TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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新入生

 朝、両手を広げるリアの前に立ち、或いは横に立ち、服や髪をささっと調整する。もうこれは手慣れたものだ。何年間もやっているだけあってリアの着替えも手入れも全部出来てしまっている。こういう所だけを見れば貴族とその従者なんだけどなあ、なんて思いつつ短い時間できっかりと何時も通りのリアを仕上げる。

 

 そうやって出来上がるのは黒の制服姿のリアだ。黒い服に銀髪が良く栄える。まあ、黒のみというのは中々どうかと思うが、制服としては結構スタンダードな形ではある。形状は―――まあ、特に語る事もないスタンダードなブラウスとスカートのタイプだ。乳袋なんてものは存在しない。そんなもん元々リアには無理だが。

 

「制服、似合ってるぞ」

 

「ありがとう。エデンも一緒に通えたらよかったんだけど……」

 

「年齢も違うし、学費も馬鹿にならないんだから無理」

 

「でもサンクデル様は一緒に通わせても良いって言ってたよ?」

 

「あのおっさんは食えない所あるから頼り過ぎちゃ駄目」

 

 まあ、俺を“宝石”にして自分の切り札の一つとして手において置こうって魂胆は読めているんだが、その気になったらマジで囲い込んだり養子縁組しそうな気配はあるんだよな。現状、俺って家といえる後ろ盾がないからサンクデルの様に金で経歴を作れる人なら俺がどこの生まれとか偽造する事出来るし。まあ、頼るには頼ってるんだが、それでもそれには限度があるよなって話である。何事もバランスが大事だ、バランスが。

 

「それよりも良いか、リア。良く聴くんだぞ」

 

 両手でリアの頬を挟み、視線を合わせる。リアは俺の言葉に真剣な視線を向ける。

 

「これからお前が通う学園には大量の同年代の学生たちがいる。その中でも最上位の立場にお前はいる。だってお前はそれを純粋な努力で勝ち取ったんだからな。だから多くの奴はお前を羨むし、そしてやっかみもする。だけどそこで得られる経験は、一生の内に今しか得られないものだ……俺は助けられないから、存分に楽しむんだぞ?」

 

「うん」

 

「なら良し! 昼食代はちゃんと持ったな? ハンカチもあるな? ディメンションバッグに全部入れてあるな?」

 

「大丈夫だよ」

 

 リアには俺が普段使っているディメンションバッグを渡してある。普段は俺が便利に使っているんだが、まあ別段持っていなくてもどうにかなるという事でもある。なのでリアにも使える様に調整を施した上で今はリアに貸してある。教科書やらなにやらと持ち歩かなきゃいけないものは多いし、金のある貴族は安物であれディメンションバッグを持ち歩くのが基本だ。だがウチにそんな金がない以上、俺の物を使わせるのが最善だ。

 

 なんか……凄い貧乏みたいで悲しいな。

 

「楽しんでおいで」

 

「今日は半日だけだし、直ぐ帰ってくるよ。ロゼも一緒に居るし大丈夫!」

 

「なら良いんだけどなぁ」

 

 通学の準備を終えたリアが部屋から出ると駆け足で部屋から出てエントランスへと向かう。その様子を廊下で転がっていた黒猫があくびを漏らしながら眺めると、俺の姿を見て立ち上がって近づいてくる。しゃがんで二股の黒猫の腹を撫でつつ、階の上からエントランスではしゃいでいる2人の少女の姿を眺めた。見送りをする為に下にクレアが行くと、ロゼが上に視線を向けてくる。

 

「早く来ないと置いて行くわよー」

 

「どうせ追いつくから心配しなさんな。それよりもお前らは早くいかないと遅れるぞー」

 

「あ、そうだった」

 

「なら急ぎましょうか。行ってくるわねクレア」

 

「行ってきますクレアさん」

 

「行ってらっしゃいませ、お嬢様方」

 

 クレアの一礼と共にリアとロゼが邸宅を出た。その姿を扉が開いて、そしてその向こう側へと消えて行くところまでじっと眺めた。彼女達が学園へと向かってからも数秒間その様子を眺めていると、下の方からクレアの声がしてくる。

 

「仕事、ちゃんとしてくださいね?」

 

「わーってるわーってる。それにここ、昼も夜も警備相当がしっかりしてるから街中で警戒する様な事は何もないよ、マジで。“金属”級の警備が割とそこら中にいるんだわ。それにリアもロゼもマーキングを付けてあるから変な事があるようなら一瞬で解る」

 

