TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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新入生 Ⅲ

 それから少しして、ホールに今度は大人が―――或いは老人とでも言うべき人物がやってきた。青い数段重ねの様なデザインのローブ姿の老人は肩ほどまで伸びる緑色の髪を緩く束ねる人物だった。頭からは一本の枯れ枝が生えている事から通常の種族ではなく、森人である事を証明している。自分はあまり馴染みのない種族だが、確かエデンの友人に1人森人がいた気がする。老人を見て声を零したのは横に座っている男子だった。

 

「セージ・“ワイズマン”卿だ……」

 

「ワイズマン卿?」

 

「うん? あぁ、すまない。声に出ていたかな。森人は木々や花の名前を己に付けるんだがワイズマン氏は知恵を示すセージを名乗っているんだ。年齢も非常に高齢で既に600年は生きている。国内で最も高齢で、しかし未だに聡明さを失わないエメロードの学園長……森人である事を準えて《賢樹》ワイズマンとも呼ばれているよ」

 

「へえー」

 

「とても詳しいのね?」

 

「まあ、これぐらいはね。私個人としてもワイズマン氏の出した数々の論文や本を参考にさせて貰っている。どれもこれも非常に面白いものだ。特に歴史に関しては世界有数のエキスパートだと良いっても良いだろう。何せ、生ける歴史の観測者だからね。その中でも特に面白いものが―――おっと」

 

 そこまで言った所で男の子は顔を少し赤くし、咳ばらいをした。

 

「すまない、初対面の相手にいきなりする様な話じゃなかったね」

 

「ううん、私は別に構わないよ。知らない事を知るのって楽しい事だから」

 

「そ、そうか。うん、そう言われると助かる、かな」

 

「まあ、私は多少こいつ馴れ馴れしくない? って思うけどね」

 

「え? あ、いや、本当にすまない」

 

「冗談よ、冗談。そんな排他的ではないわよ私達は」

 

 ロゼの言葉に一瞬男の子が焦るも、ロゼが苦笑しながら困った表情を浮かべた男子生徒を宥め、会話を区切らせる。とんとん、という音を正面、ホール一番前の教卓からワイズマンが鳴らした。あまり強くない、弱い音ではあった。だが自然と騒がしかったホールは静けさを以てワイズマンを迎えた。それは強制的に黙らせたとかではなく、ワイズマンが放つ雰囲気、或いはカリスマとでも呼べるものが自然とこの場を支配し、集まっていた新入生を統率していたからだ。そして静かになったホールを見渡し、ワイズマンは笑みを浮かべ頷いた。

 

「―――新入生諸君、ようこそエメロード学園へ。私が学園長であるワイズマンだ。ここで君たちが過ごす数年間を預かる責任者でもある」

 

 穏やかで、渋みのある声はどことなく古い大樹を思わせる威厳のある声だった。その場にいる誰もが魅入られる様にワイズマンへと意識を集中せざるを得なかった。ゆっくりと、しかしはっきりと響かせる声は前、エデンに教えられたスピーチの極意とか言っていた物を思い出させる。

 

「ここに入学する時点で既に解っているかもしれないが―――学問とは、勉学とは、決して楽なものでもなければ安いものでもない。ここへと入学する為に少なくない金がかかっているだろう。だがそれは同時に、私が、当校が提供できる質と環境を保障する金額でもあるのだ。そしてそれは同時に君たちに向けられた投資であり、期待でもある」

 

 エデンは常々勉強とは未来への投資だと言っていた。かけられた金額、そして時間、努力それが全て未来の自分へとリターンとして返ってくるのだと。だからこそ勉強に金をかける事は重要であり、この時期の過ごし方によってこれからの一生、どれぐらい稼げるのか、或いはどれだけ良い人生が送れるのかが決まるとも言っていた。だからこそ、勉学に妥協をしてはならないとも言っていた。ワイズマンの言う事は、それと一緒だった。

 

「誰もが知を求められるわけではない。知を磨けるのはそれを求める者であり、その価値を知る者に限られる。ここに多額の学費を支払って立った君たちは、その期待と重みを良く理解している。だから改めて言おう、その重みを忘れるなかれ、と。君たちが何故ここに来たのか、何故ここを選んだのかを、決して忘れるなかれ、と」

 

 ワイズマンはそこまで言ってから頷く。

 

「だが私は決して常に勉学だけに励みなさいとは言わない。そう、過ぎ去った時間は決して戻らないのだ。子供達よ、ここで悔いのない時間を過ごすと良い。ここで過ごす時は今、この瞬間しか味わえない。君の得られた刹那は以降、永劫の宝となるだろう。勉学に励み、友情を築くと良い、そして身を崩さない程度に遊べ。その全てが君がここでしか得られない体験になるだろう」

