TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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犯罪 Ⅷ

「―――おー、良い場所っすね」

 

 都市から離れてやってきた丘は、大きく回り込む事でその麓へと向かう事が出来るようになっているが、特に整備された場所でもないので、到着したら馬車を適当なところに停めたりする必要がある。ここまでくると都会の喧騒から離れる事も出来るし、モンスター達も命の危機を感じて遠ざかって残されるのは俺達と馬車と動物たちだけだから、大分静かになる。

 

 とはいえ、ここで感じるエーテルの濃度は辺境と比べると圧倒的に薄く、気持ち的には酸素の薄い場所にいる感じだった。都会の人間からすれば都市の中よりもエーテルの濃い場所に来ているから多少過ごしやすく感じるだろうが、俺からすると少し呼吸がマシになる程度の場所でしかなかった。やはり、エーテルの薄い環境は少し息苦しさを感じる―――そこら辺、あのミュージックバー“ジュデッカ”は魔族向けにエーテルの濃い場所になっているので実は過ごしやすかったりする。

 

 まあ、それでも一般的には良い場所に入るんだろう。少なくとも風は心地が良い。

 

 丘の入り口へと繋がる道が途切れると馬車の旅も終わりだ。直ぐ近くには木があり、そして森も見える。だが其方には近づかず、停めた馬車の手綱を木に括り付けて逃走防止とする。まあ、これでも盗賊とかに狙われた時にはまるで意味がないのだが。だからこの手のイベントの時、誰かが馬車の見張りに残るのが基本だったりするのだ。

 

 馬車が停止した所で貴族の皆様が馬車から降りてきて、従者は従者で集まる。手綱は一応最寄りの木に繋いである。

 

「さて、馬車の見張りを決めなくてはならないが他に立候補がいなければ俺が務めよう。シェリルお嬢様の面倒であればハリアが見る」

 

「いえ、実際何度かやっているから良いですけど……出来たら同性に頼んでいただきたいのですが」

 

「あぁ、見張りとかそう言うのは必要ないから安心していいぞ」

 

「ふむ?」

 

 此方に視線が集まる。それを無視して指笛を吹けば、空から数匹の鷹が降りて来る。手を差し出すと一羽が腕に、数羽が近くの木の枝に降り立つ。それをダンたちは驚きの様子で見た。首筋を撫でてあげながらその目を見る。

 

「ほう、鷹を調教してあるのか」

 

「いんや、こいつらは野生だよ。今、初めて会った……よしよし、良い子だ。少しだけここにお邪魔するけど、その間見張りを頼みたいんだ。良いか? 狩りの途中だった? そうか、じゃあこれで手を打ってくれるか? ありがとう」

 

 手持ちの干し肉数枚と交換で鷹たちが仕事を請け負ってくれた。投げた干し肉を嬉しそうに嘴や爪で受け取ると、それを啄みながら馬車の周囲に待機する。

 

「これで何かあったら直ぐに知らせてくれる―――ってなんだよ、その表情」

 

「いや、どう見ても飼いならしたペットのようにしか見えないんすけど」

 

「誠に不思議で御座るよなぁ、エデン殿のその特技は。拙者にしても自然と動物に愛されているとしか表現できないで御座る。街中で動物がエデン殿を見かけると問答無用で近づいて来ては挨拶するものだから、一緒に散策していると中々楽しい光景になるで御座るよ」

 

「ほう、だが便利な体質だ。言葉が解るのか?」

 

「いんや? こいつらだって明確な言語で喋ってる訳じゃないよ」

 

 そりゃあ人間ほど強い理性のある生物じゃないんだから、言語と言えるほどの物はないのだろう。だけどこいつらには意思があるし、魂だってある。

 

「言葉で解り合うんじゃないよ。こいつらの言いたい事、伝えたい事、その意思を指先で触れて感じ取るんだ。そうすれば言葉なんてものが無くても言いたい事、伝えたい事は伝わる。感覚とセンスの話だからまずはこいつらの意思を感じ取る所から始めなきゃならないけど」

 

「それはちょっと難しそうな話ですね……ですけど、任せられるというのならそれで良いでしょう。彼らなら私達よりも遠くを見て、鳴き声で伝えられるでしょうし」

 

