無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#15「過去と現在の狂詩曲」

 鈍い音と共に、のっぺらぼうが崩れ落ちる。

 息付く暇もなく、背後からもう一体が襲いかかってきた。腕を広げ、羽交い締めで拘束しようとしている動きだった。

 振り向きざまに裏拳を叩き込むと、ぐしゃりという音がしてのっぺらぼうが崩れ落ちた。鼻があればへし折れていたであろう一撃だったが、そのようなパーツは見受けられない。その代わりに顔面を凹ませており、誰がどう見てもしばらく動く事はできないだろうダメージを与えていた。

 戦闘が開始してから少しばかりの時間が経過した。小鳥たちは倒しても倒しても沸いてくるのっぺらぼうに翻弄され、徐々に疲弊していた。

 攻撃は単調で、武装もしていない。なので対処するのは簡単だったが、それが何体も出てくるとなると話は別である。

 他のメンバーも上手く対処はしていたものの、数に翻弄されていた。気づけば全員がコンテナから引き離されている。

 仮面の男はその様子を無機質に眺めていた。表情が見えないので何を考えているのかも分からない。それが不気味ではあったが、対処のしようがないのも事実だった。

 このままだと埒が明かない……小鳥がそう思った時、膠着した状況を変えるふたつの事象が起きた。

 まず動いたのは鮮真翔一だった。血を操る能力とスピードを引き上げる能力のうち、後者を利用してのっぺらぼうの間をすり抜けていったのだ。

 翔一はそのまま仮面の男に接近し、獣のような俊敏さで挑みかかっていった。対する男はナイフを取り出し、それを迎撃する。

 次いで動いたのは泊亮一だった。左右から襲いかかってくるのっぺらぼうの頭を掴み、キスをさせるように打ち付けて撃破した亮一は、その傍で戦っていた覚寺の方を見るとこう叫んだ。

 

「覚寺! 異能の使用を許可する!」

「……了解」

 

 覚寺が頷いたのを確認すると、亮一はできる限りの大声で「全員、退避しろッ!」と叫ぶ。

 それを受けて、覚寺の前方にいたメンバーたちは脇へと移動していった。

 仲間たちの退避が終わると、覚寺は右手を翳し、ひとことだけ呟いた。

 

「……異能解放」

 

 瞬間、翳した掌に粒子が集まり、大規模なレーザーとなって斜線上にあったものを焼き尽くした。

 レーザーに触れたものは一切の慈悲なく粒子に還元されていく。悪夢のようにも、福音のようにも思える閃光が消えた時、彼の前方には誰も立っていなかった。

 登録番号(コードネーム)()888(ファイナルマスカレード)──それが覚寺のふたつめの異能に付けられた仮称である。

 レーザーを放つだけというシンプルな異能だが、異様なのはその規模と特性だった。

 触れたものを粒子に分解し、太陽に届くほどの規模を誇る異能──異能のみならず、この世に存在する全てに対しての脅威となりうる異能力である。

 しかし、覚寺自身にも大雑把な制御しかできない。故に、異能の使用には許可が必要となっている。

 今回は亮一の計算と判断が的確だったために、最低限の出力で放ってのっぺらぼうを一掃するだけで済んだが、下手をすればコンテナどころか山そのものを粒子に還していた。そのぶん威力は絶大で、のっぺらぼうたちはほぼ一掃されたのだが。

 とはいえ、しばらくすると当然のように湧いて出てくる。叶の乱舞とフレデリカの強烈な蹴り、そして零導のライフルの一撃で再び一掃されたが、流れを押し留めるには至らなかった。

 しかし、その時には全員がコンテナの前に辿り着いていた。

 

「やるな。ま、こうなるだろうとは思ってたが」

 

 仮面の男が翔一と戦いながら呟く。最も、彼自身も翔一に押されかけていたので明らかに劣勢にあるといえる状況だった。

 

「翔一、加勢する! 畳み掛けるぞ!」

 

 和樹が加勢し、男を更に追い詰めていく。

 流石に焦ったのか、男は今まで使っていなかった異能を使用した。

 風の刃をいくつも生み、それを投げつける。それを辛うじて掻い潜りながら、ふたりは妙な既視感を覚えていた。

 

(これ、母さんが使ってる異能と同じ……?)

