無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
アリナとの戦闘から二日が経過した。
美幸の異能もあり、小鳥たちの怪我は大方治癒していた。なので、一日休んだだけで登校する事ができた。
あの戦い以降、メンバーが全員揃う事はなかったが、みんな思いは同じだった。
仲間を助けられなかった事を悔やみ、強くなろうとしていたのである。あの戦いの後に無銘が心配していた事は杞憂に終わっていた。
そんな訳で、小鳥や茨羽家の子供たち、朝倉兄妹などは回復してからすぐに無銘や茨羽、夜月に稽古の相手をお願いしていた。その他のメンバーも自分なりに特訓を始めており、あの戦いをバネにして成長しようという意志が感じられた。
しかし、そんな最中に飛び込んできたある噂により、“HELLO WORLD”は停止を余儀なくされたのである。
* * *
その話が小鳥の耳に入ったのは、昼休みの事だった。
叶や楓とご飯を食べている途中、ひとりの女生徒が小鳥たちの席へとやってきた。
「小鳥!」
「ん?どしたの詩季。そんなに慌てて」
女生徒──
しかし、今の詩季は酷く慌てた様子だった。その目には激しい苦悩の色が浮かんでおり、小鳥のみならず一緒にご飯を食べていた叶や楓もその様子を見てただ事ではないと察する事ができた。
「これ……これ見て!」
「これって、ネットニュース?……って、え?なにこの記事……」
詩季が差し出した携帯端末にはとあるネットニュースが表示されていた。その見出しを見た小鳥の顔がみるみる強ばり、詩季から携帯端末をひったくるようにして読み始める。
「どうしたの?」
「推しが結婚でもしたんですか?」
楓と叶は鬼気迫る小鳥の様子に驚いていたが、小鳥は構わずにネットニュースを読み進める。
やがて読み終えると、無言で携帯端末を差し出してきた。
「えっと、なになに……“冬天市の防人の力は麻薬によるものだった?”」
記事の見出しを見たふたりの顔がみるみるうちに怒りに染まっていく。
記事はこのような内容だった。
* * *
異能力の街として知られる冬天市。
その街を護る“HELLO WORLD”の構成員が持つ異能力が同名の麻薬である“Hello World”によるものである事が、関係者への取材で判明した。
“HELLO WORLD”は冬天市の高校生により組織された自警団であり、街で起こる異能犯罪への対応を行っている組織だ。
メンバーは全員が異能力者であり、この力を用いて、街を護っていた。
そんなヒーローたちに、ある疑いがかけられている。
それは、組織と同名の“Hello World”(以下HW)という麻薬を用いて異能を獲得したのではないか、という疑いだ。
HWの存在が確認されたのは、5月28日……つまりこの記事が掲載される前日である。しかしそれはあくまでも表の世界での話であって、いわゆる裏の世界には二年ほどまえから流通していた事が明らかになっている。
HWの詳しい効能は不明だが、服用すると異能力を獲得する事ができる事は確実とされている。
しかし、麻薬というだけあって人体には有害なものであるため、通常ならば所持する事すら許されていない。これは他の麻薬と同様である。
そんな危険な代物を、なぜ街を護るヒーローが使用しているのか──捜査関係者はこのように語っている。
「そもそも、“HELLO WORLD”自体が麻薬の効能実験の為に設立された組織なのではないか、と考える事ができます。組織の母体は異能研究所ですが、あの組織は前々から怪しい所がありました。子供を利用して人体実験を行ってもおかしい事ではありません」
第二次世界大戦後の混乱期に存在が確認され、人類という種を大きく変える力を秘めた異能力。そのメカニズムは明らかになっていないが、この麻薬を作った人物はそれを解き明かしたのだろうか。
異能研究所は現時点でこの件に関してのコメントは出していないが、警察は異能研究所に対しての捜査を行う方針だ。また、対象となった子供にも事情聴取を行う予定となっている。
(取材・文:歌種珊瑚)
* * *
記事を読み終えたふたりは憤慨した様子だった。
「嘘八百だよ!麻薬だなんて、そんな……」
「悪意しかありませんよこの記事!なんでこんな嘘を……!」
「それはあたしも分かってる。だけど、信じる人は出てきちゃうよ……」
詩季が俯いて言う。
小鳥の心中も穏やかではなかったが、何とか堪えて叶と楓に言う。
「とにかく、異能研に確認してみよう。それから……今日の放課後に集まった方がいいね。みんなにも相談した方がいい」
「せめて今ここにいる人たちに身の潔白を証明した方がいいんじゃないですか?」
叶がそう提案するが、詩季が「意味ないと思う」とそれを止めた。
「当事者が何を言っても信じないって事はありえるし、SNSでも拡散されつつある。今更どうこうできっこないよ」
「それは……」
叶は悔しそうに俯いた。
その時、小鳥の携帯端末にメッセージが入った。夜宵からだった。
皐月日夜宵:こっちゃん、ネットニュースって見た?
