無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
「無能力者であの強さ……」
小鳥が驚いたように呟く。その額から汗が一筋流れ落ち、彼女が緊張している事を示している。
「来ないのか? ならこちらからいかせてもらおう」
天花はそう言うなり、地面を蹴って飛び出した。弾丸のような速さで迫り、その勢いで右フックを撃ち込んでくる。
だが、対応できない速度ではない。異能で強化している事もあり、この程度なら回避できる。
自然と躰が動き、拳を回避する。が、その瞬間に天花の膝が腹にめり込み、小鳥は苦悶の表情を浮かべて蹲った。
「小鳥!」
紗由の叫びと共に、戦線に復帰した仲間たちが天花に襲いかかる。
しかし、その攻撃が届く前にヤマノケが現れ、天花の盾となった。
「これは……鴨野さんか。戦う気があるんだかないんだか……」
天花にも予想外の事だったらしく、回避しようとしていた躰を元の構えに戻す。
ヤマノケは複数体現れ、他のメンバーと戦い始めた。
「小鳥! お前はあの女を!」
雷でヤマノケを牽制した和樹が小鳥に叫ぶ。アリナと戦う翔一以外は、全員がヤマノケと戦っていた。
加えて、一陣の風が吹き抜けたと思うと、その戦列に愛夜が加わっていた。剣を振り回し、ヤマノケを撫で斬りにしていく。
「愛夜! サカナミさんは見つかった?」
体勢を立て直した小鳥がそう叫ぶと、愛夜は「見つかってない!」と首を横に振った。
「サカナミくんどうしたの?」
「あたしと愛夜と一緒に行動してたんだけど、いつの間にかはぐれちゃって……」
帆紫の質問にそう答えた小鳥は、天花の攻撃を辛うじて防いでいる。しかし次第に防御が追いつかなくなり、有効打をもらう機会が増えていった。
(この反応速度の速さ、異能としか思えないよ……ほんとに無能力者なの?)
攻撃を防いでも、すぐに次の攻撃が来る。予測しているというよりは、反射的に行動しているような動きだった。
加えて身軽なので、こちらの攻撃はことごとく躱される。未だに一発も攻撃を入れられていなかった。
「異能を使ってるんじゃないかと疑ってるみたいだな」
天花が小鳥の心中を言い当てる。それでガードが遅れ、胸に強烈な一撃を入れられた。
「グッ………」
「繰り返すが、私は異能を持っていない。これは全て弛まぬ努力の成果だ。無能力者は異能力者に勝てない……そう思っている時点で、あんたに勝ち目はない」
「……ッ、そんな事、思ってなんか……」
「本当にそう言い切れるのか? 異能を持っていないヤツなんかに負けはしない──本心ではそう思っているんじゃないのか?」
「………」
異能力は、確かに人智を超えた力だ。異能力を持たぬ者が弱き者として扱われ、異能力者が強き者として扱われる──そんな風潮があるのも事実だった。
だが、慢心は人を殺す。小鳥は無意識に手加減をしていたが、それは相手を捕えなければいけないからであり、不殺の誓いを守るためでもあった。自分が本気を出したら、もしかしたら相手は死んでしまうかもしれないという恐れが心のどこかにあったからこそ、手加減をしていたのだ。
だが、それではダメなのだ。天花は自分より格上で、本気でぶつからないといけない。
手加減は不要だ。以前アリナと戦った時のように、強固な意志をもって徹底的に抹殺しなければいけない。
視界が開けたような気がした。天花の拳を辛うじていなし、距離をとる。
「……あんたの言う通りかもしれない」
「ほう?」
「あたしは手加減してた……心のどこかで、本気を出してあんたが死ぬ事を恐れていたんだ。だけど、それじゃダメだって分かった」
あんたはあたしより強い──そう、小鳥は認めた。
「だから、もう手加減はしない。全力であんたと戦うよ」
咲や秕の事件の際、小鳥はこう誓った。
──自分の事も、ふたりを引き裂いた風読家の事も、あたしは許せない。だから、またこういう事件に出逢ったら、今度こそ誰かを救えるように戦うよ。
