無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
現在の時刻は十八時十六分。夜まではまだまだ時間がある。
ゆえに、一同はアリナに対して猛攻を仕掛けた。アリナの「
実際、今のアリナが出せている力は半分ほどだった。以前戦った際は深夜に近かったため、一方的に蹂躙する事ができていたが、今はむしろ蹂躙される立場にあった。
(やっぱり力が出ない。相手も成長しているみたいだし、このままだと殺られる……)
戦闘は好きだが、時間帯を間違えた。余計な事をしてくれたものだ、とここにはいない鴨野に舌打ちをしたくなった。
水の刃と雷を辛うじて掻い潜りつつ、紗由の大太刀を受け止める。しかし背後から叶の刃が迫ってきたので、咄嗟に横にずれる事で回避した。
しかし安心する暇もなく、零導が撃った銃弾が迫る。首を傾けて回避したが、先程から全く攻撃できていなかった。
赤坂小鳥をはじめとして、何人かは仲間が引き付けてくれているが、“HELLO WORLD”はアリナの方が脅威だと判断したらしく、手早く潰そうと猛攻を仕掛けてきた。
攻撃の合間を縫い、高速で接近してきた翔一がアリナの腹に蹴りを食らわせる。ガードが間に合わずまともにくらい、吹き飛ばされて背後の木に叩きつけられた。
「かはっ……」
胃液を吐き出し、その場に蹲る、この程度で済んだのも異能があったからで、常人なら先程の蹴りで内蔵を破壊されていただろう。
「夜じゃないと力が出せないんだろ? もう諦めろ」
和樹がアリナを見下ろし、冷たい声色で言う。
ここまでか、と思った。意志アリナは闇に生きる吸血鬼のようなものだ。このまま戦ったとしても、勝ち目はない。
──そう、
ならばどうすればいいのか。
答えは単純だった。
アリナは力を振り絞り、大鎌を地面に突き立てる。
そしてそれを渾身の力で動かし、勢いよく地面を抉った。
欠片と砂埃が舞い、視界が一瞬だけ塞がれる。
その隙さえあれば、十分だった。
「まだ何かするつもりか」
零導が忌々しげにそう呟く。
全員が警戒し、アリナの出方を伺った。
しかし、砂埃が晴れて彼らが目にしたものは、思いもよらぬものだった。
「なっ……」
「これは……」
「どういう事だ……?」
先程までアリナが立っていた場所には、ひとりの少年が立っていた。
首元まで伸びた黒髪に、赤い目。身長は和樹より少し低いくらいなので男子としては平均的だが、小柄なアリナを見た後だと妙に大きく見える。
いきなり現れた少年に虚を突かれた一同だったが、真の驚きはここからだった。
少年は左手を前に突き出し、無感情にこう呟いた。
「
──瞬間、少年から禍々しい殺意が放たれ、一同を呑み込んだ。
殺意で構築された空間。常人ならば数秒で発狂するであろう状況に、しかし一同は耐え切った。故に、殺意の空間が消失した時、倒れている者はひとりもいなかった。
(まさか、これを耐え抜くなんて)
少年は意外そうに眉を上げる。この技能は源夜月のものであり、自分はただ模倣したにすぎない。それでも殺意で構築された空間に閉じ込められて発狂しないのは異常ですらある。
しかし、その代償は大きかった。まともに動けるのは翔一と零導、紗由だけ。あとは立ってはいるものの、動けないようだった。
「リンドウ先輩と朝倉は動けるのか」
「……父親の異能だからな」
「なんとか……でも、なんでアリナがお父さんの異能を……? そもそも、あれはアリナなのか?」
紗由が怪訝そうに呟く。その疑問は翔一も零導も持っていたが、今はそれよりやるべき事がある。
「リンドウ先輩、サポートお願いします」
「ああ」
「朝倉はみんなを頼む」
「でも、翔一先輩ひとりでアイツに勝てるの?」
「なんとかするよ。動けないみんなを放っておくわけにもいかないしな」
紗由は迷うような表情を浮かべていたが、やがて決心がついたのか「わかった。兄ぃも翔一先輩も気をつけて」と言って、後ろに下がった。
翔一は少年と対峙し、低い声でこうきいた。
「アンタは意志アリナだと思っていいのか?」
「好きに解釈してくれ。けどまぁ、少なくとも俺はアンタたちの敵だよ」
「そうか」
それだけで十分だった。
翔一は血の刃を精製し、少年に飛びかかる。目にも留まらぬ一撃を前にして、しかし少年は動じずに対応してきた。
「………っ!」
翔一の一撃は、少年の腕から生えた血の刃に受け止められている。一見すると翔一と同じ能力のように見えるが、翔一には自分の能力との違いが分かった。思わず目を見開き、距離をとる。
少年は追撃しようと腰を低く落としたが、その前に零導の銃弾が少年に迫る。
少年はそれに気付き、すんでのところで回避する。その目は青く染まっていた。
翔一は少年の動きに目を光らせながら、浮かんできた疑問に対して頭を働かせる。
(さっきの血の刃……あれは間違いなく親父の“
そこまで思考を進めてから、ふととある事に思い至る。
それを口にする事に恐ろしさを感じたが、もしかしたら自分が知りたかった答えに近づけるかもしれない──そう考え、翔一は少年にきいた。
