TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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犯罪 Ⅱ

 銃、クスリ、春、火薬。

 

 このスラム街は悪徳とされる法で運営されている。そしてここの人々は自然とその法則を受け入れて生きている。その事実が何よりも頭をおかしくしそうだった。どうしてこんな危険が目の前にあると解っているのに手が出せないのだろうか? いや、理由は解っている。どこぞの貴族が手を回して手出しを止めているからだろう。実際、スラムの打ちこわしとなると建造物の破壊と住人の追い出しで相当金のかかる行いだし、その時に発生する反発を考えると面倒なのは事実だ。

 

 此方へとスリの為に近づいてきた奴を面倒だから回避しつつ、剣を消してスラム商店街の適当な壁に背を預ける。考える事は色々とあった。リアとロゼの護衛という立場の都合上、他の連中よりは周辺に対する意識を向けている。そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。あの都市の中で他人に暴力を加える行いは点在する護衛、そして元から存在する警備の質から難しいだろう。仮に何かがあるとすれば学生同士のいさかいの結果だろうし、後は回避不能なテロによるものだろう。自爆テロだけはどう足掻いても回避する手段が存在しないから警戒するしかやれる事はないのだ。

 

 まあ、都市部に入れる時点でそういう事をやる奴は全員弾かれているだろうが。正直、入口のチェックは身分照会を含めてかなりチェックが厳重だ。その事を考えるとそれなりの身分と背景を持った人物がある日唐突にテロがしたいという気持ちに目覚めて実行するぐらいしか方法がないだろうとは思うし、そういう精神鑑定は難しくはない。

 

「……」

 

 第5王子を失脚させたい上の王子たちと、スラム街を支援している貴族……ここだけ話を切り出すとどこかで繋がっていそうな気配もあるが、正直貴族関連にはあまり興味がなくてそういう事が出来そうなやつというのが全く解らない。貴族に興味なしのグランヴィルの特徴が今更仇になるとは思わなかった。時勢とかマジで読まなくてもどうでも良かったからな……。

 

 調べる必要……ある?

 

 この光景を見ていると少し危機感を覚える。都市を一歩出たらこれだけの脅威が見えるというのは少し、怖い。ここ最近、魔境が点在する辺境を離れて警備が厳重な都市を謳歌していただけに、ちょっと危機感が欠如していたかもしれない。安全な内側ではなく、寧ろこの雑で荒廃した危険の中でこそ自分の仕事があるんじゃないだろうか? 少なくともここを根城にしているマフィア連中は調べておくべきだろうと思う。

 

 なら一度戻るか。情報ならギルドにいる情報屋辺りから購入する方が楽で早いだろう。多少金はかかっても、プロフェッショナルに任せる方が仕事というのはスマートに解決するものだ。そうと決まれば一旦出よう。そう思ったところで道の先、小綺麗に整えられたスーツを着崩して歩く数人の集団が見えた。統一された姿に武装している……身なりからして、こいつらがマフィアなのだろうか? 注目を集めない様に顔を向けず、視線だけを隠す様に向ける。

 

 店の中に入るとどうやら、金を回収している様に見えた。どうやら集金作業中らしい。ショバ代を支払うシステムは異世界でも有効かあ、とは思う反面、この土地はエメロードのものだからこれ違法行為では? なんて思ってしまう所もある。どちらにしろ、入れ墨を見る限りソコソコの強化が施されている連中の様に見えた。と言っても、気配は良い所“加工物”程度か。間違いなく下っ端の雑魚。俺が軽く撫でたら死ぬ程度の連中だ。

 

 それが店に入り、集金し、そして次の店へと向かう。その動きに淀みはなく、特に文句が出る様な事もない……どうやら反抗しているような奴はいないらしい。先ほどの路地裏では地獄みたいな民度と景色が繰り広げられていたが、この商店街? とでも呼ぶべき商業エリアは比較的に平和らしい―――いや、クスリや春を売っているような所を平和だと言って良いかどうかは疑問が尽きないが。どちらにしろ、悪法は悪法で運営されているという事なのだろう。こういうアウトローな世界観、ちょっとだけ憧れるよ。絶対に住みたいとは思わないけど。

 

「おい、テメェ。何だ、テメェ? 何を見てやがる」

 

