無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#43「光明」―孤独曙光の章 終幕―

「これでまたひとり、異能力者が増えたというわけか。下らない喜劇だな」

 

 アポトーシスが嫌悪感を滲ませた声色で呟き、ひよりに銃口を向ける。

 

「ま、殺す相手が増えたというだけの事だがな」

 

 そうして発射された銃弾は、夜月と紗由によって防がれ、ひよりに届く事はなかった。

 

「もう諦めろ。これだけの人数差だ、お前が倒れるのも時間の問題だと思うがな」

「早くにぃを返して」

 

 ふたりの言葉に、「話をきかないヤツらだな」とアポトーシスは呆れた表情を見せる。

 

「零導はもういないと言っただろう。この躰は俺のもので、お前らにとやかく言われる筋合いはない」

「嘘だよ……だって、にぃがそんな簡単にくたばるわけがないもん!」

「アイツの回復力は俺の力があってのものだ。それに魂が消滅した以上、世界の外側にでも行かなければアイツと逢う事は不可能だろうよ」

「世界の外側……」

 

 その言葉をきいて、小鳥が声をあげる。眠梨からきいた、異能起源譚について思い出しているのだろう。

 

「安心しろ。お前らもすぐに後を追う事になる。零導に逢いたいならとっとと殺される事をおすすめするよ」

 

 アポトーシスは複数の方向からきた攻撃を捌き、反撃を加える。先程から一進一退の攻防が続いていたが、数の差で有利なのは紗由たちだ。彼が圧倒されるのも時間の問題だろう。

 だがその時、その状況を打破する出来事が起こった。

 ひとつめは、重傷を負っていた並貴多が静止を振り払い、拳銃を構えた事。狙うのは紗由たちで、このままやられるよりはひとりでも多く道連れにしたいと思っての行動だった。

 そしてもうひとつは、その思惑が阻止された事。発砲を実行に移そうとした瞬間、並貴多はどこからともなく現れた男により拳銃を奪われ、床に組み伏せられた。

 男は並貴多の後頭部に拳銃を突きつけ、躊躇なく発砲する。

 銃弾は並貴多の頭部を貫き、脳漿を辺りに飛び散らせた。

 男は「これでよし」と呟き、並貴多が持っていた携帯型異能力を拾いあげてからひらりと身を翻す。

 一瞬のあと、男のいた場所を、血の刃が通り過ぎていた。躱さなければ彼はまっぷたつにされていただろう。

 血の刃を放ったのは翔一だった。彼は突然の闖入者を警戒しつつ、「何者だ」ときく。

 

「僕はただの通りすがりさ。そこの刑事がキミたちを撃とうとしたから助けてあげた、正義のヒーローだよ」

 

 男はそう言って、アポトーシスに視線を向ける。

 

「この街で異能が使えなくなっているのはキミの仕業? 迷惑だからやめてほしいんだけどな」

「生憎だが、やめるつもりはない。俺の存在理由は全ての異能を滅ぼす事だからな」

 

 アポトーシスの回答に、男は「あそう」と適当に相槌を打ち、それから何かを思いついたかのようにニヤリと笑った、

 

「要は、異能力者を全て滅ぼす事ができればいいわけだよね?」

「その通り。そしてそこにはお前も含まれるというわけだ」

 

 アポトーシスの言葉に、「おお、こわいこわい……」と肩を竦めつつ、男はアポトーシスに近づいていく。小鳥たちが静止しようと動いたが、男はそのすべてを躱してみせた。

 

「いまの話をきいて近づくとは、ただの馬鹿か死にたがりかのどちらかだな」

 

 お望み通りにしてやろうと言って、アポトーシスは銃弾を放つ。

 至近距離で、避ける事は不可能の筈だった。それにも関わらず、男は首を傾げて銃弾を回避し、アポトーシスの耳元で何事かを囁いた。

 

「……それは、本当か?」

「キミがどんな異能を持っていようと、ひとりで全ての異能力者を滅ぼすなんてできっこない。だから少し先延ばしにして、僕たちに協力してよ。そうすれば、キミが望む終わりを見せてあげるからさ……あ、異能の力を借りたくないってのは通用しないよ。僕の目から見れば、キミだって異能力者なんだから」

 

 反論を封じられたアポトーシスは黙り込む。その様子に手応えを感じたのか、男は畳み掛けるように続けた。

 

