「おぉ……」
「街だー!」
御者台に出て聞いたグローリアと一緒に街に到着した事に軽く声を上げた。目の前にはファンタジー風の街の様子があった。特にそれが城壁みたいな壁に囲まれているような事はないが、道路が街に近づくと道路はちゃんと丁寧に舗装されているようになり、街に入る道には街の兵士がハルバードを片手に警備しているのが見れた。新宿とか渋谷とかと比べるとド田舎の限界集落だと思えてしまうけど、それでもファンタジーの街だと考えると中々凄いものがある。
街の外側からは街の大体の感じしか見れないが、レンガの屋根が広がってオレンジ色に街が染まっているように見える。まるでスペインとかに来たような気分になる。あっちのお国も確か街の風景がこんな感じだったはずだ。異世界にやって来たという気持ちに改めてさせられるものだ。
「こらこら、危ないわよ」
「街、魔法、で作る?」
「うん、正解。紙式だね。レンガとかの簡単なものだったらこっちで量産するのが簡単だからね。建築とかは割と楽だよ」
「ほえー」
やっぱ魔法を使って簡単な素材とかは量産してるんだ……。そう考えると工業化とかってこの世界、滅茶苦茶遅い……或いはそもそも発生しない可能性すらあるのかもしれない。考えてみれば人類の発展というのは生活をより豊かに、より楽にする為に行われるものだ。だけど魔法という反則臭い法則がこの世界には存在するのだ、大量生産の為の魔法を開発すれば工場を建築して量産体制を整える必要なんてないんだ。そう考えると工業化という概念はやってこないのかもしれない……。
だが逆に考えると生活を豊かにする=魔法開発という図式が成り立つ。
この世界において、工業化とは魔法開発と運用の効率化なのかも? そう思うとこの世界は将来的に地球とは違う方向性で発展するのかもしれないと思えた。或いは建築に関しては地球と同じ方向性を辿るかもしれない。だって根本的な構造や効率って答えは変わらないしなあ……という部分がある。
「これは、エドワード卿。ご家族と遊びに来ましたか?」
「やあ、家族と買い物に来たよ」
「偶には領主さまへ顔を出しに行ってやってください。この間久しぶりに狩りにでも行きたいって広場でボヤいてましたよ」
「サンクデルが? じゃあ今度遊びに行こうかな」
特に名簿があるとかそういう事もなく、軽く門番とやり取りをするとそのまま馬車が街中へと入って行く。そう言えばエドワードは領地をもたない貴族だった筈だ。つまり住んでいる土地だけエドワードで、残りは別の領主の土地のなのだろう。やっぱりこのグランヴィル家の生態というか状態、中々面白いものがある。
「贔屓にしている宿があるから、まずはそこに馬車を預けてこようか」
馬車が街中に入って行く所からずっと街を眺めている。街の作り、行きかう人々、その生活。何もかもが新鮮で新しい。角はこの際しょうがないが、鱗は見えないようにちょっとだけ服の裾とかを注意しつつ街中の様子を観察する。やっぱりというか、普通に人々は生活している。CGとかアクターとか特殊メイクではなく、本当に存在する異種族とかと暮らして生活しているんだ。
前生まれた森で見かけたような半人半獣の種族や、二足歩行で歩く蟲の種族なんて者もいる。見れば見る程驚きで溢れている。今、あそこで露店を広げているのはもしかして魚人なのではないか? なんかシャチっぽいフォルムをしている気がする。
「ほわー……」
あそこに武器を抱えて歩いているのはもしかして冒険者とかという連中なのでは? あ、魔法使いっぽいのもいる。やっぱり杖ローブ装備が魔法使いのスタンダードなんだなあ……なんで杖ローブなんだろう? 紙式で無詠唱戦するなら軽装と動きやすさを優先した方が強そうな気もするが。なんか信仰関係か装備の性能で色々とあるのかもしれない。とはいえ、
流石異世界。
見ているだけで楽しい。
「異種族、いっぱい」
「エスデルは世界有数の多種族国家よ。その影響で中央から辺境まで様々な種族を見かけるわねぇ。その影響で全体として教会の影響力とかが弱いのよねー」
「教会……というより信仰は種族で固まっている所があるからね。やっぱ人だけ、獣人だけ、となると信仰も偏ってくるんだよね。そうなるとまあ、政治に宗教が関わる関わるで面倒な事になってくる、と。エスデルは思想的に1つの宗教に傾倒するのは危険だからって色んな種族を呼び込む形を取ったんだけど……まあ、見てみれば解るけど面白い方向に成長したよね」