 

 ワイズマンはそこで一旦言葉を区切り、

 

「私からはそれだけだ―――諸君、楽しい日々を願っている」

 

 そう告げると最後にワイズマンは軽く辺りを見渡し、まるでこの場にいる全ての人を覚える様に顔を見渡してからホールを出た。それと入れ替わるように別の職員が出て来るのを見ながら呟く。

 

「凄そうな人だったね」

 

「その感想が一番凄いと思うわ」

 

「一応、あの方は現代を生きる偉人なんだけどね……最高学府の設立から教育水準の大幅向上と功績は尽きない方なんだ」

 

 彼の言葉にふーん、と声を零す。相当偉大な人物らしいが……まあ、あんまり実感はわかない。まあ、これから勉強すれば解ってくる事なのかもしれないが。ともあれ、オリエンテーションは学園長の挨拶によって始まった。そこからは始まる諸々の説明の数々に耳を傾ける。オリエンテーションの内容は学園の基本方針などの説明がメインになる。

 

 あらかじめパンフレットを読んでいれば解る事が大半だが、それを解りやすく説明してくれている。

 

 ただ知っている内容がほとんどなので、残りの時間は暇になりそうだなあ……なんて思う。

 

 

 

 

 それから時間が経過してオリエンテーションが終わると、1限の時間になる。オリエンテーションのあったホールから出るとロゼ、そしてそこそこ話した男子生徒と別れる。2人はどうやら経済の方へと向かうらしいが、私は1人で歴史の講義に出なくちゃならない。

 

 そして歴史の講義を取った事には実は、意味がある。エデンには教えられないし、教えるつもりもないのだが―――私は、龍という種族の事が知りたかった。エデンの本当の種族、彼女の家族たちの事。歴史上、そして多くの人の認知として龍は邪悪で、恐ろしい生物となっている。だけどそれは正しくはない。だって私はエデンを知っているから。

 

 何よりも、誰よりも優しくて、そして戦う事に苦しみを覚える人。私の大事な家族で、私の自慢の姉。血の繋がらない事に何かを想ったことはない。それだけ私達は一緒だったし、共に育ってきた。本当の姉の様に思っているし、従者の様な振る舞いとかは止めてくれたらいいなあ、と思っている。だからエデンがメイド服みたいな従者用の服装を着ようとするのはちょっと嫌だ。ちょっと、というか結構嫌かも。彼女にはなるべく自分と同じ扱いで自由であってほしい。それが難しいのは解るけど、きっと彼女には自由が一番似合うと思えるから。

 

 だから龍の事を知りたいと思った。エデンがどこから来たのか、どうして龍は恐れられているのか……そしてなぜ神様はずっとその間違いを正してくれないのか。なんで皆、エデンの種族を悪い者として扱い続けているのか。それが知りたかった。そして出来るなら正したい。それが無理な願いだというのは解っているけど。だけど、私の中で一番やりたい事があるとすれば―――きっとそれだろう、と思っていた。

 

 だからここに来た。この国で一番頭の良い人が集まる場所。世界で一番知が集まる場所へ。ここでならきっと、偏見の入らない情報が入るんじゃないかと思って。だから歴史という講義を自分の選択に入れたのだ。辺境では手に入る情報が、あまりにも少ない。

 

 だから他の皆と別れ、歴史の講義を行う教室へやってきた。そこは先ほどのホールと比べればそこまで広いものではなく、そしてやってくる生徒もそう多いものではなかった。新入生の中で歴史の講義を取ったのは10人程度―――総勢100名を超える新入生がいたのに、その1割しか選択しなかった科目だった。お蔭で教室のテーブルは一人で一つ占拠できるなんて状態だった。

 

 周りにいる人は誰もが知らない人ばかり。話し合っている様子もなく、鞄等からノートなどを取り出し、誰かに関わる事もなく自分の事だけを見ている―――そうやって誰かに関わろうともせずに勉強だけを考えているとまるで異世界に迷い込んだような気分になる。そう言えばロゼもエデンもいない、本当に一人だけで外にいるのはもしかすると初めてかもしれない。ちょっとだけ、心細さを感じる。だけどそれを忘れながら授業の開始を待つ。

 

 そうして始まりを告げる鐘が学園に響き、教室の扉が開く。

 

 そこから講義に出てきたのは―――この講義の担当教諭である、ワイズマンだった。

 

 教室に集まった行儀の良い姿にワイズマンは辺りを見渡しつつ頷く。

 

「今年は例年よりも多いな……いや、決して悪い事ではないのだが」

 

