TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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犯罪

 ―――取引?

 

 んなもん当然蹴った。

 

 俺は龍、誇り高きグランヴィル家の守護龍。餌を吊り下げて走らせようとする奴が気に入らないのだ。だから王子様には特に悪いとは思っていないが話を蹴らせて貰った。それを口にした時の少年の顔と言ったらもう、最高に楽しいもんだった。それでも感情やリアクションを表情に出さずに淡々と話を進めようとする姿は流石王族とは思った。とはいえ、気に入らないと言っちゃえば気に入らないんだ。だからこの話はこれで終わらせて、ピザを食べる午後を楽しんで解散した。

 

 まあ、本は惜しいが……タイトルさえ判っちまえばこっちのもんだ。ワイズマンの事も後々調査しなくちゃならないだろうが、それは後回し。

 

 それから数日。

 

 リアとロゼを学園に送り届けてから俺は街の外へと出ていた。

 

 背後には巨大なエメロードの門。直ぐ横にはその入り口を守る衛兵がいる。今俺は学園都市の都市部とスラム街の境目に来ていた。横で警備を続ける衛兵は警告する様に低い声を発してくる。

 

「我々が見回りをしている主要道路は良いが、横道に入った瞬間に治安は悪くなる。見えなければ何をしても良いって連中は多い。後暗くなったら門を閉めてしまうから、戻るならそれまでにな」

 

「あいあい、ご忠告感謝。数時間ぶらついたら戻る予定さ」

 

「そうか……なら良いが。武器があるなら見える所に下げておく方が良いぞ、とは経験上伝えておく。それでも襲い掛かってくる連中はいるが。そういう場合は躊躇せずに殺害して良い。その身なりを見る限り心配する必要はなさそうだがな」

 

 うへえ、どんな世紀末だ。そう思いながらも結晶大剣を生成し、それを肩に担いだ。そう、俺の目的はスラムにあった。これまでは行く必要がない、とスルーしていた所でもあった。

 

「ふーん……ま、適当に進むか。戻るだけなら跳べばいいし」

 

 軽い気持ちで大通りを外れる―――外れた途端に石畳はひび割れ、ぼろぼろになる。スラム街の建造物はどこか壊れているところがある。ここでどうやって生活しているのかはわからないが、街中にあったような綺麗さや整えられた道路というものは無く、どことなく臭く感じられる臭いが風に漂って運ばれ顔を顰める。道路に視線を下げれば当然のように塵が積もっている。

 

 誰も汚れを気にしない。誰も不浄を気にしない。

 

 ここはエメロード・スラムタウン、都市を穢す連中の住処。犯罪の温床だ。俺はそこへと躊躇する事もなく踏み込んでいた。大通りから外れて進めば進むほど複雑に、不規則に、無秩序に建てられた安物の建造物が乱立している。その中には人の気配があったりなかったりする。本来であれば来る必要もない場所だろうが、今はちょっとだけ事情が違う。

 

「さて……軽く見て回るか」

 

 スラムの中を進む。本当であれば嫌な気配と悪意が目に見えるレベルで濃いから来たくなかった。俺の様に特殊な感覚を持つ奴からすると地獄みたいな場所だ。あっちこっちから悪意の視線や好色の視線が向けられていてチクチクと鱗に刺さる。今もそう、建物の影から新しく踏み込んできた俺へと向けられる視線が突き刺さる。痛くはないし、俺を害する事の出来る視線ではない。ひたすらに不快なだけだった。出来るなら来たくはなかった場所だが、来るだけの理由がある。

 

 アルドだ。あの王子の存在だ。確か敵対勢力がある事を彼は仄めかした。それはここにはおらず、都市内部にいるのかもしれない。だけどリアの近くで、リアに対して害意を抱く事の出来るかもしれない存在がある事はIFであっても神経に障るものがある。言ってしまえば保険だった。ありえないとは思っていても、自分で行動する事でその不安は解消する事が出来る。つまり俺はアルドを通して得た、敵がいるかもしれないという不安を解消したかったのだ。

 

 その為にスラムにまでやってきた。

 

 不安というものは解消しなければ消えない―――ここ最近、あまり仕事らしい仕事が自分にはない。戦う事はなく、時間のほとんどは訓練に充てている。それで辺境にいた頃よりは充実しているか? と聞かれると答えに窮する。だって成長とかそういうものはあんまり感じられないんだもの。だから欲しかったのだ、充足感を。自分が何かをしているという感覚が。それを満たすのは成果と働きだろう。

 

 だから態々ここに来た。取るに足らない雑魚ばかりだろうという安心感を得る為に。

 

「しっかし、腐ってるなあ」

 