風読家の事は、今でも許せない。
同時に、本気になれきれない自分の事も許せない。
迷いは捨てろ。
慢心は捨てろ。
全力で、それこそ殺すくらいの勢いで立ち向かえ。
そしてそれら全てを受け入れ受け止めろ。
それが、戦うという事だ。
小鳥の表情が変化したのを見て取った天花は、自然と口元を綻ばせる。
戦闘狂というわけではないが、相手が弱いのもそれはそれで退屈する。
それに、本気になった相手を打ち倒してこそ、真に主の役に立てたといえる。
だからこそこの変化は、喜ばしい事だった。
「あんた、名前は」
「赤坂小鳥」
「じゃあ赤坂……第二ラウンドを始めようか!」
天花は先程よりもより鋭い拳を撃ち込んでくる。一撃一撃が死を齎すものとなり、対峙するものを畏怖させる。
そんな天花に対して、小鳥は──
「あたしは最強」
異能を完全に解放し、それを迎え撃った。
* * *
雷光一閃。素早い動きで敵を打ち倒した和樹は、他のメンバーの様子を見るために周りをぐるりと見た。
すぐそばで戦っている帆紫は水の刃でヤマノケを両断していた。距離をおいて攻撃するのに苦労したのか、次のヤマノケに対しては空手で対処している。姉の行動にヒヤヒヤした和樹だったが、覚悟を決めたように口を結んだ帆紫の動きは鮮やかで、ヤマノケに正拳突きを放って怯ませたところに至近距離から水の刃を放ち、難なく撃破していた。
もちろん、ヤマノケは集団でかかってくるのだが、そこをカバーしているのは零導の銃弾だった。少し離れたところから全体を見回し、的確なサポートを行っている。その対応速度はあまりにも早く、未来を見ているとしか思えなかった。零導自身にそんな異能はないのだが、行動予測くらいはしているのだろう。とにかく、姉は大丈夫そうだった。
視線を向けると、紗由と叶の姿が目に入った。背中合わせになり、得物を振り回している。紗由は大太刀に異能を纏わせ、バターを切るかのようにヤマノケを両断しているし、叶も異能を解放し、二振りの刀と二本のナイフを駆使して戦っている。
それだけでもふたりの暴れっぷりは凄まじいものだったが、僅かな隙を縫って紗由が叶の武器に異能を付与すると、その勢いはますます加速していった。
「ありがとうございますっ!」
紗由にそう礼を言った叶は、まず二本のナイフで二体のヤマノケを撃破すると、力を溜め始める。
紗由はその意図を察し、叶にヤマノケが近寄らないように立ち回った。
そして力が溜まると、叶は「スイッチ!」と叫ぶ。それと同時にふたりは自らの得物を互いに向かって投げた。
刃が宙を舞い、交差する。先に掴んだのは叶で、大太刀を構えると溜めていた力を解き放ち──
「ちぇすとぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
気合い一閃、躰ごと回転してヤマノケを一掃した。
だが、すぐに二体のヤマノケが叶に襲いかかる。大技を終えたあとで、叶は無防備だった。
しかし、叶は動じず微笑んでみせた。
「……ありがとうございます、紗由」
「気にしないでくださいな。それよりさっきの技、めっちゃよかったよ!」
そんな会話のあと、ヤマノケが消滅する。紗由が素早い袈裟斬りを食らわせたのだ。
異能により、刀剣の類であれば完璧に扱える叶と、武器職人でありその扱いにも精通している紗由の相性は、極めて良いといえる。
心配なさそうだなと思った和樹はまた別の場所に視線を向ける。そこには爽介と楓の姿があり、ふたりで協力して戦っているようだった。
楓は異能でヤマノケを翻弄しつつ、空手で撃破しているし、爽介も異能を用いて高速移動しつつ、楓が撃破しやすいように立ち回っている。ふたりの連携は息が合ったものだったが、ひとつだけ欠点があった。決定打に欠けているのだ。
ヤマノケは耐久力が低いとはいえ、ただの女子高生の空手で対処できるほど弱くはない。爽介が高速で突撃してやっと倒せるかどうかといったところだが、それにも限度がある。
