無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
「越月が落ちたか」
何処ともつかない路地裏で、白衣の男がそう呟いた。
「ありゃただの自爆だろ。馬鹿らしい」
壁に寄りかかり、眠そうな目をしていた神知が目と同じくらい眠そうな声で言う。
「だが、ロストアイの有用性は証明された」
白衣の男はそう言うと、手に持っていた携帯端末を眺める。そこには何かのリストらしきものが表示されていた。
「然し…厄介な異能力者が二人居るな。泊亮一と、高凪ちとせ…特に泊は危険だ」
リストには、泊亮一と高凪ちとせの名の他に、様々な人物の名前があった。これは―異能力者のリストだ。
「神知」
「んあ?」
「依頼だ。泊亮一と高凪ちとせを捕獲しろ」
男の言葉に、神知は面倒臭そうな顔をした。
「捕獲ぅ?殺しちゃいけねぇのかよ」
「興味深い異能を持っているからな」
「…チッ、報酬は弾むんだろうな」
「ああ、一人につき五百万でどうだ」
「…ちと少ねぇが、まあいいだろう。馬券も当たったしな」
神知はニヤリと笑みを浮かべ、壁から離れる。
「最終的に生きてりゃいいんだろ?」
「ああ、プロセスは問わん。好きにやれ」
「りょーかい」
神知は歩き出す。
狭い街だ。対象人物はすぐに見つかるだろう。
去っていく神知を眺めながら、男は口を開いた。
「さて、次の一手は……」
* * *
泊亮一と高凪ちとせは夜道を歩いていた。
あの後、夢羽を救出したお祝いという名目でバカ騒ぎした為、かなり疲れている。
思えば長い一日だったなぁと亮一は思った。
「疲れたね」
不意に、ちとせが口を開く。
「ああ。でも、楽しかった」
「探偵らしい事が出来たから?」
「まあそれもあるな」
でもそれ以上に、あの連中と居れたのが楽しかった。
異能力者だらけの、変わった集団…逆浪や美雪も馴染んでいたようだし、実際居心地は良かった。
「…もうちょっと早く出会えていれば、俺も自分の異能をもっと好きになれたかな」
「…そうね。あの人達なら、受け入れてくれたかもしれない」
今回の事件の裏には異能主義があった。異能は万能な力では無く、人生を狂わせるものでもあるのだ―その事を、改めて感じた。
夜道を歩いている途中、前方から人影が見えた。
青いマントに青いジーンズ、青い帽子…青づくめの格好をした奇抜な男だった。唯一、マントの下に着ているベストだけが、血のように赤い。
彼は亮一達を見つけると、笑みを浮かべて言った。
「泊亮一と高凪ちとせだな?」
「はい、そうですけど…」
亮一は何か薄気味悪いものを感じた。殺気というか、何かピリピリした独特の雰囲気が男にはあった。
亮一の返答を聞いた彼はニヤリと口角を吊り上げた。
「俺は神知戦という。いきなりで悪ぃが、お前ら…大人しく捕まってくれ」
二人の顔が驚きに染まる。
それを愉快そうに眺めた青い獣は、腰を落として身構え―瞬間、亮一の懐に居た。
「え」
反応する暇さえない。
亮一の顔に焦燥が浮かんだ瞬間には、もう神知は攻撃を終えていた。
夜空に、血飛沫が舞う。
黒と赤が混ざり合い―儚く消える。
後には、何も残らなかった。
夢羽編はこれでおしまいです。