無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#42「孤独の闇に差す曙光」

 記憶にある姿より成長したひよりを見て、心春は悲しげな表情を浮かべる。

 

「そう、だよね。もう小学生じゃないんだよね」

 

 自分にいいきかせるような言葉には、自分が知らないひよりが存在している事への悲しみが内包されていた。

 対するひよりは心春を見て驚いたようだったが、気を取り直して問い掛ける。

 

「変死事件の犯人は、本当に心春ちゃんなの……?」

「……そうだよ。前回も今回も、わたしが起こした」

「どうして、そんな事を……」

 

 ひよりの言葉に、心春は逡巡したように黙る。だがそれも数秒の事で、すぐにこう言った。

 

「寂しかったから。お父さんとお母さんは死んじゃったし、わたしはひとりぼっちだった。そんな理不尽のなかに放り出された恨みと寂しさで、わたしは事件を起こした。一度目も二度目も、動機は変わらないよ」

「そんな……」

 

 そんな理由で、とは言えない。

 永遠にも思える長い時間をひとりで過ごす事が、どれだけ辛い事か……それは自分が想像している以上の苦痛であり、安易に否定するべきではない。

 それでも……

 

「それでも、なにも関係ない人を巻き込むのは、間違っていると思う……」

 

 ひよりの言葉は、心春にしてみれば身勝手で、怒るに値するものであったに違いない。

 しかし、心春はそうせず、「……そうかもしれないね」とその言葉を肯定した。

 

「……でも、ひよりちゃんが同じ状況に置かれたら? ひとりでずっと過ごすのはひよりちゃんが思うより辛いよ? それでも、ひとりでいられるの?」

「わたしは……」

 

 いられる、と答えるべきだ。それは分かっている。

 にも関わらず、ひよりは即答する事ができなかった。

 その様子を見下ろした心春は、「それとも……」と、ひかりのない目をひよりに向ける。

 

「ひよりちゃんがわたしと一緒にいてくれる? 永遠に空から落ち続けて、それでもわたしと一緒にいてくれるの?」

 

 その質問に対しては、ひよりは即答する事ができた。

 

「うん。それで心春ちゃんが満足するなら、わたしはずっと一緒にいるよ」

「……じゃあ、いますぐこっちに来て。わたしと一緒になってよ」

 

 心春が手を差し伸べる。異能が完全に解除されたわけではないので、その手を掴むことはできない。それでも、ひよりは手を伸ばした。

 その時、ふたりの間を銃弾が遮った。見ると“轟天”を構えたアポトーシスがこちらに視線を向けている。

 

「なに綺麗に終わろうとしてるんだ? お前みたいな異能にハッピーエンドを与えるわけないだろう」

 

 普段ならば、このタイミングで誰かがアポトーシスを押さえ込む。

 だが、このまま心春とひよりが一緒になるという事は、ひよりが死ぬ事を意味している。心春は満足して事件は終わるかもしれないが、本当にこれで良いのだろうか?

 誰もが動こうとして、それを躊躇った。

 それを知ってか、アポトーシスは薄ら笑いを浮かべ、

 

「まあ、俺が手を下さなくてもそいつは消えるけどな」

 

 当たり前の事であるように、そう言った。

 

「消える……?」

「忘れたのか。そいつは和奏心春本人じゃない。和奏心春の形をとった異能だ。そして俺が表に出ている以上、異能は自壊していく」

 

 つまり、そいつはもう助からない──その言葉に、ひよりが小さく呻く。

 

「そんな訳で、事件は解決だ。まぁ、お前たちも死ぬけどな」

 

 非情ともいえる宣言に、ひよりは心春の方を見る。

 心春は絶望の表情を浮かべ、取り乱していた。

 

「うそ……やだ、やだよ……もう、ひとりはいやなのに……!」

 

 その様子を見た全員が、心春はただ寂しかっただけなのだと気づいた。

 突然命を奪われた事への恨みや理不尽への怒りにより、誰かを道連れにしたいと思った──それも、動機のひとつではある。

 だが、少なくとも今回の事件を起こしたのは、ひとりぼっちになりたくなかっただけなのだと、分かってしまった。

 心春は冬天市を騒がせた事件の犯人である。それにより大人たちは逮捕され、子供たちも警察に追われる身となった。楓や叶など、殺されかけた者もいる。

 心春を許す事はできないし、許すつもりもない。

 それでも──

 

「……どういうつもりだ?」

 

