無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#30「これからの奇譚」―少女のゆりかごの章 終幕―

「……あたしたちは、巻き込まれたなんて思ってないよ」

 

 小鳥の言葉に、大人たちが驚きの表情を浮かべる。

 

「あたしたちは多くの人を助けたくて“HELLO WORLD”を結成した。異能で人を傷つけている以上、因縁がなくても風読家とはそのうちぶつかっていたと思うし……それに、あたしたちはお父さんたちの背中を見て憧れたから戦う事を決めた。だから、お父さんたちが謝る事じゃないよ」

「だが──」

 

 何かを言おうとした茨羽の言葉を遮ったのは和樹だった。

 

「そりゃあ、ちょっとは驚いたさ。じいちゃんとばあちゃんが風読家の人間だなんて初めて知ったからな。だけど、風読のやり方を見過ごす事はできない。だから戦うんだ」

「心配してくれているのは分かってる。だけど、決めた事だから……」

 

 和樹に続き、帆紫も言う。それを見た陽香が「和樹……帆紫……」と泣きそうな声で呟いた。

 

「……翔一はそれでいいのか?」

 

 茨羽がきくと、翔一は躊躇う事なく頷いた。

 

「俺もみんなと同じ意見だし、それにアリナとは決着をつけなければいけない。たとえひとりになっても、俺は戦います」

「アリナか……。練血を殺したって話、本当なのか」

「アイツはそう言っていました。いずれにせよ、アリナとはもう一度話す必要がある」

 

 翔一の話が終わると、夜月が子供たちに問いかけた。

 

「紗由と零導はどうするんだ」

「私はお父さんたちが悪いとは思ってないよ。むしろ、お母さんに酷い事をした螺鈿會が許せないから戦うつもりだし」

「……自分は降りかかった火の粉を払うだけだ。過去を知ってもやる事は変わらない」

「でも……」

 

 なおも止めようとする亜美を制し、夜月が言った。

 

「なら、止める理由はない」

 

 素っ気ない言葉ではあったが、その裏には親としての決意と温かさが内包されている。

 それを悟り、それでもまだ納得がいっていない様子で、亜美は俯いた。

 その肩を抱きながら、美幸が爽介と楓、叶と夜宵に尋ねる。

 

「四人はどうするの?」

 

 四人はスカウトされて“HELLO WORLD”に加入した。一見すると過去の因縁とは無縁で、関わる筋合いはない。

 しかし、真っ先に声を上げた楓はこう言った。

 

「話の中に出てきた螺鈿會と霧ヶ峰さんの戦いの事はお父さんからきいていたし、あたしにも関わりがあることだと思う。それに、あたしたちが因縁を断ち切れば全て解決するわけだしね……だから全て受け入れて、あたしは戦う」

 

 それに続いて、爽介と叶も口々に言った。

 

「僕も巻き込まれたとは思っていません。それに、泊さんは今でも螺鈿會の残党と戦っている。だから力になりたいんです。昔、僕が助けられたみたいに……」

「私は仲間を脅かす輩がいたら斬るだけです! 過去とか因縁とか、難しい事はよく分かりませんから!」

 

 ふたりの言葉をきいた美幸は、最後のひとり──夜宵を見る。

 その視線を受けた夜宵は、僅かに逡巡した。

 先程、ヤマノケに支配されかけた事を思い出す。

 戦いを続けるとなればまたあのような事態が起こるかもしれないし、それで死んでしまう可能性だってある。

 だけど、それ以上に過去からの因縁を断ち切りたいと思った。それに、戦う中で記憶が戻るかもしれない。

 だから、答えた。

 

「わたしも……みんなと同じです。過去から続く因縁を断ち切りたいし、それに、戦う中でまた過去の事を思い出すかもしれないし……」

「夜宵ちゃん、過去の記憶が戻ったのか?」

 

 無銘が驚いたように尋ねる。夜宵は頷き、「後で話します」と言ってから小鳥に視線を転じた。

 小鳥はそれを受けて頷き、無銘に言った。

 

「みんな、お父さんたちの過去の事も受け入れながら自分の意思で戦おうとしてる。だから、あたしたちにも戦わせて。因縁を、断ち切らせてよ」

「小鳥……」

 

