無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#14「間奏曲」

「“Hello World”って……あのインチキ記事に書いてあった麻薬の事か?」

 

 和樹が戸惑ったようにきいた。目の前で起きている現象が麻薬の仕業だと言われて戸惑うのは妥当な反応といえるだろう。

 

「はい。先程まで私と覚寺くんはその麻薬の研究を手伝っていたので、間違いありません」

「“Hello World”はとにかく異質な麻薬だし、オレの目から見ても特徴的だったから見間違えるって事はないと思う」

 

 恵と覚寺は口々に言う。それを受けて、零導とフレデリカが得心がいったとばかりに頷いた。

 

「人に異能を付与するなんて簡単にできる事じゃない……それこそ、パッケージングされた技術でもないと不可能だろうな」

携帯型異能(インスタント)がある以上、人為的に異能を生み出す事は可能ですが、天然物を人に付与するとなるとその麻薬しか思いつきませんね」

 

 一同が納得したところで、夜宵がおずおずときいた。

 

「あ、あの……確か麻薬って、常習性があるんですよね?」

 

 麻薬はその効果が切れると繰り返し求めてしまう──つまり、常習性があるものが多い。やめようと思っても繰り返し使用してしまい、やがて身を滅ぼすという特性を秘めている事は誰もが知っているだろう。

 もちろん、この場にいる者たちも例外ではない。学生組は年に二〜三回開催される麻薬乱用防止教室でいやというほど言われている事だし、夜宵やフレデリカも麻薬の特性については把握している。

 しかし、実際に直面してみるとその知識に揺らぎが生じる事もある。麻薬なんて非日常の産物とこれだけ本格的に関わる事になるとはまず思わないからだ。

 恵や覚寺もその事は理解していたので、夜宵の当たり前ともいえる質問に真摯に答えた。

 

「もちろん、常習性はあります。なので一度投与すると負のスパイラルに陥る可能性は高いです」

「加えて、この麻薬の恐ろしさはそれだけじゃない」

 

 恵の言葉を覚寺が引き継ぐ。その口調は重々しいものだった。

 

「他にも何かあるんですか?」

「……この麻薬は投与されたものに異能力を付与する。一見すると絶大な効果を秘めているが、その副作用もまた大きなものなんだ」

 

 副作用という言葉に、夜宵たちの顔が強ばる。

 二秒ほどの沈黙の後、叶が恐る恐るといった感じで「副作用って……どんなものなんですか?」ときいた。

 それに対して、覚寺は淡々とした口調で答えた。

 

「異能を得る代償として奪われるのはその人がこれから生きるであろう人生だ。端的に言うと、一回の投与につき十年分の寿命が消費される……加えてこの世に存在する麻薬の効能を殆ど兼ね備えているから、その最期は惨いものになるだろうね」

 

 その言葉に、一同の思考が停止する。

 力と引き換えに寿命を失う麻薬──数秒後にその恐ろしさを理解した時、零導とフレデリカは顔を顰め、叶と和樹、翔一は怒りの表情を浮かべ、夜宵は小さな悲鳴をあげた。

 

「………っ」

「なんて、残酷な……」

「この世に存在しちゃいけないだろそれ……」

「なんでそんなものが作られたんですか!?」

 

 ある者は絶句し、ある者は悲観し、ある者は半ば呆然とし、ある者は憤りの声をあげる。

 彼らが様々な感情を浮かべていた理由は麻薬の仕組みにあった。

 

「……一回だけなら、後悔で済んだかもしれない。寿命を失うとはいえ、それで済むなら危険な火遊びの範疇を超えないだろうしね」

 

 だが、麻薬には常習性がある(・・・・・・・・・・)

 そこから導き出される結論は単純明快だが、それ故に地獄としか言いようがないものでもあった。

 

「“Hello World”の持続時間は三十日。それを過ぎると異能は消失し、その代わりに麻薬を求め出すようになる……そうして何回も投与していくうちに寿命が尽き、死に至る」

