無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#7「よるをおどる(後編)」

 夜が深まる中、月と星は地上の事など意に介さずに空に浮かんでいる。

 地上で起こっているちっぽけな戦闘など、些事でしかないのだろう。誰が生き残り、誰が死のうが世界に影響を及ぼす事はない。

 そんな残酷な現実の中に、子供たちを護る為に戦う三人の父親がいた。

 

 

 最大限まで研ぎ澄まされた能力を振るい、アリナは無銘たちを追い詰めていた。凄まじい攻撃の連続に、無銘たちはひたすら防御して凌ぐ他に道はなかった。

 

「クッソ、俺たちも歳をとったな……前みたいに躰がすんなりと動かねぇ」

「悲しくなるような事を言うなよ……っていってもあのスピードとパワーはバケモノすぎる。対策が必要だな」

「無銘、お前の能力で解除できないのか?アレ、どう見ても強化系の能力だろ」

 

 アリナの攻撃を回避しながら夜月が無銘にきいたが、無銘は首を横に振った。

 

「出来ないことはない。だけどそのためには“掴んで離すな(スタンド・バイ・ミー)”しかないし、アレを使ったら治療してるゆき姉の異能まで無効化されちまう」

 

 この戦闘で重傷を負ったものは楓の能力で少し離れたところまで転移させられており、そこで治療を受けている。

 治療しているのは夜月の姉である朝倉美幸(あさくらみゆき)で、彼女の異能は強力な治癒異能なのだが、無銘がここで能力を使うと美幸の異能まで打ち消してしまう恐れがある。なのでアリナの異能を消す事は不可能に近い。

 

「んじゃ仕方ないな……ま、対策なんていくらでもできるけど」

 

 言って、夜月は下段から振り上げられたアリナの大鎌を足で押さえつけた。

 

「………!」

「鎌の使い方がなってないな。教育してやろう」

 

 それと同時に物凄い衝撃がアリナを襲い、横に向かって吹き飛ばされる。その先には無銘がいて、跳躍の勢いを乗せた拳を叩きつけてきた。

 勢いよく地面に叩きつけられたアリナはバウンドし、肺の中の空気を全て吐き出す。起き上がる暇もなく茨羽が近付いてきて、一切の慈悲なく能力を発動した。 

 瞬間、アリナは一瞬にして氷漬けになった。意識はあったが躰は動かせない。恐らく、もうすぐで躰の芯まで凍るだろう。

 

「悪いが、慈悲は与えない。当然の報いだ」

 

 冷たい声が耳に届く。若者たちとは異なり、殺すという暗い決意が伝わってくる声だった。

 本気でぶち破れば逃れられる拘束ではあったが、能力が最大限に高まっている間に三人を殺せなかったのは痛手だった。アリナの能力は深夜の零時を過ぎると徐々に弱まっていくため、最高のパフォーマンスを発揮できる状態で倒せない相手には勝てる可能性が低い。

 ここらが潮時かな、と思った。名残惜しくはあったが、面白いものも見れたし、この三人が同時にかかってきたら勝てる見込みはない。

 

「どいてろ茨羽、俺がやる」

 

 茨羽を押しのけた夜月はアリナを見下ろし、

 

「これは零導の分だ……くたばれ」

 

 そう言って、氷漬けになったアリナを蹴り砕いた。

 アリナだった欠片は散らばり、呆気なく終わりを迎えた。

 夜を踊り、新時代を担う若人たちを絶望の淵に落とした少女の死は、あまりにも静かで、味気がないものだった。

 

 

 ──そう、なる筈だった。

 

 

 突如、アリナの欠片がカタカタと動き……しばらくした後に消滅した。

 後に残されたのは一葉の写真。アリナが写っており、あちこちが破れている。

 無銘も夜月も、そして茨羽も驚いた様子だったが、すぐに周辺を警戒しつつ、写真に触れる。

 破れている以外は普通の写真だった。特別な仕掛けもない。

 

