―――調べ始めて数時間、ちょっと見えて来たことがある。
龍の事を聞かせる教科書みたいなものは凄く、凄く少ない。レポートや纏めというものも少なく、龍という生き物そのものを主題とした資料、レポート、そういう学術的ジャンルの書籍が全くと言って良いレベルで存在しない。というか0だ。1つも龍をまともに調べた本というものが存在しなかった。
じゃあ龍という概念は? 生物は? 一体どこからパブリックエネミーという認知を得られるんだ?
その答えはシンプルに、童話だった。
じゃあそれだけ? かというとそうでもない。歴史の教科書で神話の解説が入る時に龍が描かれるのだが、そこでも必ず戦争を始めた存在、その手先、そして完全なる破壊者として描かれる。逆に龍殺し連中はそれを狩った英雄ばかりとして残されている。それが真実ではないと知っている身からすると、ちょっとこの扱いには不満が残る。いや、嘘だ。滅茶苦茶不満に思う。
こうやって情操教育で情報を刷り込む事によって龍は敵だ、というのを基本的な認識として人の脳に刻んでいるようだった。何か方法があれば龍のイメージ回復を行おうと思ったが、
「これは無理でしょ」
根本的な部分でどうしようもない。人の認知や教育そのものを改善しない限りこれは、どうする事も出来ないだろう。悪意のある奴が大昔から人の認知を上書きする為に少しずつ努力を重ねていった感じがする。これをどうにかするには、国の教育に携わる地位に割り込んで、根本的に使う教科書や資料を自分で手直しするしかないだろう。その上で正しい事実を知るインテリ層を増やす事だろうか?
いや、これが惑星規模での認知だとしたら相当無理くさいだろう。少なくとも西方大陸は既にこの認知で染まっている。
その発端は―――当然のように、聖国。
「人理の神ソフィーヤを祀る聖なる国……人類の繁栄を目指した国、か」
ソ様が聞いて呆れるわ。
あの女神、龍に関する事だけは絶対に何も答えようとはしない。オラクルしようと思えば何時でも繋がる事の出来る女神だが、そもそも神様に頼むという発想がなんとなくだが気に入らない。まあ、こんな体と才能を与えられて今更……って話かもしれないが、神様に頭を下げてその都度困ったことを解決して貰ったり教えて貰うのはあまりにも他力本願というか、主義じゃない。
まあ、そもそも頼まれた所で神々が助けてくれるとは思えないが。連中、君臨すれど統治はせずみたいなスタンスが基本らしいし。全体的に頼りになるかどうかが怪しい連中ではある。いや、信仰に対する対価として魔法を授けている時点で助けにはなっているんだが。ただ、まあ、そういう話じゃねぇよなあ……ってのはある。
「そもそも文明の発展と科学技術の発達によって信仰は廃れるもんだからな……」
じゃあ魔界、魔族の技術ベースの侵略戦争ってのはこれ、高度な
科学の発展に伴って利便性の高い機構へと人の視線が向かえば、それだけ神への感謝と関心は薄れて行く。君臨しても統治しない、恩恵の面倒な神々よりも金と電力で賄える機械の方へと信仰が移って行くのは当然の流れだ。或いは本当に神が実在する世界では信仰は薄れないのかもしれない。それでも神への信仰を逸らし、減退させる戦略があるとすれば立派に神を殺す手段になりえるのではないだろうか……?