 視線が、空気が淀んでいる。スラム街に踏み込んで思う事はそれだ。これが壁の内側に入るなんてとんでもない。もうちょっと悪辣で、それでいてアウトローな雰囲気を予想していたが……これでは完全に別物だ。これが叡智を尊ぶエメロードの一部だなんて信じる事は出来ない。

 

 がん細胞だ。

 

 これはがん細胞でしかない。

 

 拡張のためにこれを街の中に入れたら街が腐ってしまうだろう。エメロードという都市を広げたかったらこの都市をどうにかしないとならないだろうに、これの排除を邪魔している連中がいるらしい。これがある限りエメロードは都市を大きくする事が出来ないだろう―――俺には全く関係のない事だが、それでもここが犯罪の温床となっている事は想像するに容易いだろう。

 

「マフィア、ね」

 

 地球では話に聞いていても実際は見る事なかった連中がこのスラムを根城にしているらしい。そう言うストリートギャング系が盛んだとか。エメロードはあれほど整理されていて綺麗な都市なのに、一歩外に出た瞬間地獄が広がっているのはほんと、良く解らない理屈だ。一体どうすればここまで複雑怪奇な格差を見せる都市が生まれるのだろうか? ここまで酷い貧富の差が出てくる都市というのを俺は見た事がない。

 

 と、思っていると。

 

 肥大化する殺意を感じ取った。上へと視線を向ければ屋根の上から大剣を手にした捨て犬―――いや、捨て犬ですらない。捨てられてすらいないのだ。塵溜めで育った鼠とでも呼ぶべきか。それが上から何の警告も躊躇もなしに殺しに来ていた。言葉もなく、音も発さず、ただ殺す為だけに殺す為の動きは俺が女であるとか、見た目が魅力的とか、そういうのを一切排除しての動きだ。そのストレートな殺意に驚くのは一瞬。

 

 一瞬だけだ。

 

 落ちて来る姿に剣を振るって真っ二つに食い千切って、さようなら。奇襲は殺気が見えれば容易く対処できる。見せている時点で未熟の証明だ。エリシア辺りのレベルになると殺気も初動もなしに奇襲を打ち込んでくるようになるので、“宝石”の技量は深淵に届くものがある。

 

 真っ二つに割った死体が左右に転がり、結晶剣を振るって血を落とす。体にかかるものは全部魔力で弾くから返り血を浴びる事は一切ない。周囲にあった視線が死体へと集中するのを見て、少しだけ興味を持って死体を処理せずにその場を離れる。角を曲がり、足を止めて気配を殺す。それで少しだけ時間を経つのを待ってから振り返り、角の向こう側から死体を観察する。

 

 それに数人のスラムの住人が群がっているのが見えた。

 

「糞ッ、汚く殺しやがって……大半の臓器が使えないじゃんかよ。もうちょっと綺麗に殺せないのか……」

 

「あ、でも心臓は無事だな。これは使えそうだ」

 

「よっしよっし、これなら良い値段で売れるぞ。剣はダメだが他が良いな。生地は再利用できるし剥げ剥げ。丸裸にして摘出して剥ぐぞ」

 

 思わず吐き気を覚えそうな光景に視線を逸らし、背を向けた。そんな方法じゃないと金が稼げないのか、ここは? そこまでしてここにしがみつかないといけないのか? それほどに価値のある場所なのだろうか、ここは? そんな疑問が俺の脳内を駆け巡る。だけど答えは出ない。俺はここをよく知らないし、訪れたばかりだ。だがここの空気は最悪だ。濁っていて、淀んでいて、どこまでも人を苦しめる様な空気で満ちている。

 

 こんな場所が都市の直ぐ外に広がっている、その認識が漸く危機感として俺の脳内に入り込んできた。今更ながら、ここに来てよかった。関係ないからと無視していたら、この異様さを知る事さえもなかっただろう。そう思いながら更にスラムを進んで行く。聞いた話では大通りから少し先に進んだエリアにスラムの商業区があるという話だった。

 

 そこに行くまでもう一度命を狙われるんだなあ、という認識が何か、頭をバグらせそうだ。

 

 背後にハイエナどもを放置して進めば少しだけ、開けたエリアへとやってくる。見てみれば電飾や看板が飾られている。驚く事にちゃんと商業がこのスラムでは機能しているようだった。こんな無法地帯でも商売は成立するのか……そう思っていると店先やその入り口に武装した人が立っているのが見える。当然ながら用心棒がいるらしい。その視線や意識の一部は、当然のように俺へと警戒するように向けられている。此方の方々はどうやら実力が解るらしい。俺を警戒する者の額に汗が浮かんでいるのが見える。

