無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#39「協力者たち」

 時を僅かに遡る。

 警察官に襲われた際、援軍として現れた人物を見て、東爽介は驚きの声をあげた。

 

「あなたは……!」

 

 その人物は、後ろで結われた赤紫の髪に紅い瞳という見た目だった。爽介にとってはよく見知った人物だったが、彼が手に持つ黒鉄の輝きと、普段の様子は結びつかなかった。

 彼は警察官を撃った拳銃を並貴多に向けると、静かな声で言う。

 

「東くんを放してください」

「やれやれ。どうしてこの町には警察に逆らう愚か者が多いのでしょうか」

 

 男──幹ヶ谷柘榴の言葉は端的でありながら殺気が篭もっている。それを軽く受け流しつつ、並貴多は柘榴を見据えた。

 

「公務執行妨害で逮捕しますよ?」

「……公務を妨害しているのは、貴方たちのように思えますが。いくら警察といっても、なんの罪もない子供たちをここまで追い詰めるなんて真似が許されているはずはない」

 

 氷のように冷たい言葉を、しかし並貴多は一笑に付してみせる。

 

「なんの罪もない? この子たちには麻薬を服用した嫌疑が掛かっているのですよ。いくら異能研の主導といえども、社会のルールに違反している事に変わりはありません」

 

 それともなんですか、貴方も異能研の職員で、この子たちを助けにきたとでもいうのですか?──意地が悪い口調で言う並貴多に対し、柘榴は冷静に返す。

 

「私は異能研とはなんの関係もありません。ただ、その子供たちは私が働く店でバイトをしていまして。貴方たちよりはよく知っていると思います」

「……そうですか。では、子供たちの側に付くという事でよろしいですね」

 

 並貴多は面倒事が増えたと言わんばかりに溜息をつき、警察官たちに「殺して構いません。責任は私が負います」と低い声で言う。

 それに押されるように警察官たちが前に進み出て、柘榴に向かって拳銃を構える。

 無数の銃口に取り囲まれた柘榴は、しかし臆する事なく前に進み出た。

 

「み、幹ヶ谷さん……にげてください……」

 

 爽介の呻くような声に、「大丈夫ですよ」と微笑んでから、柘榴は動き出した。

 警察官に迫るその手にはナイフと拳銃が握られており、それらを駆使して警察官の手に傷をつけていく。

 当然、相手もやられっぱなしという訳ではない。対処するには絶望的なほどの銃弾が襲いかかるが、柘榴はその全てを回避してみせた。未来を予測しているような、滑らかな動きだった。

 

「……やはり、姫名さんの異能は凄いな」

 

 そう呟いた柘榴はその後も動き続け、ついには全員の手に傷をつける事に成功した。

 とはいえ、決定打にはなっていない。ひとりの警察官が痛みに耐えながら拳銃を拾い、柘榴に狙いを定める。

 

「幹ヶ谷さん!」

 

 爽介が絶叫し、暴れ出す。しかしその抵抗も虚しく、引き金に指がかかり──拳銃が手から落ちた。

 

「え……」

 

 警察官は目を見開き、拳銃を拾いあげようとする。しかしその度に取り落としてしまい、徐々に焦燥を滲ませていった。

 

「これは……異能ですか。厄介な……」

 

 その声に頷いた柘榴は、再び拳銃を並貴多に向ける。

 

「これで全員無力化しました。あとは貴方だけです」

 

 見ると、警察官たちは全員拳銃を掴めないでいる。警棒を腰から抜こうとする者もいるが、やはり失敗していた。

 

 幹ヶ谷柘榴──異能力名「(おん)()()()(きず)

 「欠損」という形でデメリットを持っているものに対して、関連付けた機能を封印することができる異能力である。他人のデメリットに関連する場所を封じる──つまり弱みにつけ込む異能力で、先程は警察官の手に傷をつけた事で“ものを持つ機能”を封じ込めていた。

 異能力は直接的な武力になり得ず、故に拳銃やナイフを駆使していたのだが、並貴多にとっては得体の知れない能力(ちから)でしかない。彼は溜息をつくと、「退くしかないか」と呟いた。

 

「ですが、このふたりはもうじき死ぬ。私に逆らった事を後悔する事になりますよ」

 

 最後に、動けない爽介を蹴り飛ばしてから、並貴多とその部下たちは姿を消す。爽介は顔を顰めてよろよろと立ち上がると、楓ののほうに駆け寄った。

 

