無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

122 / 182
#25「山ノ怪」

 はしゃいでいるうちに陽が落ちてきたので、小鳥たちは下山することにした。サカナミと愛夜、瑞希も一緒だった。

 下山中はみんなで話をしながら帰った。はしゃぎ回って疲れてはいたが話題は尽きず、にぎやかな帰路となった。

 そしてしばらく歩いたところで、冬桜山に自宅がある朝倉兄妹と別れた。ふたりの家は散歩コースから外れており、明かりもないので薄暗かったが、ふたりはずっとこの場所で暮らしていたので慣れている。手を振りながら木々の向こうに消えていった。

 町まではもう少し。再び雑談をしながら歩き、そろそろ下界が見えてくるといったところで、異常が発生した。

 どこからか甲高い悲鳴がきこえてきたのだ。全員が立ち止まり、警戒して耳を澄ませるが、山の中なので出処は分からない。

 

「何かあったのかな」

 

 楓が鋭い目つきになり呟く。他のメンバーも雰囲気を変えており、サカナミと愛夜、瑞希を囲むようにして警戒していた。

 すると、“HELLO WORLD”のメンバーの携帯端末が一斉に鳴った。原因はグループトークに送られたメッセージによるもので、送信元は紗由だった。

 

“たすけて”

 

 そのメッセージを見た一同は顔色を変えて朝倉家がある方へと向かった。散歩コースから外れるので迷う可能性があるが、そんな事は誰も考えなかった。

 そしてしばらく走り、朝倉家が遠くに見えたところで、その光景に出くわした。

 観光客らしき女性が倒れており、それを零導と紗由が庇っている。ふたりは得物を構えており、遠くから見ても緊迫した状況である事は分かった。

 犯罪者にでも襲われたのかと思ったが、そうではなかった。ふたりと対峙しているのは人間ではなく、白くのっぺりとした奇妙な生物だった。

 人に似た形をしているが、頭はなく、胴体の胸に当たる部分に顔が付いている。一本足で飛び跳ねており、顔はニタニタと笑っていた。

 その化け物はぶつぶつと言葉を発していた。この世のものとは思えないほど気味の悪い声で「テン……ソウ……メツ……」と繰り返しているのだ。

 全員がその姿に寒気を覚えたが、正義感がそれを一蹴する。すぐさま行動を起こしたのは翔一で、異能を発動して化け物に襲いかかる。和樹と小鳥、叶がそれに続いた。

 

「みんな……来てくれたんだ」

 

 紗由が安堵した表情を見せる。楓と帆紫が女性に声をかけるも応える様子はなく、ひとまず病院まで運ぶ事にした。

 楓が異能を用いて女性を転送し、離脱する。その間に翔一たちと化け物の戦いは決着がついていた。

 化け物は両腕をめちゃくちゃに振り回して躰をぶれさせながら襲いかかってきた。スピードはかなりのものだったが、翔一には遠く及ばず、血の刃で三枚におろされていた。

 化け物は消滅し、弛緩した雰囲気が流れる。血の刃を引っ込めつつ、翔一が怪訝そうに呟いた。

 

「いったいなんだったんだ?」

「うーん……どこかで見たような」

 

 夜宵が顔を顰めつつ、携帯端末で検索をかける。結果はすぐに分かったが、その時にはさらなる危機が迫っていた。

 

「瑞希!」

 

 突如、サカナミが鋭く叫ぶ。いつの間にか、瑞希の後ろに先程の化け物が立っていた。

 

「え……」

 

 瑞希は振り返り、驚いた表情を浮かべたがそれは一瞬の事で、すぐさま殴りかかる。しかしその時、夜宵が悲鳴のような声をあげた。

 

「ダメ! そいつと戦わないで! そいつは……」

 

 夜宵の言葉が終わるよりも早く、瑞希に変化が生じた。彼女の拳は空を切っており、化け物は姿を消していた。

 そして拳を戻した瑞希は……

 

「はいれた」

「えっ?」

「はいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれたはいれた」

 

 ぶつぶつとそう呟き、それからニタニタと笑った。それは化け物が浮かべていたものと同じもので──誰もが、手遅れである事を悟った。

 