「まあ、考えすぎか」
目頭を軽く揉む。ちょっと変な方向へと思考が飛んでいたかもしれない。今は神々の事ではなく
或いは龍に関する資料は聖国の方で管理されているのか……? だとしたらドラゴンハンターや龍殺しがあっち出身ばかりなのは解る話だ。まあ、あの国はどっちかと言えば人外全部敵って感じの流れだが。それに食らいつく夜の国もよーやるわ。
「……いや、でもおかしくないか? ここまでやる必要、あるか?」
ここまで徹底して情報の隔離と意識の刷り込みするか普通? ここで誰かが龍に関する事実のまとめを作ろうとしても、たぶん“妄想乙”と言われるだけで終わるぐらいのレベルで常識として龍=悪という図式が出来上がっている。これをどうにかしろってのは正直無理な話だろう。そしてこれが原因で亜竜が狩られているなら……人類が亜竜を狩り続けるのもまあ、納得だ。
根本的に悪い事やってるって意識がねーんだもん、人間。そりゃあ殺し合うわ。
「全ての発端は6000年前、か」
龍殺しが行われたのは6000年前の話になる。その当時、ただの司祭であった人物はソフィーヤ神から神託を受ける事によって龍殺しの法を授かった。それを授かった司祭は龍殺しの法を用いて悪龍を討滅した。人理教会の法王にまで昇り詰めた男は以降、授かった言葉と法を残した。龍を討て、悪を討て、人に仇なす獣を狩れ。龍は神聖に非ず、人の敵殺すべし。一切残さず塵殺すべし。
その言葉を残した者こそが教皇アルシエル。
「
龍種特有の言語の自動翻訳で変換された名前の意味が返ってきた。まさか言語翻訳でこんな風に名前が変わるとは思わなかったが……龍の特性として名前がこんな風に認識できたという事は、血そのものがアルシエルに思う事があるという事か……? それともそもそもそう言う意味の名前なのか? そもそも俺、自分の種族特性を把握しきれてないんだよなあ。場合によっちゃこの魔力でさえデフォルト機能になりえるし。俺、もしかして龍全体からみると劣等生かもしれないし。
「ここら辺は深く考えたところで答えは出ないし考えるだけ無駄、だな。なら次に考えるべきなのは―――」
「失礼します、少し良いかな?」
アルシエルと龍周りの事をもっと調べようと思った所で、声をかけられた。勉強用に装着していたファッショングラスを外しながら振り返ると、知らない金髪のイケメンが此方を見ていた。いや、完全に知らないという訳じゃないな。先日食堂の修羅場の中心にいた奴だ。あの後特にエンカウントする事もないので軽く忘れていた―――まあ、見た事は決して忘れない頭だから嘘なんだが。
「えーと、食堂のだよな?」
わざとらしく思い出す様に言葉を口にすれば、イケメンは頷いた。
「はい。あの時は空気を茶化してくれてありがとう。貴女がああしてくれたお蔭であの場が妙に白熱せずにすんだ。心からの感謝を」
「良いよ良いよ、飯時に嫌な空気を吸いたくなかったしな。お前もそんな事の為に感謝しに来るとは酔狂だなぁ」
「いえ、恩は返さないと人としてどうかという話になるので」
今見た感じ、俺が黙っててもこの少年の器量ならあの状況のリカバリーは出来たと思うが。それでもあの時咄嗟に反応してしまったんだからしゃーない。まあ、飯時を悪い空気にはしたくなかったしな。感謝の言葉も頂いた事だし、ファッショングラスをかけ直して再び集めた資料の山へと視線を戻す。まだまだ確認したい事は多くある。特にこのアルシエルという男に関する事、そして神話回りの龍に関する伝承とかはもっと調べれば出てくる筈の内容だと思う。
「……龍に関する資料?」
「ん? あぁ……気になる事があってな」
少年はどうやらまだ去るつもりはないらしく、此方が資料を持ち上げて睨んでいると直ぐに並べられた本や資料のタイトルから関係性を見出したらしい。直ぐに見つけ出す辺り、結構優秀な脳味噌してるなあ、と思う。普通はそう簡単には解らんもんだが。
「もしかして龍に興味を?」
