TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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狼たちの賛歌 Ⅵ

 苦痛よ。

 

 どうしてお前はこうも俺から縋りついて消えないのだ。

 

 苦痛よ。

 

 お前はどうしても消えないというのなら、俺はお前を愛する他ないのだろう。

 

 

 

 

 地を割って前に出る。シンプルに大剣を突きに構え、イルザとガルムの融合体人狼―――イルムとでも呼ぶべき人狼へと向かって音の壁を貫通する刺突を放った。音速、超膂力、全てを粉々に粉砕する突きは本気で殺す為の先制の一撃。通常の生物であれば反応すらできずに滅殺される一撃を前にイルムは普通に反応する。握った溶剣をこっちに合わせ、切り払いと刺突が衝突する。

 

 拮抗するのは一瞬―――押し貫くのは此方。イルムの斬撃をはじき出すようにそのまま刺突を押し込み、二撃、三撃。全力の刺突をその巨大な体へと叩き込む。これが他の生物であれば体に三つ、抉り取られたような穴が開いて即死している所だろう。だが繰り出した刺突はイルムの体を貫通するも、致命傷や大穴を開けるには至らない。肉体の構造が根本的に他の生物とは違って頑強になっている―――これが“宝石”級のデフォルトの生命力、身体能力。

 

 何時も通りでは殺しきれない。

 

 だからその間合いを更に踏み込んで接近を試みる。だがそれよりも早く身を立て直したイルムが溶剣を振るう。反射的に体を横へとずらす事で回避し、直ぐ横を溶剣が抜ける。僅かにガードするように掲げた左腕が焼けた。ダメージが通るという事実と、久しく感じることがなかった痛みに歯を食いしばり、そのまま斬撃を振り下ろす。食い千切る残影を生み出しながら振り下ろされた大剣はイルムの姿に切り傷と流血を生み出す―――だが傷が深くならない。

 

「ち―――」

 

「プレリュード」

 

 X字の交差斬撃。当然のように此方も斬撃を重ねる事で迎撃し攻撃をはじき出す。だがそれと同時に横から槍が投擲され、体に叩きつけられる。イルムの指揮によって強化された人狼の投擲でも貫通される事はないが、それでも通常の人体であれば肉体をミンチにする程度の破壊力は乗っていた。横殴りにされた時点で体は衝撃に足を大地から剥がされ、僅かに浮かび上がるように吹き飛ばされる。

 

「クソ」

 

 その先で待ち構えているのは事前に用意されていた盾の戦列だ。此方が吹っ飛んでくるのを迎えるように、抑え込む様に盾とその合間から槍が覗いている。吹き飛ばされた先で抑え込みながら刺し殺すというセット運用―――明確な戦術を構築した、人の戦い方だ。それが単純なスペックの暴力と組み合わさる事で凶悪な力を証明する。

 

 だからそれを上回る暴力で対処する。大斬撃・白を吹き飛ばされる最中に体を回転させながら横へと一周、ぐるりと放つ。着地点とその背後にいた人狼共を全員一撃で両断しながら死体を足場に着地、踏みつぶしながら血を跳ね上げる。そのまま連続で白い延長斬撃を放つ。二閃、三閃、薙ぎと袈裟に放つ斬撃が大地を裂きながらイルムの姿を追う。

 

 それをイルムは溶剣で迎撃しながら歌うように吠える。転調により音の質が変化するも、それが人にとっては不協和音である事実に変わりはない。だがイルムは更に加速する。それを迎えるように振り抜いた状態で死体を踏みつぶして加速する。お互い、一切速度を緩める事のない加速、それは衝突という当然の結果へと行きつく。

 

 突きと交差斬撃、初撃は互いに弾き合い―――斬撃の応酬に入る。斬り、払い、振り上げ、下ろし、薙ぎ、戻し、突き。連続で動作を途切れさせる事無く連続で繰り出し、溶解する鉄と炎を結晶と共にまき散らしながら連撃で弾き合う。

 

 ……手堅い!

 

 見た目とは裏腹に、剣筋は経験と技量をベースとした防御よりの剣術。守り、前に出て、追撃を誘導する為の戦い方だ。その本質は放狼の団だった時と何の変わりもない。故に斬撃を散らした所で横から槍がリーチの外側から狙いを定めて迫ってくる。目の前の溶剣と横からの槍、どっちが厄介かと言えば確実に溶剣の方だろうが、溶剣が目の前にあると解っていても迫る槍は対応を要求してくる。

 

 槍を回避する。そのままカウンターとして斬撃を薙ぎ払うように延長させ、纏めて10匹程抉り喰らう。素早く大剣を戻しながら来る追撃に対応しようとするが、やはり誘導された動きだ。大剣を戻す動きが間に合わない。

 

「ヴィヴァーチェ!」

 