 アポトーシスが目を細め、意外そうに呟く。

 その場にいた殆どの者が、アポトーシスを排除するために動き出していたからだ。

 

「なんで俺に攻撃をする? 事件を解決したのは俺なんだけどな」

「……確かに、お前は事件を解決したし、和奏心春の罪が消える事はない」

 

 そう言った夜月の一撃を回避しつつ、アポトーシスは「分かってるならやめてくれないか」と面倒くさそうな表情を浮かべる。

 

「だが、それでもお前を排除する理由はある」

「ほぉ。恩人に楯突くに値する理由があると」

「第一に、お前は零導の躰を奪っている。その躰は誰のものなのか理解(わか)らせる必要がある」

「第二に、和奏心春をここで消滅させるわけにはいかない。生きていないと罪は償えないからな」

 

 夜月と無銘の言葉に、アポトーシスは呆れたように手を広げ、態度と同じくらい呆れた声で言う。

 

「随分な理由だな。俺は零導に許可を得て表に出てきたし、和奏心春はただの異能だ。生きている存在であるとはいえない」

 

 アポトーシスの反論はあながち間違いというわけではなかったが、それに対する答えは単純明快なものだった。

 

「知るかそんな事。殺すと言われてはいそうですかと首を差し出すほど優しくはないし、和奏心春に関しては異能研あたりがどうにかする事だ」

「どうにかって……まあ実際、方法はありますけど……」

 

 亮一が呆れを滲ませながらそう言って、ちらりとひよりを見る。

 

「条件が揃わないとだが、この場を丸く収める方法ならある。あとはお前をどうにかすれば万事解決だ」

「やれやれ。理不尽とはまさにこの事だな」

 

 亮一の言葉を受けたアポトーシスは言葉とは裏腹に面白いものでも見たような表情を浮かべていたが、

 

「だが、もう無駄だ」

 

 雰囲気をがらりと変え、冷たい口調でそう言った。

 

「零導はもういない。お前たちに与えられた選択肢は、俺を殺すか俺に殺されるかだ」

 

 言うが早いか、アポトーシスは死角から迫っていた翔一の一撃を受け止め、カウンターを入れる。

 それをきっかけとして、他の者も攻撃を始めた。

 数と実力が伴った攻撃を躱し、いなし、受け止める。躰の持ち主以上の力を発揮して、アポトーシスは攻撃を捌いていった。

 大人たちや“HELLO WORLD”のメンバーだけでなく、天花もアポトーシスに立ち向かっていた。異能を持たずに戦い続けている天花の体術は、大人たちのものと遜色ないものであり、頭ひとつ抜けている。しかしその行動原理は不明だったため、

 

「どうしてあんたがあたしたちの味方をするの!」

 

 攻撃を続けながら、小鳥が天花に叫んだ。

 

「勘違いするな。私はお前たちの味方になった訳じゃない」

 

 天花はアポトーシスの反撃をぎりぎりのところで回避しながら冷静な口調で言った。

 

「我が主は臨時放送の怪異型異能力を所望している。ここで和奏心春が消滅する事になっては困るというだけだ。コイツを始末したら、次はお前たちだ」

「……なら、いまここで!」

「威勢がいいのは結構だが、そんな暇があるのか?」

「え、うわっ!」

 

 アポトーシスが振り回したライフルを咄嗟に回避した小鳥は悔しそうな表情を浮かべ「今はコイツを倒すしかないか」と呟く。

 

「分かったなら攻撃を続けろ」

 

 それ以上は天花の言葉に応じる事なく、小鳥は攻撃を再開した。

 

   *   *   *

 

 眼下で激化していく戦闘を見ながら、和樹はやきもきしていた。

 

「どうにかして戻る事ができれば……」

 

 自分の躰は地面に横たわっているが、そこまで行く事ができない。心春に「戻る方法はないのか」と尋ねてみても、取り乱すばかりで回答は得られなかった。

 やきもきしているのは他の者も同じらしく、色々と試していたが全て失敗していた。そのなかでの唯一の幸運は、この場において障害となるであろう苛内がどこかへ行ってしまった事だった。元の世界に戻るという目標がほとんど達成されかかっているので、やる気を失ったらしい。彼の行動により、下界に干渉しなければある程度の行動が可能であると判明したが、それでも躰に戻る事はできなかった。

 

「……本当に、零導先輩は消えてしまったんですか?」

 

 爽介がアポトーシスに視線を向けながら尋ねる。それに答えたのは美幸だった。

 

