無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#5「よるをおどる(前編)」

 茨羽家でご飯を食べた日から四日が経過した。

 その間、小鳥は父と殆ど顔を合わせなかった。起床した時に少し話したり、朝食を一緒に食べたりした事はあったものの、父は帰りが遅かったので顔を合わせる機会は少なかった。それを寂しく思う事はあったが、自分はもう高校生だ。顔に出さずに過ごす事はできる。

 そんな訳で、小鳥はいつもと変わらずに過ごした。休日はとある用事で異能硏に行ったが、それ以外には特にやる事がなかったので漫画を読んだり、無題荘に顔を出したり、朝倉家に遊びに行ったりした。総じて有意義な時間を過ごせたといえるだろう。

 そして週が明け、月曜日。授業を終えた小鳥が帰宅すると、居住スペースにひとりの女性がいた。

 

「あ、美桜(みお)姉!」

 

 小鳥が帰ってきたのに気付いたのだろう。女性──背月(はいづき)美桜は見ていた携帯端末から顔を上げ、「おかえり、小鳥ちゃん」と微笑んだ。

 

「お仕事お疲れ様!何見てたの?」

「レシピのサイトだよ。今日のご飯なに作ろうかなぁって悩んでた」

「美桜姉のご飯なら何でも食べられるよ!美味しいもん!」

「んー……でもせっかくだし、リクエストをきいてみるかな。小鳥ちゃんは何が食べたい?」

 

 小鳥は二秒ほど悩んでから「ハンバーグ!」と答えた。

 

「ハンバーグ承りました!ひき肉はあったはずだから……あ、玉ねぎ買わないとかな」

「じゃああたしが行ってくるよ。何買えばいい?」

「あ、じゃあお願いしてもいい?今から言うものを買ってきてほしいんだけど……」

 

 小鳥は買う材料をきくと、夕方の町へと飛び出していった。

 

   *   *   *

 

 特に何事もなく材料を買い終えた小鳥が自宅に戻ると、美桜はハンバーグとサラダを手早く作った。 

 無銘の分はラップを掛け、冷蔵庫に入れる。今日は美桜も食べていくというので、ふたりで向き合って食べた。

 

「やっぱり美桜姉のご飯は美味しいな〜」

「ありがとう。おかわりもあるよ!」

「おかわりっ!」

 

 五分も経たないうちに茶碗を空にした小鳥はすぐに二杯目に取り組み始めた。この時点でサラダは完食していたが、ハンバーグは半分残っている。最初から二杯食べる事を決めていたので量を調整していたのだ。

 物凄い勢いで夕食を胃に収めていく小鳥を見て、美桜はにこにこと笑っていた。

 

「どしたの美桜姉、あたしの顔になにかついてる?」

「ううん。本当に美味しそうに食べるから、作りがいがあるなって思って」

「だって美味しいんだもん。それに……誰かと一緒に食べるご飯が美味しくないわけがないよ」

 

 その言葉に深い意味が込められているのかは分からない。

 だが、美桜はその言葉に小鳥が抱く寂しさを感じ取った。

 美桜は探偵事務所の事務員だ。小鳥に母親がいない事は知っており、多忙な無銘に代わって食事を作ったりしているので、実質的に家事手伝いとしての役目も果たしている。

 だが、それでも美桜と小鳥は他人同士だ。家族にはなれないし、代わりにもなれない。

 最近は友達も増えたので本来の明るい性格が全面的に出ているが、それでも寂しいものは寂しいのだろう。それを友達に悟らせないように振舞っているため、余計にストレスが溜まっているのだと美桜は思っていた。唯一、小鳥の友人である皐月日夜宵だけは薄々勘づいているようだったが、四六時中小鳥の傍にいる訳にもいかない。やはり、家に出入りできる自分が小鳥を慰めてあげる事が重要だろう。

 小鳥は美桜の事を「美桜姉」と呼んで慕っている。美桜自身、他人の事まで考えられるような人間ではないと思っているし、自分にその資格がない事も理解してはいるが……それでも、小鳥の渇きを潤せたらなと思った。

 

「小鳥ちゃん」

「ん?」

「ご飯食べたらさ、アイス買いに行かない?二日前にお給料もらったからおごるよ」

「いいの!?」

 

 小鳥の顔がぱぁっと輝く。明らかに食べすぎな気もするが、それを上回る運動量を維持しているので太る事はないようだった。少し羨ましい気もする。

 やったやったと喜びながら更に食べる速度がスピードアップした小鳥を見て、このくらいの事しかできない自分を呪った。

 最も、そんな思考は小鳥が噎せた事によりすぐに中断されたのだが。

 

   *   *   *

 

 アイスを買って自宅に戻り、食べ終えた後に身の回りの事を済ませ、ゆっくりしていたところで小鳥の携帯端末が振動した。

 

「はい、赤坂です」

『こっちゃん?夜宵だけど……夜遅くにごめんね』

「よいちゃん?どうしたの?」

 

 小鳥がきくと、夜宵は少し言いにくそうに、

 