 うむ、とハリアの言葉に頷く。頭を軽く撫でてから腕から解放すると、一度大きく飛び上がってから空を数度旋回し、馬車の上に止まって小さく鳴いた。それを見て全員がどことなく驚いたような様子を見せている。唯一慣れているリアとロゼだけは普通―――というかリアはどことなく誇らしげだった。

 

「エデンは凄いのよ。実家に帰ると大量に動物に迎えられるし、狩りに出かけると獲物が目の前に出てくるし、そこら辺で昼寝しようとすると勝手に周囲の動物たちが集まって一緒に眠るのよ」

 

 えっへんと存在しない胸を張るリアの姿にティーナが腕を組んで首を傾げる。

 

「それもう、教祖と信者じゃないかしら」

 

「人がずっと言わなかった事を……!」

 

「いや、まあ、俺もなんかそんな感じしてたけどさ。人が言えない事をズバッと言うな」

 

「おーっほっほっほ! 私、隠し事をするのは苦手でしてよ!」

 

 俺、割と君のキャラ好きだよ。いや、マジで。奇行にはちょっと引く部分もあるけど、それはそれ。このお嬢様、どことなく自分の行動がおかしいという事に自覚はあるっぽい。それでも止めないって事は自分の行動に対して芯を持っているという奴だ。だとしたら中々見られるタイプの人じゃないだろうし、そういうの嫌いじゃないんだわ。ただオブラートに包む事は覚えて。

 

「ま、という訳で心配はしなくて良いぜ」

 

 俺の言葉を肯定するように鷹たちが鳴いた。その様子に少しだけ驚きを見せるも、俺の言動を信じるようで丘を登る道へと進む事になった。ここからは道と言うほどのものは存在しないが、何度も人が歩いてきたルートはある。見た目には草で埋まっているが、一種の名所でもあるから周知はされているらしい。俺と楓も事前に下見のためにここまで来て、場所の確認はしている。なだらかな坂がここからずっと続き、その先が丘の頂上となっている。目的地はそこだ。目印となるのはその頂点にある大きな木であり、その根元の木陰で涼みながら一望できる景色を楽しむのがここでのお勧めらしい。

 

 ここから頂上までのルートには特に隠れられるような遮蔽物も存在せず、解りやすい一本道だ。迷う事もなければここで襲撃を受ける心配もない為、必要以上に気を張る必要もない。実のところ、そこまで気を張って護衛する必要のないエリアでの活動だったりする。そもそもからして、ここはエメロード騎士団の哨戒区域でもあるのだ。定期的に巡回しに来る騎士たちのおかげで治安のレベルは高い。だからこそ名所なんて言われているのだろうが。

 

 ともあれ、ここまで来たのだから歩みに迷いはなく、貴族たちは先に丘の木へと向かって進んでいる。何かあれば即座にカバーや要請に応えられる距離は保ちつつも、邪魔にならない様に俺達は距離をあける。それをリアは少し寂しそうにしているが、貴族とはそういうもんだ。身内のみならまだしも、本物と呼べる貴族たちのいる場所では相応の振る舞いが求められる事を彼女自身が良く理解している。だから引っ張ってくるような事はしない。

 

 そこにちょっとした寂しさと成長を感じる。

 

「しかし、貴様が“白い顎”か」

 

 と、歩いていると横からダンの声がした。何時の間にか横を音もなく歩いていた巨漢の姿に、ちょっとしたやり辛さを感じる。いや、そりゃあ別に自分が最強だとは思わないぜ? でもそれなりに強いとは思っていた。実際、人狼のオーケストラなんてもんを倒せるんだし、それ相応の実力はあると思っている。だがこうやって都会に出てきてぽんぽんと自分に匹敵する実力者が出てくるとちょっと、へこむ。それともここが特殊なだけだろうか。まあ、何にせよ。

 

「俺の事をご存じで」

 

「貴様は良くも悪くも有名だ。いや、正確に言えばヴェイラン辺境伯の方か。あの方は中央の魔境でもやり合えるだけの政治的手腕を持ち合わせている人物だ。そんな人物が新しく重宝している者がいればそれなりに注目が集まるというものだ。それもどことなく意図的に名を売っている部分があれば猶更だ。能のある者であれば貴様と貴様のバックに関してはある程度調べているだろうな」

 

「それもそうか」

 