「あの状態になったのは初めてだから、零導がどうなったのかは分からない。だけど、どうにかして浄化する事ができれば、希望はあるかもしれない」

「浄化するって……そんな事ができるんですか?」

 

 帆紫が尋ねる。美幸は頷くと、昔を思い出すような表情でこう言った。

 

「一年以上前になるけど……この街に旅人が逗留していた事があってね。その人は“穢れを浄化する”異能力を持っていたんだ」

「穢れ?」

「異能力みたいな、人の(ことわり)に反したものや、環境汚染みたいな人間が引き起こした汚れ……そういったものをまとめてそう呼んでいたみたい」

「じゃあその異能を使えば朝倉くんは戻るって事ですか……でも旅人ならもう街を出てるのか」

 

 姫名の言葉に頷いた美幸は、「よっくんも亜美ちゃんも、あと私も零導の異能についてはよく知らなかったから、方法は分からないんだよ」と悔しそうに言った。

 と、そこでとある事に思い至った和樹は「もしかして……」と呟き、美幸にこうきいた。

 

「その旅人、天姫奏って名前だったりしますか」

「そうだけど……知り合い?」

「いえ。でも、木野さんが仲良くしていた旅人だときいた事はあります」

 

 話をきいた美幸は納得したように頷く。

 ますます天姫奏を探す理由が増えたが、今はこの状況を抑えるのが先だ。

 どうしたものかと思っていた時、叶が険しい表情を浮かべて身構えた。見ると苛内が髪を振り乱しながらこちらへと向かってきていた。

 

「戻ってきやがった……飽きたんじゃなかったのかよ!」

「それもそうなんだけどね。やっぱり暇だったからキミたちと遊ぼうと思ってねぇ〜」

 

 髪を振り乱し、ニタニタと笑いながら迫る苛内はかなり気持ち悪い。嫌悪感を覚えながら、和樹はその前に立ちはだかった。

 次いで爽介と帆紫も和樹の横に並ぶ。刀がないと力を発揮できない叶や、非戦闘員である美幸と亜美、姫名は心春を後ろに庇っていた。

 

「もうじき元の躰に戻れるだろうから、その間、付き合ってもらうよぉ〜」  

「来やがれ、ここでぶちのめしてやる!」

 

 眼下のものよりは規模が小さい、しかし事件の行方を左右するもうひとつの戦闘が始まった。

 

   *   *   *

 

 和樹たちと苛内が戦闘を始めた頃、眼下で行われる戦闘も佳境を迎えようとしていた。

 天花の拳を防ぎ、紗由が振り下ろした大太刀を間一髪で回避する。その側面から小鳥と無銘の拳が迫ってきたので、アポトーシスは舌打ちをしつつ半歩下がり、それを躱した。

 先程からアポトーシスは攻撃のタイミングを見失っていた。普段は敵対している天花や、立ち位置としては外部の者に近い柘榴を含めた即興のメンバーではあったが、戦闘のなかで呼吸を合わせ、波状攻撃を持ってしてアポトーシスを打ち倒さんとしたのである。

 当然、余裕も生まれてくる。一撃を入れたあと離脱した夜月が、同じく一撃を入れたあとの亮一に話しかけた。

 

「さっき、この場を丸く収める方法があると言っていたが、どんなものなんだ?」

 

 亮一は素早く思考を纏め、その問いに答える。

 

「いまの和奏心春は異能力が人格を持ったようなもの……つまり、アポトーシスと同じような状態にあります。そして異能力ならば、わざわざ消滅させる必要はない」

 

 それをきいて、恵と共に眠梨を介抱していた陽香が声をあげた。

 

「そっか、異能は譲渡できるから……」

「そういう事です」

 

 亮一は頷き、話を続ける。

 

「この場にいる誰かが和奏心春を異能として取り込めば、所有権がその人に移る。コントロールには時間がかかるでしょうが、事件を終わらせる事はできます」

「……なるほどな。だが、肝心の和奏心春がそれを認めるか?」

 

 夜月は自分の上で行われているもうひとつの戦闘に目をやり、そうきいた。加勢したいのは山々だが、干渉する手段がない以上、どうしようもない。

 その問いは亮一に向けられたものだったが、それに答えたのは亮一ではなかった。

 

「わたしに任せてもらえませんか」

「天河さん……」

「できるのか?」

 

 夜月の問いに、ひよりは頷く。

 

「……心春ちゃんは寂しかっただけなんです。その隙間をわたしが埋められるというのは驕りかもしれないけれど、心春ちゃんを助けられなかった事に対する贖罪になるなら、この躰がどうなっても構いません」

