無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
内容を十分理解しているという方は読み飛ばしてください。
逆浪光に出会ったのは、オレが高校一年生の時だった。不良に追われていたところを助太刀してくれた光は、オレが不良を倒したのを見て「弟子にしてください!」と頭を下げてきた。光には日向美雪という幼馴染がいて、彼女を護りたかったからこそ、オレに弟子入りしたんだ。
茨羽と夜月とはその時既に知り合っていたし、一緒に解決業まがいの事もやっていた。仲間も増えて、これからもっと人を助ける事ができる……そう思っていた時に、オレはひとりの少女と出会った。それが春風つばめ……小鳥のお母さんだ。
つばめちゃんは螺鈿會という組織に囚われていて、そこから逃げ出してきた。光と日向がかつて螺鈿會に囚われていたという事もあり、話をきくうちにつばめちゃんが抱える事情が明らかになった。
つばめちゃんは過去を視る異能を宿した眼──ロストアイの持ち主だった。この世界でひとりしか発現しないその異能を持っていたからこそ、つばめちゃんは螺鈿會に囚われていたんだ。
その後、つばめちゃんを無題荘に迎え入れ、ようやく平和な時間がやってくると思っていた矢先……人間石化事件と呼ばれる事件が発生した。
石化といっても、実際に石になった訳じゃない。躰が石のように動かなくなり、活動を停止するという事例があちこちで見つかったんだ。
オレたちはすぐに事件の捜査を開始した。だけど犯人とされたのは思わぬ人物だった。
オレたちとは別に警察も捜査を進めていて、事件の容疑者とされた少女──越月夢羽を逮捕したんだ。夢羽ちゃんの越月家は
結局、夢羽ちゃんの逮捕は誤認だった。真犯人は夢羽ちゃんの兄──越月
泊くんや日向、つばめちゃんの奮闘で手がかりを掴み、オレとつばめちゃん、泊くんと高凪で越月家や警察署に乗り込んだりして夢羽ちゃんの潔白を証明し、越月翼が逮捕される事で事件は終わった。
後で分かった事だが、この事件には螺鈿會が絡んでいたらしい。事件の後、泊くんと高凪が行方不明になったのも、ヤツらの手引きだったんだろうな。
……え? ふたりが行方不明になったのは初耳だって?
そういえばその話はしてなかったな。事件の後、ふたりは螺鈿會に協力していた異能力者──
そして石化事件の後、冬天市変死事件という事件が起きた。手足がありえない方向に折れ曲がった状態でショック死している人があちこちで発見されたという事件だったんだが、その事件でオレたちの仲間が犠牲になったんだ。
名前はイア・ループ。事件は異能によるものだったんだが、巻き込まれたイアさんは仮死状態に陥ってしまっていた。
オレたちが事情を知った時には全てが終わっていた。イアさんの恋人──
それから二年間、四人の行方は分からないままだった。だけどふたつのきっかけがあって、止まっていた時が動き出した。
ひとつは光の元に送られてきた一冊の本だ。“無題奇譚”というタイトルのその本は、本に書き込んだ内容を現実化させるというもので、螺鈿會が狙っているものでもあった。
……本に書き込んだ内容を現実化させる事ができるならそれを使って泊くんたちを助ければいい? それは確かにそうなんだが、でもそうできない理由があった。無題奇譚には「現実改変は、最長で二十四時間以内の事象に限る」という制限がかかっていたんだ。つまり、過去を遡って改変する事はできないって事だな。
結局、無題奇譚を使って四人を助ける事はできなかったが、その後に起きた事件によって、オレたちは螺鈿會の尻尾を掴む事に成功した。
……ここからは茨羽が話した方がいいかもな。茨羽、頼めるか?