「ぐっ」

 

 左腕を盾にした所に溶剣が叩き込まれてくる。炎と鉄が皮膚を焼く感触を感じ取りながらも鉄が肌に食い込むのを自覚する。生物としての格か? 或いは筋力か? それともエーテルの作用か? 何にせよ“宝石”へと至った存在は技量でなくとも龍の鱗を裂けるだけの格を得るらしい。それが今、自分の身で確かめられ―――吹っ飛ぶ。

 

 大地にワンバウンドするように叩きつけられてから態勢を整えられる前に追撃が来る。それに大剣でのガードが入るも、体は更に加速するように吹き飛びそのまま中央広場の外側にある店舗に衝突する。壁を、テーブルを、椅子を、キッチンを、そして更に壁を突き破った所で大剣を床に突き刺して動きを止め、そのまま振り上げる事でそこまでの道をふっ飛ばしてクリアリングする。

 

「アレグロ!」

 

 響くような不協和音。空に響く人狼のオーケストラ。見上げればそこには人狼の雨が待ち構えていた。槍を、メイスを、剣を握った人狼共が指揮に合わせて飛び掛かるように一斉に空に舞っている。数秒もすれば空から大量の強化された人狼共が落ちてくる。その前に数秒息を整える。

 

「全部壊してやる」

 

 大斬撃・白。白い食い千切りを放つ。空を落ちて来る人狼共を纏めて血の雨へと替え、それを浴びながら開いた空間を突貫する。

 

 魔法を創造する。原初の神々、そして神威である龍達こそが魔法の始祖である。故に創造する。使用する術式は()()()()。俺の経験、その中でも最も感情が色濃く残る物を術式にする。そうして最も強く、濃く痛みが刻まれた思い出は、

 

 ワータイガーの物だ。

 

 唯一にして無二の魔法が完成する。

 

「“人食い(マンハント)”」

 

 殺した人狼の命、その生命力を纏う事で自分の力として纏う。赤い雨が一瞬で俺への供物へと変化する。降り注ぐ血が力を活性させる事で地を蹴る速度が更に強くなる。更に加速するように音を引き裂いてイルムへと到達する。正面、その顔面に視線を固定しながら大剣を走り抜ける様に振るう。斬撃に付与された黒と白が同時に巨体に叩き込まれ、その姿が浮き上がって吹き飛ぶ。後ろへと向かって回転するように吹っ飛んだ姿が血を流しながら家か店に衝突する。

 

 それにそのまま追撃する。

 

 イルムを追う様にそのまま更地に変えるように店舗に突撃する。家財が吹っ飛ぶのを気にせず着弾したイルムへと追撃を行おうとし、溶剣が巨大化して迫ってきていた。弾ききれない。そう判断した瞬間には防御に回り、左手を大剣の腹に添える事で大溶撃をガードし―――横に押し流される。壁を粉砕するように叩き出されながら隣の家に衝突する。追撃するように吠えるイルムが迫ってくる。屋根を突き破って人狼が降りて来る。

 

「素晴らしい音だ」

 

「吠えてろ。直にどんな音も発せなくなる」

 

 上から落ちて来た人狼を回避し、溶剣をガードしながら後ろから迫ってくる姿を回転蹴りで頭を吹き飛ばし血を浴びる。ワータイガーを思わせる様に赤く服が濡れ、染まれば染まる程力が増して行く。思い出を術式に構築できる魔法は現状はこれ1つだけだ。

 

 だが、

 

()()()()

 

 真っ赤に染まった体は重さを感じない。迫ってくる人狼を一切無視してイルムに突貫、突きを叩き込んでふっ飛ばす。3軒更地に変えながら吹っ飛んだイルムを追撃するように跳躍、空から大斬撃・白を放って追撃する。食い千切りが大地に到着する前にイルムが瓦礫を吹き飛ばして回避、中空の俺の身へと人狼が殺到する。

 

「邪魔だ」

 

 接近した1体の顔面を掴んで握り潰し、その死体を弾丸代わりに蹴り出して人狼の壁に穴を叩き込みながら着地する。周囲を払うように斬撃を払ってクリアリングしつつ血が空に舞う。そうして周囲を薙ぎ払ったら再び大剣を肩に担いで中央広場へと足を向ける。そこで両腕を溶解し炎上する金属に染めたイルムの姿があり、同じように―――こちらは全身を溶解する鉄に浸された人狼共が焼ける音と臭いに咆哮を織り交ぜながら合唱している。見た目は地獄そのものだ。燃える鉄を被った怪物どもが炎上しながらも楽しそうに笑っているのだから。

 

 ……あぁ、見た目だけなら俺も相当な怪物か。

 