すぐさまリプライを送り、やりとりを始める。
ことり:見たよ。なんであんな記事が載ったんだろ……。
皐月日夜宵:SNSでも拡散されてる。大騒ぎにはなってないけど時間の問題かも……。
ことり:まあ、それは仕方ないよ……。
皐月日夜宵:わたしは異能研と連絡をとってみる。こっちゃんたちも一度集まった方がいいかも。
ことり:今、その話をしていたところだよ。放課後に集まるつもり。場所が決まったら教えるから、よいちゃんも来てくれる?
皐月日夜宵:分かった。とりあえず情報は集めておくね。
ことり:よろしくね。
やりとりを終わらせた小鳥は「はろわる」と名付けられているグループトークを見てみた。既に何人かのメンバーがこの件についてやりとりを交わしている。
ことり:全員に通達。ネットニュースの件について、一度みんなで集まって相談しよう。都合が悪ければ無理はしなくてもいいけど、どうかな?
メッセージを送ってみると、ややあって全員から参加ができるという内容のリプライが返ってきた。
ことり:了解。場所はどうする?
さよりん:なら、教会でいいと思いますよ。あそこならフレデリカさんがいるし、異能関係の事柄を話してもバレないし。あと学校から遠いし。
ことり:そうだね。そうしようか。じゃあ授業が終わったら教会に集合ね。
その旨を夜宵にも伝えた時、チャイムが鳴った。
詩季たちはそれぞれの場所に戻っていき、それと入れ違いに周りの席のクラスメイトが戻ってくる。
心なしかその視線が痛いように感じたが、小鳥は黙って授業の準備をした。
* * *
放課後になり、小鳥が教室を出ようとすると、三人の男子が行く手を塞いだ。
「ごめん、あたしちょっと行くところがあるんだけど……」
「ヤクを買いに行くんか?」
「小鳥ちゃんはそれがないと生きていけないんだろ?」
「お薬で人気者とか、犯罪者じゃん笑」
この男子たちはいわゆるスクールカースト上位の生徒で、人をからかう事に情熱を燃やしているような人間だった。ネットニュースを見て絶好のネタが近くにある事に気付いたのだろう。
「いや、だから誤解だってば……」
「犯罪者が何か言うとりますがな」
「正義のヒーローがきいて呆れるな」
「お前の言う事なんて信じるわけないだろ笑」
困ったなぁ、と思った。別に自分が何を言われようがどうでもいいが、遅刻するのはよろしくない。いつの間にか囲まれているし、かといって無理矢理通る訳にもいかない。
どうしたものかなぁと思っていると、ひとりの男子がこんな事を言った。
「お前の仲間もみんな犯罪者なんだろ?犯罪者は学校来んなよ」
その言葉をきいて──小鳥の中に怒りが生まれた。
「……あたしの事をどう言おうと構わないよ。だけど、仲間を侮辱する事はやめて」
鋭い視線で睨みつけるとその男子は怯んだようだったが、すぐにニヤニヤと笑みを浮かべる。
「本性現したな。みんなー!犯罪者が俺たちを脅してきたんだけど、これってどう思うー?」
後半のセリフは大声で叫ばれたものだった。それをきいて、何人かのクラスメイトがギャハハと笑う。大半は傍観していたが、そこからもひそひそ声がきこえてきていた。
「ちょっと!あんたらいい加減にしなよ!」
たまたま教室に残っていた詩季が男子たちを止めようとするが、小鳥が「詩季!」と叫ぶとその動きが止まった。
「あたしは大丈夫。……ねぇみんな、確かにネットニュースにはあんな事が書かれていたし、それで不安になる気持ちも分かる。だけど、あたしは誓って麻薬なんかに手を出してないよ。信じない人もいるかもしれないけど、これだけは本当だから……」
呼びかけるような声に、教室が静まり返る。
その静寂を破るように、男子たちの後ろから声がきこえてきた。
