無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
#1「出会い」
夕暮れの教室で、
何だか長い夢を見ていた様な気がする。内容は全く思い出せないが、とてつもなく長い物語だった。
ぼんやりしながら顔を上げると、目の前には見慣れた顔。かなり近い。
「よく寝れた?」
「んああ…よく寝た」
半目開きのまま、むにゃむにゃと呟く逆浪に、目の前の少女―
「全く…よくホームルームから寝てられるよね。もう完全下校時刻だよ?」
美雪の言葉に逆浪は答えない。見ると、またうつらうつらとし始めている。
「………」
再びため息。こうなると逆浪は暫く動かない。それをよく分かっていた美雪は、彼の側面に回り込み、髪をそっとかき分けて耳に顔を近づけ、ちいさな声で囁いた。
「…起きて、早く帰らないと暗くなるよ」
途端、逆浪ががばりと起き上がり…そのまま椅子ごと倒れた。
「いてぇ!」
痛みで完全に目覚めきったらしい彼は、倒れたまま美雪に恨みがましい目を向ける。
「俺、耳弱いのに…」
「分かってるからやってたんだけど…」
美雪は少しばかり恥ずかしそうにしながら答えた。それを見た逆浪は頭を掻きながら起き上がり、鞄を持って「帰るか」と言った。
「うん!」
美雪は元気に答え、自分の鞄を手に持ち、教室を出た。
* * *
廊下には人影ひとつ無く、逆浪と美雪の
「すまんなぁこんな時間まで…先帰ってりゃよかったのに」
「家帰っても暇だし…それに、光くんのバッグに入ってた本読んでたから退屈はしなかったよ」
「おまっ…俺もまだ読んでいないのに…」
まあこれでおあいこかと呟き、逆浪は前を向いた。
「そういえばさ、ここ最近話題になってる『自己犠牲の英雄』って知ってる?」
不意に、美雪が逆浪にきいた。
「あー、なんだっけそれ。赤坂井守とかいう人がなんかやってんだっけか」
「
「へぇ…凄い人もいるんだなぁ」
逆浪は感心した様に声を上げた。
そんな感じで学校を出て、帰り道を歩いていた時、前から誰かが走って来るのが目に入った。
最初は逆光の所為で分からなかったが、どうやら男…それも逆浪達と同じ位の少年らしい。犬耳の様な寝癖が目を引く。
見ると、少年は誰かに追われているらしい。彼の後ろからは他校の生徒らしき少年が複数人追ってきている。
「あ、あの人だよ!赤坂蜥蜴って人」
「あれが…蜥蜴っていうより犬みたいだな」
少年―赤坂蜥蜴は逆浪達に気付くと、「アンタら!悪い事は言わないから早く逃げろ!」と叫んだ。
「コイツら不良だし、オマケに異能力持ってやがる!」
異能力。
文字通り常人とは異なる力。
扱い方によっては凶器にもなりうる力。
「異能力、ねぇ…」
赤坂一人に対して、相手は三人。
「美雪」
「いけるよ」
逆浪と美雪は軽い調子でそんな事を言い合う。
「おい、アンタら何を…」
「何ってそりゃあ…こうするんだよ」
言うが早いか、逆浪は不良の一人に突撃する。それに焦ったのか、彼は自分の異能を発動した。
『
瞬間、彼の前に炎の壁が現れる。
然し逆浪は構わず突っ込んだ。
「美雪!」
「もうちょい右…そう、そこ!そのまま突っ込んで!」
逆浪は美雪の指示通りの場所に突っ込む。一瞬だけ熱さを感じたが、それだけだった。
そのまま驚いている不良に接近し、思いっきりぶん殴った。
不良は半回転しながらぶっ倒れ、逆浪はガッツポーズをした後、別の不良の方を向く。
だが、その時には既に赤坂が二人を殴り倒していた。
「なんでコイツこんなに強いんだ…ぐふっ」
「しかも異能が効かねぇぞ…」
「舐めんな…オレにだってこのくらい出来るわ」
赤坂は事も無げに言う。
「すげぇ…一瞬で倒してるし…」
「これが『自己犠牲の英雄』…」
「っと、アンタら大丈夫か?特にお前…炎の中に突っ込むなんて危ないヤツだなぁ」
「あ、大丈夫っす。ちょっとコゲただけなんで」
「ちょっとコゲた…まあ大丈夫ならいいけどさ。なんであの時突っ込んで行ったんだ?」
赤坂は咎めるような口調ではなく、本当に疑問に思っている様子だった。
「あー…コイツの異能で、炎の壁の薄くなっている部分を教えて貰って、そこに突っ込んだんです」
「私の異能、『視る』事に特化しているので…」
逆浪と美雪は事も無げに言うが、やっている事はすごい事だ。一瞬でそこまでの連携を行うとは…。
「なんつうか、信頼しあってるのな」
「ま、幼馴染なんで…」
その時、美雪が血相を変えて叫んだ。
「光くん!危ない!」
逆浪が振り向いた時には、眼前に炎の弾丸が迫っていた。先程殴り倒したヤツが、最後の抵抗とばかりに放ったものだ。
避けようにも、間に合わない―逆浪は衝撃に備えた。
だが、
「無駄だ」
炎の弾丸は、赤坂が伸ばした右手に触れた途端、打ち消された。
「な、なんで…」
不良は驚いた様に言うと、また意識を失った。
「すげぇ…」
逆浪は呆然と立ち尽くしていたが、ややあって赤坂の方を向くと、地面に膝を着き、土下座した。
「お願いします!…俺を、弟子にして下さい!」
「……は?」
赤坂は何言ってんだコイツという目で逆浪を見た。
「俺も異能力者なんですけど、まだまだ弱くて…それで、あなたみたいな人に教えてもらえば強くなれるかなって思って…」
「…オレ、別に強い訳じゃねぇけど…というか、なんでそこまで強さを求めるんだよ。普通の生活を送ってりゃ、危険な目に遭うなんてそんなに無いと思うけど」
赤坂の疑問に、逆浪は隣に居た美雪を見る。
「…護りたいものがあるんですよ。弱いままじゃいられないんです」
呟く様な言葉だったが、嘘偽りの無い本心だった。
逆浪の言葉からそれを感じ取った赤坂は、少しだけ迷った後、
「…教えられることなんてあまり無いかもしれないけど…そこまで言うなら手伝うよ」
ふっと笑みを浮かべ、そう言った。
「…!ありがとうございます!」
逆浪も笑顔になる。赤坂は頷いた後、「そういや名前は?」ときいた。
「俺は逆浪光っていいます」
「私は日向美雪です」
「光に美雪、ね…オレは赤坂蜥蜴…いや、
その目付きは何処か憂いを帯びたもので、逆浪と美雪は思わず頷いた。
無銘はニッと笑い、「じゃあ、とりあえず何か食いに行くか?」と言った。逆浪はやったぜと喜び、美雪も笑顔でそれに同意した。
「割り勘でお願いします!」
「言われなくてもそのつもりだよ」
…この小さな出会いが、物語の始まりだった。