無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
警察署の取調室。
狭く殺風景なその場所に、越月翼の姿はあった。
対面には実の妹―越月夢羽が居る。俯いている為その表情は読み取れないが、きっと絶望に染まった顔になっているのだろう。
翼は夢羽に顔を近付け、ニヤリと笑う。
「お前の無駄な命を、有効活用する時が来た」
夢羽は俯いたまま、身体を震わせる。
「石化事件の犯人は俺だ。だけど俺は越月の跡継ぎ…この事が明るみに出たらまずいことになる。だからこそ、役立たずのお前をスケープゴートにしたんだよ」
越月一族は「異能主義」の一族である。その一族に生まれて、異能を持たない夢羽は忌むべき存在であった。姓を変えたとしても、この世に存在するべきでは無い―それが越月の総意であった。
「最後くらい兄さんの役に立てよ、なぁ?」
翼は夢羽の顔を無理やり上げ、厭な目で彼女を見る。
「はい…」
夢羽は生気の無い声で返事をした。
翼は笑みを浮かべる。後は警察側に賄賂を渡し、圧力を掛ければいい。
役立たずは消え、自分の罪は帳消しになる…そう、思っていた。
「それが真相ね」
突然、女の声が聞こえた。
翼は声のした方を見るが、誰も居ない。ただ、壁にてんとう虫が一匹張り付いているだけだ。
「またてんとう虫か…」
翼は立ち上がり、今度こそてんとう虫を潰す為に近付いた。
瞬間、てんとう虫が一人の少女に変化した。
「うおっ!」
翼は驚いて飛び退く。後ろで、夢羽が立ち上がるのが見えた。
「ちとせさん!」
「夢羽さん、助けに来ました」
そう言って、少女―高凪ちとせは微笑んだ。
* * *
時を僅かに遡る。
亮一達が越月邸に入る直前、逆浪が三人を呼び止めた。
「どうしたんだ?」
「保険を掛けておきたいんだ」
「保険?」
どういう事だと無銘がきいた。
「これから越月邸で情報収集をしますが、相手が嘘を言う可能性もある。師匠なら嘘くらい見破れるだろうし、亮一やつばめの異能でもそれは可能だろうけど…亮一の異能は消費が激しいしつばめはまだ制御出来ていない。だから、保険として高凪に同行してもらいます」
高凪ちとせの異能は「
逆浪が言った保険とは、ちとせに虫に変身してもらい、亮一達とは別に情報収集をしてもらうという事だった。
「お前、用心深いな」
赤坂が呆れた様に言った。逆浪は「心配性なだけっすよ」と言うと、ちとせの方を向いた。
「高凪、やってくれるよな?」
「ええ、構わないわ」
ちとせは頷いた。
その後、ちとせは無事に役目を果たし、事件の真相や翼の行き先を皆に伝えた。
当主の背中に付いていたてんとう虫は、ちとせだったのである。
* * *
「貴様…!」
翼は歯軋りをしながらちとせを見る。
ちとせは携帯端末を取り出して翼に見せた。そこには「録音中」という表記があり、それを見た瞬間、翼の顔色が変わった。
「それは…!」
「夢羽さんに何かしたらコレをマスコミに渡すわよ。それは困るんじゃない?」
「…なら、奪えばいいだけだ!」
翼は異能を発動して、ちとせの目を見る。これで彼女は固まる…筈だった。
「ダメっ!」
突然、腰に衝撃。夢羽が翼に飛び付いたせいで翼はバランスを崩し、床に倒れ込んだ。
「何するんだてめぇ!」
翼は感情のままに夢羽を殴り付ける。夢羽はただそれに耐えていた。
ちとせは翼を睨みつけた後、携帯端末に向かって叫ぶ。
「亮一君!」
瞬間、取調室のドアが勢い良く開けられ、亮一と逆浪が飛び込んで来た。
「すまん、警官を抑えるのに手こずった!」
「今は皆が止めてくれている!」
二人は翼に近寄ると、喚きながら夢羽を殴り付ける彼を荒々しく蹴り飛ばした。
「な、何を…!」
「夢羽をスケープゴートにしようとしたんだ。これくらいされて当然だろう」
逆浪が吐き捨てる様に言う。
「お、俺は越月家の次期当主だぞ!こんな事していいと…ぐあっ!」
翼の言葉は、亮一が鳩尾を殴った事により中断された。
「腐った権力なんてクソ喰らえだ」
亮一もまた、不愉快そうな声色でそう言った。
「大丈夫ですか?」
ちとせが夢羽を抱き起こす。夢羽は状況が分からないというふうに目を白黒させていた。
「な、なんで…」
やっとの事で、それだけを絞り出す。
「そりゃあお前、アレだよ…」
逆浪が言いかけた瞬間、開けっ放しのドアから無銘達がなだれ込んで来た。夢羽を見つけると、安堵したように笑顔を見せる。
逆浪は台詞が中断された事に頬を膨らませながら、もみくちゃにされている夢羽を見て、呟く様に言った。
「…夢羽は俺達の友達だからな」
* * *
その後、ちとせが録音した音声が証拠となり、警察の上層部は渋々といった形で翼の罪を認めた。この件については賄賂の問題もある為、警察のダメージも大きいだろう。
越月家はこの件が致命傷となり、いつしか姿を消した。彼らが表舞台に立つ事は、もう二度と無いだろうと思われる。
そして―夢羽は潔白が証明された事により、無事に釈放された。
これで、事件は解決した。
その、筈だった。