無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#21「異能起源譚」

「えっと……」

 

 目の前にいる少女が全裸で自己紹介をしているという異常事態に対して、夜宵の思考は理解を拒んで停止した。

 沈黙は時間にして二秒ほどでしかなかったが、永遠といえるほど長い時間が過ぎたように感じられた。

 それを打ち破ったのは、どたどたと足音を立てながら脱衣場に入ってきた少女──赤坂小鳥だった。

 

「よいちゃん! 大丈夫……じゃなかった」

 

 小鳥は眠梨の姿を見て溜息をつき、それから呆れたように「とりあえず服着ようよ」と言った。

 

「やあ小鳥、元気そうだね。服は今から着るよ、大丈夫」

 

 眠梨は今まで忘れていたという素振りでそばにあった服を着た。変な人だ、と夜宵は思ったが、なんとか堪えて口にせず。

 眠梨はドライヤーで髪を雑に乾かすと、「それで、武器登録だったっけ?」と夜宵に視線を向ける。

 

「は、はい。でももう少し休んだほうが……」

「問題ない。さっき水は飲んだからね」

「休んだ方がいいよ。お風呂で寝ると死んじゃうよ?」

「寝ていたわけじゃないよ。意識を失っていただけさ」

「……それって、どう違うんですか?」

 

 くだらない質問だと思いながらも、夜宵はそうきかずにはいられなかった。

 それに対して、眠梨は当たり前のようにこう答えた。

 

「受動的か能動的かの違いだね。僕の“過眠症”は眠る事で躰から意識を引き離す、要は幽体離脱ができる異能なんだけど、それを発動させたのは僕の意志だし」

「幽体離脱……って事は、さっきまで異能を発動させていたんですか?」

「そうだよ。入浴中に変な輩が入ってきたらまずいから、監視してた。おかげで本体が無防備になったけど」

「でも、幽体離脱中にものに触れることはできるんでしょ? なら自分で自分を引っ張りあげればよかったんじゃないの?」

 

 小鳥のツッコミを、眠梨は「無理だよ」と否定する。

 

「僕はそこまで力ないし、何より発動中は本体がどうなってるのか分からないからね。その子が来た時にドアを開けたり水を投げたりしたから結果オーライって事で」

 

 その言葉をきいて、先程までに起こった不可解な現象の謎が解けた。バスルームのドアが勝手に開いたり、ミネラルウォーターが飛んできたりしたのは眠梨の異能によるものだったのか。

 眠梨は脱衣場を出て居住スペースを通り過ぎ、カウンターの椅子に座る。小鳥と夜宵はカウンターから出て閲覧スペースの椅子に座った。

 

「ところで、きみの名前は?」

 

 眠梨がパソコンを立ち上げながら夜宵にきく。そういえば自己紹介していなかったなと思いながら、夜宵は名乗った。

 

「皐月日夜宵です。“HELLO WORLD”のオペレーターを務めています」

「……皐月日? というと、飛行機事故で亡くなった皐月日博士の娘さんかい?」

 

 眠梨が興味を示したような声で言う。

 それに対して、夜宵と小鳥は『えっ?』と異口同音に声をあげた。

 

「亡くなったって……よいちゃんの両親が?」

「皐月日といえば異能薬学の第一人者だ。七年くらい前に夫妻で飛行機事故に遭遇して亡くなっているはずだけど……知らなかったのかい?」

「は、はい……実はわたし、記憶がなくて……」

 

 夜宵の言葉に、眠梨は眉をひそめる。

 

「なるほど。しかし妙だな……僕の記憶が正しければ皐月日夫妻の子供は双子だったはずだけど、夜宵って名前の子はいなかったはずだよ」

「いない? その子たちってどんな名前なの?」

「確か、花恋(かれん)月乃(つきの)といったはずだ。僕は異能薬学に興味はなかったからうろ覚えだけど」

「花恋と月乃……」

 

 その名前をきいた時、夜宵の中で何かが弾けるような感覚があった。

 今まで封じ込められていた記憶が解き放たれ、拡散していく。

 いくつかのイメージが脳裏に展開していく。夕焼けの町だったり、四つの人影だったり、割れたガラスと血溜まりだったりと、微かなものでしかなかったが、それは紛れもなく夜宵の記憶だった。

 拡散した記憶はすぐに消えたため、全体像は掴めなかった。

 だが、ひとつだけ確信を得た。

 

「わたし……その名前、知ってる。すごく懐かしくて、胸が締め付けられるような……」

「じゃあ、よいちゃんの本名は花恋か月乃って事?」

「それは分からないけど……」

 

 ふたりのやり取りをきいていた眠梨は難しい顔で腕を組んでいたが、そのうちに諦めたのか「まぁ、皐月日夫妻の事故の記録はここにあるから閲覧するといい」と言って、それからパソコンを操作した。

 

「皐月日夜宵さん……と言ったね。携帯端末は持っているかい?」

「え? あ、はい」

 