「俺が? まあ、興味が無きゃこんな事はしないからな。ただ、やっぱ参考になる資料の少なさにちょっと驚くな。ありえん程まともな資料が少ないんだが」
「それは……そうでしょう」
少年の言葉に俺は振り返り、視線を蒼玉の瞳へと向けた。
「龍は一般的には絶滅した生物であり、場合によっては架空の生物だとさえも思われている。点在する龍の遺跡は人用の作りをしていて、明確に龍の存在が確認されてもいない。最後に龍が確認されたのも数千年前の話……既に存在自体が眉唾もので、龍は実は亜竜の一種なのではないか? なんて話も出ているぐらいなんだ。まともに調べようとするのはもう、ドラゴンハンターぐらいじゃないかな」
「そこら辺の知識はどこで?」
「家庭教師からだけど……確かに一般的な話じゃないかな。ただまあ、存在しない脅威よりは存在する脅威の方が大事だし龍よりも亜竜の方が注目を浴びているのは事実かな」
「ふーん、成程成程」
合点がいった。日本にいた頃と同じ考え方してたのが悪いんだな。良くも悪くも龍に関する知識や学問ってのは無用なんだ。そりゃあ現代クラスで平和になって知識が広まれば趣味で神話を追いかける奴とか出てくるけど、この世界でそこまでの余裕や趣味に人生を懸けられる人間ってのは非常に少ないんだ。だから絶滅した龍という生物を調べ、纏め、研究する必要性が存在しないのがこの資料の少なさの原因の一つなのかもしれない。
それとも……聖国で情報を独占してるとかー?
正解が解らない。正しく解るのは龍に対する認知の改善は根本的に不可能に近い、という事だろうか。これは絶対に龍変身なんてやれねぇなあ、と思いながら睨んでいた資料から目を離す事にした。もうちょい龍に関する情報が欲しかったが、このままでは成果もあまりなさそうだ。これなら龍に関する情報収集は打ち切って、もっと亜竜に関する情報を調べた方が良いかもしれない。
或いは最も長く生きている部類の亜竜であれば龍の事をまだ覚えているかもしれない。知っているかもしれない。探しに行く時間はどっかの長期休暇と被せる必要がありそうだが、ロック鳥を辺境から連れ出せば移動時間の問題も大幅に解決できる。
「龍に興味が?」
一旦切り上げるかと考えた所で、後ろから少年の声がした。どうやらまだ去っていなかったらしい。何か俺に対して興味でもあるのか?
それとも……さては、俺に惚れたか??? いやあ、若い子惑わしちゃうかー! 流石俺ー! でも男はノーセンキューな!
という冗談はさておき。
「誰だって一度は最強には憧れるだろう?」
「それが龍、だと」
「ま、絶滅しちまったけどな。もしかして龍殺しの方が強いのかもしれないし、或いは人をたくさん食った亜竜の方が強いのかもしれない。それでも強さの上限ってのには何時だって誰だって憧れるもんだ、上を目指しているなら当然の話だろう」
「成程? 納得できるような、出来ないような……」
「納得しとけ。感性の話だから言葉ではどうせ理解出来ないわ」
そう言って少年の質問をうやむやにする。まあ、俺が龍だしな! なんて返答が出来る筈もないし当然だろう。言ったところで絶対に信じられそうにもないが。
それはそれとして、資料に目を通している間にそこそこ良い感じの時間が経っていた。結局読むのに集中しちゃって昼食を逃しちゃったし、いい加減何かを食べに行くとしようか。学食には極東食もあって割と悪くないのだが、今日は思いっきりジャンキーなものを食べたい気分だ。良し、ルシファーの所でランチタイムにしよう。あそこならツケられるし。
良し、そうと決まったら引っ張って来た資料や本を元に棚に戻すとして、視線を少年へ向けた。
「お前、この後暇?」
「え、講義があるけど」
「じゃあサボれ。飯に行くぞ!」
「えっ」
そういう事になった。そういう事にした。
感想評価、ありがとうございます。
私はまどTASを遊んでて執筆を忘れてました! いや、10年越しに完成とか言われたらやるしかなくて……。