(使ってる事自体は珍しくないだろうけど、使い方まで陽香さんと似ている……いや、偶然か)

 

 翔一が男に肉薄して血の刃を閃かせ、和樹が雷を纏った一撃を食らわせる。

 ふたりの攻撃は男の肩を深く抉りつつ、彼を後方へと吹き飛ばした。

 

「……チッ、流石に厄介なもんだな」

 

 男は舌打ちをしながら顔を上げ、そこで初めてふたりの顔を認識する。

 

「茨羽と……誰だ?」

「それはこっちがききてぇよ」

 

 和樹が男を睨みつけながら呟く。男は和樹の方に顔を向け、「人違いか……いや、待てよ」と呟いてから、

 

「お前もしかして、茨羽と陽香ちゃんの息子か?」

「だったらどうした」

「……親父とお袋、仲良くやってっか?」

「あ? なんでそんな事きく必要があんだよ」

「いいから答えな」

 

 突然の質問に戸惑いつつも、和樹は「仲はいいよ。いつもイチャついてるんで困ってるところだ」と答える。

 男は「そうか……」とどこか満足そうに呟いてから立ち上がり、ふたりの後方に視線を向けた。

 そこでは他のメンバーがのっぺらぼうと戦闘を繰り広げていた。疲弊はしているが、それを踏まえてものっぺらぼうたちの方が劣勢だった。

 もちろん、倒しても倒しても終わりがないので、疲弊はしている。しかし、個々の実力と夜宵の指揮、そして真中の強化の異能もあって、まだまだ余力は有り余っていた。

 男は明確に敗戦を悟り、小さく溜息をつく。

 それからのっぺらぼうたちに向けて「もういい、撤退するぞ」と呼びかけた。

 

「俺たちの勝ちって事でいいのか?」

「ああ。後は好きにしな。コンテナの中にいるヤツ、今ならまだ間に合うかもしれねぇぜ」

「……ちょっと待て、お前ら風読の人間なんだろ? ならいくつかききたい事がある」

 

 和樹が雷光を纏いながらそう言うと、男は「悪ぃが、ソイツは無理だな」と言って左手を掲げる。

 瞬間、暴風が荒れ狂い、その場にいた者たちを吹き飛ばした。

 戦闘要員は受身をとったが、夜宵だけは軽々と吹き飛ばされ、空を舞った。咄嗟に目を瞑り、衝撃に備えようとしたが、辛うじて滑り込んできた小鳥に受け止められて事なきを得た。

 

「あ、ありがとう……」

「怪我はないみたいだね、よかった……」

 

 小鳥は周りを見回す。

 コンテナは鎮座していたが、敵の姿はどこにも見当たらなかった。

 

「逃げられたか……」

「でもこれで、コンテナをぶち破れるね」

 

 紗由の言葉に頷き、小鳥はコンテナに近付く。

 そこには無銘がいて、小鳥を見ると「やれるか?」ときいてきた。

 

「うん、大丈夫」

「そうか……じゃあ、最大出力でぶち破るぞ」

 

 ふたりはコンテナの壁に触れようとする。

 その時、真中が近付いてきて、小鳥の肩にぽんと手を置いた。

 

「後は頼むぜ。英雄の娘」

 

 すると心臓がどくんと脈打ち、それと同時に力が湧き上がってきた。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 小鳥が礼を言うと、真中はそそくさと離れていく。

 その様子を見て、零導が怪訝そうに呟いた。

 

「なんで赤坂に強化が使えてるんだ? 無効化されるはずなのに……」

「……もしかして、自分の能力について把握していなかったのか?」

 

 覚寺の言葉に、零導は少し驚いて、

 

「どういう事だ?」

「赤坂小鳥の異能は無効化ではないって事だ。まあ、本人も交えて話した方がいいか」

 

 小鳥と無銘がコンテナに触れると、ガラスが割れるような音が響いた。

 それと同時にふたりが弾き飛ばされ、ごろごろと地面を転がる。

 その様子を見て全員が駆け寄ろうとしたが、それより早く、無銘が叫んだ。

 

「コンテナの異能は殺した! だけどすぐに復活するから、その前に扉をぶち破ってくれ!」

 

 それを受けて、仲間たちが動いた。

 まず、翔一が拳に血を纏わせ、勢いを乗せて扉を殴る。

 次に、フレデリカが重力操作で破壊力を高めた蹴りを打ち込む。

 それで扉が大きくひしゃげたので、残りの者たちは異能を使わずに肩からぶつかっていき、強引に扉を破壊した。

 それと同時に異能が復活し、退避が間に合わなかった何人かのメンバーが崩れ落ちる。

 異能の影響を受けない夜宵と無銘がそれを救助している間に、小鳥はコンテナの中に入った。

 光が射し込むが薄暗いコンテナ。その奥に、ひとりの女性が倒れている。意識を失っているが、写真で見た吹綿秕だと分かった。

 自分でも気付かないほど緻密に異能をコントロールし、コンテナの中に充満する秕の異能を殺しながら彼女に近づいていく。

 よく見ると呼吸はしているようだったので安堵し、秕を連れ出そうと手を伸ばす。

 その手が秕の肩に触れた時、彼女にまとわりついていた異能が殺された。

 瞬間、頭の中で閃光が走り、意識が一瞬だけ飛んだ。

 

(………えっ?)