「それに、キミも愉悦したいんでしょ。いまここでこの子たちを殺すのは勿体ないし、躰の主導権はキミにあるみたいだからね。急ぐ必要はないんじゃない?」

 

 アポトーシスは黙ってきいていたが、やがて口の端を吊り上げ、自らの異能を解除する。

 途端に全員の異能が使えるようになり、いままで以上のスピードで猛攻を仕掛けようとする。

 だが、その時には男が携帯型異能力を発動し、アポトーシスとともに転移していた。

 残されたのは、事件が終わったという実感と並貴多の死体、そして夏の暑さだけだった。

 

   *   *   *

 

 男とアポトーシスが転移したのは、路地裏にひっそりと存在しているバーのまえだった。

 

「“Mayhem”? バーに付けるには適さない名だな」

「お洒落だろう? さ、入ってよ」

 

 営業まえらしく、ドアに掛けられた札は“close”となっている。しかし男はそんな事はお構いなしにドアを開け、入るように促した。

 そこまで広くない店内、控えめな証明、カウンターの後ろに並べられた酒……気品のあるバーではあるが、心なしか空気が固いようにも感じられる。

 開店まえなので店内には人はいない……と思いきや、ふたつの人影があった。ひとりは黒髪を後ろに結んだ女で、カウンターのなかにいる。店員か、あるいはこの店のマスターといったところだろう。

 もうひとりはカウンターの椅子に腰掛けた女で、ノートパソコンを操作している。アポトーシスは零導の記憶のなかにその姿を見つけ、驚いた。

 

「……異能対の職員が、なぜここにいる?」

 

 肩までの黒髪に、黒縁の薄眼鏡。楚々とした印象を与える女だが、この場には少々そぐわないような気もする。

 女は顔を上げ、アポトーシスを見る。ひかりのない目が驚きに見開かれ、「なぜ彼がここに?」と男に尋ねた。

 

「あとで説明するよ。ひとつ言える事は、彼はキミが知っている人格ではないという事だ」

 

 男はそう言うと、「これが僕の仲間だよ」とアポトーシスに視線を移す。

 

「それは分かる。だが、これはどういう集まりなんだ?」

「そういえば説明してなかったね。ここにいるのは、僕がさっきキミに言った事を実現するための仲間たちだ」

「“この世界に混乱を齎す”ための組織か」

「そういう事。僕たちはこの世界を地獄に変えさえすればあとはどうでもいい。その過程でいくら異能力者が死のうと関係ないんだ。これは利害の一致じゃないかい?」

「……それもそうだな。それで、具体的にはなにをするんだ」

「風読家……正確にはその背後にいる苛内植を潰す」

 

 アポトーシスの問いに、男は即答した。

 

「彼も僕たちも“この世界に混乱を齎す”事を目的としているから理念は一致しているんだけどね。目指す場所が違う」

「というと?」

「僕たちが目指すのは破滅だけど、彼が求めてるのは玩具だ。つまり世界を混沌に突き落としたうえで存続させ、そのさまを眺めて楽しもうとしているのさ」

「悪趣味だな」

 

 自分の事を棚に上げて言うアポトーシスが面白かったのか、男はくっくっと笑う。

 

「まあそんなわけで、苛内はジャマなんだよね。といっても異能対や“HELLO WORLD”も風読と事を構えるつもりのようだから、そこを掻っ攫うつもりではあるよ」

「漁夫の利というわけだな、そういうのは嫌いじゃない」

 

 だが、とアポトーシスは続ける。

 

「仮に苛内を(たお)したところで、どうやって世界に混乱を齎すつもりだ?」

「怪異型異能力のなかにリンフォンという呪物があってね。それを利用するつもりだ」

「なるほど。しかし、異能対が破壊して回っているときいたが」

「その通り。残りは三つしかない。ひとつは僕たちが持ってるけどこのあと使う予定だし、実際にはふたつしかないって事になるかな」

「そのふたつの行方は?」

「ひとつは行方不明。そのうち異能対が見つけるだろうね。だけどもうひとつの行方は僕たちしか知らない」

「アドバンテージになるわけか」

「そうだね。異能対と風読家が潰し合って疲弊したタイミングで確保して使おうと思ってる。そっちのほうが楽しいからネ」

 

 嬉々として語る男に、「だが……」とアポトーシスは疑問をぶつける。

 

