TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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犯罪 Ⅲ

 この体になってからというもの、甘いものに目がない。

 

 男だった頃も別に甘いものが嫌いだった訳じゃない。そりゃあ甘いものは好きだったさ。だけどかつて以上に甘いものに対して目がなくなった様な気がする。これは体の変更に伴う生理的反応の変化、趣向の変化―――つまり体に合わせた変化だと言えるだろう。体が女性的になったから、生理的欲求や反応も女性的になるのはまあ、ままある事だと思う。だってここら辺の変化や趣向というのは結局のところ、脳による影響を受ける所だ。

 

 脳の構造が女性の物だから女性的な反応が出る、そういう話だ。だから今の俺は甘いお菓子とかに割と目がない。だがそれは生理的反応から来る所だ。趣味、趣向というのは個人の反応と考え方から来るものだ。だから直接的肉体のリアクションが出る所では女性として、だけど個人の考え方が出る所では男性的な反応を見せるのが俺だ。これが性転換による奇妙な俺の考え方や趣向になるという所だろう。

 

 甘いものは好きだし、可愛い服は苦手だ。だけど女性服を着る事には違和感や抵抗感は覚えない。だけど着るならなるべく男物の方が好ましい。これだけなら凄いシンプルだったんだろうが、困った事に俺の肉体は女であると同時に龍なのだ。そしてこれは肉体の構成、そして根本的な部分に繋がる話でもある。その為、俺の反応がバグるのだ。これは俺が自覚している事でもあり、そして克服しようのない部分なのだ。つまり脳の構造が女/龍という形になっているのだ。生理的反応、本能的反応に龍としてのリアクションが混じってしまうのだ。

 

 つまり俺の本能的思考の部分は龍としての構造に占領されているのだ。怒り、悲しみ、喜び、痛み、情動と物理的な反応がここに集約されている。俺が受ける感情的な行動は大部分がここに支配されていると言っても良い。自覚はあり、しかし自分の一部であると明確に認知できる所だ。だから他人の好悪、あれが好きこれが嫌いというのもだいぶここから来ている。グランヴィルは優しくて清らかだから好き。アルドは利用しようと考えて接触してきたから嫌い。そういう感覚がここら辺に由来している。

 

 その全てを統括しているのが、男としての俺だと言っていい。じゃあ俺のアイデンティティはどうなっているのか? 男なの? 女なの? 龍なの?

 

 答えは良く解らん。

 

 未だに答えは出ない。だが解る事はある。

 

 ―――別に答えが解らなくても甘いものは美味しいという事だ。

 

 お互い甘味が好きだという事もあり、どっかで甘いものを食べる事に異論はなかった。問題はここ、エメロードは貴族向け、つまりは富裕層向けの都市であるという事でそこそこお高めの店が多い事と、店自体が多いという事にある。貴族の子女に向けたカフェやレストランなんて腐るほどある。その中からどこへ行こうかというのを話し合おうとなると、相当悩む話になる。こういう場合、お互いに何を食べたいのかを話し合ってから決めるという形になる。俺も楓も、腕前込みで結構良い値段支払われているし、貯金もある。正直少し高い程度では財布は痛まないのだ。

 

「拙者の口は既に極東甘味を求めているので御座るがなぁ」

 

「輸入しているお店を探すとなると相当高い所になるから諦めろ。でもその系列で行くなら創作系、再現系の所に行くのが良いよな」

 

「そうで御座るなぁ……ここは甘味マップを確認するのが宜しかろう」

 

 俺も一流の龍娘、美味しい店はちゃんとマーキングしてある。エメロード都市部の地図をポケットから取り出し、そこにマーキングしてある店を確認する。評判の良い所、そして気になる所は時間が有り余っているので発掘ついでにちょくちょくマークしている。今回探すのは極東っぽい菓子を扱っている所だ。完全なる極東甘味の再現となると輸入前提になるので相当お高い所になってしまう。或いは、学園の学生と契約してあっちの材料を再現している所があるのかもしれない。そういう所は安く扱えるから結果的に俺達の財布にも優しくなるのだが……ふむ、とマップを見ながら考える。

 

「学園と契約してる創作系を軽く見て回るか?」

 

「あったら良し、無ければ挑戦で御座るな」

 

 それはそれでまた面白そうだな、と頷く。当たるも八卦当たらぬも八卦、そういう日もある。いや、寧ろそういうスリルがちょっとだけその日を楽しくさせてくれるのかもしれない。そういう考えから地図にマークしておいた、まだ行った事のない店へと行くことにした。大学と契約しているかどうかは店先にそれを証明するマークが飾られているので、一目瞭然だ。そんな訳で手近な所をまずは確認しようと思って近づいたところ、

 

