TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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新入生 Ⅵ

 エデンが迷わず茶化したのが原因か、空気が一気に軟化した。見た目は深刻で注目を浴びたが、一番早くリアクションを用意する事で場の空気をコントロールしたのだ。こういう時、一番最初に場のイニシアチブを握った人が全体のコントロールを行える。だから直後にエデンが修羅場か、と言葉を発したのは妙手だったのかもしれない。そのおかげで軽く笑い声に代わり、周囲の学生たちが視線を外し始めていた。それを感謝するように男子生徒も軽く僅かに頭を下げていた。それだけ確認するとエデンは視線を外し、昼食へと視線を戻す。

 

「まあ、服のクリーニングまで手を出すと干渉のし過ぎだしこれぐらいならええじゃろ」

 

「貴女、そういう所の判断早いわよね」

 

「伊達におねーさんではないのだよ、俺は」

 

 そう言うエデンは胸を軽く張ってから再び魚を食べ始める。そこに十歌と護衛の楓がやってくる。戻ってきた十歌はお待たせしました、と言いながら座る。十歌が持ってきたのは見た事のない極東料理だった。エデンと違って楓の方は一緒に食べるつもりはなく、座る十歌の背後に控えている。その姿を見ていると、やっぱり護衛として一緒に生活したり遊んだり食べたりするエデンがおかしいんだなあ、というのが解る。まあ、私もロゼも完全にこれで慣れちゃってるんだけど。

 

「今話を聞いてきたのですが、どうやら此方では東方の調味料を原材料から再現して作っているらしいですね。お蔭で高い輸送費を払わずにいられるとか。料理研究会と農業研究会の方々が合同で他国や地方の食材や調味料の再現を行っていて、その成果らしいです」

 

「へぇ、流石エメロードね。学生レベルでそういう研究とかやってるのね」

 

「まあ、やる所はやるだろうな」

 

 骨を口に咥えたエデンが話を続ける。

 

「一般的な学園は貴族向けのコネクションを作るためだけだが、エメロードはそういう所を取っ払った純粋に勉学の為の機関だからな。そこら辺、普通の学園や学院とは違う―――ではそこで質問です。そういう意識の高い人々がなるべく良い学校へと通おうとする理由は?」

 

「キャリアの為、でしょ?」

 

 

 

 

「はい、ロゼ正解」

 

 花丸を与えよう、そう言って結晶で花を作り、それをロゼへと渡した。結晶花をロゼに渡しつつ話を続ける事にする。というかここら辺の考え方、別に地球だろうが異世界だろうが考え方として共通なんで普通に通じるんだよな……。まあ、それはともあれキャリアの話だ。

 

「基本的に学歴ってのはキャリアになるんだわ。良い学校に通ったってのはそれだけで目に見えるプラスになってくれる。採用する側の人間はそれを見てこいつはどの程度の学力があって、どれだけの能力があるのかを察知できるって訳だ。だから上を目指す人間ってのは基本的にキャリアを積もうとする。そしてなるべく良い学校に通う事でそれを経歴に残そうとする。そうすれば自分の能力が解りやすく示せるからな」

 

 だけど此処で問題が出てくる。

 

「じゃあ、騎士団が魔法使いを募集しているとして、同じエメロード学園から魔法使いを採用しようとする。ここで2人とも学歴が全く同じだったとして……君が騎士団の採用担当ならどっちを採用したい?」

 

 視線を十歌へと向けると、十歌は少しだけ考えてから、

 

「それは……やはり、実戦経験がある方でしょう」

 

 その言葉に俺は頷く。

 

「十歌ちゃん正解。つまり目に見えるキャリアの中には“経験”も含まれているって話だね。同じ優秀な人材を採用するならより経験のある方を採用したいのは当然の事だろう? だから学生の間にキャリアをワンランク上の物にする為の努力をする。単純に勉強して詰め込む努力ってのは履歴書からすると割と解りづらい部分なんだわ。だけど何らかの研究か、或いは実働で成果を上げている場合はそれが履歴書に乗る」

 

 良い所の大学やらでプロジェクトを立ち上げるのはこういう所に理由があるんだなぁ、って。まあ、他にも色々と理由があったり、或いは教授が発狂して推し進めてたりとか色々あるんだが。まあ、ここは解りやすい例を出しておこう。

 

「で、こうやって明確な実績を重ねるとスカウトされるときにそれが可視化される訳だ。だから学生時代に研究とかに手を出しておくのは割と普通なんだよな。なんならエメロードではその手の研究にちゃんとした根拠を示せるなら援助金出すらしいしね。それに成績と研究で成果を示せば卒業してからここに残って研究を続けられるらしいし。そう言う意味じゃ努力するだけ報われる可能性のある場所でもある……まあ、将来の事を考えたら何かしらやっておくのが安パイかな」