「最後のひとつの行方が分かったら争奪戦になるだろう。どうするつもりだ?」

「そのために、ある村を滅ぼそうと考えている」

「村?」

「愛知県の山のなかにある狭霧村。かつて、その場所でひとりの少女が地獄の門(リンフォン)を宿したのさ」

「その村を調べられないように滅ぼすと」

「異能対も風読家も、そういう村があるという事は知ってるけどね。特に苛内は少女にリンフォンを埋め込んだ張本人だし。だけど、その少女がいまも生きている事は僕たちしか知らない。だからまあ、これ以上余計な事を知られるまえに滅ぼすってワケ」

「そこで使うのが、いま所持しているリンフォンという事か」

「ご名答! 実証実験も兼ねてるからね」

 

 男は大袈裟に手を叩く。ふたりの女は特に反応せず、それぞれの作業に戻っていた。

 

「ま、そういうワケなんだけど協力してくれないかな?」

「……ここまでベラベラと話しておいて、俺が断ったら滑稽だな」

「それはないよ。だって、キミは想像しているだろう? この誘いに乗ったあと、鏖になった異能の姿をさ」

 

 挑発に対しても笑みを崩さない男をアポトーシスはじっと見て、それから「……分かった、乗ろう」と呟いた。

 

「なら決定だ。僕は鴨野空昼という。そしてカウンターのなかにいるのが……」

伏黒(ふしぐろ)(かける)と申します。以後お見知りおきを」

 

 カウンターのなかにいた女──伏黒翔は短く名乗り、頭を下げる。

 

「で、パソコンを弄っているのが僕たちのリーダーだ。既に顔見知りみたいだけどね」

「まさか異能対の職員が、こんな組織のリーダーだとはな」

 

 アポトーシスの言葉に、女──高凪ちとせは「……それはきみもでしょ」と素っ気なく答える。

 

「兎に角これで顔合わせは済んだわけだ。新たな同士の誕生を祝福しようじゃないか」

 

 男──鴨野空昼はオペラ歌手のように両手を広げ、大層な身振りとともにこう言った。

 

「ようこそ、我らが組織──ヘルタースケルターへ!」

 

   *   *   *

 

 夏は日が長いといっても、十九時を過ぎれば闇が空を覆い始める。

 密度の濃い一日が終わり、疲労が躰に影響を及ぼしても尚、子供たちはアポトーシスを探していた。

 とはいっても、手掛かりはなにひとつない。それでも諦めずに探した結果、アポトーシスではなく、別の人物を発見した。

 

「よいちゃん!」

 

 夜宵は無題荘のまえで倒れていた。臨時放送で名前は呼ばれていたが、同じく名前を呼ばれた和樹たちが言うには、夜宵はどこにもいなかったとの事だった。

 ちなみに和樹たちは市内の病院に入院している。意識は戻っており、元気そのものだったのだが念の為に入院する事になったのだ。最も、目覚めたあとにスタミナコーヒーを飲んでしまったので休息となるかは疑問だが、とりあえず全員無事だった。

 夜宵はすぐに目を覚ましたが、状況は把握していなかった。零導がアポトーシスとなり、“HELLO WORLD”から離脱した事をきいた時にはショックを受けていたが、話をきき終わると「……早く零導さんを探さないと」と意志の籠った口調で呟いた。

 

「といっても、闇雲に探しても見つかりそうにないんだよなぁ……」

「それに、もし見つけたとしても元に戻さないといけないしね」

 

 小鳥と楓の言葉に、「なら……」と声をあげたのは翔一だった。

 

「リンドウ先輩を探すのと並行して、天姫奏って人を探すのはどうだ? 和樹と美幸さんの話だと、その人ならリンドウ先輩を元に戻す事ができるみたいだし」

「それしかないか……さよりんも、それでいい?」

 

 小鳥は気遣うように紗由に尋ねる。兄がいなくなり、落ち込んでいると思っての事だった。

 しかし、紗由は「それで大丈夫」と力強く頷いてみせた。

 

「何年かかっても、にぃは絶対に連れ戻す。だから、力を貸してくれる?」

 

 紗由の様子にその場にいた者たちは呆気に取られたが、すぐに頷いた。

 過去から続く因縁を断ち切るという目的以外にも、新たな目的ができた。あとは、その目的に向かって動くだけだ。

 零導奪還に向けて、一同は決意を新たにしたのだった。

 

 

 

 人心地ついたところで、小鳥が夜宵にきいた。

 

「そういえば、よいちゃんは臨時放送に呼ばれたあと、どうなったの?」

 

 その言葉に、夜宵はしばらく黙ったあと、

 

「……ずっと、夢を見てた」

 

 ぽつりと呟いた。

 

「夢?」

「……暗い谷底から、人の形をした影が這い登ってきて、わたしは逃げようとするんだけど、脚を掴まれて……」

 

 

連 れ て っ て よ ぉ ! !

