向き合ってしまった。

 

「エデン、君は」

 

「解ってる。解ってるんだ。それでもやらなきゃいけないんだ。それだけの力を持っている人間としての責任があるんだ」

 

「そんなものはない。そんなものはないんだよ、エデン。力に義務なんてものはないんだ。それはどこまでも自由で、そして好きに振るわれるべきなんだ。君は何かに縛られる必要はない。君は君の想うままに生きるべきなんだ。戦場(ここ)は、君の居場所じゃないんだ」

 

「それでも、俺だけが今、ここをどうにかするだけの力があるんだ……力があるのに、見過ごす事なんて出来るわけないだろっ!!」

 

「それで苦しんでいるようじゃもっと意味がないんだよエデン!!」

 

 咆哮、人狼が襲い掛かってくる。ウィローの手が分化し、伸びる。それが襲い掛かってくる人狼の口に挟まり、人狼の感染を阻止する。ウィローの動きはどうやら木の腕であれば噛まれた所で感染しない事を理解している動きだった。

 

 だから俺も、そうやってウィローが動きを止めた所でたたん、と屋根を叩く様に踏んで1回転。

 

 全方位に食い千切りを放った。

 

 囲んでいた人狼を一撃で全滅させ、死体に変えた。

 

「ここで言い争うのは得策じゃなさそうだな。俺は元凶を潰しに行くよ」

 

 中央広場にいるという話の元凶を―――放狼の団を。それが災禍の始まりだというのなら、それをぶち殺して全てを終わらせる。その意思を視線と言葉でウィローへと伝えると、露骨にウィローが顔を顰め、

 

「中央へと行けば行くほど人狼の圧が増えるよ」

 

「この程度なら傷1つつかない」

 

「でも倒す度に君の心は傷つくでしょう?」

 

「それは今、考慮するべき場所じゃないだろう?」

 

 ウィローから視線を外し、中央へと移動する為のルートを脳内で構築する。道路も屋根も、どっちも似たような状況だ。道から屋根へと移動を繰り返して中央へと向かった方が案外早いかもしれない。いや、俺なら障害物を粉砕―――それで副次的な被害がまだ逃げきれていない人に向かうかもしれない。やっぱり破壊しながら進むのは止めよう。それで誰かを巻き込んだら一生後悔するだろうし。

 

 とりあえず前へ。前へ進んで、これを終わらせなければ。こんな酷い悪夢、存在する事そのものが間違いだ。

 

「……ここまで言って止まらないのならもう止めやしないよ。ただエデン、ギルドの皆は今、最初の混乱の時に散り散りになっている。余裕があったら探してほしい。特にアイラちゃんはどこにいるのか解らなくてずっと探しているんだ」

 

 ―――もしかしてもう既に人狼になっているかもしれないけど。

 

 そんな言葉をお互いに口にせずに呑み込んだ。最悪は常に想定しておく事だ。だがこの場でそれを口にする事はとてもじゃないが、お互いにできなかった。ギルドの職員に夢を見るだけだったはずの少女が、夢をこんな形で蹂躙されるなんてとてもじゃないが耐えられないだろう。いや、そもそもこの状況自体もはや耐えられるものじゃない。

 

 俺じゃなくてもいいから。

 

 頼むから誰か、終わらせてくれ。

 

「じゃあな。無事で」

 

「君もね」

 

 背中を向け合い屋根から同時に跳躍する。向かう場所は違うが願う事は一つ。

 

 1秒でも早く、この状況が終わる事を。




 感想評価、ありがとうございます。

 御覧の通り、エデンちゃんは最強種なので噛まれても一瞬で免疫が出来るので狼相手にはダメージも受けなければ感染もしない。そう、エデンちゃんはこいつらには無敵なのだ。

 エデンちゃんだけは。

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