「きりがない……!」
「なにか、決定打があれば……!」
ふたりは舌打ちをしつつ、それでも果敢に戦っていく。しかし、劣勢になりつつあるのは誰の目から見ても明らかだ。
助太刀に入ろうとした和樹だったが、一体のヤマノケに道を塞がれた。そして、それを最速で倒した時には、すでにひとつの影がふたりを救っていた。戦闘の中においても、疲れを見せず軽やかに立ち回る少女──愛夜だった。
愛夜は片手剣で次々とヤマノケを倒していく。遠目にしか見えなかったが、普通の人間にしては異様なほど身のこなしが軽い。
ヤマノケに囲まれたと思いきや、高く跳躍し、そのまま滑空する。風のように自由な戦い方だった。
(というより、風を操っているようにしか見えな……おっと)
思考の途中にヤマノケが割り込んできたので、和樹はその攻撃を躱し、お返しとばかりに雷を纏った裏拳を叩き込む。
いつしか、爽介と楓は愛夜のサポートに回っていた。それが最善策だと判断したのだろう。
敵の数は多いものの、何とか戦闘は続けられている。とはいえ、それにも限りがある。
(どうする……このままだとジリ貧だぞ)
異能的なものである以上、ヤマノケを生み出しているものがあるはずだが、それは未だに見つかっていない。
焦りを覚えた時、予想だにしない援軍が現れた。
突然、地中から何かが這い上がってきた。腐った体躯に、よたよたとした動き。それは映画などでよく見る屍者そのものだった。
屍者は至る所から現れ、ヤマノケと戦い始める。おかげで和樹たちは一息つくことができたが、目の前の出来事を呑み込むのには時間がかかった。
「なんだコイツら……」
「誰かの異能?」
紗由が息を整えながら誰にともなく訊ねる。それに答えたのは、森の中から現れたひとりの女だった。
「正解。それは私の異能よ」
その女は、桃色の髪を後ろで縛り、白衣を纏っていた。下に履いているスカートは短く、健康的な肢体が露わになっている。
「あなたは……?」
「私は
「異能対の……助けてくれてありがとうございます」
「……」
爽介が礼儀正しく礼を言う傍らで、零導が若干の警戒を向ける。萌々子は「あんたたち、茨羽とかの子供よね? もしかして、親から私の事きいてたりする?」と少し顔を顰めながらきいた。
「い、いえ、きいてませんけど……お父さんたちと知り合いなんですか?」
帆紫が答えると、萌々子は苦笑して、
「ま、そんなとこ。とりあえず敵じゃないから安心していいわ」
そう言うなり、メスを数本取りだし、投擲する。それは今まさに彼女に襲いかからんとしていたヤマノケの躰を貫いた。
「おちおち話もできないわね。とりあえずパッパと片付けちゃうから、そこで休んでてくれる?」
萌々子は指を鳴らし、自らの異能を発動する。
──死屍累々
瞬間、屍者の数が増加し、ヤマノケを数で圧倒しはじめた。
その様子を半ば呆然となりながら見ていた和樹は、爽介の「そういえば、鮮真先輩と赤坂先輩はどこに……」という声で我に返った。
「翔一は移動して、アリナと戦ってる。小鳥は……」
周りを見ると、小鳥はすぐに見つかった。
彼女は天花と戦っていたが、その戦いにも第三者が介入し、終結させていた。
戦いを止めたのは──
* * *
「……戦闘が好きというわけではないが、唐突に邪魔が入ると不愉快なものだな」
家村天花は顔を
彼女の前には赤坂小鳥がおり、こちらに向けて拳を突き出している。天花もそれを迎撃するために拳を突き出していたのだが──ふたつの拳は、間に挟まれた仕込み杖に妨害されていた。
それを突き出しているのは、突然現れたひとりの男。純白のスーツに白い山高帽、彫りの深い顔立ちが特長的な男だった。
「それは済まないが、こちらも仕事でやっている事なのでね。許してほしいのだよ」
「仕事? どこからのだ」
「異能対といえば分かるかね」
「なら、倒すまでだ」
天花は拳を引き、男に殴り掛かる。
男はその拳に対し、手刀で対応してきた。どう見ても彼の得物は仕込み杖であるのにと関わらず、素手で対応してきた事に違和感を覚え、天花は攻撃を中止して距離をとる。
