無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#35「臨時放送」

 ──八月四日、十四時

 

 異能対策室には多くの人が集まり、ぎゅうぎゅう詰めになっている。しかしその熱気を吹き飛ばすような勢いで冷房が稼働していため、室温は快適に保たれていた。

 集まったメンバーは覚寺我路を除く異能対の面々と、朝倉零導・茨羽帆紫を除く“HELLO WORLD”の面々、そして朝倉夜月というものだった。

 覚寺は病院にいるし、フレデリカはお務めがある。零導と帆紫については、受験生という事で参加を見送ってもらっていた。ふたりは参加したいと言ったのだが、小鳥の「本当にダメそうだったら言うから、今はあたしたちに任せてよ!」という言葉を受けて引き下がっていた。無銘や茨羽は外せない仕事があったため、休日だった夜月が参加して、このメンバーになったというわけだ。

 議題は冬天市で起きている変死事件の事だった。正確には被害者たちは仮死状態に陥っているとの事だったが、死に限りなく近い領域にいる事に変わりはない。

 お茶が行き渡り、情報が書き込まれたホワイトボードに全員が注目したのを確認すると、泊亮一が口火を切った。

 

「今日集まってもらったのは他でもない。現在頻発している変死事件について情報を共有するためだ。まずはここを見てくれ」

 

 亮一が指し示した箇所には、被害者の情報が書き込まれていた。

 

「被害者は覚寺を含めて十人。年齢も性別もバラバラだが、冬天市内に住んでいる事だけは共通している。近隣の市にも問い合わせたが、このような事件は起こっていないようだ」

「つまり、市内に住んでる誰かの犯行って事?」

 

 神永楓の言葉に、東爽介が首を横に振る。

 

「単独犯にしては、個々の場所が離れすぎている。夜の間に全ての現場を回ったとは考えにくいし、異能研の監視カメラには人影は写っていなかった……そうですよね、泊さん」

「東くんの言う通りだ。これをひとりでやったとは考えにくいし、遠距離から仮死状態にできるような異能も存在しない……少なくとも、異能省のデータベースにはね」

 

 だが、楓くんの意見も一理ある──そう亮一は続けた。

 

「犯人を人間だとしてもそうじゃないとしても、市内で起こすというルールが定められているように思う。仮に犯人が人間だった場合、それは市内に住んでいる人である可能性が高い」

「じゃあ、市役所にきいてみれば異能を持ってる人が分かるんじゃないですか?」

 

 紗由がそう言うと、他の者も同意するようにうんうんと頷いた。

 冬天市に住む異能力者は市役所に届出をするように定められている。つまり犯人が市内にいる異能力者だった場合、市役所に問い合わせれば判明する可能性があるという事になる。

 しかし、亮一は残念そうに肩を竦めた。

 

「その可能性については僕たちも考えていてね、きみたちが来る前に桜井が市役所に行って問い合わせたんだ。だけど──」

「だけど、そのような異能を持っている異能力者は存在しませんでした」

 

 亮一の言葉を引き継いで、桜井が答える。

 それをきいた一同はがっくりと肩を落とした。

 

「外部から来た異能力者が事件を起こした可能性は?」

 

 そこで、今まで黙っていた夜月が口を開いたので、みんなが彼の方に視線を向けた。

 

「もちろん有り得ます。現在、警察に協力してもらって洗い出していますが、時間がかかるので有効打となり得るかは微妙です」

「でも、現状はそれしかないよな……」

 

 亮一の言葉を受けて鮮真翔一がそう呟くと、隣にいた茨羽和樹も頷いた。

 亮一はお茶を一口飲んでから、話を再開する。

 

「あと考えられるのは、怪異型異能力の仕業といったところかな」

「怪異型異能力?」

 

 ききなれない言葉に、子供たちは首を傾げる。

 亮一は「そういえば説明していなかったね」と頭を掻くと、話を続けた。

 