『実は……異能対に緊急通報があって、冬桜山(とうおうさん)で人が殺されるところを見たって人がいたみたい』

「うーん……それって警察案件じゃないの?」

『そうなんだけど、どうやら殺し方が異常だったみたいで……小さい女の子が大鎌で勢いよく首を跳ね飛ばしていたって言っていたよ』

「それは……確かに異常だね」

 

 夜宵の言う「小さい女の子」がどのくらいの子なのかは分からないが、いずれにせよ異様な光景ではある。何らかの異能を用いているという推測は妥当であるといえるだろう。

 

『それで、異能対の人たちは一時間くらい経たないと着かないらしくて、その間の足止めをお願いしたいんだけど……』

「異能対は澪標(みおしるべ)市だもんね……分かった。あたしの家から冬桜山は少し遠いけど、さよりんとリンドウ先輩が近いから先行するように言っておく」

『ごめんね……わたしもサポートするから』

「任せといて!」

 

 小鳥は通話を終えると、美桜に「ごめん!緊急出動が入ったからちょっと行ってくる!」と言って寝間着から普段着に着替え、家を飛び出していった。深夜の緊急出動はこれが初めてという訳ではないため、小鳥も慣れっこだった。怖いのは明日の遅刻だけである。

 後には美桜が残されたが、今日は泊まるつもりだったので留守番をする事自体は特に問題がない。美桜は少しの間、何かを考えるように目を瞑っていたが、やがて携帯端末を取り出すと、どこかに電話を掛け始めた。

 時刻は二十三時。冬桜山までにかかる時間は二十分ほどだった。

 

   *   *   *

 

 冬桜山は郊外にある教会の更にその向こうにある山だ。

 山といっても登山ができるような本格的なものではない。頂上には冬に花を咲かせたという伝説を持つ桜の木があり、冬桜山という名前もそこから付けられたものだった。

 この山の中に、朝倉兄妹の自宅がある。小鳥からの連絡を受けたふたりは自宅を出て山の中を探し回った。夜宵には増援組や異能対の誘導を頼んでおり、自分たちの事は気にしないでいいと言っていたため、ふたりでの捜索となる。

 散歩用コースは舗装されているが、そこから外れるとほとんど木しかない。しかし山の中はふたりの庭だったので、すぐに少女を発見する事ができた。

 肩までの銀髪に赤い目の少女。かなり小柄で、見ようによっては中学一年生くらいに見える。肩に禍々しい大鎌さえ担いでいなければ、迷子の少女として認識していたかもしれない。

 少女の前にはふたつの死体が転がっていた。首がない死体と、胸を貫かれた死体。傍に壊れた携帯端末が転がっているところを見るに、どうやら通報者も殺されてしまったようだ。

 

「兄ぃ、どうする?」

 

 紗由が小声できいた。木々に遮られているからか、少女はふたりに気付いていないようだった。

 

「……まだ気付かれていないようだから、俺がライフルで狙撃する。紗由は息を潜めていて、万が一取り逃したら近接で制圧してくれ」

「了解なり!でも兄ぃ、ここでライフル使っていいの?明らかにオーバーキルと環境破壊を両立すると思うけど」

「問題ない。そこは異能研の処理班がどうにかする話であって、全力で戦わない理由にははならないからな」

 

 人をふたりも殺しているんだ。慈悲を与える必要はない──そう零導は言って、狙撃ポイントを探すために移動した。

 

「そんな事を言いつつもゴム弾を装填している兄ぃが大好きだよ」

「……早く配置につけ」

「……はぁーい」

 

 零導は狙撃ポイントに移動すると、持参していたライフルを手早く組み上げていく。 

 持ち運びやすいように分解されていたそれは、組み上げられると超大型のライフルに変貌した。明らかに人に向けていいものではないが、零導は気にしていなかった。

 名を、対異能者戦闘用超大型狙撃銃「轟天」という。鼓膜が破れかねないほどの爆音と、ビルすらも簡単に貫通していく威力から「轟雷のように天を貫く」という意味で轟天と名付けられた。紗由が作ったものの中でも特に凶悪な作品のひとつである。

 スコープを覗いて、少女を狙う。

 呼吸を止め、意識を集中させる。

 そして──

 

「……くたばれ」

 

 轟音と共に発射されたゴム弾は音速を超え、少女を瀕死に追い込む──筈だった。

 

「………ッ!」

 

 普通の人なら目で捉える事すら叶わない一撃。しかし少女は的確に捕捉し、対応してきた。

 吹き飛ばされながらも、大鎌で防いだのだ。これが専用弾だったら大鎌をブチ抜いて少女の躰を四散させていただろうが、ゴム弾を使用していたため、少女の躰を背後の木にめり込ませるくらいの効果しかなかった。

 

「……紗由!」

「あいあいさー!」

 

 すぐさま紗由が飛び出し、少女に接近する。その手には蒼と翠を基調とした美しい大太刀が握られていた。

 大の大人ですら振り回すのが難しいそれをいともやすやすと少女に叩きつける。

 少女は大鎌でそれを防ぎ、激しい火花が散った。

 

(ん……なかなか強いな。押し返されそう)