頷く。
「凄く不思議」
「だねぇ。特に辺境は中央と比べると腕前に自信のある種族がやってくるからね。もっと雑多な感じが強いと思うよ」
「腕前?」
「中央はやっぱり騎士団とかの関係でね、モンスターの処理とか討伐が早いんだ。定期処理も行っているから中央周りはやっぱり育ち辛く、余り強いのが出て来ないんだ。その代わりに辺境は手が伸ばしづらいから生き残ったモンスターが育ちやすいんだね。その関係で強めのモンスターが辺境は多いんだ。だから、まあ、結構辺境領主ってのは武力回りの規制が緩めだったりするんだよね」
エドワードの言葉で解った。
「旦那様も、領主さまの、戦力扱い?」
「正解。だからサンクデルとは仲良くやっているし、色々と融通して貰っているんだよね」
この辺境で政治に関わらず、少人数で生活出来ているのはそれが種だったのか。得心がいった、と頷いていると馬車が宿の前で停止し、ドアマン……という概念は流石にないか? 宿の者が馬車の横にやってくる。
「これはグランヴィル様」
「それじゃ、何時も通りお願い」
「えぇ、お預かりします」
馬車から降りて手綱を渡し、ここからは徒歩で街中を移動する事になるらしい。エリシアははぐれない様に片手をグローリアと結んでいるものの、もう片手は常にフリーハンドを維持している。あれは鍛錬の時に見た事がある。常に懐や腰へと手を伸ばしやすいように手の位置を調整してある奴だ。つまり、即座に荒事に対応できるスタンスだ。
この人妻こっわ。
良く考えればエドワードも詠唱無しで魔法を即座に稼働させられる上に、大蛇ぐらいなら即死させられる火力を持っているんだ―――この夫婦、実は恐ろしくハイランクなのでは? 異世界の街中、どんなトラブルが発生するにせよ、この二人と一緒ならとりあえずは安心だと思えた。
「さて、まずは仕立屋に行こうかな」
「そうねぇ、エデンちゃんとリアの分の服を見ないとね。作り置きがあると助かるんだけど」
「腕は良いし今から仕立てて貰っても大丈夫そうだけどね。こっちだよ」
あぁ……俺がブラジャーを付けるまでの時間が刻々と迫っている。先ほどまでは街中が輝いて見えたのに、今ではなんかちょっと灰色に見えるよ。俺の背中、ちょっと煤けてない? そう思いつつも異世界文化に触れる事への興奮と感動は未だに醒めない。ついつい周りを見渡す様に歩くとエドワードに手を取られてしまう。
「危ないよ」
「ごめん、なさい」
「いや、怒ってはいないけど……そんなに楽しいかい?」
「とても、素敵。凄く、楽しい、思います。キラキラ、沢山がいっぱい、見たことないものいっぱい、見てるだけ、楽しい、です」
「中々綺麗な目で世界を見るなあ」
ぽんぽん、と頭を撫でられる。周りにある街並みも、人混みも、全てが俺にとっては未知なのだから当然面白く映る。そして今も、見ているものは楽しい。直ぐ前では移動式の屋台で何かを売っているみたいだが……見たことのない料理だ。当然、どういう味かどういう作りなのかも気になる。そんなものが目の前にあって多すぎるのだ、どうしても目移りしてしまう。
「初めて、見ました」
「私は何度か来たわ! だから私がエデンに案内してあげるわ!」
「ちゃんとできるー?」
「そこで何で疑うのよー!」
グローリアちゃんは可愛いなあ。虐めると良い反応をする。これも愛ってやつだ。たぶん。
とりあえず仕立屋へと向かう事になった。街中で色々と見たいものもあるが、それは一旦後回しとなる。この時代にしては良く綺麗に舗装された道路も魔法によってされているのだと考えれば妙に納得する辺境の街、沢山の異種族が日々を楽しそうに過ごしている。だがその中で武器を所持している比率は比較的に多く感じられる。
「やっぱり、武器、多い?」
「護身用に武器か魔導書の所持は割と重要だからね。中央よりも辺境の方がモンスターが強いって話はしたよね? 逆に言うと街から街への移動の安全が確保されていないって事でもあるからね。だから誰もが自分で自分の身を守る為の手段を確保しなきゃいけないんだ」