 ホールで見せた威厳のある姿ではなく、親しみやすそうな老人の様な気配を纏ってワイズマンが現れた。そう、歴史の講義はワイズマンが担当しているのだ。名前だけは知っていたが、説明されるまではそんな凄い人だとは思わなかった。それでも歴史の講義は不人気の一言に尽きる。その理由はとても簡単だ。

 

 歴史の知識は活かし辛いからだ。

 

 教卓の後ろにまで移動したワイズマンは木で椅子を作り出すと、それに腰かけた。

 

「さて、新入生諸君。オリエンテーションぶりかな? 君たちが私の講義か、或いは純粋に歴史という講義に惹かれて来たのかは解らないが……先に言っておくべき事がある」

 

 ワイズマンは断言する。

 

「歴史に興味を持たないのなら直ぐにこの講義をキャンセルし、別の講義をとったほうが良い。単位が簡単に取れるのは魅力だが、興味のない者にとっては単純に苦痛だろうからね」

 

「それ、言っちゃって良いんですか?」

 

 首を傾げながらワイズマンに問うと、ワイズマンは笑いながら頷いた。

 

「無論だとも。歴史の勉強は辛いし、歴史家になるのはもっと辛いぞ。基本的に歴史の勉強は全部暗記で資料と何時間も睨み合うものだ。その上で誰かの書き記した情報なんて大半がバイアス混じりで信じていいかどうか解らないものばかりだ。何が真実で、何が空想か、それをしっかりと調べる聡明さを持ち合わせる者のみが歴史の真実へと辿り着く……だがそれが人生の助けになるか? という話をすると私は笑ってごまかすしかならないだろうな!」

 

 教室内の空気が笑っているワイズマンを前に、大丈夫かこの講義という空気に一瞬で呑まれた。だがそれを理解しながらもワイズマンはパイプを取り出し、それを一人の生徒へと向けた。

 

「さて君、エリーゼ・ウェスティンドル」

 

「え? あ、はい! 私です! え、でも名前を……」

 

「学生の名前はすべて覚えているとも。これまで私が経験してきた事同様な。さて、君はなぜこの講義を選択したかな?」

 

 エリーゼは一瞬躊躇してから、

 

「そ、その、私は建国王のファンでして……」

 

「成程! 奴のファンか。アイツは今じゃかなり美化されているが当時は相当ヤンチャな奴だったぞ―――うむ、アイツの事は私が直々に会って、知って、話をしている。良く知っている相手だ。間違った事を教える事はないだろう」

 

 エリーゼがその言葉に絶句し、次の生徒をワイズマンがパイプで指した。

 

「では君はロスマン・アーシャン君? 何故この講義を選択したのかね?」

 

「えっと、僕は自分のルーツが知りたくて……」

 

「成程? 中々難しい話だな。だが君は見たところ北方領土の出身だな? となるとあそこら辺は300年ほど前に旅をした事があるな。正確な場所は把握していないが、君が自分のルーツを知る上で過去の出来事を調べたいのなら、私を頼ると良い。なんとか思い出してみよう」

 

 ロスマンはワイズマンの言葉に無言で頷いた―――頷くしかなかった。それほどワイズマンの存在感は圧倒的で、そして魅力的だった。部屋の空気が変わったのを察してか、ワイズマンはパイプを口に軽くつけてからにんまりと笑う。

 

「そう、歴史の講義とは往々にして退屈なものだ。資料と睨み合い、昔の事を調べるというのは地味で目立たない作業だ。その上でこれが金になるかと言えば難しいだろう。ここで学んだことが人生で役立つ事も少ないだろう。或いは私程突き抜ければ話は別だが……全ての人にこんな残酷な退屈さを押し付ける事は出来ないだろう?」

 

 だが、とワイズマンは言う。

 

「私の講義はそう簡単に眠れるものにならないと約束しよう。諸君らが求める歴史の謎、浪漫。それを紐解く探求の手伝いを私が担おう。歴史がある、それはつまり真実が存在するという意味でもあるのだ。たとえ降り積もる雪の下に隠されていようとも、真実は必ず眠っている。そして私達が春を呼ぶのを待っている」

 

 ワイズマンは思う、

 

「その未知にこそ私達が求める浪漫があるのだと。覚悟すると良い―――この年が終わる頃には、君たちの誰もがこの講義の虜となっているだろう」

 

 そのワイズマンの殺し文句と共に、私の最初の講義が始まった。




 感想評価、ありがとうございます。

 歴史の授業はほんと興味ないと退屈なんで睡魔との戦いがメインだった時代があった。好きな歴史とかに入った瞬間滅茶苦茶楽しくなるんだけどなあ……。

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