 “HELLO WORLD”は多くの人を救うために生まれた組織だ。風読家が人々を脅かそうとする以上、戦う理由はすでに存在している。

 今回の話は、戦う理由がひとつ増えただけに過ぎない──小鳥たちの論理は明快で、それゆえに反論する余地がない。

 しかし、親としての心配もある。子供たちを危険な目に遭わせる事への抵抗感もある。

 それと同時に、子供たちが大人になろうと藻掻く事を止める事はできないという思いもある。

 だから──大人たちはひとつの答えを出した。

 

「……分かった。オレたちは“HELLO WORLD”に依頼をする」

 

 無銘は深呼吸をし──依頼内容を告げた。

 

「オレたちはお前たちを全力で護り抜く。だから、過去から続く因縁を一緒に断ち切ってほしい」

 

 それを受け、子供たちは──

 

『了解!』

 

 決意を込めた笑顔で、依頼を承諾した。

 

   *   *   *

 

 話がひと段落ついたあと、小鳥が夜宵にきいた。

 

「そういえば、過去の記憶が戻ったってほんと?」

「あ、うん。今から話すね」

 

 そう言って、夜宵は話し始めた。

 みんなとはぐれ、深緑色の髪を持つ男に襲われた事。

 ヤマノケに取り囲まれ、意識を失ってからの記憶がない事。

 そして夢の中で、皐月日家にいた時の記憶を思い出した事──。

 ただ、記憶を取り戻した後に垣間見たイメージの事は話さなかった。あの事を話したら、自分はここにはいられなくなる──なぜか、そんな気がしたからだ。

 話が終わると、小鳥が難しい顔になって呟いた。

 

「それじゃあ、よいちゃんは皐月日家に救われた子供で、本当の名前は別にあるって事?」 

「そうだね……どんな名前なのかとか、なんで皐月日家に引き取られたのかとかは思い出せないけれど……」

 

 夜宵の言葉に、茨羽が「皐月日というと……異能薬学の研究者じゃなかったか?」と呟く。

 それに答えたのは陽香だった。

 

「高名な研究者夫妻だよ。あのふたりがいなければ、異能の研究はもっと遅れていたと思う。だけど……」

 

 そこで陽香は辛そうな表情を浮かべ、黙り込む。楓が先を促すと、夜宵の方を見つめ、重々しい口調で続けた。

 

「……皐月日夫妻は、七年くらい前に亡くなってる。原因不明の飛行機事故に巻き込まれて、生存者はひとりもいなかった……」

「……知ってます。海月さんが教えてくれました」

 

 胸に重苦しいものが落ちたのを感じながら夜宵が頷くと、陽香は安心とも心配ともつかない溜息をついた。

 

「知ってたんだ。夫妻の娘さん……花恋ちゃんと月乃ちゃんは未だに行方不明だし、謎が多い夫妻だったけど、まさか夜宵ちゃんが関わりを持っていたなんて……」

 

 陽香はそう言ってから、慌てて「ごめんね……」と夜宵に謝る。

 夜宵は「大丈夫です」と答え、それからかつて一緒に暮らしていたふたりの少女の事を想った。

 

(花恋ちゃん、月乃ちゃん……)

 

 予想はしていた。

 断片的に垣間見た光景から、ふたりはもういないのだと、分かっていた。

 だけど……これでまた(・・)、自分はひとりぼっちだ。

 そこまで考えて、ある事に思い至る。

 ……また?

 またって、なんだ?

 自分は前にもひとりぼっちになった事があったのか?

 分からない。だけど、この感覚は初めてではない。

 夢の中で向けられた怨嗟を思い出す。

 この世界に、自分の居場所はないのか?

 そう思い、気が狂いそうになった、その時──

 

「……え」

 

 温かい感触に、横を向く。

 小鳥が、自分の手を握っていた。

 

「……大丈夫、よいちゃんはひとりぼっちじゃないよ」

 

 そう言われ、周りを見回す。

 そこに仲間たちがいる事を認識し、感情が落ち着きはじめた。

 

「それに、まだ手段はある。ロストアイで、よいちゃんの過去を視てみるよ」

「でも、こっちゃんに負担がかかるんじゃ」

「大丈夫。とりあえず、やってみるよ」

 

 そう言うと、小鳥は夜宵の目を見る。

 綺麗な目に見つめられ、夜宵はどぎまぎした。

 小鳥はそのまま“腕の中で眠る灯”を発動し、次いでロストアイを発動する。

 黄金色の目が赫と蒼に染まり、そして──

 