 

 それ以外の奴らは―――普通に客引きをしていたり、或いは無視していたりする。

 

「可愛い娘、揃えているよ! 初潮前のも当然揃えているぞ! 同性、SM、プレイもなんでもあれ! うちの店で遊んで行かないかい」

 

「クスリ! 新しいものがあるよ!」

 

「新鮮な臓器買い取るよ」

 

「……聞くに堪えないな」

 

 衝動的にここにいる全員殺してやろうかと、この俺でさえ思えてしまう程ここは酷かった。だが逞しさは認める他なかった。ここにいる人間は恐らくどこよりも逞しく生きているのだろう。純粋に生きるという目的だけの為に。その純粋さだけは都市の人間に勝るとも劣らないだろうと思える。……それが決して良い事だとは、言えないが。しかしこのスラムで開かれている商店は、どれもご禁制の物を扱っているという話だ。

 

「摘発されないもんなのか」

 

「されないよ」

 

「あん?」

 

 視線を下へと向ければ、ぼろを纏った少年が両腕を頭の後ろに回しながら生意気そうな表情を浮かべている。

 

「摘発なんてされないよ。だってやるだけ無駄だし。一つ潰した所で別の奴がその後を引き継いで稼ぐもん。潰した所で減らないんだ。全部燃やす事なんて連中にはできないし。だから無駄。摘発なんてしないよ」

 

「成程ね」

 

 病巣はそれそのものを切除しなきゃ意味がない、か。足元にいる少年が何かを欲しそうにしている。無論、それが何であるかは解っているから金を出そうかと思ったが―――これたぶん金をだしたらカモだと思われるだろうな。だから金じゃなくてドライフルーツを取り出して少年に投げ渡した。それを受け取りつつ少年は顔を顰めた。

 

「しけてやんの」

 

「カモる相手はちゃんと選べ」

 

 おら行け、と蹴りを空ぶると少年は走って逃げだす。その姿を見送ってから武器を担いだまま、商業区を歩く。よく見ればどいつもこいつも常に武器を手元から直ぐ使える所に置いてある。誰もが安心せずに周囲を警戒し、それが日常として成立している姿を見せてる。心休まらない事が普通となっているのだ、ここでは。

 

「お、そこの美人さん! こっちでは良い男娼もいるよ!」

 

 中指を突き立てる。行く訳ねぇだろ、と口に出す事無く思いながら歩き出そうとして―――どこぞの違法娼館から、まだ若さの見える少年の姿が出てくるのが見えた。軽く変装し護衛を連れているのを見ればわかる。

 

 エメロード学園の学生だ。

 

 学生までこんな所に来ているのか……世も末だな。ちゃんとした娼館は都市部にもあった筈なのにここまで来て利用するものなのか? いや、知りたくもないわ。だがこういう連中がいる限りは需要が消えないって事なのだろう。それだけは良ーく解った。まあ、俺がどうにかできる話でもないだろう。重要な事は別にある。だから娼館から出て来た少年と護衛の事は忘れておく。それよりも店舗だ。ちゃんと営業しているのは解るが、置いてあるのは何もクスリばかりではない。

 

「銃……ライフルか」

 

 用心棒が立っている横のショーウィンドウを覗けば、銃が売りに出されているのが解る。辺境ではほぼ見る事のなかった、武器の中でもかなり値の張る品物の一つだ。それこそ“金属”級でもなければ手にする事はなく、軍隊でさえ導入するにはメンテナンスの難しさと、弾丸の確保でハードルが高いから手が出せない。それにある程度の使い手であれば弾丸を見てから防御したり、弾く事が出来る。この世界、弾丸への対抗手段はそこそこあるのだ。強くなればなるほど弾丸は通じ辛い武器になる。

 

 それでも筋力任せに戦うよりも遥かに成果が出るのはある。人数を揃えて銃で武装した集団はそれこそ格上を狩るだけの暴力を持ち得る場合がある。

 

 だが銃は恐ろしく高価で、手に入りづらいものだ。それがこうもぽん、と売られているのは違和感がある。盗品か、或いは密輸されたのか……どっちにしろ、まともな物じゃないだろう。ショーウィンドウから視線を外すと横の用心棒から安堵の息が聞こえてくる。数歩、距離をあけながら頭を掻く。

 

 思ってたよりも、混沌として殺伐としている。

 

 もっとちゃんと、見た方が良いかもしれない。




 感想評価、ありがとうございます。

 エデンが誰かに協力するのは正義を感じる以上に、気に入るかどうかが基準なので、この手の交渉に持ち込むタイプが一番めんどくさいって嫌うタイプだったりする。

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