 

 その言葉に少女たちが黙り込んだ。楓も腕を組みながら納得するように頷いた。まあ、この十歌という娘はともかく、ロゼもリアもぶっちゃけ立場としてはそんな凄いキャリアは必要とはしないんだよね……というのが本音だ。研究とか始めるとガチ目に時間がとられるし、休日も拘束される事が多々ある。そういう事を考えると別に手を出さなくても良いんじゃねぇかなあ……とは思う。というかやるだけのメリットを感じない。

 

 だから、まあ、ロゼもリアも自分のペースで何事も進めれば良いんじゃないかと思う。少なくとも急ぐような理由はないんだから。それにリアは特にやりたい事が決まっている訳じゃない。その時点で何かプロジェクトを立ち上げる、研究をするというのは選択肢に入らない。

 

 まあ、どうせたった3年間の留学なのだ。気楽にこの3年間を過ごすとしよう。この学園、セキュリティ関連がマジでがっちりしてて護衛が来る必要がないのが事実だし。

 

 しかし、俺の視界内では明確に何かを考えるそぶりを見せているリアの姿があった。今日という1日、初めて学園に通って集団で勉強するという経験を受けて何かを考え始めているのが解る。きっとそれは俺に伝わらない成長なんだろうなあ……なんて思ってしまう事にちょっとした寂しさを感じてしまう。

 

 まあ、それはそれとして冷える前にお魚定食を食べてしまう。まさか日本食―――いや、極東食までこの食堂が備えているとは思ってもいなかったが。

 

 ただまあ、ここまで自分の見知った大学のシステムが構築されているのを見ていると、思ってしまう事がある。

 

 ―――これ、確実にどっからか地球の概念やシステム流入してない?

 

 明らかに地球人っぽさのあるシステムや考え方みたいなものが生活している中でちらほらと見えているのだ。魔界による文化汚染だけではなく、他のルートもありそうだなあ、なんて昼食を食べるリアたちの姿を見ながら思う。結局のところ異世界が魔界以外に存在するのかどうかもまだ調べられていないし、近いうちにどっかで調べに行きたいと思う。いや、リアを置いて行くのはちょっと難しいか。

 

 それでも1度は、1度は地球に戻ってみたいかもしれない。

 

「……エデン?」

 

「ん? あぁ、いや。リアたちはクラブ活動どうするのかなあ、って。アレ、内申点に繋がるぞ」

 

「マジで」

 

「マジに御座います。勉強以外の事をしてるのは割と評価されやすいのだ!」

 

「本当に、お詳しいのですね」

 

 まあ、昔学生やってましたから。

 

 

 

 

 それから昼食を終わらせるとロゼがクラブの確認に行きたいと言い出した。リアの方はあまりクラブ活動には意欲的ではない様子だったが、ロゼの方はこの際評価を上げられるだけ上げてから故郷に帰る気満々らしく、何らかのクラブで活躍したいと考えていた。リアと、新しく友人となった十歌は何をすればいいのかという時点で詰まっているらしく、ロゼに付き合う形でクラブの確認をする事となった。

 

 まあ、実際のところ入学初日という事で凄まじい勧誘合戦がそこらかしこで始まっていた。当然ながらクラブ活動は青春の華だ。共に頑張り、汗を流し、そして一生の思い出を作る事もまた一つの道だろう。

 

 まあ、俺の青春にそんなもんはなかったがな?

 

 ただ凄まじい勧誘合戦を見ている限り、エメロードではクラブ活動の方でも相当力が入っているのが解る。グラウンドの方で行われている勧誘合戦の熱気と、帰ろうとしている新入生に割り込んでまで勧誘している姿勢にはちょっとした親近感と尊敬を覚える。そんなグラウンドの様子を眺めつつクラブのリストを貰う為に事務所へと向かおうとした所、グラウンドから聴こえてしまった。

 

「おーっほっほっほっほっほ!!」

 

 その声を。

 

 聞いてしまったからには足を止めてしまう不思議な魔力を持った声だ―――いや、綺麗な言い方は止そう。面白過ぎる笑い方にどうしても視線が向いてしまう。グラウンドを横切って事務所のある棟へと向かおうとしたのに、視線は真っすぐ正門前に陣取るツインドリルドライブ搭載型お嬢様へと向けられてしまった。お嬢様奇行種とでも言うべき生物が奇怪な鳴き声で正門前に陣取っていたのだ。

 