「み、瑞希……」

 

 愛夜が驚いた顔で瑞希を見る。その時には瑞希は「テン……ソウ……メツ……」と繰り返していた。明らかに正気ではない。

 それに加え、同じ化け物が複数体現れた。いずれも「テン……ソウ……メツ……」と繰り返し、ニタニタと笑っている。

 

「うわめっちゃ出てきた!」

「気持ち悪っ!」

「ウルトラマンにあんなのいなかったっけ。 確か……ジャ……ジャマトだっけ?」

「それ仮面ライダーじゃない?」

「言ってる場合か! とにかく、神流を元に戻さないと……」

 

 どこかズレた会話に翔一がつっこみ、それから夜宵の方を見てこうきいた。

 

「皐月日、さっきアイツについて何か言いかけてたよな?」

「う、うん。あれは多分“ヤマノケ”だと思う。ネットロアの一種で、女性に取り憑く力を持った怪異だよ」

「なんでそんなものが冬桜山にいるんだよ……きいた事ないぞそんな話」

 

 和樹が呟くと、それをきいた爽介が「もしかして……」と呟いた。

 

「前に泊さんが注意喚起していたリンフォンと同じで、恐怖を形にした異能なんじゃ……」

 

 その言葉に、夜宵がハッとしてこう呟いた。

 

「ありえるかも。リンフォンもヤマノケもネットロアだし、恐怖を(もたら)す存在だから……」

「って事は、裏で糸を引いているやつがいるかもしれないって事か」

 

 零導が呟き、ヤマノケに発砲する。

 銃弾がヤマノケの右眼を貫くと、その躰が崩れ落ちて消滅した。

 

「頑丈ではないみたいだな。とりあえずこの場を切り抜けるぞ」

「ヤマノケは女性に取り憑くから注意してね」

『了解!!』

 

 今やるべき事が明確になった事で、メンバーは一斉に動き出した。

 女性陣はヤマノケに取り憑かれるリスクがあるので、自然と遠距離攻撃になる。しかし遠距離に対応できるのは帆紫と夜宵、紗由くらいで、小鳥と叶は近距離で対応していた。ふたりの超人的な反射神経と対応力があって初めて成立する芸当である。

 一方で、取り憑かれるリスクがない男性陣は近距離で対応していた。和樹と翔一は言わずもがなで、零導も拳銃とブレードで対応している。今回は指揮より戦闘が重要だと判断したのか、爽介も戦闘に参加した。といっても武器を持っているわけではないので、異能で翻弄しつつ、他のメンバーが撃破しやすいように立ち回っていた。

 愛夜も戦闘に参加していた。両刃の片手剣を振るっており、その動きは鮮やかなものだった。

 サカナミはヤマノケに取り憑かれた瑞希に近づくと、左手を翳した。だがすぐに苦悶の表情を浮かべて後ずさる。

 

「どうしたの!?」

 

 水の刃を放って攻撃していた帆紫がそう叫ぶと、サカナミは顔を顰めたまま、

 

「異能無効化で解除できるかと思ったんだが無理だった。オレじゃ出力が足りない」

 

 と答えた。

 

「異能無効化が使えるの?」

「というより、オレの異能は模倣能力だから大抵の異能は使える。ただ、オリジナルと比べたら出力は落ちるけどな」

「そんな異能が……それじゃ、援護してくれないかな? 多分、このままだと押し負ける……!」

 

 帆紫は恐怖に引き攣った表情を浮かべていた。それは他のメンバーも同様で、状況はいいとはいえない。

 ヤマノケは耐久性があまりないため、倒す事は容易だったが倒したそばから湧いてくるのでキリがなかった。加えて、女性陣は常に取り憑かれる恐怖と戦っており、それが動きを鈍らせていた。

 

「オレは……」

 

 サカナミは躊躇していた。怖いのではない。相応の理由があったからだ。

 瑞希を見る。彼女はニタニタと笑い、狂った世界に囚われ続けている。

 視線を小鳥たちに映す。瑞希と自分を囲み、必死に戦っている。

 初めてできた友達だった。

 今動かなければ、喪ってしまうかもしれない。

 自分はこちら側(・・・・)の人間ではない。むしろ、あちら側(・・・・)の人間だといえる。

 だけど、それでも……。

 自分が護りたいもののために戦うべきではないのか?

