無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#6「よるをおどる(中編)」

 風を切る音と共に、物凄い力で躰が引っ張られた。

 瞑った目を恐る恐る開くと、自分を抱えていた少年が「間に合った……」と安堵した声で呟いた。

 

「爽介……」

「紗由さん、大丈夫?」

 

 少年……東爽介は優しい声でそうきいた。

 紗由は状況を飲み込めぬまま頷き、それから周りを見た。零導が遠くで倒れているのを見て、自分がかなりの距離を移動した事を悟る。

 

「あ、ありがとう……助かった」

「気にしないで」

 

 爽介はそう言うと、こちらに向かってくる少女を見据えた。

 瞬間、その姿が消え──気付いた時には、勢いよく少女にぶつかって吹き飛ばしていた。

 

 東爽介──異能力名「音世界(サウンドワールド)

 一時的に音速と同速度で動く能力である。長時間の使用は命に関わり、そもそも爽介自身が戦闘に向いていないため、使用される機会は少ない。愚直に突進するなど以ての外である。

 彼なりに、この惨状に対して怒りを抱いているのだろう。

 

 少女は吹き飛ばされこそしたものの、爽介の突進によるダメージは負っていなかった。今も無表情に起き上がり、使い捨てカメラを取り出して敵の写真を撮る余裕を見せていた。

 爽介は体勢を立て直すと、仲間に向かって叫んだ。

 

「楓さんと紗由さんは零導さんを朝倉家まで連れて行って、大人に助けを求めてください!和樹と茨羽先輩は中距離からのサポートで、赤坂先輩、鮮真先輩、叶さんは近接での戦闘をお願いします!ただし防御を中心にしてください!恐らく……僕たちに敵う相手ではありません!」

 

 そこで一度言葉を切り、今度は夜宵に指示を出す。

 

「皐月日さんは増援の誘導と、敵の異能の検索をお願いします。異能省のデータベースにあるなら、そこで分かるかもしれません!」

 

 爽介の指示をきいて、仲間たちは──

 

『了解!!』

 

 為すべきことを為すために、行動を開始した。

 まず、楓が能力を発動し、零導と紗由、そして自分を転移させる。

 少女はそれを阻もうと襲いかかるが、そこに水の刃と雷の槍が飛来し、少女の襲撃を防いだ。

 動きを止めた少女の背後から小鳥と翔一、叶が襲いかかり、戦闘を開始する。三人は近接戦に特化しているため、大鎌の間合いに上手く入り込んで戦闘を進めていた。

 三人がかりの攻撃に、しかし少女は動じない。大鎌を振るい、そこに格闘を混ぜて対応してきた。

 小鳥たちは最初こそ数の差で有利に立っていたが、一撃がとてつもなく重い攻撃を前に、次第に防戦一方となっていた。

 

「何だこの子……強い!」

「本当に女の子ですか!?」

「しかも素早いときた。これは厄介だな……」

 

 小鳥たちの攻撃の合間に水の刃と雷の槍が襲いかかるが、それすらも少女は捌ききっていた。反応速度が凄まじいのだ。

 とはいえ数の差がある以上、隙は生まれる。その一瞬を突いて翔一がスピードを活かした猛攻を仕掛けるが、少女は紙一重でそれを回避し、ニヤリと笑ってみせた。

 

「なら……これならどうだ!」

 

 小鳥と叶はあえてタイミングをずらして攻撃を仕掛けた。翔一の攻撃に対応していた少女にはそれに合わせる余裕はないはずだと踏んでの事だった。

 さらに、中距離から飛んでくる水の刃と雷の槍もそれぞれタイミングをずらしてきた。その結果、少女はさらに対応出来なくなっていき……ついに、いくつかの攻撃が少女を捉えた。決して深い傷ではないが、零導との戦闘で受けたダメージも相まって、少女の動きを鈍くする事には成功した。

 それを合図に近接戦闘組は少女から離れ、息を整える。短い戦闘ではあるが、極限まで集中力を酷使していた為、疲労は想像以上だった。

 だが、対策法は掴んだ。あとはこのまま防御すれば、増援が来てくれるだろう。

 

 

 ──だが、そんな淡い希望を、少女はいとも簡単に破壊した。

 

『みんな逃げてっ!』

 

 突如、インカムから夜宵の声がきこえた。酷く焦った様子で、彼女はその事実を仲間たちに告げた。

 

『その子は夜が深まるほど身体能力が強化される!だから、このままじゃ──』

 

 ……ほとんどのメンバーは、夜宵の言葉を最後まできく事ができなかった。

 何かが爆発するような音と共に、その場にいた全員が吹き飛ばされた。少し離れたところで状況を分析していた爽介でさえそれは例外ではなかった。

 

「いったい何が……」

 

 地面に叩きつけられ、咳き込んだ小鳥が見たものは──少女によって次々と蹂躙されていく仲間たちだった。

 まず最初に、離れたところにいた爽介が腹を思い切り蹴られてさらに吹き飛ばされた。背後にあった木がへし折れるほどの威力で、それを受けた爽介は倒れたままピクリとも動かなかった。