「…………ッ!」

 

 突如、小鳥が呻いて床に倒れ込んだ。

 無銘が慌てて駆け寄り、その躰を起こすと、小鳥は荒い息を吐きながら呟いた。

 

「拒絶された……どうして……?」

 

 拒絶。

 夜宵がというより、夜宵の中に巣食うナニカが拒絶した。

 一粒の希望は奪い去られ、残るのは先の見えない暗闇のみ。

 過去のひかりは未だ見えず、漠然とした不安が一同を包み込んでいた。

 

   *   *   *

 

 ──同時刻、陽ヶ鳴総合病院

 

 神流瑞希は病院のベッドに横たわっていた。

 ヤマノケに襲われた後の事はよく覚えておらず、気付いたら病院に運び込まれていた。

 検査の結果、特に異常はないとの事だったが念には念を入れて一日だけ入院となり、こうして暇を持て余しているというわけだ。

 あの後小鳥たちがどうなったのかという事については、楓からメッセージが送られてきた。ひとまず全員が無事である事を知り、安堵する。

 それにしても──と、瑞希は思う。

 こんな事に遭遇したのは初めてだった。瑞希はある特異性を除けば普通の女の子であり、学業に追われる真っ当な学生である。そんな自分が、まさか命を掛けた戦いに巻き込まれるとは……。

 恐怖はある。一歩間違えれば自分は命を落としていた。次にあんな事に遭遇したら、今度こそ無事ではすまないかもしれない。

 だが、それ以上に“HELLO WORLD”との出会いが大きかった。方法や目的は違えど、自分も社会を良くするために活動している身だ。もしかしたら、協力する事で社会をより良いものにできるかもしれない。

 退院したら、もう一度あの人たちに会ってみようと思い、瑞希は目を閉じた。

 その数分後に明日提出しなければいけない課題の事を思い出し、あたふたしたのだが、それはまた別の話である。

 

   *   *   *

 

 ──同時刻、冬天市内のとある宿

 

 山を降りた愛夜は宿を見つけ、休息をとっていた。

 剣の手入れを終え、一息つくとお腹が鳴った。いつも以上に動いたからか、お腹が空いた。

 宿はご飯つきだったが、夕飯の時間まではご飯が食べられない。何か買おうかなぁとも思ったが、極力節約したいので諦めた。

 三食ご飯付きで安い宿はないかなぁとぼんやり考える。この街が目的地だったため、あとは帰るだけなのだが、それでもお金はかかる。贅沢は言えないが、それでも考えてしまうのだった。

 むりやり思考を切り替え、別の事を考えようとする。すると脳裏に浮かんできたのは今日出会った少女──皐月日夜宵の事だった。

 夜宵は愛夜がお世話になった少女──香恋ほまれに覚えがあるようだった。ほまれは冬天市に行きたがっていたし、何かあるのかなと思った。

 

(そういえば、ほまれは人を探していたよね。確か、小桜(こざくら)みなもって名前だっけ)

 

 愛夜も詳しい話をきいたわけではないが、小桜みなもはほまれの友人だったらしい。今は行方不明になっているらしく、生存も絶望的との事だったが……それでも、ほまれはみなもを探そうとしていた。

 そこまで考えて、夜宵が記憶喪失である事を思い出す。ひとつの結論が頭に浮かびかけたが、そんなわけないかとすぐにそれを振り払った。

 そこでふたたびお腹が鳴った。やっぱり食べ物を買ってこようかなぁと思い、愛夜は欲望のままに立ち上がった。

 

 その後、コンビニで買ってきたお菓子を瞬く間に平らげた愛夜は、夕飯を三人分食べ、宿の女将を仰天させたそうな。

 

   *   *   *

 

 ──同時刻、冬天市内某所

 

 日が暮れた中を、意志アリナは歩いていた。

 風読家への報告をすっぽかし、(ねぐら)へと向かう最中である。傷を負ってはいたが、それでもアリナは最高に生き生きとしていた。

 鮮真翔一──あの少年が、鮮真練血の息子だったとは思わなかった。 

 鮮真練血はなかなか手強かった。出会いは偶然だったが、殺すのが惜しいくらいには楽しい戦闘になった。

 ゆえに、死んだ時は残念だったが……まさか、その息子が敵になるとは。

 今までは歯牙にもかけていなかったが、事実を知って刃を交えた後は赤坂小鳥よりも鮮真翔一に興味があった。

 風読家に報告しなかったのもそのためだ。監視カメラで状況は把握されているとはいえ、風読家が“HELLO WORLD”を全力で潰す事になったら自分の楽しみが失われてしまう。

