無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#11「欠片を辿る行進曲」

 それからおよそ一時間後、“喫茶はるかぜ”をひとりの男性が訪れた。

 

「泊さん、急に呼び出してごめんなさい」

 

 楓がその男性に頭を下げる。男性──泊亮一は「気にしないで」と微笑み、カウンターに座ってコーヒーを注文した。

 

「あ、と、泊さん!いらっしゃいませ!」

 

 調理場にいた爽介が顔を出し、亮一を見て慌てて頭を下げる。

 

「やあ爽介くん。すっかりバイトに慣れたようだね」

「泊さんのおかげですよ。この職場を紹介してくれたのは泊さんですし」

 

 そう言いながらも、爽介は嬉しそうに笑みを浮かべている。まるで飼い主を目の前にした犬のようだった。

 爽介は危ないところを亮一に助けられた過去があり、亮一の事をとても尊敬している。それはみんなが知っている事だったので、少し緊張気味な爽介の様子を微笑ましく眺めていた。

 

「それで、泊さん。頼みがあるんだけど……」

 

 亮一と話せて満足した爽介が調理場に引っ込んでから、小鳥は話を始めた。

 大まかな事情は事前に電話で説明していたが、改めて詳細を話す。

 話を終えると、亮一は「なるほど」と頷いて、椅子に座っていた咲へと近付いた。

 

「琴音さん……と言ったかな。申し遅れたけれど、泊亮一です。異能対策室の室長をやっています」

 

 そう言って、名刺を差し出す。

 

「あ、えっと、琴音咲です。よろしくお願いします」

 

 咲は慌てて名刺を受け取る。

 その様子を見て、女子高生三人組は「そこで自己紹介するんかい」と思ったが、口にせず。亮一と咲はあまり接点がなかったので自己紹介をする事はおかしくはないのだが、少しズレている気がする。あるいは咲の緊張を(ほぐ)そうとしたのかもしれないが、意図はよく分からない。

 最も、亮一の奇行は今に始まった事ではないので、すぐさま本題に戻った。

 

「それで、泊さんの能力で秕さんを探せないかなと思って……」

「なるほどね。こういった事は覚寺が適任だが、ちょっと実験をしていてね……まあ僕の能力でも何とかなるだろう。予め手は打ってあったからね」

「どういう事ですか?」

 

 紗由がそうきいた時、店に新たな客が入ってきた。

 背が低く、一見すると女性に見えなくもなかったが、れっきとした男性だった。眠そうな顔をしており、ラフな服装で首からはアイマスクを提げていた。

 

「どーも、おはようございます」

「急に呼び出して悪かったな」

「大丈夫です。積みゲーやってただけなんで」

 

 男性は亮一の隣に座り、カフェオレを注文する。

 そして店の中をぐるりと見渡し、小鳥たちを見つけると少し驚いた表情になった。

 

「室長、この子たちが例のはろわるですか?」

「ああ。ちょっと頼み事をされてな。真中(まなか)の異能が必要だったんだ」

「なるほど。あ、自己紹介してねーや」

 

 男性は寝ぼけ眼のまま、小鳥たちに頭を下げた。

 

「真中真生(まお)っていいます。多分、Mって言えば分かるかな?」

「M……って、異能対策室のエージェント?」

 

 楓が驚いたように声をあげた。

 異能対策室に所属する、Mというコードネームの異能力者……その噂はきいていたが、実際に会ったのは初めてだった。

 

「“HELLO WORLD”の噂はきいているよ。新世代か……これで俺も安心して後ろに下がれるな」

「お前はまだ36だろ、まだ前線に出られるって。……あ、そういえば、真中とは初対面だったっけ」

 

 とても36歳には見えないとその場にいた全員が思ったが口にせず。代わりに、小鳥たちが代わる代わる自己紹介を行なった。そのついでに咲が事情を説明すると、真中は「なるほどなるほど」と呟いて、運ばれてきたカフェオレを飲んだ。

 

「確かに、俺の能力があればなんとかなるかもな。室長、レベルはどうします?」

「そうだな……とりあえず二段階目まで上げてくれ」

「りょーかい。んじゃ、早速やりますか」

 

 言って、真中は亮一の肩に手を置いた。

 

水準(レベル)昇華(アップ)──Lv2」

 

 どくん、と亮一の心臓が脈打ち、力が溢れ出す。亮一は大きく息をつくと、コーヒーを一気に飲み干した。

 

「何をしたんですか?」

 

 調理場から顔を出した帆紫がそうきくと、真中は自分の異能について解説した。

 