 

 

 影は絶叫し、夜宵を奈落の底へと引きずり込んだ。

 解放されるまでのあいだ、その夢を繰り返し見続けていたのだという。

 ぶるりと震える夜宵を落ち着かせるように、小鳥が肩を抱く。

 なぜ夜宵だけが夢を見続けていたのか、その夢にどんな意味があるのか──なにも分からないまま、漠然とした恐怖が全員を覆っていた。

 

   *   *   *

 

 ──同時刻、冬天警察署

 

「……本当によかったのか」

 

 夜月の問いに、ひよりは「はい」と迷いなく頷いた。

 事件が終わったあと、アポトーシスの捜索を子供たちに任せ、大人たちは後始末に追われていた。夜月とひよりが警察署を訪れたのはその一環で、目的は心春の自首だった。

 

「心春ちゃんと話して決めた事です。わたしたちは一心同体ですし、ふたりで背負うって約束しましたから」

 

 曇りのない笑顔に、夜月は口の端を緩め、「そうか」と頷く。

 

「異能研も支援するそうだ。アンタは怪異型異能力を宿した唯一の人間だからな。その価値を狙ってくる輩もいるだろうが、身の安全は保証する」

 

 まぁ、今回の失態で評判は下がってるだろうがなと言って、夜月は鼻を鳴らした。

 

「……自分の子供も護れないようなヤツの言葉だ、聞き流してくれ」

「いえ、とてもありがたいです。わたしも心春ちゃんも、身を守る力は持っていませんから」

 

 ひよりは微笑み、それから表情を曇らせる。

 

「心春ちゃんが、みんなを巻き込んでしまってごめんなさいって……」

「どれだけ悔やんだとしても、過去は変えられない。どんなに惨い結末だったとしてもそれが辿り着いた結末で、あとはそれをより良いものにしていくしかない。だから気に病まずに、アンタが歩むべき道を歩んでくれ」

 

 夜月はそう言ったあと、これは和奏にきこえているのか? と尋ねる。

 ひよりは頷いて、「ありがとうございます」と心春の言葉を代弁する。

 そのとき、刑事がやってきた。これから取り調べが行われるからだ。

 ひよりは深々と頭を下げると、刑事に連れられて取調室へと向かう。夜月はその背中を見送ったあと、静かに踵を返した。

 

 

 警察署を出ると、暗く蒸した闇と、ふたりの女性──朝倉亜美と朝倉美幸が夜月を待っていた。

 夜月の姿を見た亜美が「お疲れ様」と言って、携帯端末を見せる。

 そこには紗由からのメッセージが表示されており、零導を見つけるために天姫奏を探すという旨の文章が書かれていた。

 

「紗由がいちばん落ち込んでると思ったが……まだ、諦めてないみたいだな」

 

 メッセージを読んだ夜月がそう言うと、美幸が「紗由は強いからね」と頷く。

 

「ともかく、希望があるならそれを掴むしかない。俺たちも天姫奏を探そう」

 

 そう言ってから、「でも無理はするなよ」と付け足す夜月。目的が決まれば、亜美も美幸も躰を酷使して動くと分かっていたからだ。

 ふたりが頷くのを見てから、夜月は空を見上げる。

 星がなく、黒々とした闇。そのなかで輝く月が、絶望のなかで光る希望のように思えた。

 

   *   *   *

 

 ……気がつくと、闇のなかにいた。

 辺り一面、黒一色。自分が存在している事以外はなにも分からない。それはどうして自分がここにいるのかについても同様だった。

 いつか、闇が自分を侵食してしまうかもしれない……そう思うほどに孤独で、絶望的な状況だった。

 しかし、目を凝らすと遠くにひかりが見えた。

 その瞬間、ひとつの確信を得て、自分の足はひかりのほうへと進み始めた。

 あのひかりに辿り着けば、自分は元の世界に戻れる……直感的に、そう感じた。

 あれはきっと、曙光──夜明けに差すひかりだ。

 自分を孤独の闇のなかから解き放ってくれるひかりだ。

 そう信じて、朝倉零導は歩き出す。

 

 

 

 再会の日まで、あと──




“孤独曙光の章”はこれでおしまいです。
次回から幕間に入ります。
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