 

 問題は、そのリスクを使用者が把握しない事にある。

 売人にはそれを説明する義務はないし、異能という力が跋扈する現代において、異能を獲得できるという効能は大きなセールスポイントとなる。

 麻薬を繰り返し使用すれば死亡するリスクが高まるのは当たり前の事だが、医療が発展している現代に於いてはそのリスクは軽減されつつある。

 しかし、この麻薬は投与すれば確実に死に近づく。誰がどう見ても、この世界に存在してはいけないものだった。

 

「コンテナの中にいる人は、そんなものを投与されていると……」

 

 翔一の呟きに、覚寺は異能によって得たもうひとつの事実を伝えようとする。

 しかし、それより先に車の音がきこえたので、全員がそちらに気を取られた。

 どうやら、小鳥たちが到着したようだった。

 

   *   *   *

 

「そんな……」

 

 やってきた小鳥たちに、夜宵と覚寺がこれまでの経緯と“Hello World”について伝える。

 話をきいた小鳥たちは驚いたというより、怒りと絶望が綯い交ぜになった顔をしていた。高校生組は言うに及ばず、無銘や真中、亮一も険しい表情を浮かべている。

 

「じ、じゃあ、咲ちゃんは……」

   

 小鳥が掠れた声で呟く。それをきいた和樹が「琴音さんがどうかしたのか?」と訊ねた。

 そうして小鳥と亮一の口から語られたのは、風読家の暗躍と、それにより咲が被害に遭ったという事実だった。

 

「……その、琴音さんは今どこに?」

「ゆき姉に診てもらってる。朝倉家にいるはずだ」

 

 覚寺の質問に無銘が答える。

 覚寺は頷くと、「朝倉家というと、この山の中ですよね。オレの異能で琴音さんを視たいのですが」と一同に言った。

 

「確かに、俺の異能で分からなくても覚寺の異能なら何かわかるかもしれない……楓くん、頼めるか?」

「了解!」

 

 亮一が楓に視線を向けると、楓は異能を発動して朝倉家への道を開く。

 覚寺はその中に入っていき、五分ほど経ってから戻ってきた。

 

「早かったな」

「視るだけなので。それより室長、コンテナの中にいる女性は吹綿さんで間違いありませんか?」

 

 亮一は異能を発動してコンテナを一瞥し、「間違いない」と頷く。

 覚寺は溜息をつくと、一同を見回して淡々と告げた。

 

 

「……琴音さんも吹綿さんも、“Hello World”を投与されています。それも、九本を濃縮したものを(・・・・・・・・・・・)

 

 

 九本を濃縮したもの。

 それが示す事実は──

 

「そ、それってつまり──」

 

 きくのが恐かった。

 嘘であってほしい。

 予想が外れてほしい。

 そう願った。

 

 しかし、覚寺はあくまで淡々と……その事実を告げた。

 

 

「琴音さんも吹綿さんも、九十年分の寿命を失っています」

 

 

 生活が豊かになっていくにつれ、人間の平均寿命は少しずつ伸びている。

 それは現代に於いても例外ではなく、平均寿命は九十歳に到達しようとしていた。

 だがそれは裏を返せば、そこまでしか生きられないという事でもある。

 咲と秕は、それを一瞬にして失った。

 ふたりで生きていく筈だった、苦難に満ちながらも充実した人生を、呆気なく失ったのだ。

 当事者ではないとはいえ、その事実が齎した絶望はあまりにも大きいものだった。

 沈黙が場を支配する。誰も何も言えなかったからだ。

 だが、そこで真中が思い付いたように声を上げた。

 

「……九十年分っていうけどさ、そこまで失っても生きているって事は、まだ希望はあるんじゃねーの?」

 

 仮に寿命が尽きたなら、投与された時点で絶命している筈。それがないという事は、咲も秕も僅かながら生きているという事になり、それなら手の施しようはあるのではないか──真中はそういった意図で発言していた。