 仲間の間に動揺が伝わる。誰かがそれを口に出す前に、次の犠牲者が出た。

 

「そこかっ!」

 

 背後をとられた事に気付いた叶はすぐさま抜刀した。しかしそれよりも一瞬早く、弧を描いた右足が脇腹を捉え、そのまま突き破った。

 血と臓器を撒き散らし、叶が崩れ落ちる。少女は素早く足を引き抜くと、和樹に狙いを定めた。 

 

「帆紫ッ!」

 

 和樹の判断は素早かった。

 叶がやられた時には帆紫に合図を送っていて、それを見た帆紫は能力を発動。腰に下げていた水筒の水を操り、勢いよく水鉄砲を発射した。

 

 茨羽帆紫──異能力名「水操作」

 読んで字の如く、水を操る異能である。異能力名は特に付けていないが、汎用性は極めて高い異能だ。

 今回使用したのはただの水鉄砲だったが、この能力の真価はそこにあった。

 

 勢いがあるとはいえ、ダメージを受けるほどの水圧ではない。なので緻密に計算されて放たれた水鉄砲を、少女はまともに食らった。

 当然、躰は濡れる。少女はそのまま和樹に向かっていったが……その時点で、少女は罠に嵌っていた。

 

「くらいやがれ!」

 

 叫んで、和樹は自分を包み込むようにスパークを発生させる。僅かでも身を守るような行動にも見えたが、その意図は別のところにあった。

 ギリギリまで接近させた状態で放ったので、少女はまともにスパークを浴びた。

 その勢いは凄まじく、能力で強化していた少女の動きを止めた。

 水は電気を通す──小学生でも知っているような事ではあるが、威力は絶大だ。

 和樹はその隙に後ろに下がろうとした。決定打にはならないので、あとは誰かに任せるしかないと思っての行動だった。

 しかし、少女は感電しながらも躰を動かし、無造作に大鎌を振った。異能を活かして反応速度を上げていた和樹だったが、予想外の行動に対応が遅れた。

 

「いっ……クソッタレ!」

 

 大鎌が和樹の肩を抉る。

 少女はそのまま鎌を振り回し、鎌が肩に突き刺さったままの和樹は勢いよく地面に叩きつけられた。

 地面が陥没するほどの衝撃が躰を駆け巡り、和樹の意識を一瞬にして飛ばした。

 

「かず………っぁ……!」

 

 動揺する帆紫の首を掴み、ギリギリと締め上げる。

 帆紫の視界が真っ赤に染まり、次いで意識が薄れていく。

 殺される──そう思った瞬間、衝撃と共に首から手が離された。翔一が少女の背後から攻撃を仕掛けたからだった。

 帆紫は地面に崩れ落ち、空気を求めて激しく喘ぐ。翔一は能力をフル活用して少女と互角の戦闘を繰り広げていたが、彼の異能は長時間の戦闘には向いていない。血を消費しすぎて貧血のような症状が出ていた。

 それでも翔一は根性で戦っていたが、躰の不調は隙に繋がる。次第に動きが鈍くなっていき、そこを突かれて少女の蹴りが直撃。よろめいたところに大鎌の一撃が入り、翔一は崩れ落ちた。意識は僅かにあるようだが、躰が動かないようだった。

 その一部始終を、小鳥は呆然と見ていた。大きなダメージを負っていないのにも関わらず、何故か躰が動かない。そこで初めて自分が震えている事に気付き、小鳥は痺れた頭でこう思った。

 

(もしかして、あたし……怖がってる?)

 

 普段なら、仲間がやられているところを見たら躰は自然と動く。それなのに、自分の奥底で生まれた恐怖に支配され、躰が動かない。

 動かなければ殺される。

 それは、分かっているはずなのに……。

 

(動け、動いてよ……!なんで、動かないんだよ……!)

 

 少女は小鳥に接近し、大鎌を振り上げる。

 それが振り下ろされれば、小鳥は呆気なく死ぬだろう。

 仲間をやられた怒りより、死にたくないという原始的な感情が勝った。

 それを最低な事だと思いながらも、その感情に身を委ねる事しかできなかった。

 

(いやだ……死にたくない、ひとりぼっちになりたくない……!)

