TS龍娘ダクファン世界転生   作:てんぞー

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犯罪 Ⅹ

 ワイズマンが登場したからと即座に釈放されるという訳ではなく、一度は騎士団の詰所まで連れていかれた。騎士団としても体面はあるという話であり、この話において騎士団もまた一種の犠牲者であったという話なのだろう。だから形だけ詰所に連れていかれたら、そこからは爆速釈放という運びになった。エメロードの学園長の力によって俺達は自由を得た。これにてこの件はめでたくおしまい。

 

 ―――という事にはならない。

 

 騎士団詰め所を出た俺達はそれからエメロード学園へと向かい、全員揃って学園長室へと案内された。執務机の向こう側、大きなアームチェアに座るワイズマンに対して学生たちは来客用のソファに座り、俺達はその周辺に立って待機していた。人数が多い事もあって室内が少々手狭に感じる部分もあるが、内緒話をするという前提で物事を進めるとなるとこれも仕方のない事だった。

 

 俺は集団からやや距離を空け、壁に背を預ける様に寄りかかりながら物事の推移を眺める事にしていた。このワイズマンと言う男と、そして支援されているアルドを信用していなかったからだ。アルドの誘い、龍と言う単語を口にした事、そしてワイズマンがタイミングよく現れた事実。俺はなんならこれそのものがワイズマンとアルドによる共謀だったと言われても驚かないだろう。政治家って奴はそういう事をする。俺はそれを良く知っている。そしてそれに関わってしまった者の末路が悲惨である事も理解している。だから警戒心を絶対に崩す事無くワイズマンから距離を取っていた。

 

 場合によっちゃこいつらは敵だろう、と内心で認識していた。

 

 この地でリアとロゼを守り切れるのは俺だけだ―――その認識が俺の警戒心を上げていた。

 

 そして現在、ワイズマンは安堵しながらもどこか頭を抱える様な様子を見せていた。

 

「君たちが無事で良かった……まさか私の生徒が死んで、殺人の罪を着せられるとはな。正直ここまで強硬手段で来るとは思いもしなかった、というのが私の本音だ。そして君たちにも申し訳ない事をしてしまった、私の監督が甘かったせいでこの様な事態に巻き込んでしまった」

 

 本当に困った、という姿を演技でもなくワイズマンは見せている……そこに偽りはない。少なくとも演技だったらどれだけリアルであっても、騙りの気配を龍の目を通して認知する事が出来るだろう。それが見えないという事はワイズマンの言動に嘘はないという事だ。

 

 そんな事あり得るかあ? なんて事を考えながら部屋の隅で会話に耳を傾ける。

 

「いえ……ワイズマン卿が来なければそもそも私達は拘束されたままでしたし」

 

 シェリルが労るように言葉を口にし、それにソフィアが頷いた。

 

「そうですよ学園長。学園長が来なければ多分拷問とかされてたんですよ! こういう時はアレだって聞いてますし! なんでしたっけ……そうそう、エロエロ騎士団! こう……えっちな拷問されちゃう展開だったはずですよ!」

 

「この国の騎士団のモラルは高いからそういう事はないと思うよ……」

 

 拳を作って力説するソフィアに対するアルドのツッコミが入り、空気が少し緩む。死体を見てからどことなく緊張していた学生たちの空気が解れる。それで完全に安心した訳ではないだろうが、それでも少しは気が楽になったのだろう……そういう会話が出来る場所に来たのだ、と。それを見てワイズマンも頷いた。

 

「私がいる間はそのような事は絶対にさせないし、冤罪で生徒を逮捕させる事なんて絶対にはさせないから安心すると良い」

 

「……でしたら、どうしてあれほど早く反応出来たのか、教えてくださっても宜しいでしょうか?」

 

 ワイズマンの反応と言葉に切り込んだのは十歌だった。その十歌の言葉にロゼが同意するように頷いた。

 

「そうね……別に疑う訳ではないんですけれど、ワイズマン学園長の出てくるタイミングは良すぎました」

 

