無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#4「群青色の始まり(後編)」

「“HELLO WORLD”?」

 

 きき慣れない言葉に、夜宵は首を傾げた。

 

「ああ。松ヶ崎高校の有志で結成された、異能対策室の補助組織だ。きみにはそのオペレーターを任せたいんだ」

「あたしも入ってる組織だよ」

 

 小鳥が横から補足する。

 

「オペレーターというのは?」

「チームのサポートとかだね。直接前線には出ないけど、その代わりに裏方を熟すのが役目だ」

「なるほど……」

 

 夜宵は頷く。すると小鳥がすかさず、

 

「ちょっと待ってよ泊さん。よいちゃんは異能を持ってないんだよ?」

「異能を持っていないなら朝倉くんだってそうだろう。それにオペレーターは異能を必要としないし、何より人手が足りていないのは事実だからね」

 

 亮一は淡々と事実を述べる。それに対して、小鳥が噛みつくように反論した。純粋に夜宵の身を案じての反論だった。

 

「でも、よいちゃんは冬天市に来たばかりなんだよ?それなのに、いきなり戦いに巻き込むなんて……」

「冬天市に来たばかりだからこそ必要なんだ。あの組織は同年代の少年少女で構成されているから、馴染みやすいと思うし……それに、組織に入れば身分を保証できる。悪い話ではないはずだよ」

 

 それをきいても小鳥はまだ反論しようとしていたが、夜宵は亮一の言った事に対して考えを巡らせていた。

 

(確かに、わたしは戸籍がない。霧ヶ峰さんのおかげで何とか生きていくことはできているけど、それがいつまで続くのかは分からない……)

 

 その考えを読んだわけでもないだろうが、亮一が補足を入れる。

 

「もちろん、給料は出すし、働きながらになってしまうけど教育も受けられる。生活のサポートもするよ」

「……どうして泊さんはそんなによいちゃんを入れたがるの?」

 

 小鳥が首を傾げる。亮一は彼女を見て「不満かい?」ときいた。

 

「いや、不満ってわけじゃないし、むしろ仲間が増えるのは嬉しいよ。だけど、冬天市に来たばかりのよいちゃんをわざわざ呼び出してまで勧誘するのは少し変だし、何かあるんじゃないかと思って……」

「なるほどね……確かにそれも一理ある。だけど、皐月日さんが組織に入るのは利点しかない。東くんの指揮だけでは限界だった部分をカバーできるのは大きいし、生活面でのサポートもできるからね。両方に得がある関係なんだ」

「……よいちゃんは、それでいいの?」

 

 小鳥は夜宵の方を見てきいた。

 

「わたしは……いいと思ってる。生活のサポートをしてくれるのは助かるし、こっちゃんたちの役に立つなら、それよりうれしいことはないから……」

「よいちゃん……」

「話は決まったかい?」

 

 亮一が回答を促す。

 夜宵は頷き、自らの回答を提示した。

 

「わたし、“HELLO WORLD”に入ります」

「分かった。なら他のメンバーと顔合わせする機会を設けなきゃね」

「それはあたしがやります」

「そうか……任せたよ、赤坂さん」

 

 そこで話が一段落した。

 いつの間にか出されていたお茶をひとくち飲むと、亮一は話題を変えた。

 

「今回はもうひとつ、頼み事があるんだ」

「頼み事?」

「ああ、本来はメンバー全員に伝えないといけない事柄なんだが、都合がつくのが赤坂さんしかいなかったものでね、後で周知してほしい」

「了解しました……それで、その頼み事というのは?」

 

 小鳥がきくと、亮一はしばらく押し黙った。話すのを迷っているような、そんな様子だった。

 だが、やがて顔を上げ、ふたりの方を向くと、

 

「君たちは“リンフォン”というものを知っているかい?」

 

 重々しい口調でそう切り出した。

 

「りんふぉん?黒電話か何かですか?」

「よく黒電話なんて知っているね……そうじゃなくて、怪談だよ。ネット怪談の一種だ」

 

 リンフォンとは、ネットで流布していた怪談のひとつである。

 とあるアンティークショップで見つけた正二十面体のパズルのような玩具(リンフォン)に纏わる話で、その玩具を完成に近づけていくにつれ、様々な怪奇現象が発生する……と、ざっくり纏めればこのような話である。

 リンフォンは「RINFONE」という綴りなのだが、これを並べ替えると「INFERNO」つまり地獄とも読める。リンフォンという玩具は一見するとただのパズルに見えて、実は地獄の門であり、パズルを完成させていたら地獄の門を開ける事に繋がっていたのではないか──最終的にはそういったオチがついて終わる。しかし、リンフォンが本当に地獄の門なのかは判然としていない。

 

「そのリンフォンがどうかしたんですか?」

「端的に言うと、そのリンフォンが実体化したんだ……地獄の門を開ける異能としてね」

 