「……」

 

 こっちへと集金中だったマフィアの下っ端が視線を向けてきている。めんどくせぇ、と視線を逸らすがもう遅い、此方へと大股で近寄ってきているのが見えた。やだなあ、と思っていると禿頭のマフィアが睨む様に前に立った。

 

「見ない顔だな、テメェ。んだよ、気に入らねえ目をしやがって」

 

「……」

 

 溜息を吐きたい気分だった。どうしてこんなチンピラに絡まれなきゃならないんだ、という気持ちだった。だが相手はこっちを見逃すつもりはなく、ガンを飛ばしてくる。それについてくる連中は禿げ頭の肩を掴んだ。

 

「おい、止めなよ。俺達まで品位を疑われる。余計な争いを起こして怒られるのはお前だけじゃないんだぞ? ボスの耳に問題を起こしたって聞かれたらどうするんだ」

 

「大人しくしてろよ」

 

「チッ……こいつの目が気に入らねぇんだよ」

 

 禿頭は舌打ちしながら後ろへと下がる。

 

「目が希望で溢れてきらきらしてやがる癖にこっちを下等生物として見下してやがる。角女が……見下しやがって。そんな目を向けるなら最初からここに来るんじゃねぇよ」

 

 そう告げると禿頭は仲間を連れて次の店へと集金へと向かう。良かった―――殺さずに済んだわ。そう思いながら手の中で僅かに生成していた結晶を消し去って放棄した。以降はちゃんと残りの店舗へと集金に行く姿を眺めながらふぅ、と息を吐く。

 

 俺もだいぶ、剣を振るうのに躊躇しなくなったものだ。必要なら殺すという事に対する躊躇が消え去っている。人狼のオーケストラのくそったれに感謝だ。

 

 マフィア連中が完全に去った所で、商店街の用心棒の1人が、ふぅと息を吐いた。

 

「はあ……生きた心地がしなかったよ。ここでおっぱじめるかと思って緊張したぞ」

 

「悪いな」

 

 その寸前まで踏み込みそうだった自覚はあるので素直に謝っておくと、用心棒が頭を横に振った。

 

「何の用事でこっちに来たのかは解らないが、お前の様に日の当たる世界にいる側の奴が来るような所じゃないぞ、ここは。自分とは違うという妬みや恨みだけで武器を持ち出す様な連中がいる様な場所だからな。お前みたいな綺麗な奴がうろついているとそれだけで苛立つ連中というのはいるもんさ。これは忠告だが、こっちに来るならもう少し汚れてこい。そうでなければ馴染めない」

 

「ご忠告ありがと」

 

 それは単なる見映えではなく、もっと心を汚せという事なのだろう。冗談じゃない。そっちの道に進んだらリアと一緒に居る事に耐えきれなくなってしまうだろう。アウトローの憧れもなにも、全部今の自分があっての話だ。俺からこっちの世界に墜ちるつもりなんて一切ない。

 

 去ろう。ここは俺のいるべき場所じゃない。1時間もいないのに、もう剣を何度か抜きそうになっている。それだけでここがどれだけ酷いのかを理解させられているのだから。一体何をすればこんな酷い場所が出来上がるのか……そしてどうしてそれを見て見ぬフリが出来るのか。

 

 ここは俺の居場所じゃない。そう自分に呟きながらスラム街を出る事にした。収穫はあったが、好ましい収穫じゃなかった。

 

 

 

 

 スラムを出て都市部へと戻ってくると安心感を覚える。綺麗に整えられた街並みが俺を歓迎してくれ、そして特に刃物を持った人間が待ち構えている訳でもない。スラム街と都市部の格差はすさまじいものだった。都市に戻って感じるのはまず別世界であるかのような感覚だ。ここには血も鉄も必要のない場所なのだろうか。

 

「ふぅー……なんか異様に疲れる場所だったな」

 

 心のエネルギーを消費するというか、メンタルへと直接攻撃を仕掛けてくるような場所だった。可能であればなるべく行きたい場所ではない―――が、あそこじゃないと生きていけない人も世の中にはいるのだろう。その問題をこの国は、そして都市はどうやって解決するのだろうか?