 危険なウィルスで満ちた人狼の血を頭から被っているのに、それを供物として更に自分の力に変えている。どっちも見た目も本質も怪物だ。誰が見ても忌避したくなる生き物だ。ただ、違いがあるとすれば、

 

 俺の方が強いという事だ。

 

 大剣を突きつける。

 

「全員纏めて冥府に送ってやる。覚悟しろ」

 

 返答に楽しそうに笑みを浮かべたイルムは応える様に歌い、燃え滾る人狼共が地を這うように突撃してくる。それに対して一切恐れる事無く正面から迎え撃つように接近する。後ろへと自然と流されて行く大剣を引く様に構え、刺突を接触と同時に繰り出し頭に大剣を突き刺した。間違いのない即死攻撃。通常の人狼には当然耐えられる筈もなく死に、瞬間、その体が肥大化し、

 

 爆裂した。

 

 炎と、溶けた鉄ごとはじけ飛び、至近からそれを叩きつけてくる。顔にかかる鉄の感触が皮膚を焼き、火傷を鱗に刻んでくる。それが1匹で終る筈もなく、10、20を超える元住人達の自爆型人狼が炎上しながら武器を手に突っ込んでくる。めんどくささの極みに達しやがって、そう思うものの相手の戦術はシンプルで同時に補充が効く。正面、そして周囲から突っ込んでくる自爆型人狼をすれ違いざまに切り裂き、その爆風を使って加速させるように体を跳ねる。

 

 視線は人質の山へと向けられている。イルムも其方へと生贄の補充を行う為に向かおうとしているが、それよりも此方の加速力の方が上だ。大地に更に低く踏み込み、先ほど見たガルムの動き、それを完全に真似て一気に速度を増して人質の所まで滑り込み、体を回転させるようにブレーキをかけつつ白い斬撃を振り抜いた。大地を抉り、人狼を引きはがし、イルムを後退させて間を作る。そのまま追撃するように迫ってくる人狼共へと対処するように大剣を下へと突きさし、結晶の壁を生み出す。突撃してくる人狼共が壁に衝突し、連続で爆炎が響く。

 

 ふぅ、と額に汗が走るのを感じつつ息を吐いた。これで背後に人質を持ってこれた―――だがそれはつまりこれからはこの荷物を抱えながら戦わなきゃいけないという事でもある。たった1人で戦っているのに守勢に回るという事はそれだけ劣勢に状況が傾くという事でもある。

 

 何よりもこれまで、この人質があったからこそ問答無用の大斬撃を振るう方向と距離、威力を制限せざるを得なかったのだ。どうにかしてこの人たちを戦場から退避させなきゃいけない。そう思い結晶壁を維持しながら後ろを一瞥した。

 

「うぅ……」

 

 呻き声と共に誰かが動き出すのが見えた。無造作に放置されるように置かれていた人々、その中から起き上がってくる姿は見覚えのあるものだ。

 

「タイラーさん!? こんな所にいたのか」

 

「え、エデンちゃん……」

 

 憔悴しているようだがまだ無事だった。視線を正面へと戻しながら安堵の息を吐き出す。あぁ、本当に良かった……これでまた1人無事を確認できた。この暴力で誰かを守る事が出来る。それが体に活力を漲らせ、力を引き出す。結晶壁の解除タイミングを窺い、そこから大斬撃で突破口を生み出す事を考え、

 

 肩に軽い感触を得た。

 

「えっ」

 

 次の瞬間、感じたのは鋭い歯が首に食いつく感触と、それが皮膚を破れない程度の力だった事だ。視線を壁を維持したまま戻せば、そこにはタイラーが俺の首へと噛みついている姿があり、その両目からは涙が流れている。

 

「すま、ない……逃げて……逃げてくれ……すまない、もう、みんな、ておくれ……だ」

 

 噛みついたまま嗚咽を漏らしながら涙を流すタイラーの姿が段々と人狼へと変貌して行く。噛みついていた歯が抜け、解放された事で数歩、タイラーだった存在から離れる。徐々に人狼へと変貌して行く姿は彼だけではなく、先ほどまで昏睡していた人々の姿も人から狼へと姿を変えて行く。

 

 手遅れだった。

 

 全員、既に致命傷で、仕込まれていた。

 

 こうやって、俺が守りに入った瞬間の為に。一瞬の意識の空白。状況を拒否する脳味噌への対応。だがそれを待ち望んでいたのは人狼の指揮官。

 

 砕け散る障壁を抜けて溶剣が迫る。

 

 迫った。

 

 眼前に。

 

 全てを焼き切るように。

 

 そして届いた。




 感想評価、ありがとうございます。

 人食い、使用する事で敵を殺せば殺すだけ自己強化する(上限あり)。

 消費するのは相手の命と殺すたびに削れるエデンの精神力だけで最強のコスパを誇る。最もエデンらしくないけど、最も相性の良い魔法。

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