「俺の異能は“水準(レベル)操作”ってものでな。簡単に言うと対象の強化や弱体化を行える異能だ」

 

 レベルは六段階存在し、それぞれに制限時間が存在する。

 亮一に使用した“Lv2”は少し強化(もしくは少し弱体化)するというものだったが、持続時間は十二時間とそれなりに長い。

 少しといっても、昇華している間は常に能力やスペックを100%出し続け、それにレベル分の強化が重なる状態となる。

 “Lv2”で引き出せる能力は150%。つまり、今の亮一はベストコンディション以上の状態だという事になる。

 強力な異能だが、この異能を持っているせいで真中は常に前線に立ち続ける羽目になっていたりする。これは異能対が常時人手不足なせいもあるのだが。

 

「秕さんが失踪したのは三日前。そこまで時間が経っていると僕の能力でも行方を追うのは難しくなるからね。真中に強化してもらう必要があったんだ」

 

 そう説明してから、亮一はコーヒーの代金を払う。

 そして「じゃあ、捜索を開始しようか」と言うと店を出ていった。

 小鳥たちも慌てて代金を払い、後を追いかけた。

 ありがとうございましたーという店員一同の声と、がんばれよーという真中の声が混ざり合い、背中を押した。

 

   *   *   *

 

 小鳥たちが出ていった後、喫茶店では姫名のミニコンサートが始まっていた。

 これは姫名が気分で開催するイベントで、BGM代わりに何曲か歌うというものだ。姫名はプロ並みに歌が上手いので、不快に思う人間はいない。

 コンサートといっても、ほとんどは音楽なしの独唱だった。今回も独唱だったが、たまたま店にいた人間はその歌声に耳を傾ける。厨房で皿洗いをしていた爽介と帆紫や、レジに立っていた柘榴、眠そうな顔でカフェオレを飲んでいた真中も無言で歌声をきいていた。

 

 

  きみがいなくなる夢を見た

  目覚めた隣、ベッドの中

  ぬくもりすらもそこにはなくて

  顔も、声も、匂いも忘れ……

 

 

 伴奏がないので分かりにくいが、曲は静かなバラードのようだった。

 姫名の歌声は澄んだ空気のように流れ、店の雰囲気を塗り替えていく。

 

 

  探してもどこにもいない

  何が悪かったのかもわからない

  そのうちにラジオが鳴り出し

  ぼくの世界の終わりを告げた

  叫んでみても変わらない

  きみはいない、全ては無意味

  それなら生きる理由もないかと

  ぼくはラジオを静かに止めた

 

 

 暗い歌詞だったが、それを姫名の歌声である種の芸術性に昇華させていた。

 サビに突入し、歌声が迫力と美しさを増していく。

 

 

  身体が溶けて崩れていく

  世界がぼくを拒絶する

  できればきみと生きたかったって

  ちっぽけな願いも消えていく

  だけど神様は見ていてくれた

  全てが終わる、その瞬間

  確かにきみを感じたんだ

  よかった……なんて微笑んで

  ぼくの世界は終わりを告げた

 

 

 静かな歌声は三分ほど続いた。

 拍手が起こる中、柘榴が姫名に近づいてこうきいた。

 

「今の曲は?」

「名付けるなら、“終わる夢の歌”かな。安直だけど……」

「という事は、また異能力を使ったんですね?」

 

 柘榴の問いに、姫名は頷いた。

 

 歌先姫名──異能力名「未来独唱」

 心に浮かんだメロディと歌詞を歌う事で、未来の可能性を見る事ができる異能力である。

 今回見たのは咲の未来だと姫名は言った。どんな未来を見たのか柘榴がきくと、

 

「ここでは話せない……かな」

 

 その言葉だけで、姫名が見た未来がいいものではない事を察する。

 あくまでも可能性なので外れる場合もあるが……少しばかり、柘榴は不安になった。

 

   *   *   *

 

 ──同時刻、松ヶ崎町内

 

 咲と秕が住むアパートを始点として、そこから秕の痕跡を追っていく。

 楓が考えたこの手法はシンプルではあるが、亮一ではないと出来ない事だった。

 

「ねぇ、泊さんの異能ってどんなものなの?」

 

 アパートに向かいながら、咲が誰にともなくきく。

 答えたのは、比較的亮一との付き合いが長い楓だった。

 

「泊さんの“天帝眼(エンペラーアイ)”は、脳のリミッターを外す異能力だよ。なんか色々できるみたいだけど、泊さんにはきかないほうがいいと思う。ドヤ顔で長々と話し始めるから……」