 まあ、サンクデルは明確に俺を重宝、重用してくれている。俺はこれからも辺境でリアの面倒を見ながら生きて行くつもりだし、その上ではサンクデルの依頼を受けて生活する必要があるだろう。そういう意味では必要な事なんだろうとは思っている。全く無名の者が護衛に居ても舐められるのだから。自分の娘に付ける護衛はなるべく名声があり、実力のある者が良い。

 

 だったら実力のある俺に名声を与えれば良い。

 

 ……という話かな? まあ、サンクデルに聞けば色々と教えてくれるのだろうが、そういうのを考えるのを面倒と感じる辺り俺に適性はない。

 政治はめんどいったらめんどい。以上。

 

「噂には聞いていたが実際に見て実力には納得した。その年で良く鍛えたものだな」

 

「俺としちゃ種族の暴力で割と成り上がってる所を並んでくるオッサンに結構驚いてるけどね。こう見えて俺、上位種族よ? まあ、師にエリシア様がいるって影響もあるんだけど。それでもオッサン、相当体弄ってるでしょ」

 

「こう見えて昔は“宝石”のクランに所属していたからな。いや、それでも下っ端だったが。それでも適切な強化施術などを受ければ俺ぐらいまでは来れるだろう。そこからは完全に才能の領域に入る分、門は狭まるだろうが」

 

「オッサンクラスは珍しくないのか……」

 

 その言葉にふむ、とダンが声を零す。だがハリアは苦笑を漏らし、言葉を添える。

 

「ダンさんの言葉は本当であり、同時に嘘です。“宝石”の域に入ると確かに強さは結構ばらけてきます。“宝石”以上の分別がないのはこれ以上部類を分ける意味がないという意味でもありますからね。ですがダンさんの仰る通り、ダンさんのラインはそうですね……“宝石”の中規模クランの幹部クラスでしょうか? 強化施術には相当お金がかかっていますね」

 

「中規模かぁ……そこら辺は辺境でやってた身としちゃあ良く解らん例えだな」

 

「言ってしまえばまだ代わりが無数にいるラインと言う訳だ。珍しくはあるが、完全に替えが利かない訳でもない。ただ人の範疇としては破格の部類に入る。必然的に貴様もそうだ」

 

「“宝石”規模のクランは基本的に上から下まで全員最高級の強化を受けているのが前提ですからね。その中で実力を左右するのは経験、才能、資質素質、そして純粋な鍛錬で積みあげた力です。ダンさんはその辺りかなり自分に厳しい部類でしょうかね」

 

「俺はそうだな。だからこそ改めて上位種族の能力の暴力というものを目の当たりにして驚かされている―――貴様のその体、強化施術の様な物は一切受けていないだろう」

 

「うむ、一度もメスの入れられた事のない綺麗な体だぜ」

 

「いじげんのはなししてるぅー」

 

 クルツが違う次元の住人を見る様な視線を向け、乾いた笑いを浮かべている。それを見て楓が疑問を覚えたのか、会話に入って来る。

 

「クルツ殿は施術を受けないので御座るか? 此方の大陸ではそうでなくても入れ墨等で身体を強化するのが主流という話を聞くで御座るが」

 

「俺っすか? 無理無理っすよ。戦うのは怖いし、お嬢様が勝手にドリル発射するから無理っす。お嬢様もなんか従者は従者らしく面倒を見る為に仕えろって言ってくるんすよね」

 

「愛されてるなあ」

 

「愛されてますねえ」

 

「愛されてるな」

 

「愛されてるで御座るなあ」

 

「そ、そそそ、そんな事ないっすよ!!」

 

 顔を真っ赤にして頭を横にぶんぶんと振るクルツの様子がなんか新鮮で初々しく、残りの4人でクルツを見てどうしてもにやにやとしてしまう。なんとなくだがあのお嬢様、クルツの事は自分で守るとか考えてんだろうなあ。それが可愛くて面白い。チャリパパはこのことどう思ってるんだろうか。ちょっと推せるぜ、これは。そう思っているとクルツが顔を赤くしながらあー、と声を零す。

 

「それよりもカエデさんっすよ、カエデさん! カエデさんは極東出身っすよね? そんでそこの2人ぐらい強いって事は当然何かやってるんすか!?」

 

「会話の逸らし方が下手で可愛いなあ」

 

「まあまあ、ここは慈悲を見せて話に乗るで御座るが……拙者、体の方はそこそこ特別製で御座ってな」

 

 うむ、と楓は両腕を腰に当てて胸を張る。

 