 それこそ元々こうなる事を知っていて行動したかのように、とは続けない。だが言いたい事は解るわよね? という視線はある。確認するように俺へと目配せする辺り、考えている事は大体俺と一緒である様だ。実際の話、これがアルドとワイズマンの共謀だった場合、巻き込んだリアたちをなし崩しで自分の派閥の人間だと周囲に思わせる事が出来るし、今回の件でワイズマンに借りを作る事にもなるだろう。ワイズマンの行動は、言ってしまえば都合が良かった。言葉を変えてみれば一連の流れが綺麗すぎた。それを十歌とロゼは言外に指摘していた。

 

「ちょっと、学園長に失礼ではなくて!」

 

「アルド様へ対するそのような疑い、許しませんよヴェイラン」

 

 即座に睨むシェリルとティーナ、心情的にも立場的にもアルド・学園長側だというのがそれで解る。ここにある集まりの、力関係というか立ち位置的な物がちょっと見えて来た所で、あ、とアルドが声を零しながら腕を組み、うーんと唸る。それを見てワイズマンが髭を軽く撫でる様に目を細めながらうーん、と唸る。それを見て俺達の間に何か、妙な空気が流れ始める。

 

 なんだろう、何かが空回っているような、そんな感じがする。

 

「いや、まあ、うん。派閥だね、うん。一応あるにはあるんだけど……ねえ、学園長?」

 

「まあ、うむ」

 

「そこら辺はっきりしてくださりません? 見てくださいよリアを。政治の話になるからお眠になっちゃったでしょ」

 

 視線がソファに座っているリアへと向けられる。先ほどからずっと続く何か探ったりする会話の中で、完全に考える事を放棄して眠そうにしている。というかロゼの肩を借りて眠ろうとしていた。その姿を見て俺はうんうん、と頷く。

 

「流石はグランヴィル……駆け引きや政治に欠片も興味を示さない。しかし、これで家の方は大丈夫なのか」

 

「まあ、そこは俺が暴力で解決したり、ヴェイランに守って貰ったり。暴力で解決出来る事は俺とエドワード様で全部轢き潰すから」

 

「確かにそれはどうとでもなりそうだな……」

 

 直ぐ近くのダンとひそひそ話をしていると、そうだね、とアルドが言う。

 

「―――では、私の話をしようか。ちょっと恥ずかしくも面倒な話を」

 

 

 

 

 ―――第5王子アルド。

 

 上から見ると中途半端で、下から見ても中途半端な序列。王を目指すには上が厚く、そして諦めるには高すぎる。程々のポジションで生まれたアルドの人生は期待と諦め、その両方が乗っかる形で始まった。つまり優秀であれば継承レースに名乗りを上げる権利を取得する事が出来るだろうが、そうでなければ自然と名前が消え去るだろう。そういう微妙なラインに生まれて来たアルドの人生は本人をして、面倒だったと言えた。だがこの時点でアルドは王の座を諦めていた。

 

 何故ならアルドの兄たち3人は非常に優秀だったからだ。

 

 非常に知恵に富み、首席でエメロード学園の法学部を卒業した第1王子のアルベル。

 

 武芸に長け、騎士団や軍部に人気のある第2皇子のイーゼル。

 

 そして商業に力を入れ、国力の発展を目指す第3皇子のコクロス。

 

 それぞれ、分野は違えど非常に優秀であり、またエスデル人らしく温和で優しく、家族を大事にする人達だった。3人全員が王座を目指すものの、互いに恨みや憎しみの様な物は存在せず、王の座を目指す上ではライバルでありながらも、決して貶す様な事はしない―――敗北すればそれを認め、次代の王を支える事を誓い合った兄弟達だった。その姿にアルドは自分の居場所は存在しないと早々に悟り、第5王子として国にどうやって貢献できるのか、どうすれば自分にしか出来ない事が出来るのか、という事を模索し始めた。

 

 既に第4王子も継承レースを放棄し、国外の姫と婚姻を結ぶ事を考え行動していた。アルド自身も何らかの才能をエメロードで見出す事で国に貢献しようと考えていた。それほどまでに3人の王子達は優秀であり、次代は約束されている。