……分かった。じゃあ、任せるぞ。
* * *
四人が失踪してから二年後、風読家で風読陽香の死体が発見された。
……言いたい事があるのは分かる。だけど今は俺の話をきいてくれ。
死体といっても、本物の死体じゃなかった。携帯型異能力で偽装されたもので、本物の陽香は螺鈿會に拉致されていた。
やったのは風読家に恨みを持つ男だった。陽香の父親──風読
タイミングが悪く、無銘も夜月もほかの依頼に忙殺されていた。俺は裏の世界の連中と協力して、陽香を助け出そうと螺鈿會の本部に乗り込んだ。
そこで泊くんと高凪さん、そして暁月と交戦し、三人が螺鈿會に与していた事を知った。結果的に陽香を救出する事には成功したが、失ったものも大きかった。あの戦いで、裏の世界の連中が犠牲になったし、仲間が螺鈿會に協力していた事を知った……知ってしまったからな。
ともかく、それがきっかけとなって俺たちは螺鈿會と再び関わる事になった。
そしてその一週間後、螺鈿會は次の事件を起こした。
ここからは夜月が話した方がいいかもしれないな。夜月、あとは頼む。
* * *
ここからは俺が話す。
先の事件から一週間後、赤坂亜美が螺鈿會に誘拐された。
亜美が無銘の妹で、ラプラスの悪魔を宿している事は知っているな? なら、そこら辺の説明は省くが、とにかく螺鈿會は亜美の中にいる悪魔を狙い、亜美を誘拐した。
先の事件の後、連中は拠点を変えていた。
動けるのは俺と茨羽、無銘と裏の世界の連中しかいなかった。俺たちは亜美を奪還するために研究所に乗り込み、螺鈿會と一戦交えた。
ちなみに、葉月は元々螺鈿會にいた人間で、最初は俺たちと敵対していた。……なぜ仲間になったのか? それはこの後に起きた事件が関わってくるから後で話す。
そして事件の中で螺鈿會の創設者であり、これまでの事件の背後にいた少女──ドロシィと関わる事となり、そこでドロシィの目的をきかされた。少し長くなるが、話しておく。
お前たちは“
……知らないか。まあ、あまり表に出てこない一族ではあるから知らないのも無理はない。
天咲一族は誰でも使える異能──“
そして、ヤツらはその最中にこの世界を自由に変えられるモノを生み出した。それが無題奇譚だ。
無題奇譚はこの世界と深く結びついた本で、本に書き込んだ内容が現実化するという、異能力を超えたナニカだった。
作った当人からしても予想外だったんだろうな。無題奇譚を生み出した
現実改変は、最長で二十四時間以内の事象に限る―─この制限を施した上で携帯していれば、恐ろしい事は起きないだろうと踏んでの事だった。
しかし、その後ほどなくして天咲有栖は失踪し、次に姿を現した時には善の部分である“アリス”と悪の部分である“ドロシィ”に分かれてしまっていた。
アリスとドロシィは話し合い、無題奇譚はアリスが管理する事になった。
だが、次第にドロシィはこの世界に飽き始め、自分を満足させる玩具が欲しいと思う様になった。そこで、無題奇譚の奪取を企むと共に「現実改変は、最長で二十四時間以内の事象に限る」という制限を破る為にある試みを始めた。
それが過去を視る眼──ロストアイの創造だった。無題奇譚は見聞きした事象を文として展開し、その内容に書き込みを入れる事で現実が改変されるという仕組みになっている。そのため、ロストアイで過去を視る事で過去の事象を文として展開し、現実を改変しようと考えたんだ。
天咲有栖は「作者権限」という、世界にある全ての異能を使いこなせる力を持っていたらしく、ドロシィもその力を引き継いでいたが……ロストアイだけは使用する事ができないようだった。恐らく有栖がこうなる事を見越して作者権限にも手を加えていたんだろうな。
ドロシィはロストアイの適合者を探すうちに春風郭公と出会い、ヤツに取り入った。
その結果として郭公の娘であるつばめがロストアイの適合者となり、ドロシィは彼女を螺鈿會に監禁。後は無題奇譚を回収すればこの世界を自由に出来る……筈だった。
だが、ここで予想外の事が起きた。つばめが親友である
ドロシィはそんな混沌に満足しながらも、無題奇譚とロストアイを求めた。
そんな訳で様々な事件に関わっていくうちに亜美の事を知り、その能力に興味を持った。それで亜美を誘拐したというわけだ。