 しかし、覚寺はそれを否定する。

 

「確かに生きてはいます。ですが、九本を一気に投与されて無事である筈はない。何かしらの後遺症が残るか、最悪、脳を壊されて廃人になる可能性もある」

「なら、諦めろって言うの!?」

 

 小鳥が悔しさを滲ませて叫ぶ。

 覚寺はしばし瞑目したあと、「……方法がないわけじゃない」と呟いた。

 

「“Hello World”は投与した者の寿命と引き換えに異能を得る事ができる麻薬だ。言い換えれば、寿命を異能に変換する麻薬だともいえる。つまり……」

「……九本分の寿命が異能に変換される前に対応すれば、助かる可能性はある」

 

 覚寺の言葉を零導が引き継ぐ。

 

「でも、そんなのすぐに変換されちゃうんじゃ……」

「一本ならそうだろうな。だけど今回は九本だ。すぐに変化する訳じゃない……といっても、時間はそんなにないし、方法も手探りでしかない。成功する確率は低いだろうけれど」

 

 楓の疑問を覚寺が打ち砕く。

 ひと粒の砂のような希望。しかし、それは絶望の闇の中で確かに輝いていた。

 

「……それでも、やるしかない。とりあえず、すぐに秕さんを助け出そうよ!」

 

 小鳥はそう言うなり、コンテナの方へ突進する。しかし近づくにつれふらふらになっていき、遂にはへたりこんでしまった。

 

「ち、力が抜ける……」

「言わんこっちゃない……っていってもあたしの能力も使えないし、ほんとに対応策がないかも」

 

 楓が呆れたように言って、それから無銘に視線を向ける。

 

「無銘さんなら突破できるんじゃ……」

「やってみる価値はあるな」

 

 無銘はコンテナに近づき、その壁に触れようとする。

 その直前、何かに気づいたように顔を上げ、その場から素早く飛び退いた。

 一瞬の後、無銘がいた場所には数本のナイフが突き刺さっていた。

 

「誰だ!」

 

 無銘が鋭く叫ぶ。その声に他のメンバーも臨戦態勢をとった。

 

「さすがは赤坂蜥蜴。すぐにバレちまったか」

 

 そんな声と共に、周囲に人影が現れる。

 全員が喪服のようなスーツを着ており、身長は無銘や亮一より高い。体格がよく、成人男性である事は容易に想像がついた。

 しかし、その想像を確定させる事はできなかった。のっぺらぼうのように、顔のパーツがなかったからだ。そんなものが何体もいるので、全員が少しばかりぞっとした。

 

「コイツら、風読のヤツらか?」

「でも、こんなの見た事ねーぞ。模造品でもないみたいだし……」

 

 亮一と真中が困惑したように声をあげる。

 すると、一陣の風と共にもうひとりの男が現れ、その疑問に答えた。

 

「お察しの通り、オレたちは風読の兵隊だよ。吹綿秕だったか? そこの中にいるヤツを回収されないようにって遣わされた」

 

 その男は他ののっぺらぼうとは異なり、鉄の仮面を付けていた。他ののっぺらぼうは言葉を発さないが、この男は普通に喋っている。誰がどう見ても、この集団のリーダーだという事は明らかだった。

 

「……なら、倒すまでだよ。あたしたちだってここで退く訳にはいかないんだ!」

 

 小鳥が叫ぶ。“HELLO WORLD”は活動を停止しているが、今はそんな事を言っている場合ではない。現に、他のメンバーも気持ちは同じのようだった。

 大人組と異能対策室の職員たちも、ここで退くつもりはない。神経を尖らせ、相手の出方を伺っている。

 

「んじゃ、とっとと始めようぜ。お前ら、好きに暴れていいぞ」

 

 男がそう声を掛けると、のっぺらぼうたちが襲いかかってきた。

 小鳥たちはそれを迎撃する。かくして、冬桜山の奥地で戦闘が始まったのだった。

 