 

 ……と、思われていた。そう、この話はここで終わらない。物事はここから面倒になってくる。

 

 つまり3人の王子が豹変したという話に変わるのだから。優しく、聡明で、強い王子達。彼らは変貌する―――まるで権力に取りつかれたように、数多くの国家と歴史が見せるかのように権力への欲望を見せた。即ち、継承権争いの激化。まるでそれまでの仲の良さが嘘のように策謀、謀略を巡らせ互いに追い落とし始めた。

 

 継承権争いとは無縁に思えたアルドもこの激化に巻き込まれた。それまではほぼ無関係だった場所にいたアルドも、3人の誰かが落ちれば代理に、或いは敵になる可能性のあるポジションに落ち着いてしまう。その結果、アルドは3人の中では優先順位は低くとも潜在的な敵として認識された。

 

 その頃、継承権争いの激化を察した側室であるアルドの母は旧知であるエメロード学園長、ワイズマンに息子を守る事を頼んだ。そもそも継承レースに参加するつもりもなかったアルドは派閥らしい派閥を持っておらず、最初は期待していた者達もアルドがレースに興味を示さない事を知ってからは離れていた。その為、暗躍する王子達に対する防備がなかったのだ。その為、権力と力のある知り合いとしてワイズマンが呼ばれ、快諾された。

 

 ワイズマンは自身の体を構成する枝の一部をアクセサリーとして加工し、それをアルドへ持たせる事でアルドの動向を常に監視する事が出来た。これを通してワイズマンはアルドの護衛をハリアとは別に行っていた。今回ワイズマンが即座に今回の件を察知出来たのはそれが理由でもあった。しかしこの手の干渉は初めてのものではなく、暗闘はしばらく前からずっと続いている。アルドが継承権を放棄すればすぐに終わる問題ではあるものの、アルドの下には弟や妹たちが存在する。アルドが継承権を放棄した場合、兄たちの矛先が下の弟妹たちに及ばないとは言い切れない。

 

 だからアルドは自分が矢面に立つ事を決めた。玉座を求めれば人材と資本の差で一瞬で圧殺されるだろう。だが継承権を放棄せず、デコイとして弟妹の前に立つ事は出来る。それがアルドが王子として選んだ道だった。このことを知っているのはアルドの母とワイズマン以外はハリア、そしてシェリルと彼に協力する数名だけだ。圧倒的な出遅れの為にアルドに味方してくれる人材が全く存在しなかった。

 

「―――と、いう訳で……恥ずかしい話だけど今回の、彼らの死はたぶん最初でしかなくて、最後にはならないと思うんだ」

 

 アルドは申し訳なさそうに言う。

 

「兄上たちの豹変の理由は解らない。だけどこの玉座を巡る戦いは後数年は続くだろう。そしてその数年が終われば誰かが玉座につく。そうすれば兄上たちも落ち付く筈なんだ。少なくとも、私はそう信じたい……昔見た兄上達が、玉座についたからと家族を処刑するなんて、とても思えないんだ」

 

「……」

 

 アルドの話を聞き終わって、俺は正直な話、ちょっとコメントと反応に困っていた―――こんな話を聞かされてどうしろ、って事だ。とはいえ、それはアルドなりの巻き込んでしまった事に対する誠意という奴だったのかもしれない。確かに、説明しない限りはアルドが何らかの謀略を働かせたように見えるだろう。

 

 実際のところ彼は被害者で、ずっと味方を探して頑張っていたという形になるが。

 

 ……となると、俺に話しかけてきたのも必死に味方を求めての事だったのかもしれない。

 

「成程、話は分かりました」

 

 アルドの話を聞き終わり、十歌は頷いた。

 

「事情は把握しました―――ですが根本的な問題は解決されてません。私達を犯人に仕立て上げた人物がいます。私達の汚名、それをどのようにして挽回するおつもりなのでしょうか?」

 

「無論、私の方で真犯人を探すつもりだ。犯行内容を見る限り、犯人はエメロード内部にいる。学生に接触できる人間は限られている。まずは時間はかかるかもしれないが、それでも確実に名誉を守ろう」