 俺達は見た。

 

「……」

 

 半口を開けてショーウィンドウから展示品をガン見している少女の姿を。エメロード学園の制服姿、ややくすんだ色のブロンドのツインテールの少女だ。黒い帽子をかぶった少女は見いる様にショーウィンドウに飾られているスイーツを眺めており、目を輝かせているが一歩も店内に入ろうとする素振りを見せない。その様子に店内にいる店員も追い返す事が出来ずにいた。なんというか、貧乏根性丸出しの光景だった。

 

 しかし、その少女は同時に見覚えのある少女でもあった。

 

 少し前、食堂でシェリルに飯をぶちまけてしまった少女だ。あの時は突然のハプニングに狂乱寸前まで陥っていた様子を見せていたが、今はいいなあ、と呟きながら展示品を眺めていた。そのあんまりで哀れ過ぎる姿に俺も楓も、一歩も店内へと進む事が出来ずに道路からショーウィンドウに張り付く少女の姿を眺める事しかできなかった。

 

「……アレを前に美味しく食べるで御座るかぁ」

 

「止めろ、止めてくれ。全く同じことを考えていたんだからよ」

 

 あのきらきらしているけどお金ないなぁ、でも食べたいなぁ……無理だなぁ……とか呟いている少女の横を抜けて店の中に入れ? 無理でしょ。スラム街の連中だったら無視できるのに、こうやって裕福な連中ばかりの都市でこういうのを見かけると良心が痛むの、正直どうかと思うが……俺達が気持ちよくスナックタイムを過ごす為だ。

 

 楓と視線を合わせると、楓から頷きが返ってくる。それを受けて互いに素早くショーウィンドウの前に立つ少女を挟み込むと。

 

「良し! 行くぞプリティーガール!」

 

「いざ行かん、夢の世界へ!」

 

「え? え? ええ?」

 

 貧乏少女に腕を絡める様に両側から挟み込み、そのまま楓と一緒に引きずるように店内へと進む。

 

「3名で宜しく」

 

 

 

 

「いやあ! 都会の人間は狭量で恐ろしく高飛車で人の心を持たない悪魔ばかりかと思いましたけど違いましたね! うーん、甘い! 美味しい! 都会最高!」

 

 そう言ってフルーツパフェからアイスを掬った少女は口へとそれを運び、一口でスプーンの上の物を食べると幸せそうな表情を浮かべていた。一切の遠慮なく食べ進めている豪胆さに俺も楓ももはや見事という言葉を与えるしかなかった。他人の金でここまで遠慮なく食えるのは中々の才能だと思う。何よりも不快感を与えない雰囲気を持っている辺りが恵まれている。俺も楓も呆れてはいるが、目の前でこうも美味しいそうに食べられると何も文句が言えなくなってしまう。

 

 俺もパイ生地をミルフィーユみたいに重ねたパイ型のケーキにベリーソースをかけたものを食べるし、楓も抹茶パフェを食べる。この場にいる全員が各々の食べるものに大満足だった。これがアニメーションだったら全員から花のエフェクトが飛び散っている所だろう。それぐらいに女子という生き物は甘いものに弱く、刺さる。

 

 これぞまさに至福の時。食べ始めてから少しだけ無言になって食べていると、目の前の少女がはっとした顔になった。

 

「あ、あああ、ああの! すみません! 本当にすみません! こんなお高い所を奢っていただき本当にありがとうございます! いや、食べてみたいなあ、美味しそうだなあ、いいなあ、とか思ってたけどこんな風に奢って貰えるなんてほんと思ってなかったんですありがとうございます! ありがとうございます!」

 

「あぁ、うん……」

 

「拙者らはそこまで気にしておらぬ故、其方もそこまで気にする必要はなかろうよ」

 

 まあ、あれを見ていられなかっただけだしな……うん……。俺達の間ではそんな感じの反省の空気が漂っている。本当はこういう事、あまりやっちゃいけないんだけど捨てられた子犬みたいな気配を全開にして店先に立たれると……こう、雨の中の捨て犬を見捨てる気分になってしまうのだ。それが決して悪だとは言わないが。それでも今回に限っては甘えた選択肢を取ってしまったなあ、という気分だった。

 

「不肖、このソフィア・ローズゲート。人に貰った恩と恨みだけは忘れないようにしています! 今度絶対にお礼をするので覚悟してくださいね―――あ、すいません、同じ金額を返すというのは、その、ちょっと経済的に難しいかなあ、って感じなのでお金で返して? って言われるとその、私としても結構厳しいかなあ、なんて話になるんでほんと勘弁してください」

 

「お、おう」

 

「ま、まあ、拙者らは別に守銭奴という訳でもない故気にされる必要はないで御座るよ」

 