 

「あっ……!」

 

 短い悲鳴と共に、帆紫がバランスを崩した。いつの間にか側面にいたヤマノケに対しての反応が遅れたのだ。

 このままだと、取り憑かれてしまう。

 それを知覚した瞬間、固まっていた躰が自然と動いた。

 地面を蹴って飛び出し、帆紫に迫るヤマノケに体当たりをする。もつれて転び、偶然マウントポジションをとる事に成功したので、咄嗟に思い浮かんだ異能を模倣した。

 サカナミの背中から半透明の触手が顕現し、ヤマノケを貫く。できれば使いたくはない異能だったが仕方ない。

 

「立てるか?」

 

 立ち上がり、帆紫に手を差し出す。ややあって、その手を取って帆紫が体勢を整え直した。色白で綺麗な手だった。

 

「あ、ありがとう……」

 

 掠れた声でお礼を言う帆紫に頷き、サカナミも戦闘に加わった。

 拳を振るい、異能を用いて戦っている間は何もかも忘れる事ができた。

 不思議と、それを心地いいと思った。

 

 

 一方、小鳥と翔一は戦いながら妙なものを見つけていた。

 木に遮られてよく分からなかったが、ふたつの人影がじっとこちらを見ていた。戦闘中という事もあり、それ以上の情報は得られなかったが、ヤマノケを目にしてなお留まり続けているのは少しおかしい。腰を抜かして動けないという可能性もありえるが、そうは見えなかった。

 気付いたのは小鳥と翔一だけ。保護するにしろそうでないにしろ、一度近づく必要があるが、ヤマノケは倒してもすぐに湧いてくるので戦闘は膠着状態になりつつある。ここで戦線離脱した事により状況が悪化するのはよろしくない。

 どうするかと悩んでいると、向こうもこちらに気づいたようで、逃げるように走り去っていった。明らかにこちらに気づいてから逃げていったので、敵である可能性が高い。

 追わなければ──そう思った時、戦況に動きがあった。突然ワームホールが発生し、そこから吹き出した焔がヤマノケを焼き尽くしたのだ。

 

「みんなおまたせ! 遅れてごめん!」

 

 現れたのは楓だった。その後ろには茨羽夫妻と無銘、夜月の姿もある。

 

「助かった! けど、どうしてお父さんたちが……?」

 

 小鳥が息を整えながらきくと、楓はニッと笑って、

 

「病院でたまたま会ったんだ。陽ヶ鳴で仕事してたみたいで、理由を話して助太刀してもらった」

 

 と言った。

 

「みんなケガはない?」

 

 陽香が心配そうにきく。全員が怪我はないと答え、それから瑞希の方を見ると、状況を察した無銘が進み出た。

 

「さっきのバケモノ、多分ヤマノケだよな? となるとこれは恐怖を形にした異能によるものか……」

「お父さんの異能無効化で治せる?」

 

 小鳥が恐る恐るといった感じできくと、無銘は少し考えてから頷いた。

 

「オレは覚寺じゃないから程度は分からないけど、多分アイツが見たら“何をした!”って怒鳴るレベルで酷い事になってる」

「じ、じゃあ……」

「とりあえずやってみるよ」

 

 言って、無銘は右手で瑞希の頭に触れる。

 瞬間、無銘の表情が変わった。目を見開き、何かに耐えるように歯を食いしばっている。額からは大粒の汗が流れていた。

 

「クソッタレ……とっとと……くたばりやがれっ!」

 

 叫びと共に、出力を最大まで上げる。

 するとガラスが割れるような音と共に、異能が無効化された。無銘は荒い息を吐きながら、それでもニヤリと笑ってみせる。

 

「どうだ……なんとかなったろ」

「凄い……」

「それでこそ相棒だ」

 