 亮一の話は以下の通りだった。

 亮一の知人に「恐怖を実体化させる」という携帯型異能を持った者がいた。ある日、それが何者かに盗まれてしまい、亮一たち異能対が出動。無事に携帯型異能を取り返す事に成功した。

 しかし、盗んだ者はその前に携帯型異能を使用してしまった。結果として恐怖を形にした異能がいくつも実体化してしまったのだという。

 男は逮捕されたが、実体化された異能については最後まで口を割らなかった。今もそれらの異能の行方は判然とせず、異能研は総力をあげてこれを回収しようとしている。

 解き放たれた異能はどれも危険なものだったのだが、その中でもとりわけ危険なのがリンフォンの異能との事だった。

 

「そんな事が……」

「何か分かったら知らせてほしいんだ。もちろん、リンフォンそのものが見つかればそれでいいんだけど……なにぶん危険なものだからね。見つけても自分たちで対処せずに、僕たちに引き渡してくれ」

「わ、わかりました……」

 

 真剣な様子の亮一に気圧され、小鳥は頷く。

 

「僕の用事はこれで終わりだけど……お菓子でも食べていくかい?柿の種しかないけど」

「いただきます!」

 

 すぐさま小鳥が笑顔になり、先程までの深刻な雰囲気を吹き飛ばす。

 知り合ってから間もないが、小鳥らしいなぁと夜宵は思い、微笑んだ。

 

 その後は少し雑談をした後、無銘に連絡を入れてからふたりは退室した。

 

 その後、夜宵は「HELLO WORLD」に迎え入れられ、優秀なオペレーターへと成長していく事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 ……異能対での会話について、夜宵と小鳥が知っているのはここまでだが、実はこの話には続きがあった。

 亮一はふたりの姿がドアの向こうに消えると、ふうと息をついてネクタイを少し緩めた。

 

「いかがでしたか?皐月日さんは」

 

 恵がパソコンのキーボードを叩きながら亮一にきいた。それに対し、亮一は険しい表情を浮かべて答えた。

 

「……やはり、霧ヶ峰さんの言っていた通りだ。彼女には何か(・・)が憑いている」

「というと?」

「桜井も知っての通り、俺の目は必要以上に視えてしまう。その気になれば異能を持っているか否かすら確認できちまうし、今回もそうしようとした……だけど、何も視えなかったんだ」

「異能を持っていなかったという事ですか?」

「……異能が使えなかったんだ。無効化をされた訳でもないのに、コントロールが狂った」

 

 そんな事があるのかと恵は驚いた。

 亮一はメガネを外し、右目に触れる。かつては眼帯で覆い隠されていたその眼は、コンタクトレンズにより目立たないようになっていた。

 

「もう少し、様子を見る必要があるだろうな……今度、覚寺(かくじ)に視てもらおう。彼の異能は無効化が効かないからな」

 

 そういえばアイツはどこに行ったんだと亮一がきいた。

 

「覚寺くんは真中さんと一緒に作戦行動中です。彼は渋っていましたが、真中さんに言われて着いていきました」

「そうか。後で作戦行動書を書き直さないとだな」

 

 亮一はお茶をひとくち飲んでから、「……さっきの話だが、懸念はもうひとつある」と言った。

 

「どういう事ですか?」

「あの子たちには言っていなかったが、実体化しているリンフォンにはもうひとつ特性がある」

「特性?」

「リンフォンが完成して地獄の門が開いた場合、本体を破壊するのが手っ取り早い方法ではあるんだが……もうひとつ、死者を死に還す事により門を閉じる方法がある」

「死者……って、まさか……!」

 

 恵の驚き声に、亮一は頷く。

 

「鮮真さんの事件と照らし合わせると……その可能性が高いだろうな。それに今日、無銘さんが付き添いで来ていたんだろう?」

「は、はい……真中に会いたがっていましたが、不在だったので転寝の所に行きました」

「真中にはリンフォンについての情報収集を命じていたな。それに資料室にはリンフォンについての資料もある……無銘さんは、娘とその友達を悲しませたくないのかもしれないな。この件は下手すれば春風(はるかぜ)つばめの時の二の舞になってしまうから……」

 

 あるいは俺に会いたくないだけなのかもしれないけどな──そう言って亮一は自嘲するように笑った。

 

「ただでさえ、この場所の居心地はよくない。螺鈿會の本部を改装した場所だしな」

「室長……」

「まあ、無銘さんの考えも分からなくもない。それに赤坂さんの事もある。あの子はあの子で別の異能を引き寄せかねない恐れがあるからな」

「というと?」

「“コトリバコ”だよ。あの子の名前は小鳥だし、それに女の子だからアレの対象だ。存在を認知したら絶対に首を突っ込みかねないけど、アレはリンフォンとは違ってそこにあるだけで影響が出るからな」