   *   *   *

 

 ──同時刻、朝倉家

 

 朝倉美幸はベッドに寝かされている少女の顔を見つめていた。

 少し前に運ばれてきた時は酷く衰弱していたが、今は何とか持ち直している。荒かった寝息も穏やかなものになっていた。

 美幸の“奇跡(ライフ・エクストリーム)”は強力な治癒異能である。これを駆使して少女の治療を行ったため、安定した状態にはなっている。しかし、いきなりやってきた覚寺我路が少女を視て顔を顰めていたので、まだ何かしらが巣食っているのだろう。

自分の異能で治癒できない事を歯がゆく思いながら、少女の額に乗せていたタオルを変える。

 その時、寝室のドアがノックされたので、「どうぞー」と言うと、ひとりの女性が部屋に入ってきた。水色の髪と眼、大人の雰囲気の中にどこが子供っぽい雰囲気を感じさせる女性である。

 彼女の名は朝倉亜美(あみ)。朝倉夜月の妻であり、零導と紗由の母親でもある。美幸にとっては義妹にあたる女性だった。

 

「容態はどうですか?」

 

 亜美は水の入ったグラスとピッチャーを持っていた。グラスを受け取り、それをひとくち飲むと心地よい冷たさが広がる。どうやら、自分は少しばかり疲弊していたらしい。

 

「お水ありがとう。容態は……うーん、可もなく不可もなく、かな」

「でも、見た限りでは落ち着いているように見えますが……」

「覚寺くんが視て顔を顰めていたから、多分何かあるんだと思う。私の異能じゃ治せないみたいだけど……」

 

 美幸が言うと、「そうですか……」と亜美は表情を曇らせた。

 

「零導と紗由、大丈夫かな……咲ちゃんは凄く衰弱していたみたいだし、危ない事になっていなければいいけど……」

「無銘くんとか異能対策室の人たちがついているみたいだし、大丈夫だとは思うけどね……零導に関しては少し不安だけど」

 

 意志アリナとの戦闘で、零導は重傷を負い、紗由も危うく殺されかけた。

 もうあんな思いはしたくない──それは美幸も亜美も同じだし、“Hello World”のメンバーや身近な人が傷つくのも嫌だった。

 といっても、美幸も亜美も戦闘向きの異能を持っているという訳ではない。それをもどかしく思うが、できる事しかできないのも事実なのだった。

 夜月や茨羽は別件で出かけているし、呼び戻すわけにもいかない。心の中で、みんなをよろしくねと無銘や異能対策室のメンバーに語り掛け、美幸は少女の方へと目を戻した。

 そして──

 

「……あ」

 

 美幸の声に、ぼんやりしていたらしき亜美も少女の方を見る。

 少女は目を開けていた。言葉は発しておらず、焦点も合っていないが、確かに目覚めていた。

 

「咲ちゃん……目を覚ましたんだね。調子はどう?」

 

 美幸が声を掛けるが、少女は無反応。こちらを認識しているのかすら怪しい。

 

「咲ちゃん……?」

 

 亜美も声を掛ける。しかし少女はそれを意に介さずにむくりと躰を起こした。

 

「だめだよ、まだ寝てなきゃ………っ!?」

 

 美幸は少女を押し留めようとするが、その動きは途中で停止した。

 突如として躰の力が抜けたのだ。見ると亜美も同じ状態のようで、床にへたりこんでいる。

 

「これ、異能……? でも咲ちゃんは異能を持ってないはずなのに……」

 

 立ち上がろうと踏ん張るが、躰は言う事をきかない。

 そのうちに少女は立ち上がると、ふらふらと部屋を出ていった。

 静止の声は届かず、留める事もできない。

 ふたりにできた事は、少女を呆然と見送る事だけだった。

 

 

 琴音咲は虚ろな表情を浮かべたまま、ふらふらと歩いていく。

 その行き先は当人以外には分からず、また、その目的も不明瞭なままだった。

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