 

 澱のような感情が膨れ上がり、そして──

 

「……!」

 

 少女は僅かに驚いた。

 振り下ろした鎌を小鳥が受け止め、物凄い力で軌道を逸らしたからだ。

 小鳥は素早く距離をとり、少女を見据える。

 少女への怒り、自分への怒り、生への執着……それらが混ざり合い、抗うためのエネルギーが生産される。

 先程までぐちゃぐちゃだった思考は、不思議と整頓されていた。否、余計な思考を排斥し、必要なものだけを残しただけだった。

 準備は整った。自分に言いきかせるように、その言葉を呟く。

 

あたしは最強(・・・・・・)

 

 それが開戦の合図となった。

 小鳥は地面を蹴り、少女に挑みかかっていった。

 

   *   *   *

 

 増援の誘導と状況のモニタリングを同時に行っていた夜宵は画面の向こうで起きた惨状に悲鳴を上げ……その後に起きた小鳥の急激な変化に驚いた。

 戦い方が普段の小鳥とは異なり、機械のように正確な動きをしていたのだ。

 小鳥に限らず、仲間たちは不殺を徹底しているので追い詰める事はあっても殺すような戦い方をする事はない。だが、今の小鳥は確実に相手を終わらせる為に戦っていた。

 少女の鎌を躱し、右の拳を叩き込む。それはガードされたが、いつの間にか左手に持っていたナイフでガードした腕を切りつける。凄まじいスピードだったため、少女も対応できていなかった。

 小鳥の左手に光る紫色のナイフは、銘を「アネモネ」という。戦闘の機会が多い割に素手でしか戦わない小鳥を心配して紗由が持たせたもので、軽くて丈夫なナイフだった。

 渡されたのは茨羽家での宴会の時で、最初は使用を渋っていたがいざ使用するとなるとすぐに使いこなしていた。最も、これを使って人を殺そうとするなどとは製作者も想定していなかっただろうが。

 ナイフでの連撃と格闘を合わせた攻撃は先程の小鳥とは比べ物にならないほど素早く、重かった。少女と同程度か、それ以上の力を発揮し始めた敵に、少女は驚いていた。

 これは自分と同じ、強化系の異能(・・・・・・)によるものだ。とはいえ単なるドーピングでしかないらしく、躰が耐えきれていないようだった。何度も振るった拳は砕ける寸前で、筋肉も破壊されつつある。

 対する少女はまだ実力の底を見せていない。夜が深まりきらない限り、少女の強化は続いていくからだ。

 目の前にいる敵はもう少しすれば倒れるだろう。そんな分かりきった事よりも興味を持ったのは、彼女の眼だった。

 あの眼は人を殺せる者の眼だ。光を失い、ただ生命を奪う事に特化した眼。

 現在戦闘しているのがこの町の新たな防人である“HELLO WORLD”だという事は分かっていた。無謀にも自分に戦いを挑んでくる、英雄気取りの若者たち──そんな印象しかなかった。

 それはこの少女も同じだったが、今は違う。先程交戦した血を操る少年の眼に浮かんでいた輝きが、強きを挫き弱きを助ける“ヒーロー”のものだとするなら、この少女の纏う雰囲気はその対極にある。

 

 この少女は──“ 魔王”だ。

 

 自然と笑みが浮かぶ。

 新しいおもちゃを買って貰った子供のように、いつしか少女はこの戦闘に快感を抱いていた。

 最も、それが絶頂に達する事はなかったのだけれど。

 

   *   *   *

 

 小鳥と少女の戦闘は呆気なく終わりを告げた。

 戦おうとする意思は消えていなかったものの、躰がそれについて行かなかったのだ。ナイフと大鎌が何度目かになる交錯をした後、小鳥は静かに崩れ落ちた。

 あとは大鎌を振り下ろせば、それでおしまい。

 だが、折角手に入れた玩具を易々と壊したくはなかった。

 意識はまだあるようだったので、大鎌を振り上げながら声をかける。

 

「……楽しかった。あなたの名前をききそびれてしまったけど、生きていたらきけばいいか」

 

 それから思い出したように、自らの名を名乗った。

 

「私は意志(いし)アリナ。生きていたら、また殺し合おうね」

 

 そうして振り下ろした大鎌は──

 

「待ちな」

 

 横から現れた別の大鎌と、焔の壁に遮られた。

 それと同時に何者かが自分の横から強襲してきて、少女──アリナは吹き飛ばされた。

 

「まだ増援がいたのか……」

 

 現れたのは三人の男性だった。その顔と名は、アリナも知っていた。

 

「無銘、茨羽巧未、(みなもと)夜月……この町の英雄たちが、何の用?」

 

 アリナの言葉に、夜月が答える。その視線は矢のように鋭く、気迫が伝わってきた。

 

「今は源じゃない、朝倉だ……まぁそんな事はどうでもいい。俺たちは新しい時代を担う若人を助けに来ただけだ」

「道が渋滞してなきゃ異能対が来てたんだけどな……どこもかしこも渋滞してるとか、そりゃ夜宵ちゃんが助けを求めてくるわけだ」

 

 コトリバコの破壊が早く済んでよかったよ──茨羽が呆れたように呟いてから、アリナを睨みつける。

 

「家族を傷つけた礼はたっぷりさせてもらうぞ」

 

 怒気の篭った茨羽の言葉をききながら、無銘は意識を失った小鳥を見る。  

 

「……後は任せろ、小鳥」

 

 呟いて、無銘は身構えた。

 対するアリナは、まだ玩具があったかと歪んだ笑みを浮かべる。

 

 時刻はまもなく零時になろうとしていた。

 そしてそれは、アリナの能力が、最大限に引き出された事を意味していた──。

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