「拙者、その手の施術は1度も受けた事はない!」

 

 わっはっはと笑う楓の姿にハリアは片手で頭を支えながらふぅ、と軽く息を吐き出す。

 

「世の中ほんと理不尽ですね」

 

「あ、ハリアが闇堕ちしかけてる」

 

「それも仕方がないだろう。天然の“宝石”が2人も目の前にいるんだからな。世界中を探しても生まれから肉体が“宝石”の域にある者―――原石と呼ぶべき者は稀だ。まあ、それでも各国から人が集まるエメロードだ。そういう者も必然的に集まるのだろう。ハリアはもっと金を出して体を弄れ。努力と才能だけでどうにかなる程世の中は優しくない」

 

「高いんですよ、そのランクは……」

 

 溜息を吐いているハリアの姿にまあ、と楓は呟く。

 

「拙者も拙者で大陸の様な方法ではないが、生まれる前よりも準備あって用意された体故、そこそこ中身が違うもので御座る。それ故、比べるのは少々酷というものであろう。まあ、それでもエデン殿の肉体がぶっ飛んで凶悪なのは事実で御座るが」

 

「天然どすえ」

 

 ピースを浮かべると苦笑と笑い声と呆れの声が混じる。まあ、そもそも俺の肉体は神造だからね、人間が用意できるもんじゃない。どこまで頑張っても人間が再現できるスペックと機能じゃないんだから、当然どれだけ強化施術をしようとも無駄だ。俺の肉体は完成されているが、同時に成長途中でもあるのだから。

 

 

 生物として完成されていながら成長途中って、設定として相当欲張りだよな……なんて思うが、生物として創造されたのだからある意味当然の機能なのかもしれない。まあ、深く考えたところでソ様は答えてくれないので考えるだけ無駄だ。

 

「というか極東にもその手の技術あるんだなぁ。やっぱ大陸とは違うん?」

 

「結構違うで御座るよ。大陸と共通なのは入れ墨による効果付与ぐらいで御座るな。後はまあ、祖霊を降ろしたりとか八百万の神々を降ろしたり、聖遺物を体に埋めたり色々とあるで御座るな」

 

「文化が違うなあ」

 

 強くなる事一つをとっても地域で色々と変わってくる。結局、楓は体が特別製という話だったが、具体的にどうという風には触れる事はなかった。まあ、別にそこまで追求する内容でもない。だからそこで話は切り上げ、正面へと顔を向ければ何時の間にか丘の頂上は目前にまで迫っていた。貴族グループの方も楽しそうに木の方へと向かっており、その木陰に、隠れる様に一団がいるのが見えてしまった。

 

「あちゃあ、先客がいたか」

 

「まあ、名所だからな。被りがあるのは仕方がない話だ」

 

 丘の上にある大きな木、その木陰に隠れる様に一団が眠るように倒れていた。此方はランチタイムに合わせて集まっていたが、朝から居たのだろうか? 大人しく木陰で眠るような姿を見せるのは学生の一団だ。眠っているなら特に問題もなさそうかなと思い―――。

 

「楓」

 

「拙者は護衛に回ろう」

 

「俺も行こう」

 

「では私は残ります」

 

「え? あ、うん。残っておきます」

 

 ハリア、楓とオマケでクルツが貴族組に素早く接近し、その間に異変を察知した俺とダンが壁を超えた者特有の速度で一瞬で地を蹴り木の根元に到達する。足元には眠るように転がる男女数名の姿。まだ若く、年頃は15,16程に見える。整った服装から貴族であるのが解る。それが数名、俺とダンが接近しても気づく事無く眠り続けている。

 

 いや、眠っている様に見えるだけだ。

 

 近づいた所で女性の1人に膝を折って手を伸ばし、首筋に手を当てる。同じようにダンが男性の首に手を当て、口を開く。

 

「脈がない」

 

「此方もだ―――死んでいる」

 

 他の女性の脈も俺が確認し、ダンが残りの男性を確認する。だが結果は同じだ。死んでいる。眠っているのではなく死んでいる。全員、眠るようにここで死んでいた。それを確認しながら立ち上がり、頭を横に振る。

 

「ピクニックは中止だ」




 感想評価、ありがとうございます。

 更新が1日1回だと義務感がありますけど、更新が数日に一度だと適度に息抜き出来て楽なんですよね。

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