やっぱり、辺境での生活って危険なんだなぁ、と改めて思う。モンスターが中央よりも多くて、それでも人が来るというのはやはり、何か旨味があるのだろう。やっぱりこういう場合、開拓する土地がある事とか、中央では取れない素材とかがあったりするのだろうか? まあ、そこら辺は追々聞き出すとしよう。どうせ時間なんてものは有り余っているのだし、焦る必要はない。
「やっぱり武器とか気になる?」
「かっこいい……!」
「そうよね、そうよねー? やっぱり武器ってかっこいいものねー?」
「あぁ、君もエリシア寄りかぁ……」
「わ、私は魔法の方が可能性に満ちてて素敵だと思うわ!」
「リアー!」
すかさずフォローに入る娘の姿にエドワードはおろろーん、なんて声を零しながら娘に抱き着く。本当に仲の良い親子の様子を苦笑しながら眺めていると、何時の間にか街にある仕立屋の下に到着していた。余り大きくはない、二階建ての一軒家。他の家とかと同じくレンガの屋根をこさえた、ちょっとおしゃれに感じるデザインの店構え―――いや、日本の現代風建築様式と比べると古臭いのだが、そこがまたファンタジー感があって素敵なのだ。
ただ、まあ、窓はあるが看板がつり下がっているだけで具体的にどういう服を作っているのか、売っているのか、というのは入らない限り解らない。現代日本で見る様な展示用ウィンドウが店先にはないからだ。
エドワードやエリシアは先に店の中に入って行く。そこに二の足を踏んでいると、グローリアが首を傾げながら振り返った。
「エデンー? 行こー?」
「うん」
グローリアに呼ばれて踏み出す―――そうやって扉のベルを耳にしながら入った先には普通の店内が広がっていた。
普通、といっても日本基準ではなくて、窓から陽の光が差し込む明るく、そしてマネキンに様々な服を飾っている、そんな仕立屋だった。
はて、仕立屋と言うからにはレディメイドは置いてないと思ったものだが、どうやらそういう事ではないらしい。ドレス、普段着、作業着、様々な服がマネキンに飾られている。どれも良く作られているものであり、クオリティは現代で見るものとあまり変わりがないように見える。ただ違うのはやはりデザインや素材だろう。
「それは魔法で編んでいる服なんだ。凄く良くできているだろう?」
「っ!」
いきなり近くで声がするものだから驚いて数歩下がってしまった。声の方へと視線を向ければ、茶髪の線の細い男が苦笑しながら頭を下げてた。
「ごめんごめん、君を驚かすつもりはなかったんだ。私が店主のタイラーだよ、宜しくね」
「よ、宜しく、お願いします」
差し出してくる手を握り返すと、笑みを浮かべてタイラーが下がる。
「エド、こんな面白い子がいるなんてずるいじゃないか」
「だから連れて来ただろう? 君ならあらゆる種族の服を編めるし」
「まあね、この街で最も高位のダルターカ信者だとは思うよ」
ダルターカ、と首を傾げていると、グローリアが横から説明を入れてくれる。
「職人と技術の神様よ。物を作ったりする職人の神様で腕を磨き、新しい発想や珍しい物を作る事への挑戦を応援してくださる神様なの」
「ほえー」
そんな神様もいるんだ、本当にバリエーション豊かで面白い。
タイラーは両手でフレームを作るように此方の姿を捉えている。
「今日はこの魔族のお嬢さんの服を仕立てれば良いのかな?」
「えぇ、ウチで新しく預かる事になったエデンちゃんって言うんだけど……来たばかりで余り服がなくてねー。リアの従者に育てるつもりだからそれ回りの服と、後はジュニアブラをね。もう成長し始めてるみたいなの」
エリシアの言葉にタイラーが頷く。それで大体察したらしい。
「成程、年頃となってくると確かにそこら辺は大変だね。一応ストックがあるから即座に渡せる分はあるけど……細かい調整もあるし、一旦サイズを確認しないといけないかな。エリシアさんも良いかな?」
タイラーの言葉にエリシアが頷くと、エドワードはグローリアを連れて店内の服を見て回りに歩き出した。その間、俺が何をするのかと言えば、
「じゃ、エデンちゃん。後ろの更衣室まで来てくれるかな? ちょっとサイズの確認をしたいんだ」
ん? これってもしかして俺、見知らぬ男の前で脱ぐ流れ?
マジで?
Talor→テイラー→タイラーというシンプルな名前。
この世界は異種族結構豊富ですが、人理神の信者が多い現状は純人族が繁殖力の高さと神の加護込みで世界覇者として君臨してる。その為エスデル程異種族が多く、差別も偏見もない土地は非常に珍しい。