「……アンタにききたい事がある。鮮真練血……この名前に心当たりは?」
「………」
唐突な質問に、少年は首を傾げる。質問の意味が分からないというよりも、どうしてそんな事をきくのかという疑問によるリアクションだった。
だか、そこに特別な意図はないと判断したらしく、あっさりと答えを口にした。
「その名前なら知ってる。多分俺が殺した相手だ」
場が凍りついた。
といっても、正しく事情を把握していたのは翔一と茨羽姉弟だけだったが、それでもその情報が齎した衝撃は大きなものだった。
「テメェ……」
和樹が怒気の篭った声で低く唸る。言葉にこそ出さないものの、その近くにいた帆紫も怒りの表情を浮かべていた。
鮮真練血──翔一の父親は異能対の職員だったが、七年前に起きたとある事件を追う最中に殉職した。当時、練血と組んでいたのは茨羽巧未で、練血を救えなかった後悔から翔一を茨羽家に引き取った。
翔一は母親がおらず、男手ひとつで育てられた。故に父親を尊敬していたが、七年前にその背中を失う事となった。その時から、翔一は誰かを助けられるようになりたいと願うようになり、現在に至る。
目の前にいるのは、父親を殺したと
「……そうか」
そう、呟いただけだった。
「なんだ、お前あの血遣いの息子かなんかか?」
ようやくその事実に思い至ったのか、少年は平然とそんな事を口にする。
「アイツはなかなか強かったよ。死んじまった時は残念だった。でも、まさか息子がいたなんてな」
「黙れ! テメェが翔一の親父を語るな!」
和樹が叫ぶ。しかし翔一は静かな声で「和樹」と彼を静止した。
「翔一……」
「俺は大丈夫だ」
翔一は少年を見据える。
その瞳には怒りと……それ以上に激しい感情が渦巻いていた。
「……俺だって、親父を殺されたのは許せないよ。でも、俺は正しいやり方でコイツに罪を償わせる。親父も、それを望んでいるだろうから」
「……できるもんならやってみなよ」
少年がせせら笑う。
翔一は身構え、「次の一撃でケリをつけよう」と言った。あまり長く戦っていてもこっちが疲弊するだけだし、次の一撃に全てを掛けた方がいいだろうという判断だった。
少年は「いいぜ。受けて立つ」と唇を吊り上げ、身構えた。
そして──一瞬の後、両者は激突した。
翔一は腕に血の刃を生やし、高速で突撃する。
少年もまた飛び出した。こちらは丸腰だった。
そしてふたりがぶつかり合うその瞬間──少年は高く跳躍した。
翔一の攻撃は空振りに終わり、その背中は無防備となる。
その隙を狙う少年の姿は、いつの間にかアリナのものに変化していた。
元々の力に落下の加速を加え、どこからともなく取り出した大鎌で翔一の首を狙う。
それは、冷酷にして無慈悲な一撃だった。
首を切断し、一瞬にして死に至らしめる技能。
その後に残されるのは、あかい、あかい、一輪の華──。
──
風切り音は、死神の足音のようだった。
一瞬の後、その一撃は翔一を殺し、その首を宙に舞わせるはずだった。
しかし、実際に舞ったのは──アリナの大鎌だった。
「………ナイス、リンドウ先輩」
翔一は微かに笑う。
零導が放った超精密な射撃は、的確にアリナの大鎌を捉えていた。
すかさず翔一は振り返り、血の刃を閃かせる。
王手をかけられ、アリナはここで終わる──そのはずだった。
異変が起きたのは、その時だった。
突如、アリナの真横から何かが勢いよく飛んできて、アリナにぶつかった。アリナの小柄な躰は吹き飛ばされたが、そのおかげで翔一の刃は空振りに終わる事となった。
吹っ飛んできたのは小鳥だった。アリナともつれあうように転がったがすぐ体勢を立て直し、小さく息をつく。
「小鳥! 大丈夫!?」
「うん! だけど……アイツ、めちゃくちゃ強い……!」
楓の叫びにそう答えた小鳥は、振り向いたところでアリナが自分に突進してくるのを見て「やばっ!」と叫ぶ。
しかし翔一が横から突進し、アリナを吹き飛ばしたため事なきを得た。
「あ、ありがとう!」
「ああ。それよりどうしたんだ!」
「アイツ……あのスーツの女が、めちゃくちゃ強くて……」
小鳥が見据える先から、悠然と歩いてくるひとりの女。その表情には余裕があり、口元には薄い笑みを浮かべている。
「異能力者といってもこの程度か。あまり強くないな」
「この程度って……あんたも異能力者なんじゃないの?」
小鳥の問いに、女は首を横に振った。
「私は無能力者だ。実力は全て努力によりつけた。ドーピングで対抗しようとしているアンタとは違うんだよ」
そう言ってから、女は思い出したように、
「そういえば、まだ名乗っていなかったな」
と呟いた。それから大柄な躰とは不釣り合いなほど優雅にお辞儀をし、自らの名を示す。
「私の名は
女──家村天花はそこまで言ってから、先程とは打って変わった表情でニヤリと笑う。
獲物を前にした肉食獣のような、獰猛な笑みだった。
「……さぁ、無能力者が異能力者を殺す、下克上の時間だ」