「楓さん! しっかりして!」

「……ふたりとも顔色がよくない。すぐに治療しないと手遅れになります」

 

 叶の状態を見た柘榴が冷静にそう言ったので、爽介は「でも医療班はいないし、どうすればいいんですか!」と突っかかる。

 

「落ち着いてください。今助けを呼びます」

 

 柘榴は携帯端末を取り出すと、どこかに電話を掛ける。

 短いやり取りが終わった瞬間、どこからともなく原稿用紙が降ってきて、全員を覆った。

 そして白い部屋に転移した一同は、そこで待機していた美幸の治療を受け、紗由たちと再会したという訳である。

 

   *   *   *

 

「転寝ちゃんが動いてくれなければ、きっと全滅してたよ……」

 

 話の最中、美幸がそう言って眠梨を見た。彼女と亜美は警察官に逮捕され、連行された際に白い部屋に引き摺りこまれ、九死に一生を得たのである。

 

「動いたのは僕だけど、動けるように尽力してくれたのは姐御や所長たちだよ。礼なら彼らに言った方がいい」

 

 眠梨は照れている様子もなく、平然とそう言った。どうやら礼を言われる筋合いはないと考えているらしい。生きにくい人格である。

 

「それでも助かったよ……ありがとう」

 

 小鳥が頭を下げると、全員がそれに倣う。眠梨はひらひらと手を振ってそれを制し、ふいっとそっぽを向いた。

 

「そういえば、サカナミくんとみいろちゃん、あと天河さんはどうしてここに?」

 

 帆紫が訊ねると、サカナミが「オレとみいろはニュースを見てお前たちを探してたんだ。そしたらこの女に捕まった」と眠梨を親指で指し示した。

 

「わたしも同じです。いてもたってもいられなくなった時に海月さんに会って、ここに来ました」

 

 ひよりも頷く。こちらは眠梨を指すような事はしなかったため、眠梨はサカナミの態度に苦笑しつつ「まあ、そういうわけだよ」と言った。

 

「というか、この部屋ってそもそもどういうものなの?」

 

 楓が尋ねると、眠梨はなんでもないように、

 

「この部屋は僕の“駄文並べ(バッドセンテンス)”で作りだした部屋だ。この異能は自分が書いた小説を可能な範囲で実現する異能でね。この部屋も僕が書いた『虚無の牢獄』という恐ろしく退屈な小説を実現したものだ」

 

 と答えた。

 

「『虚無の牢獄』? どんな話なの?」

「真っ白な部屋に閉じ込められたふたりの少女が苦悩しながら殺しあう話。作中に出てくる部屋は簡単には出られないようになっていて、この部屋もそのルールに従っている。だけど僕と一緒なら自由に出られるし、亜美ちゃんのラプラスの悪魔にはこのルールは適用されないから、あまり意味はないね」

 

 そう言ってから、眠梨は一同をぐるりと見回して、

 

「もうひとつ、伝えておきたい事がある」

 

 と言った。

 

「伝えておきたい事?」

「ああ。今回の事件は異能研としても現状維持で手一杯でね。外部から助っ人を呼ぶ事にしたんだ。それで、その助っ人の動きを知らせておきたいと思ってね」

「助っ人って……誰が来たんだ?」

 

 翔一が訊ねると、眠梨は「三人いるんだけど、ひとりは知らない人物だと思うからパス。あとのふたりはきみたちもよく知ってるはずだよ」と薄い笑みを浮かべて言った。

 

「よく知ってるって……」

「冬桜山で会ったってきいたけど」

「冬桜山……って、まさか!」

 

 その正体に思い至った帆紫が声を上げる。

 眠梨は頷いて、説明を始めた。

 

   *   *   *

 

 ──同時刻、冬天警察署

 

 サービス業であるにも関わらず、警察署内にはどんよりした空気が漂っていた。署内が活気を纏っていてもそれはそれで困る気もするが、仮にも警察署だというのに一定の活力すらないのもまた問題である。

 そんな警察署の取調室で、今回の事件で逮捕された者たちが取り調べを受けていた。といっても部屋の数には限りがあるため、いま取り調べを受けているのは無銘、茨羽、夜月の三名だった。

 三人とも黙り込み、黙秘を続けている。本当の事を話してききいれてくれるとは思えないし、かといって自供してしまうのもまずい。それに、きっと仲間や子供たちが動き出しているはずだから、いまは何も言わずに時間を稼ぐのが得策であろうと判断しての事だった。