 それでは困る。楽しみも喜びも殺し以外には見いだせなくなっているのだから……。

 無表情だが上機嫌で歩いていたアリナの影は次第に伸びていき、形を変えていく。

 そして塒にたどり着くと、勢いよくドアを開けて中に入った。

 

「たっだいま〜〜〜! ねぇねぇきいてよ、今日めちゃくちゃいいことがあってさ……ってあれ? (すみれ)は? え、いないの? しょうがないなぁ、もう……」

 

   *   *   *

 

 

 街が影絵に変わりつつあるころ、サカナミは塒にたどり着いた。

 自室として宛てがわれている部屋に荷物を放り込み、お土産として買ってきた飲むヨーグルトを持って隣の部屋に行く。

 ノックをし、「……オレだけど、入るよ」と断りを入れた後、中に入る。

 そこには母親と妹がいた。こちらを見て疲れたように微笑む母親の着衣は乱れており、自分がいない間に何があったのか察する事ができた。

 内心の怒りを押し殺しつつ、飲むヨーグルトを机に置き、「土産、買ってきたよ」と言う。

 それを見た妹が嬉しそうに顔を綻ばせた。その頭を撫でてやろうとしたが、ベレー帽を被っていたため、帽子越しに撫でる事となった。

 会話はない。妹はほとんど口がきけないし、母親は喋れる精神状態にない。だが、ふたりともサカナミを受け入れてくれたし、それをうれしく思った。

 こんな穏やかな時間がずっと続けばいいのにと思う。しかし、そんなささやかな願いすら、叶える事ができなかった。

 突如ドアが開き、父親が姿を見せた。ニタニタと笑っていたその顔はサカナミを見ると冷めたものに変わり「なんだ、帰っていたのかい」と呟く。

 

「帰ったなら挨拶くらいしたらどうなんだい」

「……誰がテメェなんかに」

 

 呟いた瞬間、父親の背後から半透明の触手が伸び、サカナミの頬を打った。

 そこまで広くもない部屋だ。サカナミは横へと吹っ飛ばされ、いやというほど頭を壁にぶつけた。

 父親は飲むヨーグルトに視線を移し、忌々しげな表情を浮かべる。

 

「これはお土産かい? 嬉しいねぇ……ヒカルくんが僕にお土産なんて、口では反抗していても、家族を想う気持ちはあるんだねぇ」

 

 言って、父親は飲むヨーグルトを続けざまに飲み干す。それはサカナミと母親と妹の分だった。

 全てを飲み干すと、父親はいやらしい笑みを浮かべてみせる。それを見た妹が悲しそうに俯き、諦めの表情を浮かべた。

 父親は妹を意に介さず、母親の方を向くと思い出したように言った。

 

「っと、そうだ。お仕事が終わったから、また運動しようと思ってね。いいよね?」

 

 答えをきく間もなく、父親から伸びた触手が母親を拘束し、その服を破り捨てる。

 それを見たサカナミは父親に向かって殴りかかったが、伸びてきた触手に躰を拘束され、怒りの声をあげる事しかできなかった。

 母親の抵抗や妹の声なき叫びも虚しく、父親は母親を引っ張り、部屋を出ていく。去り際に、「美雪は僕のモノだから、諦めてねぇ〜」といやらしい笑いを残して。

 サカナミにできるのはひたすらに呪いの言葉を吐きながら藻掻く事だけだった。

 

 ……大嫌いだ。

 母親と妹を救えない自分の事も、父親に付けられたこの名前も、そして父親の存在も。

 脳裏に、“HELLO WORLD”の面々の顔が浮かぶ。

 彼らなら、この状況を打破してくれるだろうか。

 いや、無理だ。自分にその資格はない。

 呪われた血を持って生まれ、存在する事すら罪とされた、自分には……。

 

 喉が破れるほど叫んだサカナミは、やがてその意識を閉ざす。

 抗う事も叶わないまま、底の見えない絶望へと、彼は落ちていった。




“少女のゆりかごの章”はこれでおしまいです。
次回から幕間に入ります。
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