「なるほど……」

 

 天帝なのにエンペラーとはこれいかに、と思ったが口にせず。有用な能力なのは確実らしいので、それ以上はきかなかった。

 そうこうしているうちにアパートへと辿り着く。亮一はそこで異能を発動し、脳の出力を切り替えた。すると右目が紫色に染まり、普段は視えないものが鮮明に視えるようになる。

 昔は常時能力が発動していたので、眼帯で右目を塞いでいたが、現在は自由に発動する事が出来ていた。能力の出力も上がっており、それに加えて真中の水準(レベル)昇華(アップ)が発動しているので、三日前に出ていった秕の痕跡を易々と掴む事ができた。

 

「見つけた。辿っていくから着いてきて」

「すごい……三日前の痕跡なのに……」

 

 小鳥たちにとっては当たり前ともいえる結果だったが、咲は驚いていた。彼女は非異能力者である。

 ゆっくりと歩き出す亮一を先頭にして、秕の痕跡を辿るツアーが始まった。

 その最中は、誰も何も言わなかった。咲は緊張していたし、小鳥たちは不測の事態に対応できるように身構えていたからだ。

 

   *   *   *

 

 三十分ほど歩いて、目的地に到着した。

 

「ここに秕さんがいるんですか?」

 

 紗由が少し驚いたように言う。

 そこは大きな屋敷だった。立派な門と、白亜の壁。市内では有名な場所だった。

 

「間違いない。痕跡はこの門の向こうに続いている」

 

 亮一が言う。

 いつしか、彼が纏う雰囲気は厳しいものになっていた。

 

「なんで、こんなところに……」

 

 咲が戸惑ったように呟く。

 それは妥当な反応だった。有名な異能一族である風読家……その屋敷に、秕がいるとは考えられなかったからだ。

 

「秕さんって風読家と接点があるの?」

「ううん、わたしの知る限りではないよ」

 小鳥の質問に、咲は首を横に振る。

 とはいえ、亮一の能力に狂いはない。それは分かっていたので、一度戻って無銘に報告しようという事になった。

 だが──

 

「──っ!?」

 

 突如、風を切る音と悲鳴の欠片がきこえた。

 慌てて振り返った小鳥たちが目にしたのは──ものすごい力で門の向こうへと引っ張り込まれる咲の姿だった。

 

「咲ちゃん!」

 

 咲の姿はすぐに見えなくなる。

 小鳥は身構え、門を飛び越えようとした。しかしそれを亮一が静止する。

 

「なんで止めるの!?」

「落ち着くんだ。ここは僕が行くから、君たちは僕の言った通りに行動してほしい」

「ひとりじゃ危険だよ!あたしも行く!」

 

 楓が叫ぶ。小鳥と紗由も同じ気持ちだった。

 亮一は首を横に振り、厳しい表情でこう言った。

 

「出来る範囲での情報収集が君たちの役目だろう?ここは僕に任せて、サポートに回ってほしい」

 

 “HELLO WORLD”は停止しているし、風読家は警察関係に強い権力を持つ一族である。“HELLO WORLD”が警察にマークされている以上、小鳥たちを下手に動かす訳にはいかなかった。

 そう説得すると、小鳥たちは渋々とではあるが亮一の指示に従う事を決めた。

 

「ありがとう。じゃあ、役割を割り振るね。朝倉さんは喫茶店に戻って真中を連れてきてほしい。次に、赤坂さんは無銘さんに事情を話して、彼と合流してくれ。最後に……楓くんはここで待機。三十分以内に僕からの連絡がなかったら異能を使って離脱。連絡があったら指示した通りに動く事。あと、ついでに他のメンバーに事情を説明しておいてくれ」

 

 三人は頷き、それぞれ行動を開始する。

 亮一は携帯端末を取り出すと、恵に連絡をとった。

 

「……俺だ。例の失踪事件だが、風読家が絡んでいる可能性がある。実験が終わったら覚寺と風読家に来てくれ……責任問題になる?それなら問題ない。俺の机の上から二段目の引き出しを開ければ解決する。だから心配するな」

 

 それだけ言って通話を切る。と、通話をきいていた楓が恐る恐るといった様子できいた。

 

「あの……引き出しに何があるの?」

「辞表。いつでも出せるようにしてあるんだ。このくらいの覚悟はないと、この仕事はやっていけないからね」

 