「懸命な判断だ。今の攻撃が実現していれば、きみの拳は無傷では済まなかった」
「異能力者か」
「如何にも。といっても、どうやら認知されていないようだな。我が
その言葉に、天花は意外そうに片眉を上げた。
「鬱櫛……? 五大名家の一角が、なぜ異能対などに
「五大名家というのは間違っていないが、いまは失墜していてね。こうでもしないと生き残れないのだよ」
「そうか、だから苛内がうちにいるのか……」
天花はどこか忌々しそうに呟く。
その言葉をきいて、今度は男が驚いたように表情を動かした。
「苛内は風読に与しているのか。反応から察するに、相変わらずよからぬ事をしているようだな」
それで、どうする?──男は軽いとすら思える口調でそう尋ねる。しかし、その気配は殺気がこもった禍々しいものだった。
さすがに分が悪いと判断したのだろう。天花は小鳥を一瞥してから、無言で踵を返して去っていった。
「……なんで、追わないの」
小鳥が男を見て静かな声できく。金色の瞳は非人道的な光を湛えており、口調にはどこかしら棘があった。
「私の役割は、きみたちを救出するところまでだ。下手に風読を刺激するとどうなるか分からないからね。追いたいなら、きみが追えばいい事だ」
最も、追ったところで勝ち目はないようだがね──男がそう言った瞬間、小鳥は糸が切れたようにへたりこんだ。練習はしているが、それでも異能の完全解放による負担は大きい。
小鳥は悔しそうに歯噛みしたが、すぐに思考を切り替え、「そうだ、みんなは……」と周りを見る。すぐに見つかり、仲間が駆け寄ってくるのを見て安堵の息が漏れた。
「みんな無事だったんだね……よかった」
「小鳥ちゃんも無事でよかった」
「その人は?」
和樹が男を見て尋ねると、男は一礼して名乗った。
「
「そこの子とははじめましてだったわね。易蟻萌々子よ。よろしくね」
「よ、よろしくお願いします。あと、助けてくれてありがとうございます」
小鳥が頭を下げると、全員がそれに倣う。鬱櫛は頷き、萌々子は気にしないでと手を振ってから「それより、これで全員かしら?」と尋ねた。
「サカナミくんがまだ見つかってないし、探さないと」
「あれ? 翔一は?」
「翔一はアリナと戦ってる。早く助太刀に行かないと」
そうしてメンバーの確認をしている途中、小鳥がハッとした表情でこう呟いた。
「……よいちゃんは?」
「えっ?」
全員が一瞬ぽかんとした表情となり、それから驚きの表情を浮かべる。
それは夜宵がここにいない事への驚きではなく、今までその事に思い至らなかった事への驚きだった。
その驚きは嫌な予感へと姿を変え、気づくと、全員が残りのメンバーを探すために走り出していた。
確信があった。
自分たちの知らぬところで、何かが起きているという確信が──
* * *
小鳥たちが他のメンバーを探し始めた、ちょうどその頃。
少し離れた場所に、ふたつの人影があった。
闇が姿を見せはじめ、鬱蒼とした森の中は更に暗くなっている。そんな中でも夏の暑さは衰えることなく、不快な熱気が全てを包み込んでいた。
そんな中で、皐月日夜宵はへたりこんでいた。
目の前にはひとりの男。長身で細身、深緑色の長髪と紫色の瞳を持つ男で、値踏みするようにこちらを見ている。
嫌悪感で肌が粟立つ。汗が頬を流れている事にも気づかず、夜宵は恐怖に怯えた表情で男の動きを注視していた。
男はひとしきり夜宵を観察し終えると、彼女とは対照的な気楽さで口を開いた。
「……キミが
「えっ」
「リーダーが望んでいたものはキミみたいだ。すぐにでも持ち帰りたいところだけど……そのまえに、
男は夜宵に近づくと、その耳を食むかのように顔を寄せる。
「……じゃないと、キミの事、壊しちゃうよ?」
夜宵の躰がびくっと震え、口から弱々しい吐息が漏れる。
頬は紅潮し、目には涙が浮かんでいた。
その様子を見て、男──
酷く歪んだ笑みだった。