「どういう事だ?」

 

 夜月の疑問に、何かを考えていた様子の茨羽が思い出したように答えた。

 

「写真……そういえば、写真を使う異能力者がいた気がするな。確か、写真を使って別の人物になりすます異能だって、裏の世界のヤツらからきいた事がある」

 

 その言葉をきいて、無銘も思い出したように声を上げた。

 

「復讐代行か!裏の世界の業者だが……こんなところで依頼を遂行していたのか」

 

 物事に表と裏が在るように、世界にも表裏という概念が存在する。警察や暴力団、殺し屋などといった職業の者は一般人が生きる世界を「表の世界(サーフィス)」と呼び、殺人や暴力に満ち溢れた部分を「裏の世界(ディープ)」と呼称していた。

 無銘たちは職業柄、表と裏を行き来して活動している。そのため、その異能力者の噂はきいた事があった。

 復讐代行──最近になって裏の世界で知名度を上げつつある集団で、その名の通り、復讐の代行業者である。といっても割と広い範囲の依頼に対応しており、実質的に裏の世界の何でも屋と化していた。

 名前は知らないし会った事もないが、そのメンバーのひとりが「写真の中の人物になりすます」異能を持っているという噂があった。今しがた殺した少女がそうだとするなら、意志アリナという存在は偽りのものなのだろう。  

 

「……また、敵が増えたか」

 

 無銘が悩ましげに呟く。

 それから子供たちが治療されている方を向いてこう言った。

 

「“HELLO WORLD”は、やっぱり活動を縮小した方がいいんじゃないか?今回だってほとんど全員が殺されかけてるわけだし、そうじゃなくても高校生を戦場に駆り出すなんて酷な話だ」

 

 その問題は、組織設立当時から着いて回る問題だった。いくら異能力者といっても、まだ高校生だ。戦闘をさせるなど、あってはならない事なのではないか……そういった批判に常に曝されていたのだ。

 最も、安全圏から批判を口にする者と無銘の言葉では重みが違う。無銘も、その青春時代の殆どを戦闘に捧げた人間だった。だからこそ、子供たちを同じ目に遭わせたくはないと思っていた。

 それは無銘だけではなく、茨羽や夜月、そして異能対の室長である亮一も同じだった。しかし、それと同時に彼らには子供たちを止められない理由もあった。

 

「……その気持ちは分かる。だが、それを決めるのは子供たちであって俺たちじゃない。それに“HELLO WORLD”が設立され、今の形になるまで、メンバーの想いは一貫していたんだ」

 

 例え戦場に立つ事になっても、誰かの役に立ちたい──その想いは、設立当時から一貫していたのだ。

 

「あの子たちがもうやめるって言ったら、その時は解散すればいい。何も戦場で死ねって言ってるわけじゃないし、それはあの子たちの自由だ」

 

 それに──と茨羽は続けた。

 

「あの子たちは今までも危険な目に合ってきた。零導だって死にかけた事は今回が初めてじゃない。だけど、誰も抜けなかったんだ。協力して危機を乗り越えてきたんだよ。だから、今は見守ろう」

「…………」

「大丈夫、あの子たちは俺たちが思っている以上に強いよ。護れないものが多くて絶望した俺たちとは違う。今のうちに足掻き方を覚えておけば、大人の世界でもやっていける」

 

 そのための機会が青春っていう時期だよ──そう茨羽は結んだ。

 無銘はまだ少し納得できていない様子だったが、そこで夜月が「治療が終わったようだ」と言ったので話はそこで中断された。

 さらに、そのタイミングで無銘の携帯端末に着信があった。通話ボタンをタップし、端末を耳に当てると夜宵の声がきこえてきた。

 

『もしもし、皐月日です』

「夜宵ちゃん、どうかしたのか?」

『今、雑務をするために異能対と連絡をとっていたんですけど……異能対の到着が遅れた渋滞、どうやら誰かが裏で糸を引いていたみたいです』

「どういう事だ?」

 