戦いの末、俺たちは亜美を救出する事に成功した。だがその代償として裏の世界の連中が犠牲になり、無銘が螺鈿會に囚われる事となった。
そして冬天市に戻ってきた俺たちは、そこで光からひとつの話をきかされた。それは、俺たちが螺鈿會と関わる前に、霧ヶ峰勘助らが螺鈿會と関わっていたという事実だった。
霧ヶ峰は今こそ異能省の長官をやっているが、その前に無題荘の大家だった事は知っているな? 今回の話は更にその前──霧ヶ峰勘助が公安警察の非合法組織“零”のトップだった頃の話だ。
螺鈿會を摘発しようとしていた“零”は、アリスの協力を得て螺鈿會に潜入した。そこで囚われていた光や日向を助け出したが、“零”は壊滅。霧ヶ峰は無題荘の大家として光を見守る事になった。
話をきいた時は驚いたよ。つばめが現れてから生まれた因縁だと思ったものが、実は過去から繋がっていたなんてな。
無銘は囚われたままだし、螺鈿會との全面戦争は避けられない。
だが、俺たちの予想に反して、その機会は早くやってきた。
……ここからは無銘に任せる。
あとは頼む。
* * *
亜美の救出からおおよそ二十時間後、光たちが転移の異能により重石沢市のL・D研究所に飛ばされた。
そこには螺鈿會が待ち構えていて、戦争になったんだ。
オレはそのさなかに助け出され、その戦争──異能夜行に加わった。
凄まじい戦争だった。葉月と暁月は螺鈿會を裏切ってこちら側につき、夢羽ちゃんは実の兄──越月翼に殺されかけ、下半身不随になった。
冬天市にもその余波がやってきて、春風郭公に裏の世界の連中が大勢殺された。午前零時から日が昇るまでの時間ではあったが、とても長く、苦しい戦争だった。
戦争自体は霧ヶ峰に唆された神知戦が無題奇譚を破壊し、ドロシィを殺害して幕を閉じたが、犠牲者は出た。
あの戦争で、光や日向が死んだ。光は俺たちの目の前で春風郭公に殺され、日向は螺鈿會についていた苛内植に連れ去られ、殺害された。
それに……つばめちゃんも。
……いや、独り言だ。
顔色が悪い? まあ話していて気分がいい話ではないからな……先を続けるぞ。
鬱櫛と易蟻は異能夜行で螺鈿會側についていたが、事件後に逮捕されて罪を償い、こちら側についた。
苛内と春風郭公、神知は逃走したが、春風郭公はその二年後に自殺した。あとのふたりは今も行方不明って事になっているが、苛内は風読家に与しているとオレたちは考えている。
お前たちが出会ったサカナミがどんなヤツなのかオレは知らないが……恐らく、苛内はソイツにも関わりがあるんだろうな。
……これが、オレたちの過去の話だ。
一度は断ち切ったと思っていた因縁に、お前たちを巻き込んでしまった。
言うことは色々あると思うし、全て受け止める。
本当に、すまなかった。
* * *
大人たちの話が終わったあと、長い沈黙が訪れた。
無銘、茨羽、夜月は判決を待つ受刑者のように黙り込み、陽香と亜美は沈痛な表情で俯いている。美幸はみんなを心配するように、何かを言おうとしては止めるという事を繰り返していた。
「まさか、母さんが風読の人間だったとはな……」
和樹が苦笑いしながら呟く。その横にいた帆紫も複雑そうな表情を浮かべていた。
「どうりで、じいちゃんとばあちゃんの顔を見た事がないわけだ」
「……ごめんね、和樹、帆紫」
「……お母さんが謝る事じゃないよ。ただちょっと、びっくりしただけ」
陽香の謝罪に、帆紫は曖昧に微笑む。
「巻き込んでしまったのは俺たちだ。赦される事ではないのも分かってる。だから──」
「親父」
夜月の言葉を、零導が遮る。
零導はそのまま他の子供たちに視線を向ける。その視線に、子供たちはひとり、またひとりと答えを決めていった。
全員の答えが同じである事を、全員が分かっていた。
大人たちの背中に憧れ、“HELLO WORLD”として活動を始めた日の事を思い出す。
最初は五人だったメンバーは次第に増えていき、日常と非日常を綱渡りする機会も増えた。挫折や失敗をたくさん経験したし、その間にいろいろな事が変化した。
だけど、根底にある想いは変わっていない。
だから、全員の答えは一致していた。
子供たちは大人たちと向き合う。
口火を切ったのは小鳥だった。
彼女は柔らかい表情でみんなの顔を見回したあと、微笑みながら言った。
「……あたしたちは──」
“少女のゆりかごの章”は次回でおしまいです。