「でも、名前の響きが合致しているだけですよ?引き寄せるなんて、そんな事があるんですか?」

「いや、音の響きというものは重要な要素だ。古い文献を紐解いてみろ。言い換えやら音の響きが儀式に影響を及ぼす……なんて話はかなりある」

 

 異能もそれと同じだと言って、亮一は深刻な表情を浮かべた。

 

「……俺の予想が当たっていた場合、全てを護るのは不可能に近い。その場合はあの子たちの仲を引き裂かなければいけなくなるな」

 

 呟いて、亮一は机の引き出しを開ける。

 そこには無骨な拳銃が鎮座していた。

 

「多数のために少数を切り捨てる、か……理屈では分かっていても、やっぱり難しいな……」

 

 亮一は天井を仰ぐと、長い息をつく。

 それから真剣な表情で、こう言った。

 

「大人は、大人の役目を果たさなきゃな」

 

 ……この会話を知っている人物はそれに参加していた当人たちしかいない。

 だが、その内容は、後に大きな影響を与えていく事となる。

 

   *   *   *

 

 茨羽家での宴会は、県の青少年育成条例(深夜十時以降の出歩きは控えるように定められている)に引っかからないうちに解散する事になった。 

 明日は金曜日なので学校がある。小鳥は大谷先生から出された山のような課題を片付けないといけないため、猛スピードで帰宅していた。尚、課題に気付いたのは宴会の終わり頃で、その時は顔を真っ青にしていた。明日誰かに写させてもらえばいい話なのだが、授業で寝た分はちゃんとやらないとなぁと思い、急いでいるという訳である。

 自宅は明かりがついておらず、真っ暗だった。そういえば夕食の事で父に連絡してから携帯端末を開いていないと思い、玄関の前で端末を起動する。案の定、メッセージアプリに父からの連絡が入っていた。

 

 お父さん:任務お疲れ様。楽しむのはいいがほどほどにしとけよ。父さんは帰りが遅くなるから、家に帰ったら先に休んでいていいからな。

 

(お父さん、また仕事が忙しいんだ……)

 

 最近、父の帰りが遅い。帰宅が深夜を回る事も多く、それが少し心配だった。

 あの父に限って浮気などはないと断言はできるが、本業である探偵業以外にも何かをやっているんだろうなと思っていた。だがそれをきくとはぐらかされる。なのできけずにいた。

 

 ことり:今帰ったよ。お父さんも無理はしないでね。

 

 そう返信してから鍵を開け、自宅へと入る。暗闇と冷えた空気が少しだけ心細かった。

 シャワーを浴びる前に父の仕事場に立ち寄り、デスクに置かれた写真立てを見る。

 そこに写る少女に、心の中で語りかけた。

 

(お母さん……お父さんが無事に帰ってくるように見守っていてね)

 

 無意味な事だと分かっていても、そう願わずにはいられなかった。

 小鳥は居住スペースに戻るとシャワーを浴び、明日の準備を終え、それから課題に取り組む。

 そうこうしているうちに夜は深まっていったが、小鳥が起きている間に父が帰ってくる事はなかった。

 

   *   *   *

 

 地面に散らばった欠片が月明かりに照らされてキラキラと輝く。

 元は正二十面体のオブジェだったであろうそれは機能を停止し、破壊されていた。その横にはカラクリ仕掛けの箱もあり、こちらもひしゃげて中身ごと潰れている。

 ふたつの呪物が骸を晒す原因となったのは、ひとりの男だった。異能無効化の力を宿す右手でそれらを破壊する事に成功した男は、しかし無事では済んでいなかった。

 男の両目は潰され、血の涙を流している。左足は欠損し、立つ事もままならない。それよりも酷いのは、右腕が半ばから腐り落ちている事だった。

 

(リンフォンはひとつ破壊した……コトリバコの方は……クソっ、サンポウか。これより上となると、流石に壊せるか分からねぇぞ)

 

 痛みはある。血が失われすぎたのか、意識も緩慢になっている。だが、それでも男は思考を繋げ、これからの事について考えを巡らせていた。

 

(茨羽の能力でもサンポウが限界だって言ってたし……夜月(よつき)でもシホウ以上を壊せるか分からない……万事休すか……?)

  

 そこまで考えて、無理やり思考を転換させる。

 

(いや、それでも諦める訳にはいかない。小鳥も夜宵ちゃんも、絶対に死なせない……!)

 

 男は左手に握っていたナイフを自分に向けると、躊躇いなく心臓を貫いた。

 

(オレは……オレたちはもう、何も喪う訳にはいかないんだ。犠牲になった木野(きの)のためにも、解き放たれた異能は全部ぶち壊す!)

 

 意識が遠くなり、死がこちらへと近づいてくる。

 しかし、男の目には確かな決意が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 過去からの因縁を背負い、

 群青色の物語が、静かに動き出す。

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