 夜宵が携帯端末を取り出すと、眠梨はメールアドレスをきいてからキーボードを叩く。

 一分も経たないうちに夜宵の携帯端末に一件のメールが送られてきた。添付されたリンクに飛ぶと、それが登録用のフォームだという事が判明した。

 

「そこに必要事項を入力して、僕にメールを送り返して。項目がやたらと多いから時間がかかると思うけど頑張って」

「はい、分かりました」

 

 夜宵は真剣な顔になり、入力を開始する。

 銃に付けた名前から入手経緯、銃弾の種類や型番など、様々な質問がずらりと並んでいた。

 夜宵は銃には詳しくないが、銃や銃弾の型番については事前に紗由からきいていたので把握していた。なのですらすらと質問に答えていった。

 ちなみに、夜宵が持つ拳銃には「リコリス」という名が付けられている。夜宵用に調整された、反動が少ない拳銃だ。

 夜宵が質問に答えている間、小鳥は眠梨に「そういえば、異能薬学ってなあに?」ときいていた。

 

「読んで字の如く、異能と薬学を結びつけた学問だ。例えば、異能を強化する薬を作ったり、異能を付与する薬を作ったり研究したりする学問……って感じかな。僕は興味ないからこれ以上の事は把握していないけれど」

「……それって、異能を付与する麻薬も作れたりするの?」

 

 小鳥が神妙な顔になりきくと、眠梨は「作れる」と即答した。

 

「琴音咲と吹綿秕に投与された、例の麻薬の事だろう? あれも異能薬学の賜物だね。あれを作った事で異能の起源を解明した可能性もあるし、役に立たないとは言いきれないけれど……でもまあ、とんでもない代物だね」

「異能の起源……?」

 

 夜宵は質問に答えながら話をきいていたが、きき慣れない言葉に反応して眠梨の方を向いた。

 

「きいた事ないかい? 異能を創り出した“原初の魔神”の昔話を……」

「原初の魔神?」

「やっぱり今の子は知らないんだね……といってもこんな事知ってるのは研究者くらいか。異能の起源なんて、誰も探求しようとしないしね」

 

 眠梨は呆れたような溜息をひとつつき、話を続けた。

 

   *   *   *

 

 昔……といってもこの世界が生まれる前の話だ。後に神と称され崇められるようになる存在が、この世界を創った。

 まあここまではよくある話なんだけどね。この昔話が変わっているのはこの後だ。

 神は不思議な力を持っていてね。それを世界に生きる存在に分け与えたんだ。単なる気まぐれかもしれないし、確固たる理由があったのかもしれないけれどそれは分からない。とにかく、力は世界中に散らばり、潜伏し、開花の刻を待った。

 それこそが異能力の始まりと言われている。といっても初めて異能力という存在が定義されたのは第二次世界大戦の後で、その前は魔法だの超能力だの神通力だのさまざまな呼ばれ方をしていたみたいだけれどね。

 その神は“原初の魔神”や“異能の魔神”と呼ばれている。正式名称があったらしいけど忘れ去られて、今はこっちの呼び方が定着しているという訳だ。

 少し前までは“神色の螺旋(ねじ)”という宗教団体がその魔神を復活させるために動いていたみたいだけど、組織ごと潰れたみたいだね。まぁそんな魔神が現代に蘇ったら世界滅亡どころの騒ぎじゃないんだけど……。

 古い文献を読み解いた研究者の話だと、魔神は“世界の外側”と呼ばれる領域にいるらしい。文字通りこの世界の外にある領域の事で、平たく言ってしまえば天国や地獄みたいに、人間が夢想したけど観測できていない領域の事だね。

 まあ、これはただの仮説だし、昔話にすぎない。異能の起源にまつわる話は国によって異なるし、様々なバリエーションがある。それらをひっくるめて異能起源譚と呼ぶんだけど……まあこれはどうでもいい事だね。

 え? なんで僕がこんな事を知っているのかって?

 そりゃもちろん、興味があるからだよ。魔神云々の話はどうでもいいとしても、世界に外側があるという話は面白いしどんなところか気になるしね。

 もしかしたら、全ての苦痛から開放された楽園みたいなところかもしれないね。というより、僕はそう願っているよ。

 だって、この世界は僕に優しくなかったみたいだからね。

 

   *   *   *

 

 眠梨の話が終わる頃に、夜宵は質問に答え終わり、登録を完了させた。

 

「終わりました!」

「お疲れ様。あとの作業は僕がやっておくから、そうだね……皐月日夫妻の飛行機事故の記録でも探してみたらどうだい?」

「飛行機事故の記録なのにここにあるの?」

「異能が関わってる疑いがあったからね。わざわざ取り寄せたんだ」

 

 眠梨の言葉になるほどと納得したふたりは、本棚から記録を探し始める。

 資料室の資料は図書館資料のように番号が振られて管理されている。ただし図書館資料のように、日本十進分類法に基づいた管理をされているわけではないので、配架規則は独特のものだった。

 眠梨に番号をきいて本棚を探し回る。といっても、資料室はそこまで広くないので、すぐに見つける事ができた。

 

「あ、これだね!」

 