「え、ほんと? ヤッター! ただ食いだー! いやあ、もう、ほんと助かりますよ。学食は学生には無料なんですけど最近なんか意地悪する連中が良く学食で張り込んでくるから使いづらいんですよね。あそこで食べようとするとねちねち嫌味を言われて邪魔されますし、席を座れない様にしたり地味な嫌がらせばかりですし。ああいうの性根が腐ってると思いません!? 思いますよね! だってお二方は見ず知らずの美少女にパフェ奢れる程素敵な人達ですもんね! えへへへ、美少女って言っちゃった」

 

 テンション高いなぁ……。元気はつらつ田舎の乙女というタイプだろうか? 無邪気というよりは元気系、今まで周りには中々いなかったタイプだが、

 

「話を聞くに虐めにでもあっているで御座るか?」

 

「あー、どうなんでしょう? なんかねちっこいなあ、とかめんどくさいなあ……とかは思うんですけど。まあ、別に実害はないし? 直接暴力を振るわれる訳でもないですから別にそこまで気にはしてないんですよね。でもあーだこーだ結構煩いのはありますね」

 

「ふーん」

 

 目の前の少女、ソフィア……どこぞの女神を思わせる名前をした少女は、どうやら虐められているらしい。まあ、考えてみればあのシェリルという少女は公爵令嬢で、第5王子の婚約者だ。そんな彼女に取り入ろうとする連中は多いだろうし、何か粗相を働いた人間を虐めておけば印象でも上がる……って考えだろうか? 正直あのシェリルって娘を見ていると虐める為に手を回すというのは考えるタイプには見えない。というかやるだけのメリットが存在しないだろう。

 

 まあ、世の中些細な事でキレて殺しに来る奴だって存在するから何もかも絶対という訳ではないのだが。それでも俺が見ている限り、シェリルがこの娘に理不尽を働く事はないだろうと思うし、一部の学生の独断だろうか。虐め、実在するんだなあ……という気持ちだった。ニュースとかでは聞くものの、俺はとんとそういう事には無関係だった。

 

「まあ、でも気にするほどの事じゃないですよ。学校はそれなりに楽しいですし。それに何より、覚えたいと思えたものを覚える機会が与えられるのは本当に素晴らしいです! あの滅茶苦茶広い図書館だって自由に利用できるんですよ!? 特待枠取れて本当に良かったぁ……」

 

「特待生なんだ?」

 

「はい! 王国の北部出身です。あっちは冬になると滅茶苦茶冷え込むから薪代が馬鹿にならなかったんですよね。だから私、なるべく良い所で働けるようになりたいんです。家に帰れば弟妹達もいますし。ここで私がなるべく良い条件で就職する道を見つけて、お金を稼げばぐっと生活が楽になる筈なんです」

 

 そこまで言ってからスプーンを噛んだまま、

 

「まあ、入学は出来たんですけど今度は生活費の方で苦しんでいるんですけどね……。いや、生活費で苦しんでいる事実はずっと変わらないから変化なしかな? そう考えたら何時も通りだぞぅ……? やったねソフィア!」

 

 うちみたいな零細貴族か、或いは庶民なのか。その判別はつかないがどこであろうとも貧乏が人を苦しめる事実に変わりはない様子だった。

 

「ふと、気になったので御座るが……生活費はどのように?」

 

「あ、バイトです。こっちで学生向けのバイトとか、学生課で依頼を受けて仕事とかできるようになってるんです。治験みたいなのもあれば、近くの秘境から素材を調達してきたとかまであるんですよね。まあ、流石皆お坊ちゃんお嬢様って感じで結構金銭感覚がガバなのでそれなりに貰えます」

 

 そこまで言ったところであ、ソフィアが声を零す。

 

「お二方今度一緒にどうです? 今度一緒にバイトしてみるの。こう見えてバイト先の評価は結構良いんですからね、私。私1人なら秘境とかあんまり行きたくないなあ、ってなるけど2人と一緒ならもうちょっと高額なバイト受けられると思うんですよね!」

 

 ぐいぐいと来る少女の言動に苦笑を零しつつ、俺達は時間や行動に先約があるから常に誰かと関われるわけではないが、

 

「まあ、予定が空いてれば」

 

「そうで御座るな、予定が空いてれば拙者も問題は無いで御座ろう」

 

 都会で雑草のように強く生きる少女の姿に、どことなく感嘆を覚えつつその日を過ごした。

 

 この都会、色んな奴がいるもんだ。




 感想評価、ありがとうございます。

 そろそろ日刊更新からペース落とすべきかどうかを悩む時期。なろう辺りでマルチ投稿も考えたいけど、流石に100話越えた辺りからかなあ……。

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