「怪異型異能力というのは、葉月さんが持っていた“恐怖を実体化させる”携帯型異能力によって解き放たれた異能の事だ。きみたちが戦ったヤマノケや、異能研が回収・破壊しようとしているリンフォンなどが該当するね」

「ちなみに名付け親は俺だ」

 

 真中がドヤ顔で言うと、亮一はそちらを一瞬だけ見てから、

 

「怪異型には未知の異能が多いから、可能性はある」

 

 と言った。

 

「無視すか室長、そういう人間だったんすか」

「お前のネーミングセンスに関しては昨日めちゃくちゃ褒めたからな」

「そういう問題じゃねーよ……はぁ、まあ、そういう事だ」

 

 真中は溜息をつきながらそう言うと、お茶をひとくち飲んだ。

 

「でもその怪異型でしたっけ? それに該当するとか、どうすれば分かるんですか?」

 

 叶の質問に答えたのは桜井だった。

 

「怪異型は都市伝説の形をとって現出する場合が多いから、調べれば判別は容易ですよ」

「なるほど……それで実際、今回の事件は怪異型の仕業なんですか?」

「今のところは該当するものがないのでなんとも言えませんね……」

 

 一同は肩を落としかけたが、そこで小鳥が「怪異っていえば、詩季が言ってたやつってなんだったんだろ」と呟いたので、全員がそちらに意識を向けた。

 

「それって、テレビのやつ?」

「そうそう。明日の犠牲者がなんたらってやつ」

 

 小鳥がそう言った瞬間、今まで聞き手に回っていた皐月日夜宵が「その話、詳しくきかせてくれる?」と声を上げたので、小鳥は驚いて彼女の方を見た。

 

「え? ってああ、よいちゃんは通話に参加してなかったのか」

「その話、僕も気になるな。よければ話してくれないかい?」

 

 亮一にも促されたので、小鳥は膝の上に乗っていた菫を撫でながら話をみんなにきかせた。

 

「……それで、“明日の犠牲者はこの方々です、おやすみなさい”って流れたあとに元の画面に戻ったみたい。まあ詩季も友達からきいたみたいだし、ホントかどうかは分からないんだけど……」

 

 小鳥が話し終わると、夜宵は携帯端末を取り出し、ものすごい勢いで検索を始めた。

 気を利かせた桜井と真中がプロジェクターの準備をすると、夜宵は礼を言って端末を接続し、みんなに画面が見えるようにした。

 そこにはインターネットの百科事典が映し出されていた。見出しの文字を見て、一同は首を傾げる。

 

「NNN臨時放送……?」

「ネットロアの一種だよ。テレビの放送終了後に、不気味な映像が映し出されるってやつ」

 

 NNN臨時放送とは、国営放送の放送終了後に謎の映像が流れるという都市伝説である。深夜、テレビの放送終了後に映し出されるカラーテロップが突然消え、暗い曲調のクラシックとともに人の名がスタッフロールのように流れる。それは明日犠牲になってしまう人の名前を挙げるというものであり、映像の最後には「明日の犠牲者はこの方々です。おやすみなさい」といった文章が表示される──というものである。

 

「……じゃあ、その放送が怪異型で、変死事件を起こした元凶って事か?」

「可能性はあるけど……表示されたっていう人の名前を確認しない事にはなんとも言えないね」

 

 一同は難しい表情になる。詩季からの連絡も来ておらず、情報を集めている途中なのか情報が集まらなかったのかは判然としない。

 場が停滞しかけたその時、ノックの音がした。

 

「どうぞー」

 

 亮一が声を掛けると、室内にふたつの人影が入ってきた。ひとりは姐御で、もうひとりは見慣れない女性だった。

 

「異能対にお客さまよ」

「初めまして。私、(あま)(かわ)ひよりと申します」

 

 女性──天河ひよりは名乗ると、名刺を取り出す。代表して亮一が受け取り、代わりに自分の名刺を渡す。

 名刺交換が終わると、爽介がひよりの名刺を覗き込んで、「吾河大学の准教授?」と声を上げた。

 