 腹を撫でていた猫は手の中から抜け出すと日向を求めて移動を開始する。昨晩出会った二股の黒猫だが、妙に気にいられたらしく結局邸宅の方までついてこられてしまった。家猫として飼うなら首輪を用意しなきゃいけないが、この黒猫は首輪を付けられるようなタイプじゃないと思うんだよなぁ……。

 

「それになあ」

 

「それに?」

 

「見送る側をやってみたかったんだ」

 

「……?」

 

 クレアはその言葉に首を傾げる。まあ、解りづらいだろうなとは思う。でもさ、俺は昔学生だったんだ。今更、違う生き物になったからと言ってまたあの能天気な世界に混ざろうとは思わない。たぶんもう、気持ち的に、立場的にも無理だろうと思っているし。だけどさ、俺も一緒にはしゃいで学生やっていた時期があったんだ。将来何になりたいとか考えて、宿題が面倒とか嘆いて、一緒に課題を終わらせようとか話したり……後は帰りにどっか寄って遊ぼうとか誘ったり。そういう時代が確かにあったんだ。

 

 だけど俺がそれを見送る側になる事はなかった。

 

「無念かなー」

 

 そこまで生きる事が出来なかった事に対する。それを今、第二の生を通して経験している事は……とても不思議で、奇跡的な事だ。特別なチャンスを与えられているんだとも言える。それが何で俺なのか、という事に答えは出ないのだが。それでも昔出来なかった事が今、こうやって別の形で出来るようになるのは素敵な事だと思う。だから一度、見送る側に立ってみたかった。結婚相手も、子供もいなかったけど……こうやって見送る側に立つのも、悪くはなかったって事が知れた。

 

 まあ、これから何度もやる事なんだろうけど。この初めての1回は、とても重要な事だ。

 

「ま、それはそれとして俺も本業の為にそろそろ後を追うかなあ。クレアも家の事を宜しく」

 

「其方が私の本業ですから。貴女も本業の方を頑張ってくださいね」

 

「おうよ、それじゃあまた後でな。呼べば近くの動物たちは反応してくれる筈だから」

 

「何時からここは動物園に」

 

 さあ? まあ、便利だしそのままで良いでしょ。そう思いながら出かける為に窓枠に足をかけると、日向ぼっこをしていた黒猫が顔を上げ、此方を見るとあくびを漏らして再び日向で眠る事を選んだ。どうやら今日の陽気には勝てなかった様だ。可愛らしい姿に小さく笑みを零し、一気に窓枠を蹴って外へと向かって跳躍する。そのまま屋根を一度蹴り、柵を越えて道路に着地する。服装は何時も通り動きやすさを重視してスラックスとシャツにコートという色気が欠片もない恰好。仕事着でもあるこれに幾つかバリエーションや替えがあるのは、タイラーが亡くなった今、俺の動きに耐えられる服を作れる職人が辺境にいないからだ。

 

 あの後も新しく開拓してそこそこ腕の良い職人は見つかったのだが、タイラークラスのマイスターが辺境に来るというのは滅多にない事で、彼は替えの利かない人材だったのだ。お蔭で激しく動きすぎると服を新調するハメになっていた。まあ、純粋に動きに装備が付いてこれないのって悲しいよね。

 

 でも考えてみればこっちは都会だ―――或いはそういうマイスタークラスの仕立屋がこの学園都市にはいるのかもしれない。

 

 金、そこそこあるし本気の動きに耐えられるレベルの戦闘用装備を一つ発注した方が良いのかもしれない。

 

 そんな事を考えながら着地したところからリアたちの気配を追って一気に増える人混みを避けつつ進む。流石に通学通勤時間になると一気に道路に人が増える。車道へと視線を向ければ通学する馬車の姿がいくつも見える―――金のある貴族の子息は都市の方で家を購入し、そこで生活を送るのが基本らしい。よくあるファンタジーの寮生活みたいなものは貧乏人向けのプランだと言われてしまうとまあ、納得出来てしまう。

 

 そんな風に考えながら素早く歩いているとリアとロゼに追いつく。2人の間に割って入るように首に腕を回し、抱きしめる。

 

「よお! 待たせたな。俺がいなくて寂しかったか?」

 

「たった数分でしょうに」

 

「おそーい」

 

「悪い悪い。それよりも今日はオリエンテーションが朝にあって、その後授業が2個だっけ?」

 

 2人を解放しながら一歩後ろへと下がるようにガード出来る距離を維持しながら話題を投げるとそうね、とロゼが肯定してくる。

 