 いくら犯人を前にしているとはいえ、過度な尋問や拷問は禁止されている。故に限られた範囲でしか強く出る事ができず、刑事たちは苛立っていた。

 こちらから見れば証拠も上がっているのだから、早く罪を認めた方が楽になれるはず。それにも関わらず黙秘しているというのは、犯行を認めたくないという気持ちの表れか、あるいは往生際が悪いのか……いずれにせよ、面倒である事には変わらない。

 そのような膠着状態が続いていた時、不意に夜月の取調室にふたりの人影が現れた。ひとりは夏にも関わらず黒いコートを身に纏っており、もうひとりはふたつに縛った黒髪と琥珀色の目の少女だった。

 

「な、なんだお前ら、どこから──」

「……頼む」

 

 取り調べをしていた若い刑事の声を遮り、コートの人物が少女に言う。

 少女──神流瑞希は頷くと、右腕をゆっくりと掲げ、目を閉じた。

 イメージとして、夜月たちが犯した罪が瑞希の周りに展開される。次の瞬間、瑞希はカッと目を見開き、掲げた手でフィンガースナップをした。

 

 ──あなたの正しさと共に(supreme rightness)

 

 パチンという音がした瞬間、ガラスが割れるようにイメージが崩れ落ちる。それと同時に刑事たちがぼんやりとした表情になり、憑き物が落ちたような目で夜月を見た。

 

「あ、あれ……おれはなにをしていたんだ……って朝倉さん、どうしてここに?」

「……は?」

 

 夜月はあっけに取られて刑事を見る。その目が侵入者たちの方を向くと、瑞希の隣にいた人物がフードをとった。

 

「お前は……」

「久しぶりだね、夜月」

 

 記憶にある姿よりかなり大人びてはいるが、その喋り方と雰囲気は記憶にある通りだった。

 

「なんでここにいるんだ……(あか)(つき)

 

 その言葉に、男──暁月()(ざくら)は「なんでとはご挨拶だな」と苦笑を浮かべる。

 

「まあ詳しい話は後でしよう。いきなりで悪いけど、無銘のところに向かってくれるかな。彼には異能が効かないから、きみの口で事情を説明してほしい」

 

 やはりこれは異能なのか。しかし、どうやって? 

 疑問は尽きないが、夜月は立ち上がり、刑事たちの方を見る。

 ふたりは「ご迷惑をおかけしました」と深々と頭を下げてきた。先程とは真反対の対応に戸惑いながらも頷き、取調室から出る。

 そこに茨羽と亮一、恵もやってきた。三人とも怪訝そうな表情を浮かべていたが、暁月と瑞希を見るとその表情が驚きに染まる。

 

「暁月……どうしてここに?」

「話はあと。とりあえず、無銘のところに行くよ」

 

 暁月がそう言って歩き始めると、みんながそのあとに続く。

 そして無銘の取調室の前まで来るとノックをし、返事をきかずに中に入った。

 取調室では、無銘がふたりの刑事に取り調べを受けていた。ぞろぞろと人が入ってきたので、刑事たちは驚いて腰を浮かしたが、その前に亮一が進み出て、刑事たちとやり取りを始めた。

 風読家の介入で拗れたが、異能研と警察の関係はそこまで悪くない。これは異能研の所長が元刑事である神永という事もあるし、異能対やその協力者たちが警察に協力する事も多いからである。

 故に、亮一の説明を受けて捜査に不手際があった事を認めると、無銘はあっさりと釈放された。

 警察官たちの敬礼に見送られながら警察署を出た途端、夏の日差しと暑さが襲いかかってくる。それにほっとした様子を浮かべた茨羽が「助けてくれてありがとう。でも、なんで俺たちを助けてくれたんだ?」と暁月に尋ねた。

 

「光……いまは眠梨って名乗ってるんだっけ。とにかく彼女から連絡を受けたんだ。みんなを釈放させたいからサポートしろってね」

「だからか……でも、どうやったんだ?」

 

 亮一の質問に答えたのは瑞希だった。

 

「わたしの異能でやりました。あ、わたし、神流瑞希っていいます。“HELLO WORLD”の皆さんにはヤマノケに襲われたさいに助けていただいた事があります」

「ああ、病院にいた子か。あのあとは大丈夫だったか?」

「はい、何事もなく退院できました……それで話を戻しますと、わたしには“対象を無罪にできる能力”があるのです」

「それはまた……凄い能力だな」

 