 その前に立つのはあの食堂で飯をぶちまけられた女生徒の姿だ。あの時は頭からスープとスパゲティを被っていて良く解らなかったが、俺に似た白く長い髪の毛に人形の様な美しさを持った、どことなく冷たい印象のある女生徒は中々人気の出そうなビジュアルをしていた。ただ今日は食堂の一件と今奇行種に絡まれて居る時点で人生最悪の入学を経験している事だろう。それに関しては俺は心の底から同情する。哀れ。

 

「待っていましたわ! シェリル・フランヴェイユ!」

 

 シェリル、そう呼ばれた少女は明らかに嫌そうな表情を浮かべていた。

 

「何用かしら、ティーナ」

 

「ふっ―――」

 

 ティーナと名を呼ばれた奇行種は名前を呼ばれて小さく微笑むと、たっぷりと数秒かけてポーズを取る。完全にグラウンドの視線を独占しながら、ドヤ顔で仁王立ちをしていた。その姿を見て数秒かけて溜息を吐いたシェリルは、

 

「何が、したいのティーナ」

 

「そんなの当然ですわ! ……いえ、お待ちになって。もしかして調子絶不調かしら貴女?」

 

「……見て解らないの?」

 

「そう……じゃあ帰っても良いわよ。明日までにちゃんと調子を戻しておくのよ? おーっほっほっほっほ!」

 

 それだけ告げるとお嬢様奇行種・ティーナは去って行った。グラウンドにいる全ての存在の注目と、そしてその時間を奪って行き、残された被害者に対する同情だけを残して。残された被害者は両手を顔に寄せて覆った。

 

「どうしてこんな目にあうの今日は。私、何かしたかしら……」

 

 見てるだけで可愛そうになってくるシェリルはそのままとぼとぼとした足取りで学園を出て行く。その姿を全員で眺めてから、視線を戻す。

 

「なんだ、アレ」

 

 思わず出た言葉がそれだった。朝からちょくちょく人の視界に入っては出て行く面白生物。正直面白すぎて逆に気になってくるレベルなんだが、何だろうあの生き物? 俺ちょっと気に入ったぞアイツ。ほぼ全員が首を傾げる中で、ロゼだけがあー、と声を零す。

 

「あの回転式破壊兵器を装着している方は解らないけど、被害者の方なら解るわ。事前にお父様にこれだけは覚えておきなさい、って言われて覚えた人のリストに入ってたし」

 

「それは……?」

 

「フランヴェイユ公爵家の娘よ。確か上に兄がいた筈ね。噂では王子様の婚約者だとか。家としての格を見るならうちよりは間違いなく上よ。武力では間違いなく負けないけど」

 

「そこ張り合う必要あった?」

 

 辺境伯に武力で勝てる貴族がいたら滅茶苦茶怖いじゃん……。辺境伯って国境の守護や辺境の開拓を任せられる代わりに武力を多く保持する事が許されているのに、それを超える武力を持つ家が王族以外に中央にいたとしたらシステムが崩壊してるよ。あぁ、いや、でも王家の信頼厚い所なら別段、ありえなくもない話なのかもしれない? まあ、何にせよ結構雲の上の人物という事になるだろう。流石に此方での生活で関わってくるような人物じゃない筈だ。

 

 しかし、これがゲーム系の世界だとしたらあのシェリルが悪役令嬢のポジションになるんだろうなあ、なんて事を考える。彼女に料理をぶちまけた子が乙女ゲーの主人公で、それを直ぐ傍で立ち尽くして見ていたのが王子様―――まあ、配役的にはこんな感じだろう。実は田舎娘には凄い才能があって、それが王子様を寝取っている間に開花して行く感じの奴。

 

 ところで悪役令嬢から王子様奪うのってアレ、寝取りジャンルに入るのだろうか?

 

 断罪込みとはいえアレ、確実に寝取りジャンルに入るよな……と毎回思っている。心は別として、婚約関係にあるのを破棄して奪ってるんだから寝取り成立しているんじゃないか?

 

「エデンー、馬鹿面してないで事務所行くわよー」

 

「置いてっちゃうよー」

 

「お、お二人とも流石にその言い方は……いえ、中々味のある表情でしたよ?」

 

「十歌様! オブラートに包み込めてないで御座る!」

 

「全員揃ってぼろくそ言ってくれるじゃん」

 

 苦笑しながら先に歩き出した皆を追いかける様に駆け足で近づく。他人の事を考えている暇があるのであれば、まずは自分の事からだ。




 感想評価、ありがとうございます。

 ランダムエンカウント率が高すぎる上に勝手に去って行く事に定評のあるお嬢様奇行種。

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