 

 頭の中に映像が流れ込んでくる。

 想いに彩られた、鮮明な映像。

 まるで、秕と共鳴したかのように……彼女の過去が、小鳥の中へと流れ込んできた。

 

   *   *   *

 

 吹綿秕は、両親の顔を知らずに育った。

 物心ついた時から施設で育ち、最低限の庇護だけを受けて生きてきた。そこに愛という感情はなく、故に秕はその感情を知らなかった。

 親が残したのは、全てにおいて必要以上にこなせる才能だけだった。それは幼い頃から秕を呪縛し、故に周りの子たちと差が開いていった。

 人格の健やかな成長に於いて重要といえるのは、程よい驚きと刺激である。ライバルの存在は自己を高めるし、憧れは前に進む原動力となりうる。

 しかし、秕の人生にはそれらが全て欠落していた。故に、秕はどこか冷めたまま日々を過ごしていき、周りの子供たちはそんな彼女を不気味に思って遠ざけた。

 自分が嫌われ者になった事は分かっていたが、それすらもどうでもいい事でしかなかった。

 いつしか、秕は自分を産み落とした親を呪い、灰色の世界を呪い、自己という存在を呪うようになっていた。死を願い実行しても尽く失敗に終わり、かといって生きている意義もない。

 何かを呪い、その怒りと憎しみを原動力として進まないと、生きていけなかった。

 醜い生き物だと、自分でも思った。

 

 

 転機があったのは、中学生の頃だった。

 気紛れで吹奏楽部に入部したが、練習は簡単だったし、周りにはすぐに敵視されてしまった。いつもと同じ、灰色の世界でしかなかった。

 これなら退部した方がマシだったかもしれない……そう思って練習に参加していた時、その少女が視界に入った。

 セミロングの黒髪に水色の瞳の気弱そうな少女。自分と同じ、パーカッションパートの一年生だった。

 彼女はタンバリンを持っており、ロールの練習をしているようだった。ドラムロールというものがあるように、タンバリンにもロールがあるが、ドラムロールより難しい。タンバリンの縁に指を押し当ててスライドしないといけないのだが、どうやっても滑っていかないのである。

 ちょうど暇だったので教える事にした。秕が近づくと少女は驚いたようだったが、実際にタンバリンを使って教えると真摯に話をきいていた。プライドが傷つくのか、自分が教えると嫌そうな表情を浮かべる者も多いのだが、彼女にはそれがない。

 要領がいいのか、少女はすぐにコツを掴んだ。役目は済んだと思い、秕が戻っていこうとすると、その背中に声が掛けられた。

 

「あの……ありがとう! すごく分かりやすかった!」

 

 思わず振り向くと、少女は花が咲くような笑みを浮かべていた。

 そんな顔を向けられた事もなかったし、そんな言葉を掛けられた事もなかった。

 戸惑いながら頷き、秕は足早にその場を後にした。

 知らない感情が、胸の中で渦巻いていた。

 

 

 次に部活で会った時、少女の名前をきいて、琴音咲という名前である事を知った。

 嫌われ者である自分が名前をきいてきたというのに嫌な顔ひとつしないで教えてくれた咲に、いつの間にか秕は好感を抱き始めていた。

 咲の事を、もっと知りたい──秕の心中を見透かした訳でもないだろうが、咲はこう言った。

 

「よければ、友達になりたいな……」

 

 友達。

 それも初めて知る事だった。

 抗い難い衝動が沸き上がる。

 それが渇望だと気付いて、酷く驚いた。

 産み落とされた事を理不尽だと思う程に呪った世界に対して、まだこんな感情を抱けたなんて……。

 咲といれば、醜い生き物である事をやめられるかもしれない。

 そんな淡い期待が生まれた。

 打算と渇望が混ざり合い、言葉となって大気に溶けていく。

 

「ああ……よろしく」

 

 それが、始まり。

 灰色だった世界に、綺麗な色が生まれた瞬間だった。

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