 小鳥が本棚からファイルを引っ張り出し、閲覧する。しかし、すぐに怪訝そうな表情になった。

 

「あれ? でもこのファイル、中身がないよ?」

「本当だ……誰かが借りたのかな?」

 

 夜宵が確認するように眠梨の方を見ると、彼女は眉をひそめていた。

 

「おかしいな……端末には貸し出した記録はないし、貸し出したなら僕が把握しているはずだけど。まぁないならないで仕方ないね。次に来る時までには探しておくよ」

「むー……まあ、仕方ないか」

 

 小鳥はがっくりと項垂れてから、思い出したように腕時計を見る。

 そしてはっとした表情になり、慌てて夜宵に言った。

 

「あ! そういえばみんなを待たせてるから早く行かないとだった!」

「そうだね……眠梨さん、お邪魔しました」

「またいつでもおいで」

 

 ふたりは足早に資料室を出ていく。

 その背中が遠ざかってから、眠梨はパソコンのキーボードを叩き、監視カメラの映像を呼び出した。

 居住スペースから柿の種と炭酸水を持ってきてからそれをつまみつつ、映像をチェックする。

 根気がいる作業ではあったが、暇だったのでちょうどいい。眠梨はのんびりと映像を観て、そして四ヶ月ほど遡ったところでその手を止めた。

 その日の深夜一時から一時二分の間だけ、監視カメラの映像がなかったのだ。常に回しているので、これは異常事態といえる現象だった。

 

(誰かがカメラを停止させた? 誰にでも可能だけど、でも、四ヶ月前というと……)

 

 眠梨はしばらく思考を巡らせたが、そのうちに疲れたのか勢いよく柿の種を食べ、炭酸水を一気飲みした。

 

(僕が心配する事じゃないか……でも、どうしてもこの記憶に引っ張られちゃうんだよな)

 

 眠梨の脳裏に浮かんでいたのは、ひとりの少女。

 その少女が犯人だという証拠はなかったし、その説を声高に唱えるつもりもなかったが、彼女が失踪した時期とカメラの停止した時期が被っていたため、少し気になった。

 なにより……眠梨の脳裏に展開した記憶が、本人の意志とは無関係に心配する事を促している。

 仲間の心配だけは人並みにするんだなと思い、眠梨は忌々しそうに溜息をついた。

 

「なんでこんなものを移植されたんだかねぇ……逆浪光の記憶なんて、僕にはいらないものでしかないのに」

 

 記憶が人格を侵食するのを必死に防ぎながら、眠梨は夜宵の武器登録を済ませる。

 それからその細腕を枕替わりにして寝入った。

 考えすぎて疲れたからだった。

 

   *   *   *

 

 冬天市内に所在する、隠れ家的な雰囲気を纏ったバー。

 上品な佇まいの店内に客はおらず、カウンターの中ではマスターが退屈そうに洗い物をしていた。

 カウンターの端では、ひとりの女性がノートパソコンの画面を見ていた。イヤホンをしており、何かの映像を見ているようだ。

 

「また例の飛行機事故の映像ですか?」

 

 マスターが独り言を呟くかのようにそうきいた。黒髪を後ろで結び、女性としては長身の部類に入るであろう体躯が特徴的な彼女は、洗い物をしながらもカウンターの端にいる女性に視線を向けている。

 

「皐月日夫妻の死が、リンフォンを現出させる事に繋がったみたいだからね。やったのは苛内だろうけど、結果的に私たちの役に立ってるし」

「だから何度も見ていると……」

 

 まあ無駄にはならないかとマスターは呟き、それから思い出したように話題を変えた。

 

「そういえば、リンフォンの正確な数が判明しました。異能対策室が破壊して回っているようなので、残り三つしかないようです。……そろそろ動き出した方がいいのでは?」

 

 マスターの進言を、女性は拒否する。

 

「まだ早いと思う。いずれ異能対と風読家がぶつかると思うし、その時に動き出せばいいよ。それに、ひとつは既に私たちが確保しているようなものだからね」

「それもそうですね。しかし、心が痛まないのですか? 異能対は貴女の古巣でしょうに」

 

 その言葉に、女性は初めてパソコンの画面から意識を引き戻す。

 そして少しばかりの憂鬱を含んだ声で、こう言った。

 

「どの道、私はもう戻れない……失踪してから四ヶ月も経っているし、それに、私はもう……」

 

 最後の方は言葉になっていなかった。

 しかしマスターは理解したらしく、なるほどと頷いた。

 

「……では、今後も我々のために尽くしてくれると」

「そうだね。偶然“ヘルタースケルター”の存在を知って撲滅しようとしていた私がその一員になるなんて、ミイラ取りがミイラになるみたいな感じだけど……でも、もういいよ。貴女たちの理念に共感したから……」

 

 そこで一度言葉を切り、そして強い意志が籠った言葉で続きを言う。

 

「……だから、この世界を混沌に突き落として、そして終わらせよう」

 

 

 

 静かなバーの中で、その意志は密かに行動の時を待っていた。

 世界を混沌に突き落とし、そのうえで終わらせるという、ただひとつの目標のために……。

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