「よく言った。流石は赤坂だな」
「先生……」
声の主はこのクラスの担任である
そして、熊崎はいじめを絶対に許さない教師だった。恐る恐るといった様子で後ろを向いた男子たちの表情がみるみるうちに強ばっていく。
「例のネットニュースは私も見た。その上で言わせてもらうが、お前たちは本当に赤坂が麻薬を服用していると信じているのか?」
「だ、だってニュースになってたし……」
ひとりの男子がビビりながらそう言うと、熊崎は口調をがらりと変えた。
「馬鹿者!お前たちはそんな事も分からないのか!このクラスになってまだ日は浅いが、それでも何処かの記者よりは赤坂の事をよく知っているだろう!特に
並貴多は先程叫んだ男子生徒の名前だった。
彼は黙り込み、あとのふたりも熊崎の迫力に怯えるばかりだった。
その様子を見ると、熊崎は教室にいた生徒たちに語りかけた。
「いいか、ネットの情報とは時に嘘が混ざっている。虚飾に満ちた言葉を並べ立てた記事もある。だからこそネットの情報を安易に信用してはいけないんだ」
そこで一度言葉を切り、強い意思のこもった言葉でこう言った。
「物事の真偽を自分で決める事は大切だ。だが、思考を停止させて鵜呑みにするのはよくない。何か疑問に思った事があったら、自分でよく考え、調べ、その上で決めろ。……お前たちは赤坂がどういう人間なのか分かっているはずだ。それを加味した上で結論を出せ」
しばらくの沈黙。
ややあって、並貴多とその取り巻きたちが小鳥から離れ、無言で立ち去っていった。
「赤坂、大丈夫か?」
「は、はい。先生、ありがとうございました」
熊崎は微笑み、柔らかい口調で励ますように言った。
「私は赤坂たちが麻薬などやっていないと知っている。困った事があったらいつでも相談に乗ろう。……だから諦めるな。動いて、真相に近付くんだ」
「……はい。あたし、絶対に無実を証明してみせます!」
熊崎の言葉を受け、小鳥は走り出す。
行く先は教会。そこで、仲間が待っている。
* * *
小鳥が郊外にある教会に到着した時には、既に仲間たちが待っていた。
和樹が小鳥の到着に気づき、呆れたような声で言う。
「遅いぞ小鳥」
「ごめんごめん、ちょっとトラブルに巻き込まれていてね」
「なら仕方ないか……大丈夫か?」
「大丈夫だよ。みんなは?何か嫌がらせとかされてない?」
小鳥がきくと、仲間たちは大丈夫だと答えた。
「ならよかった……よいちゃん、何か分かった?」
小鳥は壁のステンドグラスを見ていた夜宵に声をかける。夜宵は頷き、携帯端末を取り出した。
「わたしは異能研と連絡をとっていたんだけど、そこで分かった事を伝えるね。……まず、この記事を書いた記者は殺されている事が分かった」
「殺されている……?」
「異能研がやったとかじゃないですよね?」
「異能研がやったなら死体は残らないはずだし、それはないと思う。……自殺に見せかけられてはいたけど、調べたら他殺の線が濃厚だったみたい。多分、用済みになったんだろうね」
「記事が公開され、僕たちの信頼が失墜する事が狙いだった………と、そういう事ですよね?」
爽介の言葉に、夜宵は頷く。
「誰が記者を殺したのかは現在調査中。あと、SNSで拡散された情報については削除要請を出すみたい。異能省が動いてるから、火消しはなんとかなると思う」
それで、ここからが重要なんだけど──そう夜宵は続けた。
「泊室長が、“HELLO WORLD”はしばらく活動を停止させるつもりだって言ってた」
「そんな……!それじゃ、相手の思うツボじゃん!」
楓が叫ぶ。それを諌めたのは零導だった。