 

 それに、とひよりは続ける。

 

「無銘さんが言っていたように、生きていないと罪は償えない。ならその罪を、わたしも一緒に背負いたいんです」

「……分かった。そこまで言うなら任せよう」

 

 夜月は頷いてから、亮一をちらりと見て、

 

「異能を持つとなると、アポトーシスが天河を襲うかもしれない。念の為に遠ざけるぞ」

「了解しました」

 

 亮一は頷くと、戦況を分析し、アポトーシスを遠ざける策を練る。

 そしてふたりは戦闘のなかへと飛び込んでいった。

 残されたひよりは大きく息を吸うと、上で行われている戦闘に目を向ける。

 長髪の男が心春に襲いかかろうとしており、それを和樹たちが止めている。現時点では和樹たちが優勢となっているが、変動しないとも限らない。

 ひよりは覚悟を決めて、「心春ちゃん!」と叫ぶ。

 こちらを向いた心春に対し、ひよりは自分の想いを伝えていった。

 

   *   *   *

 

「心春ちゃん、ずっと寂しかったんだよね。ひとりになりたくなくて、事件を起こしたんだよね」

 

 眼下で叫ぶのは、成長した親友。その表情は悲しみと、それ以上に強い決意に満ちていた。

 

「心春ちゃんがやった事は赦される事じゃないし、もしかしたら心春ちゃんを恨んでいる人もいるかもしれない」

 

 分かっている。

 自分がやった事がどれだけの人を傷つけたのか、それによりどれだけの人が苦しんだのか──それは、しっかりと理解している。

 だけど、それでもひとりぼっちになりたくなくて、心春は事件を起こした。

 身勝手だと分かっていても、ひとりは恐かった。最初のうちは理不尽を呪って事件を起こした事もあったが、二度目の事件は、孤独の闇に囚われていたから起こした事件だった。

 自分はもう“和奏心春”ではない。彼女の人格を模したただの異能だ。そんなものに慈悲を与える必要はないし、自分が消滅して異能が解除されれば、囚われた人々は還ってくる。結局、自分が孤独のなかにいる事こそが、いちばんの解決策だった。

 わたしがひとりでいれば、みんなは苦しまずにすむ。

 ひとりでいれば、街の人々は平穏に暮らす事ができる。

 わたしが、ひとりでいれば──

 

 

「……それでも、わたしは心春ちゃんと一緒にいたい」

 

 

 え、と声が出る。

 ひよりは真摯な目で心春を見てから──驚く事に、微笑んでみせた。

 

「心春ちゃんが罪を背負うなら、わたしが一緒に背負う。ひとりが辛いなら、わたしが一緒にいる。子供の頃に助けられなかったぶん、今度は心春ちゃんを幸せにしてみせる。だから──」

 

 わたしと、一緒に行こう。

 そう言って、ひよりは心春に手を伸ばした。

 

「でも……わたしは和奏心春を模した異能でしかないし、もうすぐ消えちゃう存在だよ!? ひよりちゃんにも迷惑かけちゃうし、わたしがいなくなればみんなは喜ぶのに……」

「異能だとしても、心春ちゃんである事には変わりないし、わたしが心春ちゃんを異能力として受け入れれば、消滅する事もなくなる。それに、いなくなるほうがみんな怒っちゃうよ。罪を償うには、生きていないといけないんだから」

 

 ひよりは心春の叫びをきいてもなお優しい笑顔を向け、受け入れるように手を伸ばす。

 嘘偽りのない、本心からの笑顔だった。

 

「だから、手を伸ばして。わたしと一緒に生きてほしいな」

 

 背後では、少年たちが長髪の男から自分を護ってくれている。

 眼下では、自分を消そうとする存在を倒すために、多くの人が動いてくれている。

 そしてなにより、ひよりが手を差し伸べてくれている。

 自分はもう、ひとりじゃない……そう気づいた瞬間、涙がこぼれた。

 空を漂いながら求めていたものが、確かにそこにあった。

 受け入れてしまえば、自分は罪と向き合う事になる。

 とても険しく、長い道のりかもしれない。

 それでも──

 

 心春はひよりに向けて手を伸ばす。

 その躰がひかりに包まれ、結晶となる。

 それと同時に心春の異能が完全に解除され、結晶は眩い輝きを放ちながらひよりのなかへと収まった。

 

 

 孤独の闇に曙光が差し、

 和奏心春は、新たな生を歩みだした。

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