 そう言って微笑むと、亮一は門を軽々と飛び越えて邸内に侵入した。

 楓は呆気にとられてその様子を眺めていた。

 

   *   *   *

 

 ──同時刻、冬天市内

 

 無銘は車の中で一息ついていた。

 無銘の調査と美桜の情報収集により、秕が風読家にいる事は既に突き止めていた。一旦事務所に戻ろうと思いながら、ドリンクホルダーに置いていたコーヒーを飲む。

 小鳥たちは無茶していないだろうかと思い、少し心配になる。“HELLO WORLD”は停止しているので、本格的には動かないと思うが……。

 その時、携帯端末が振動した。ディスプレイを一瞥してから通話を開始する。

 

「何か分かったか?」

『色々と分かったよ。やっぱり身辺調査は重要だねぇ』

 

 調査をするにあたり、知り合いに咲と秕の身辺調査を依頼していた。咲は知り合いではあったが、彼女の全てを知っている訳ではないし、秕に至っては会った事すらない相手だ。身辺調査をするのは必然といえる。

 

『まず、琴音咲だけど……異能は持っていない。家族は全員亡くなっていて、今は秕さんとふたりで暮らしているようだよ』

 

 電話の相手は咲が秕と暮らす事になったきっかけについて説明した。喫茶店で咲が小鳥たちに話した事と同じ内容である。当然、無銘にとっては初めて知る事だった。

 

「そんな事があったのか……」

『琴音咲についてはこんなところだね。次に吹綿秕についてだけど……少々面白い事実が浮かび上がってきた』

「面白い事実?」

 

 無銘がきくと、電話の相手は一息ついてから話し始めた。

 

『まず、吹綿秕も異能は持っていない。家族は両親のみだけど、父親は死亡しているし母親も失踪している。吹綿秕は高校卒業まで施設で暮らしていて、吹綿という姓はそこの院長のものだ』

「その両親については何か分かったのか?」

『まあまあそう焦らずに。ここからが面白い内容だからさ』

 

 そこで一度言葉を区切り、また再開する。

 

「吹綿秕の旧姓は“逆浪(さかなみ)”だ。父親の名は逆浪哲也(てつや)で、母親の名前は逆浪(れい)。さらに言うと、逆浪哲也は父さん……じゃなくて逆浪瀧羽(たきわ)の弟にあたる。つまり、吹綿秕は僕……じゃなくて逆浪(ひかる)のいとこにあたるね」

「そこで繋がるのかよ……」

 

 意外な繋がりに、無銘は驚く。

 逆浪光はかつて無銘の弟子だった男で、現在は故人となっている。彼は自分の事を天涯孤独だと言っていたが、どうやら親族がいたらしい。

 と、そこで新たな疑問が浮かび、無銘はそれを相手にぶつけた。

 

「ちょっと待て……逆浪哲也って、霧ヶ峰のおっさんの同僚だろ?確か数十年前に亡くなってる筈だが……」

 

 秕が逆浪哲也の子供だとするなら、その年齢は咲よりも遥かに上だという事になる。逆浪哲也は30年ほど前に死亡しているからだ。

 しかし、相手はなんでもないようにこう言った。

 

『師匠、模造品の存在を忘れたのかい。逆浪玲が交わったのは逆浪哲也の模造品だと考えるのが妥当だ。そうすれば吹綿秕が琴音咲と同い年だとしてもおかしくない』

 

 模造品。

 とある研究者が作り出した、人類の代用品。

 無銘にも覚えがある存在だったからこそ、その理屈に納得がいった。

 

「なるほどな……」

『吹綿秕についてはこんなところだね。いやぁ驚いた。まさか僕に家族がいたなんてね』

「お前じゃないだろ。光の話だ」

『ああ、そうだったね……でもこれで助ける理由にはなったと思うよ』

「元からそうするつもりだったよ」

 

 何はともあれ、助かったよ──無銘はお礼を言った。

 

『いい暇潰しになったよ。後は師匠の自由だけど……ま、助けてやってくれると嬉しいかな』

「それは光の意思か?」

『いや……僕の意思だ。混濁してるから自分でもよく分からないけど』

「そうか……後は任せろ」

『よろしくね』

 

 そう言って通話は切れた。

 それと同時に、一件のメッセージが端末に届いた。小鳥からのメッセージで、助力を求める内容だった。

 それを見た無銘はシートベルトを締め、車を発進させる。

 何をすべきかは、もう分かっていた。

 

 

 誰かを救うのに理由は必要ないが、今回は明確な理由が生まれた。

 後は、動くだけだ。

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