「はい。理工学部の航空工学科で教鞭を執っています」

「なあ爽介、それってすごいの?」

 

 楓が爽介に尋ねると、彼は目を輝かせて、

 

「吾河大といえば、文理問わず様々な学問を学べる大学として有名だよ。偏差値も高いし、県名を冠しているだけあってレベルの高い大学だね」

「へぇ……そうなんだ」

 

 楓は曖昧な表情で首を傾げた。まだ一年生という事もあり、大学受験については深く考えていないのだろう。

 

「それで、本日はどのようなご要件でしょうか?」

「実は、異能が絡んでいるのではないかという現象を目にしまして……」

「現象?」

 

 ひよりは来客用のソファに腰掛けると、いつの間にか桜井が置いていたコーヒーに砂糖とミルクを入れ、ひとくち飲む。

 それから思い出すような口振りで話し始めた。

 

「昨日……というか、三日の午後三時に、テレビをつけながら転寝していたら妙な映像が流れたんです。ゴミ処理場をバックにして人の名前がせりあがってきて、それが終わったら“明日の犠牲者はこの方々です。おやすみなさい”という文字が表示されてテレビの電源が落ちました。最初はいたずらかと思ったんですけど、今日も流れたので気になって……」

「それって……!」

 

 話をきいた一同は顔を見合わせる。

 

「せりあがってきた名前って覚えていたりしますか?」

 

 桜井が尋ねる。するとひよりは頷いて、

 

「えっと、一度目は……」

 

 と被害者の名前を述べ始めた。

 

「……あと、覚寺我路さん。これで十人です」

「よく覚えてますね」

 

 紗由の驚きに、ひよりは「記憶力だけはいいんです」と微笑みを浮かべた。

 

「被害者の名前と一致しています。という事は、やっぱり臨時放送は怪異型異能力なのか……」

 

 照合していた桜井がそう呟くのをきいた亮一は、「そういえば……」とひよりを見た。

 

「今日も流れたと言っていましたが、やはり深夜の三時に流れたのですか?」

「はい。また十人の名前が流れました。えっと、確か……」

 

 ひよりはすらすらと名前を述べていく。それを手帳にメモしながら、亮一は険しい表情を浮かべていた。

 

「つまり、明日はこの人たちが犠牲になるって事?」

「そうなるね。何とかして止めないとだけど、何を叩けばいいのか……」

 

 亮一の呟きをきいたひよりが「あの、もしかして実際に人が亡くなっているんですか?」と怯えた表情で尋ねる。

 亮一は僅かに躊躇ったものの頷き、ひよりに事情を説明した。

 話をきいたひよりは「そんな事が……」と呟き、それからみんなに向かって、

 

「何か、防ぐ方法はないのでしょうか?」

 

 と尋ねた。

 

「っていっても、名前が出ただけで死ぬんじゃ対応のしようがないよな……」

「そもそも、どういう仕組みでこんな事になってるんだろう。元となる異能はあるはずだけど、それがどんな過程を経て人を殺すのかが分からなければ対応のしようがないよ」

 

 紗由の言葉に、楓が「テレビが電磁波出すとか?」と難しい顔をしながら意見を出す。

 

「分からないな……でも、対策はできるかもしれない。桜井、無効化の携帯型っていくつあったか分かるか?」

「確か五つだったと思います。ただ、異能省に協力を要請すれば人数分は確保できるかと」

 

 亮一の意図を察した桜井がそう言うと、叶が「携帯型を使って何をするんですか?」ときいた。

 

「朝倉さんが言った通り、どのような仕組みで異能が発動するのか分からないし、発信源も分からない。事件は確実に起こってしまうけれど、事前に被害者が分かっていれば対応する事もできる……無効化の携帯型異能で、怪異型の効果を打ち消すんだ」

 

 亮一の言葉を引き継いで、真中が続ける。

 

「もちろん、携帯型だから効果はオリジナルのものより落ちる。だけど、ないよりはマシだし、もしかしたら被害を防げるかもしれないからな」

「なるほど……?」

 