 

「情報を集める前にどっかで休もうか―――って、お」

 

「これはこれはエデン殿」

 

 黒髪のポニーテール、袴にマフラー。女か男か定かではない中性的な容貌の武士、十歌の護衛である楓が都市の大通りを歩いていた。俺同様学園に主がいる間は暇な者として俺達の仲は結構良い。少なくとも一緒に鍛錬や暇な時間を潰す程度には遊んでいる仲だ。それが目の前を歩いていたので、軽く挨拶をする様に手を上げる。

 

「よ、楓。散歩?」

 

「うむ、十歌様が勉学に励んでいる間は拙者も暇で御座る。極東を出る時は常に目を光らせねばならぬと気を張っていたが、実際こっちに来てみると驚きの警備体制で御座った。これでは拙者らの仕事がないというものよ」

 

「まあ、気持ちはわからんでもない」

 

 楓の言葉に苦笑する。ここの厳重な警備体制は或いは、スラム街を警戒したものなのかもしれない。それを恐らくはサンクデルも知っていた―――だから護衛は俺1人なんだろう。ちなみに十歌は楓以外にも護衛が数人付いている。その内彼女が常に連れまわすのは楓1人らしいが。やっぱりそう考えるとこいつ、女なのかなあ……でも男っぽさもあるしなぁ。そういう所接しやすくて俺は助かるんだが。

 

 と、考えていると楓がふむ、と指を顎にあてて首を傾げた。

 

「何やらエデン殿はお疲れの様子……あまり良くない空気を纏っておられる」

 

「解る?」

 

「解るとも。普段のエデン殿はそうで御座るなぁ……蒼天を思わせる風や、広大な緑の大地を思わせる気配を纏っているので御座る。我々の様に自然を愛し、生きる者からすればこれ以上なく好ましい気配であるが、今はそれに鉄と血の気配が混じって御座る。自然の化身に見えるエデン殿が濁っていればそれは解りやすいので御座るよ」

 

「御座るかぁ」

 

「御座る」

 

 たぶんこの御座る口調、キャラ作ってるんだよなこいつ……そう思いながらも頭を掻く。表面上は取り繕えるんだが、こういう観察が鋭いタイプ相手には隠しきれない。いや、この場合は楓の技能が特殊なのかもしれないが。何にせよ、スラム街に行って勝手に摩耗している事はバレてしまっているから、ここは素直にスラム街で経験した事を口にする。それを楓はなるほど、と腕を組みながら聴きに徹し、終わった所で口を開いた。

 

「甘味処へと行こう」

 

「糖分摂取」

 

「然り。こういう時は何をしても疲れるもので御座る。適当に息抜きをするのが最善に御座るよ。ここで拙者贔屓のあんみつをご紹介! ……と、行きたい所ではあるも、ここは極東ではなく西の端に御座る。拙者が親しんだ甘味処は遥か星の裏側。申し訳ないが案内は難しゅう御座るなぁ!」

 

「ははは、あんみつかあ。何時かは食べてみたいもんだ」

 

「極東へと来る機会があればいつでも当家で歓迎するので御座る。友に閉ざす様な門は御座らん故」

 

 良い奴だなあ、と思いながら楓と一緒に適当なところで糖分摂取を行う為に甘味を探す―――砂糖が貴重品だったのは少し前の時代の話だったらしく、中央付近では砂糖を使った菓子が増え始めている。俺が辺境のお祭りにリアと行ってた頃は砂糖菓子は珍しいものだったが、砂糖の量産がどこぞの国で始まったらしく、エスデルの農業地帯でも砂糖の原料となる植物の栽培を開始したらしい。

 

 その影響でエスデルの少なくとも中央付近、このエメロードを含む地域では砂糖はそこまで珍しいものではなくなってきている。探そうと思えば近くのお店でちょっとだけ値段が高いけど手が届く範囲で砂糖の使われたお菓子が手に入る。そしてその程度の値段であれば貴族の子弟にとってはお小遣いでどうにかなる範囲なのだ。

 

 歴史を見るとこれが菓子文化の発展に繋がる所だろう。時代が今、動いているのを目の前で見ているような気もする。

 

 ともあれ、まずはスラム街探索で荒れた心を癒す為にも、楓共々適当なところでおやつタイムに入る事にした。




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 拙者御座る系中性武士。さあ、性別はどっち!

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