 怪訝な声を出した無銘を、他のふたりが訝しげに見る。無銘はスピーカーホンにして、ふたりにも通話がきこえるようにした。

 

『異能研の近くにある信号機が(ことごと)くハッキングされていたようです。それに、あちこちで虚偽の緊急通報が入っていたみたいで、異能研全体がその対策で手一杯になっていたみたいで……まるで冬桜山に向かうのを妨害していたようだったと泊室長が……』

「信号機をハッキングって……できる事なのかそれ」

「できなくはないがやるメリットがなさすぎるから誰もやらないだけだ。だけどなんでそんな事したんだろうな……“HELLO WORLD”の壊滅でも目論んでるヤツがいるのか?」

「まあ、確かに恨みは買ってそうだけどな……分かった、報告ありがとう」

『みんなは無事……ですよね?』

 

 恐る恐る、といった様子で夜宵が出した質問に、夜月ができるだけ柔らかい口調で答えた。

 

「疲弊して眠ってるがみんな無事だ。もう遅いし、親御さんに連絡をとって今日は朝倉家に泊まらせるよ」

「あ、小鳥はオレが連れて帰るよ」

「和樹と帆紫、翔一も連れて帰る」

「まあ、そういうわけだ。心配するな」

『そうですか、よかった……』

 

 三人の言葉をきいて、夜宵は安堵したようだった。

 

『……まだ危険が去ったとは言いきれないので、気をつけてください。わたしも監視はしますが、捉えきれない可能性もあるので……』

「ありがとう。無題荘だって安全とは言いきれないから、夜宵ちゃんも気をつけてな」

 

 そう言って、無銘は夜宵との通話を終えた。

 

「とりあえず、今日は解散しよう。何があるか分からないから、しばらくは警戒しておけよ」

「泊に相談して、何人か松ヶ崎町に置いてもらうか。そうじゃないと手遅れになりかねない」

「そうだな。そうしてもらおう」

 

 それだけを決めて、この日は解散とした。

 無銘と茨羽は自分の子供たちを連れて帰り、夜月は美幸と共に他の子供たちを朝倉家へと連れていった。

 

 こうして、深夜に起きた騒擾は終わりを告げた。

 この事件でアリナに敗北した小鳥たちが、どんな選択をするのか……今はまだ、誰も分からない事だった。

 

   *   *   *

 

 同時刻、冬天市内に所在するとある豪邸に、アリナの姿があった。

 悪趣味としか言いようがない家具で統一された部屋には、アリナと白髪の少女、そしてふたりの男がいた。ひとりは翡翠色の髪を後ろで縛っている男で、もうひとりはボサボサの長髪に汚れた白衣という出で立ちの男だった。

 

「夜を踊ってきたみたいだねぇ……アリナくん」 

「………」

 

 長髪の男が気味の悪い笑みをこちらに向けてくる。同時にその右手は隣に座っていた白髪の少女の乳房を揉んでいた。

 裏社会で生きてきたアリナでも、ここまでの変態は見た事がなかった。同じ空気を吸う事すら嫌だが、強い意志の力で何とか堪える。

 

「どうだった?“HELLO WORLD”は」

「……大した事はなかった。だけどひとりだけ、面白い女の子がいた」

「女の子?」

「確か……そう、赤坂小鳥という名前だった」

 

 アリナの言葉をきいた男は嬉しそうに笑みを深くした。

 

「赤坂小鳥……やっぱり、魔王の素質を持っていたみたいだねぇ」

「……どういう事?」

「いや、こちらの話さ。まあともかく、異能対の妨害をしたかいがあったというものだよ」

「妨害をしたのは僕ですがね」

 

 翡翠色の髪の男が溜息をついて言った。それに対して、長髪の男は心底愉快だというように少女に覆いかぶさり、ズボンを下ろして腰を動かし始める。

 少女は裸に首輪を付けられていた。光を映さない茶色の瞳がこちらに向くが、そこには何の感情も込められてはいなかった。

 