「いや、この状況だと正しい選択だ。どのみち、今回の件で活動が減るのは確実だし、なら大人しくしていた方が信頼回復が早まる」
この世界は信頼ありきだからなと零導は言った。
「リンドウ先輩の言う通りだな……下手に出たら活動どころじゃなくなる」
翔一も零導に同意する。楓は「……でも、なら誰がこの街の平和を護るの!?」とふたりに詰め寄った。
「落ち着いてよ、楓さん……泊さんは組織全体での活動を停止するって言ったんだよ」
「つまり、個人で活動すればいいんだよ。そりゃ組織でやってる時と比べるとできる事は少ないけど、今はこれが最善策だよ」
爽介と紗由が楓を諌める。それに小鳥も同意し、こう付け加えた。
「それに、あたしたちは意志アリナに負けてる……このままじゃダメだし、立ち止まる機会も必要だと思う」
「それは……」
楓は俯く。彼女は“HELLO WORLD”に加わる前から街を護ろうと駆け回っていたため、この状況が人一倍悔しいのだろう。
「でも、個人で活動するのは危険じゃないかな。相手の狙いが私たちだとしたら、行動不能にするだけじゃ終わらないと思うけど……」
帆紫がそう意見した。
夜宵は頷き、「だから、ひとりで行動しないようにしてほしいんだ」と注意を促す。
「帆紫さんの言う通り、仮に相手の狙いが組織そのものじゃなくてわたしたちだったと仮定するなら、活動を停止した後に何かを仕掛けてくると思う。だから用心して、なるべくひとりで行動しないでほしい」
いずれ異能研が首謀者を特定すると思うから、その時までの辛抱だと夜宵は結んだ。
全員がそれに同意し、話が一段落する。そのタイミングで第三者の声が掛かった。
「失礼。先程から話をきいていた限りだと、何か大きな事に巻き込まれているようですね」
そう言って会話に参加したのはひとりの少女だった。スタイルのいい躰や口元を覆うマスクが特徴的な少女である。
名を、フレデリカ・リンドヴルムという。この教会のシスターであり、小鳥たちの知り合いでもあった。
「そうなんです。実は……」
みんなを代表して、爽介が事情を説明する。
話をきき終えたフレデリカは「成程……」と深く考え込む素振りを見せた。それから顔を上げ、涼やかな声でこう言った。
「皆様もご存知の通り、この教会は中立的な立場を取っています。行き場のない者に手を差し伸べるためです」
しかし──とフレデリカは続けた。
「皆様には御恩があります。なので、出来る限りの事は致しましょう。といっても、本当に限られる事しか出来ませんが……」
「い、いえ。それでも助かります。だけど……私たちに協力する事で、教会にも悪影響が出る可能性もあります」
帆紫が心配そうに言うと、フレデリカは何でもないように、
「この教会は、行き場なき者に手を差し伸べる場所……例え悪影響が出ようと、それで誰かを救えるのならば
と言った。
「……なら、お願いしてもいいでしょうか?」
翔一がそうきいた。風当たりが強い中で、こういった協力者はとても貴重なものとなる。こちらとしては願ってもない話だった。
「もちろん。何かありましたら、遠慮なく申し付けください」
フレデリカは微笑んだ。といっても口元は見えないのだが、声のトーンや目でそう判断できた。
「皆様に神の御加護があらんことを」
その言葉を受け取り、小鳥たちは少し落ち着く事ができた。どうやら自分たちは、思った以上にこの展開に戸惑っていたようだった。
何はともあれ、こうして今後の方針が決まり、“HELLO WORLD”は一時的に活動を停止する事になった。
しかし、物語がここで一段落したかというとそうではなく、活動停止から僅か三日後に小鳥たちは新たな事件に巻き込まれる事になる。
……最も、現時点ではそれを知る由もないのだけれど。