 無銘が驚いたように言う。それをきいた瑞希は誇らしげに笑みを浮かべると、

 

「それで海月さんという方から依頼を受けて、皆さんの罪を消しました」

 

 と表情と同じくらい誇らしげな声で言った。

 

「で、僕が異能を用いて潜入のサポートをしたってわけ。ちょうど冬天市に用事もあったし、イアもみんなの近況をききたがっていたからちょうどよかった」

「そうか……イアさんは元気なのか?」

 

 茨羽がきくと、暁月は「今回は留守番してるけど元気だよ」と微笑みを浮かべた。

 

「とりあえず、これで目的は達成したから後処理をして帰るね。神流さん、すまないけどもう少しだけ手伝ってくれるかな」

「分かりました!」

 

 瑞希が元気に頷くと、無銘が慌てて、

 

「オレたちも手伝うよ。なにかできることがあれば言ってくれ」

 

 とふたりに言った。

 

「申し出はありがたいけど、すぐに済むから大丈夫。じゃあ、行くね」

 

 暁月はそう言い残すと、瑞希とともにどこかへと転移していった。

 残された五人はしばらくぽかんとしていたが、やがて亮一が「そうだ、真中に連絡しないと……」と携帯端末を取り出した事で我に返った。

 亮一は端末を操作していたが、やがてその表情が怪訝なものに変わる。

 その様子を見た恵が「どうしたんですか?」と尋ねると、亮一は険しい表情で携帯端末をみんなに見せた。

 それを見た一同は驚愕し、怒りと絶望の表情を浮かべた。

 

   *   *   *

 

 ──同時刻、冬天市内

   

 愛夜は警察官を牽制しつつひたすら逃げ回っていた。

 海月眠梨からの依頼を、冬天市滞在中の衣食住の確保を条件に引き受けた愛夜は、異能を駆使して警察官との鬼ごっこを続けていた。

 

「く、クソ……なんなんだコイツ」

「全然追いつけねぇ……」

 

 異能により風を掌握し、空を飛ぶように加速した愛夜に対し、警察官は疲弊しきっている。過酷な訓練をこなし、相当な場数を踏んだが、異能力の前にはそれが無に帰す──その事実を噛み締めながら、ただひたすらに追いかける事しかできなかった。

 どれくらいそうしていただろう。不意に、警察官がぴたりと止まった事に気づいた愛夜は、ついに音を上げたかなと思って振り向く。

 と、躰がふわりと持ち上がり、気づくとどこかのビルの屋上に転移していた。目の前にいるのは暁月と瑞希で、愛夜を見ると「お疲れさま」と手を差し伸べてくれる。

 

「ありがと。あれでよかった?」

「十分だ。神流さんがお前の罪も消してくれたから、もう大丈夫だぞ」

「そっか。よかった〜」

 

 愛夜は表情を緩めると、暁月に飛びつく。

 その躰を受け止めながら、暁月はふたりに言った。

 

「これで僕たちの役目は終わりだから、今すぐここを離れよう」

「どうしてですか?」

 

 瑞希が尋ねると、暁月は携帯端末を取り出してその画面を見ながら、

 

「……少し、状況が変わった。こちらにも危害が及ぶかもしれないから、早く離れた方がいい」

 

 と険しい顔で言った。

 その様子にただならぬものを感じた瑞希が頷くと、暁月は表情を緩めて「とりあえず市外に出よう」と異能を発動した。

 瞬間、三人の姿は消え、あとにはなにも残らなかった。

 

   *   *   *

 

 ──同時刻、白い部屋

 

 無機質な部屋の中で、紗由は呆然としていた。

 彼女の周りには沢山の人が倒れている。その躰はぴくりとも動かず、死に限りなく近い領域にいる事は明らかだった。

 手に持っていた携帯端末が落下する。その画面には、先程までゴミ処理場が映し出されており、物悲しいクラシックが流れていた。

 そして画面の下からは、このような文字がせり上がってきていた。

 

 

 茨羽和樹(16)

 

 茨羽帆紫(18)

 

 東爽介(16)

 

 御剣叶(16)

 

 皐月日夜宵(17)

 

 朝倉美幸(36)

 

 朝倉亜美(33)

 

 歌先姫名(18)

 

 苛内植(59)

 

 

 曲がフェードアウトしていき、画面が死ぬ。その直前にナレーターがこう締め括った瞬間、人が倒れていき、惨劇は完成した。

 

 

 

 本日(・・)の犠牲者はこの方々です

 おやすみなさい

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