 

 ワイズマンの理知的な言葉に十歌は成程、と頷き頭をそれから横に振った。

 

「ですがそれでは遅すぎます」

 

「遅すぎる?」

 

「はい。時間がかかっては逃げられるかもしれませんし、これが誰の犯行かは解りませんが相手は武士の顔に泥を塗ったのです。主犯、黒幕が誰かは存じ上げませんが―――生かしておけません。殺さなくてはいけません」

 

 満面の笑みで言い切る十歌の言動に、室内が凍り付いた。それに唯一笑い声を零すのは楓だけだ。

 

「はっはっは、流石十歌様で御座います。武士たるもの、無礼(なめ)られたら終わりに御座る。無礼た奴は殺さないとならんで御座るなぁ。でないと名誉が守れませんからな!」

 

「えぇ、確実に殺し、血で泥を濯ぎませんと」

 

 楓の言葉に頷く十歌は一切、冗談を言っているつもりはなかったらしい。つまりそれが極東のスタンダード、普通の考え方。お嬢様っぽい十歌でさえこうなのだ。この世界の極東の武士はこんな考えで行動するらしい。

 

「極東こわ……」

 

 クルツの呟きが室内の意見を代表していた。

 

 だけど、まあ、十歌の言っている事は間違いじゃない。時間がかかればかかるほど相手が勢いづくし、何よりも貼られたレッテルが剥がれ辛くなる。特に俺にとっての問題は、何もしていない我がぽやぽや姫の名誉が血塗られる事だ。この娘にそういうタイトルは似合わないのだから。だから俺がすべきなのは即座にその汚名を返上する事。名誉をどうにかして挽回する……恐らく数日でアルドと一緒に居た皆の名が殺人犯として出回るだろう。

 

 その前に真犯人を、悪い奴を見つけなければならない。

 

「心苦しいが、そう簡単には―――」

 

「ですが、敵は―――」

 

「待ってください、元はと言えば―――」

 

 段々と室内の話がヒートアップしているのを肌で感じる。事情は分かった。だけどお互いの立ち位置が不明。これからどうなるのかが良く解っていない。リアは寝ている。言葉にした不安としていない不安がこの部屋で渦巻いており、それを宥めようとする前にヒートアップしているのを感じる。

 

 どうしたもんか、何が出来るのか。

 

 悪い奴をぶっ飛ばすだけで終われば世の中楽なのになあ、と思って。

 

「あ」

 

 と、唐突に思いついた。横で様子を伺っていたダンが此方に視線を向けて来た。

 

「どうした白い顎」

 

「いいや、思ったんだけどさ」

 

「ああ」

 

「結局真犯人がだれであれ―――麻薬を販売している大本がマフィアなら……連中が一番怪しくて悪いんだし、アイツらを真犯人にすれば良いのでは?」

 

 ダンは数秒考え込む様に上を眺めてから視線を降ろした。

 

「貴様、賢いな」

 

「でしょ」

 

「ほほう、つまりマフィアの親玉を責任の追及先として襲撃すれば良いんで御座るな??」

 

 戦国ルール全開の楓の発言に俺とダンは腕を組んだままもう一度天井を見上げ、そして数秒後に視線を戻した。

 

「それでいこう」

 

「これなら今夜中に解決できるな」

 

 白熱している主達を放置し、俺達3人は会話に混ざれないクルツとハリアを掴むと、部屋から引きずり出して脱出する。何が起きているのか解っていないクルツとハリアを丸め込みながら脱出すると俺達はスラムへと向かう事にした。

 

 そう、俺達に政治は良く解らない。

 

 だけど悪い事は悪い事をやっている奴のせいにすればいいと思います。

 

 だからそうする事にした。




 感想評価、ありがとうございます。

 滅茶苦茶難産だったし、描き終わった今でも正しい事書けたかなあ? と首意を傾げている。それだけ政治がらみのフェイズは面倒なのでもう二度と書きたくないです……。

 このダクファンは、問題の解決手段が9割暴力です。

 つまり暴力の時間だ。

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