 

 少女はその細腕からは考えられない力で紗由の大太刀を押し返しつつあった。ならば仕方がないと、紗由は自らの異能を発動した。

 

 朝倉紗由──異能力名「天業大物」

 結合操作の異能で、金属の加工や溶解、更に武器に熱を付与して戦闘に用いるなど、利便性の高い異能である。紗由の武器職人としての根幹を支える異能であり、生命線のひとつといえる異能といえるものだった。

 

 異能を武器に纏わせると大抵の武器は溶解してしまうが、紗由の大太刀はそうはならなかった。

 この大太刀は耐熱性硬質赤熱刀「碎地」という。紗由の能力に耐えうる事を目的として作った超硬質の刀で、ちょっとやそっとでは刃こぼれすらしない。零導の「轟天」と共に数年を費やして造り上げた、紗由の最高傑作だった。

 故に、紗由は異能をフルパワーで発動した。大太刀はどんどん熱を帯び始め、やがて大鎌がそれに耐えられなくなり、少しずつ溶解していく。

 

「……ッ!」

 

 少女はすぐさま異変に気付いたのだろう。紗由の腹を勢いよく蹴り、無理矢理距離を開いた。

 蹴りをまともに食らった紗由は吹っ飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がった。ただの蹴りのはずなのに、受けたダメージは大きく、紗由は暫く呻く事になった。

 少女は無表情を保ったまま、紗由へと近づいていく。それを見た零導は携行している拳銃とナイフを取り出すと、少女の歩みを遮った。

 

(……恐らく強化系の異能だろう。だが、蹴りだけで紗由を行動不能にするとは……余程強力な異能に違いない)

 

 零導は紗由から少女を遠ざけるため、あえて少女に接近して得物を振るった。少女の武器は大鎌だけだったので、手数で圧倒する事は可能だと踏んでいた。

 大鎌の乱舞をナイフで捌き、間を縫って拳銃を発砲する。今度は実弾だったので、命中すればそれなりのダメージは与えられる。

 しかし、少女は紙一重で銃弾を躱していた。まるで赤坂小鳥のようだと思いながら、尚も攻撃の機会を探す。

 接近戦では全くの互角で、どちらも相手に傷を付ける事ができていない。そんな状態が暫く続いたが、それは唐突に破られる事となった。

 少女が零導の攻撃を捌いていたその時、零導の後ろから何か銀色の輝きが迫ってきているのが見えた。零導は当たり前のようにそれを回避し、その輝きは少女の方へと迫ってきた。間近で見て初めてそれがナイフだと解り、零導の後ろにいた少女──紗由が投げたものだと気付いた。

 咄嗟に叩き落とすが、その動きで今まで保っていた均衡が崩れた。

 一瞬の隙ができたところへ零導のナイフが迫る。紙一重で首を傾げて回避しようとしたものの、間に合わずに頬が切り裂かれた。

 しかも、攻撃はそれで終わりではなかった。

 

「……狙い通りだ」

 

 零導が拳銃を構え、銃口をこちらに向けていた。

 咄嗟に大鎌を振り下ろすが──それが零導の肩を切り裂くより早く、腹部に衝撃を覚えて少女は吹っ飛ばされた。

 軽い躰がごろごろと転がる。腹部が熱かったので触ってみると、どろりとした液体が手に付着した。銃弾が抜けていった事は不幸中の幸いだったが、それでも負った傷は浅くない。

 

「観念しろ」

 

 零導が拳銃を少女の額に突きつける。

 これでチェックメイト。そうなる筈だった。

 

「………はは」

 

 乾いた笑い声。それは、少女が発したものだった。それは次第に大きくなり──

 

「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!」

 

 何とか体勢を立て直した紗由はその笑い声をきいてぞっとした。

 少女は確実に詰んだ筈だ。追い詰められて壊れてしまったのだろうか。

 ……とても、そうには見えなかった。少女の笑い声は、この状況を楽しんでいるからこそ発せられていると紗由は思った。理由は分からないが、本能的にそう思ったのだ。

 空に浮かぶのは歪な月と満天の星。夜が徐々に深まっていく。

 そんな中で少女は狂気的な笑い声を上げ、そしてそれが終わった後──静かに行動を起こした。

 

「………!」

 

 何かに気付いた零導が引鉄を引くが、その時にはもう、手遅れだった。

 風を切る音の後に、夜空に舞う赤い色。

 それは地面を赤く染めあげていった。

 

   *   *   *

 

 途中で仲間と合流した小鳥は、すぐに少女と朝倉兄妹を見つける事ができた。

 だが、目の前で展開される光景は、脳裏で思い描いていた中で最悪なものだった。

 

 放心状態で地面に座り込む紗由の肌には血が付着している。

 血の出処は紗由の前で倒れている零導で、その首は半ばから切断されていた。

 紗由の前には大鎌を振り上げる少女の姿があり、その顔は歓喜で歪んでいた。

 

「やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 状況判断までの時間は極めて短かった。

 しかし、駆け出した時には既に遅く、少女は紗由に向かって大鎌を振り下ろしていた。

 そして──

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