 感嘆の声を漏らす子供たちとは対照的に、大人組は誇らしげな表情を浮かべていた。

 瑞希が窮地を脱した事で弛緩した空気が流れかけたが、それを破るように再びヤマノケが襲来する。一同は気を引き締め、それを迎撃した。

 

「巧未さん!」

 

 戦闘の最中、翔一が茨羽に叫ぶ。

 

「どうした!」

「さっき、俺たちを見て逃げていく人影を見つけたんです。もしかしたら黒幕かもしれない!」

「そうか……」

 

 茨羽は一瞬で思考を終えると、子供たちに叫んだ。

 

「ここは俺たちに任せて、“HELLO WORLD”は逃げたヤツを追ってくれ! ただ、もうすぐ異能対が来るはずだから深追いはするなよ!」

「でも、それだとお父さんたちが……!」

 

 心配そうに叫ぶ帆紫の言葉を、陽香と夜月が打ち砕く。

 

「私たちなら大丈夫だよ」

「それより、自分たちの心配をしろ。絶対に油断はするなよ」

 

 頼もしい言葉を受けて、全員の行動が確定した。

 まず走り出したのは翔一と小鳥だった。次いで、和樹と零導、愛夜が離脱する。他のメンバーも次々とそれに続いた。離脱中もヤマノケが襲いかかってきたが、陽香が植物を操ってその全てを拘束していた。

 最後に、楓が瑞希を安全な場所まで退避させるために離脱し、残ったのは大人だけとなった。

 

「行ったか」

「陽香も退避しなくて大丈夫か? コイツら、確か女性に取り憑くんだろ」

 

 気遣うような茨羽の言葉に、陽香は微笑みながら頷いて、

 

「ここは私のフィールドみたいなものだし、それにもう昔とは違うから」

 

 と言った。

 

「なら安心か……無理はするなよ?」

「うん、分かってる」

「おふたりさん、イチャついてるところ悪いが、敵さんは待ってくれないみたいだぞ」

「さっさと片付けちまおう」

 

 物凄い勢いでヤマノケを撃破していた夜月と無銘が呆れたように言ったので、ふたりは『イチャついてないって!』と異口同音に叫び、戦闘に加わった。

 ヤマノケの波が終わる事はなかったが、大人たちはその実力を持ってそれに対応し、戦闘を一方的なものにしたのだった。

 

   *   *   *

 

 一方、小鳥たちも敵と対峙していた。

 逃げる人影を追った一同が目にしたのは、スーツを着て髪をオールバックにした大柄な女と、鎌を弄びながら大きな欠伸をする少女だった。

 

「全く、(かも)()さんは相変わらずだな……まさか携帯型異能で身代わりを立てて離脱するなんて」

「……私はむしろありがたい。存分に暴れられるから」

 

 溜息をつく女とは対照的に、少女は笑みを浮かべる。暴力の予感を内包した、壊れたような笑みだった。

 

「意志アリナ……」

「……久しぶり。本当はまだ戦うべきではないんだろうけど、せっかくだし遊んでもらうよ?」

 

 言って、少女──アリナは大鎌を構える。

 

「まあ、仕方がない。少し相手取る事にしようか」

 

 女もまた身構えた。こちらは武器を持っていないようだった。

 

「……小鳥、どうする?」

 

 和樹が緊張感を纏って呟く。それに対して、小鳥は毅然とした表情で答えた。

 

「もうすぐ異能対が来るから、それまで持ちこたえよう。大丈夫、あたしたちだって強くなってるはず」

「……そうだな」

 

 和樹もまた、目の前の敵を睨みつける。他のメンバーも臨戦態勢をとった。

 空気が張り詰め、そして──

 

「みんな、行くよっ!!」

「さて、始めようか!」

 

 それが臨界点に達した瞬間に両者は激突し、衝撃が空気を震わせた。




ヤマノケについての事柄は、以下のサイトを参照しました(元は2chのオカルト掲示板に寄せられた話のひとつです)。
恐怖の泉
https://xn--u9jv84l7ea468b.com/kaidan/111wa.html

なお、ヤマノケが異能的なものという設定は本作独自の設定となります。
これは他の怪異についても同様です。予めご了承ください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。