 叶は曖昧な表情で首を傾げたが、どうやら理解はしたらしい。「じゃあ、渡しにいかないとじゃないですか」と思いついたように言った。

 

「そうだね。俺は異能省に協力を要請して、無効化の携帯型を借りる。話し合いになるだろうから、桜井と真中には……」

「それを届ければいいんですね。了解しました」

「ついでに姐御のところに行って情報管理を頼んできます。SNSで拡散されるだろうけど、コントロールが効くうちに対処すれば大きな事にはならないだろーし」

 

 桜井と真中は頷く。それを受けて子供たちも「手伝う」と口々に声をあげた。

 

「そうだね……じゃあ、比較的近いところは“HELLO WORLD”にお願いするよ」

「泊、俺も手伝う」

「私も……大した事はできませんが、配るくらいならできるので」

 

 夜月とひよりがそう言ったので、亮一は「じゃあ、ひとりはここに残って通常業務をこなしてくれ」と桜井と真中の方を見た。

 

「じゃあ俺が──」

「私がやります」

「分かった。桜井に任せる」

「…………」

 

 真中は溜息をついた。だが、真中より桜井の方が事務処理が早いので、配置としては間違っていないといえる。

 全員の行動が決まると、亮一は異能省との交渉を開始し、他の者は準備を整えた。

 そして十分後に転移してきた霧ヶ峰勘助から携帯型異能力を受け取ると、各々の役目を果たすために炎天下へと飛び出していったのだった。

 

   *   *   *

 

 ──同時刻、風読家書斎

 

「……なるほど、そんな異能が」

 

 風読夜見は家村天花から報告を受け、机の上の報告書に視線を落としたままそう呟いた。

 

「いちばん最初に気付いたのは鴨野さんで、私は話をきいただけですが……彼は私たちとは別の情報網を持っているようです」

「だが、その情報網が我々の役に立つのも事実だ。それに、いざとなったら──」

 

 風読が言い終わる前にドアが開き、苛内植が入ってきた。ノックはなかったが、彼はこれが常態だったため、誰も気にしていなかった。言ってもきかないので諦めかけているというのもある。

 

「やあ風読くん。楽しい話をしていたみたいだねぇ」

「苛内さん、少しはその汚れた髪と白衣をどうにかしてくれませんか」

 

 風読は苛内に呆れたような視線を向ける。その長髪がぼさぼさで、白衣の汚れも目立っていたからだった。

 

「まあそう言わずに。僕としてはこの状態がいちばんいいんだよ……そんな事より、なんの話をしていたんだい?」

 

 マイペースな苛内に溜息をついてから、風読は天花に視線を向ける。それを受けた天花は頷き、説明を始めた。異能対でなされたものと同じ、怪異型異能によって引き起こされた事件についての話である。

 きき終えた苛内は「なるほどぉ……」としばらく考え込む素振りを見せていたが、やがて顔を上げて、

 

「その異能、確保するのかい?」

 

 風読に視線を向けてそうきいた。

 

「勿論。ただ、探すのは骨が折れそうですね」

「まあそうだね。あとは異能対と“HELLO WORLD”がどう動くかだけど……家村くん、どう思う?」

「は?」

 

 突然話を振られた天花はぽかんとした表情を浮かべたが、慌てて元の表情に戻り、「事態の収拾に努めるのではないでしょうか」と言った。

 

「その方法をきいているんだけどねぇ……ま、まあいいや。僕の読みが正しければ、面白い事になりそうだし」

「面白い事?」

 

 風読が尋ねると、苛内は歪んだ笑みを浮かべて、

 

「異能対と“HELLO WORLD”の両方を潰せるかもしれないって事さ」

 

 敵の行動予測と、それを踏まえた作戦をふたりに話したのだった。




NNN臨時放送についての事柄は、以下のサイトを参照しました。
ピクシブ百科事典
https://dic.pixiv.net/a/NNN%E8%87%A8%E6%99%82%E6%94%BE%E9%80%81
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