「まずは最初に新入生向けにオリエンテーションをして、その後に今日の授業に出席するんだけど……今日、私が受けるのが政治と魔法なのよね」

 

「ちなみに私は歴史と魔法だね」

 

 歴史、無難だけどチョイスとしてはちょっと微妙な所だと思う。まあ、この手の選択授業は割と単位を稼ぎやすい。授業でやった範囲をマークしたら後は参考書を睨むだけで終わるし。ただリアはそういうタイプの人間じゃないから歴史の授業を選んだ以上は絶対にそれに準ずる理由があるとは思う。とはいえ、今更ながら聞くような話でもない。どの授業をなんで選んだかという話は正直、個人の価値観に関わるものだ。

 

 俺だって学生時代は結構悩みに悩んで授業を選んだ。一度は経済とか取った事もあるけど、アレはマジで営業とか経営とかそっち方面に進む人じゃないとまるで無価値な情報ばかりなんだよなぁ……。結局、将来何をしたいのかってのを考えて取得しないと単位が取れたってそこでおしまい、という話で覚えた事に何の価値もないのだ。

 

 ここら辺、選択式の授業・講義ってシステムがシビアに出来てるよな、と思う。でも義務教育の範囲を既に出ているし、そういう意味じゃ当然のシビアさ、とも思う。結局学校に通うのって自分の未来への投資って部分が一番だし。

 

「どうしたのよ、急に難しそうな表情をしちゃって」

 

「いやさ、結局学校で学ぶのって将来への投資だろう? 3年後卒業して……その時リアもロゼも何を目指してるのかなあ、と思って。俺はどうせ辺境に帰ってグランヴィル家に仕えて辺境のモンスターと悪い奴ら相手にバシバシやってるんだろうけど……なあ?」

 

「まあ、確かに想像し辛いわね」

 

「お父様もお母様も、別に家を継がなくても良いし継いでも良いよって言われちゃったからなあ……」

 

 リアのふわっとした悩みと立ち位置に、苦笑を零してしまう。でも俺個人は別にそれでもいいとは思う。結局、学生が誰しも最初は明確な目標を持っている訳じゃないのだから。得意な事、不得意な事、そこから出来る事を見出してやれる事を仕事とするケースは割と多いのだから。俺もどっちかというとそういうケースだったしなあ……。

 

「まあ、エデンだけは滅茶苦茶解りやすいわよね。というか既に就職しているようなもんだし。そのまま一生ウチの為に働いててね。いや、マジで。私が大きくなっても働いててよ。それだけでどれだけ助かるか解ってる??」

 

「解ってるってば。というか俺のお給料の大半って元をたどればほぼヴェイラン家から出てるからな……」

 

「お父様の収入源ってサンクデル様からだしなあー」

 

 こう考えてみれば囲い込まれるも糞もねぇなって思う。元から領主に生活依存してるじゃん。いや、でも、まあ、サンクデルとエドワード同期の友人っぽいし、そこら辺あんま意識してなさそうだなあの2人。

 

「将来かあー。あんまり深く考えた事ないんだよね」

 

「まあ、リアはそうでしょうね。私は次期領主が決まっているから特に悩む事もなかったけど」

 

「ま、3年あれば適当に見つかるだろ」

 

 そう心配する事でもないだろう、とか思っていると、

 

「―――おーっほっほっほっほっほ―――」

 

 奇怪な笑い声が聞こえて来た。その声に3人同時に振り返ると、

 

 なんかチャリオットが公道を走ってた。

 

 チャリオットとはアレだ。古代の戦車のアレ。馬とか象とか牛に引っ張らせてたやつ。それが公道を走ってた。なんか走ってた。というか今目の前で学園へと向かって走ってるってマジ? 目の錯覚じゃなくて? この話の流れでこんなもんだすの? 現実狂ってるだろこれ……。

 

 そう思っている間にもチャリオットはおほほ声と共に学園へと向かって爆走して行く。よく見ると頭の両脇にドリル型のカールを搭載したいかにもお嬢様なヘアスタイルの女性が片手でおーほほ笑いながらチャリオットの手綱を握ってる。

 

 やっぱ現実狂ってるでしょこれ。

 

「私、急にやっていける自信なくなっちゃった」

 

「奇遇ね、私もよ」

 

「俺も流石に恐怖を感じた」

 

 怪奇、チャリオットお嬢様。恐らくは新入生か在校生。その可能性を考慮するだけで恐怖を感じた。

 

 嘘だろ、こんな生物が普通に通ってる魔境なのここ……?




 感想評価、ありがとうございます。

 タイラーさんの抜けた穴は埋まらない。

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