苛内(いらない)さん。この場でそういった行為は謹んでください。せっかくのソファが汚れてしまう」

「そういう風読(かざよみ)くんも、例のお姫様にご執心なんだろう?結婚している相手に何十年も執着するなんて、僕にはとてもできないけど」

 

 翡翠色の髪の男──風読夜見(よるみ)に諌められ、長髪の男──苛内(うえる)は残念そうに服装を整え、少女の上から退く。少女はぼんやりと天井を見上げていたが、苛内に首輪の鎖を引っ張られると身を起こした。

 

「それは僕の愛です。陽香を甚振り、屈服させ、絶望させたいという愛情表現ですよ」

「なら僕のこれもそうだ。何せ、この子は僕の妻だからねぇ〜」

 

 狂人の会話を意に介さず、アリナはじっと待機していた。

 現在、アリナは風読の護衛として動いている。そのため、雇い主が屑であろうとその命令をきかなければいけないのだ。

 

「ま、とりあえず“HELLO WORLD”は僕たちが対応するという事で。アリナくん、街で遭っても殺しちゃダメだよ?」

 

 苛内の言葉に、アリナは無言で頷く。どのみち殺す理由もなかったし、もっと成長して戦いがいがある敵に育ってほしかったからだ。

 自分が悦びを覚えるのは、戦闘だけなのだから。

 

「……ところで、例のものはどうなりました?」

 

 会話がひと段落したところで、風読が苛内にきいた。

 

「コトリバコはひとつ見つけたけど、リンフォンは見つからない……というか、異能対が破壊しているみたいだね。だから今の研究が終わったら、“世界の外側”をこちらに引き寄せる研究を始めようと思っているよ。その方法さえ見つかればリンフォンは要らないからね」

「確かにそうですね……ですが僕がききたかったのは今の研究の事です」

「例の麻薬かい?アレならもう完成しているよ。あとはばら撒くだけさ」

「摂取した者を異能力者に変貌させる麻薬──これがあれば、我が風読家は益々(ますます)拡大する……そうですよね?」

「ああ、それは認めるよ。警察は黙らせたし、あとは異能研さえどうにかなればいい話だからね」

「ところで、麻薬の名前はどうするおつもりですか?名称がないと受け入れ難いでしょうし」

「それもそうだねぇ……」

 

 苛内はソファに座り直すと、あれこれと考え始める。

 摂取した者を異能力者に変貌させる麻薬──風読家の拡大の為に苛内と風読が考え出したもので、警察関係に強い影響力を持つ風読家だからこそ生み出せた代物である。

 生産時は名前をつけていなかったが、流通させる以上、名前をつける必要があるだろう。無論、生産者を悟られない名前をつける事が求められる。

 苛内はしばらく目を瞑っていたが、そのうちに名案が思いついたらしく、いやらしい笑みを浮かべて目を開けた。

 

「異能力の出自は未だ明かされていない──そうだよね?」

「ええ。異能が最初に確認されてから今に至るまで、その出自は明かされていません」

「ならそれは、“HELLO WORLD”のメンバーも同様な訳だ」

「そうなりますね……って、まさか……」

 

 風読もその答えに思い至ったのだろう。ニヤリと笑い、苛内の答えを促した。

 

「麻薬の名前は“Hello World”。かの新時代の防人はこれをもってしてヒーローになったというストーリーを作り出せば、その信用は失墜する。そこを僕たちで確保すればいい。貴重な検体が手に入るし……何より、茨羽巧未に復讐するチャンスにもなるよ?」

 

 悪魔のような提案に、風読家の当主は笑みを浮かべて同意する。

 かくして、街に新たな災厄が撒かれる事が確定された。

 アリナはその様子を見ていたが、風読に「下がっていい」と言われると静かに姿を消した。

 

 

 新時代を担う防人の敗北。

 その影で、新たな悪意が動き出す。

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