無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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短編集です。
各エピソードの時系列はバラバラとなっています。


#EX3「日常小話―その3―」

 その1「異能対の休日─覚寺我路の場合─」

 

 覚寺我路の休日は、基本的には無機質だ。

 趣味といえる趣味がないため、大抵は自室で読書をしている。強いて言うなら読書が趣味といったところだろうが、本人は特に趣味と思ってはいない。

 給料の大半は本に消えるため、覚寺の自室には大量の本がある。しかし買ったそばから読んでいき、読み終わると新しい本を買うため、給料のほうが追いつかなくなりつつあった。異能対はかなりの高給だが、覚寺の場合は家賃が天引きされているので貰える額は他の面々より少ない。最も、これは本人が希望した事なので、それを当たり前だと思っているようではあるが。

 自室の本を読み尽くすと、いよいよもってやる事がなくなってくる。どうしたものかと考えた覚寺は、仕方なく資料室に足を運び、事件の記録を片っ端から読み漁った。

 とはいえ、資料は小説より無機質だ。物語を読むというよりは記憶に焼き付ける作業といったほうが正しく、退屈といえば退屈な作業だった。

 そんなわけで、たまに真中が遊びに誘ってくれる以外は退屈な休日を過ごしていた覚寺だったが、最近になって変化があった。

 引きこもり気質な彼にしては珍しく、外出するようになったのだ。その話をきいた異能対の面々は驚き、次いで興味を示した。

 試しに桜井が尋ねてみたところ、覚寺はなんでもないように、

 

「最近は人と会うようになったので」

 

 そう答えた。

 

「人と会うって、友達ができたのか?」

 

 亮一が驚いた様子できいた。基本的に任務外で他人と交流する事はなく、比較的歳が近い“HELLO WORLD”の面々との交流も薄い覚寺が人と会うようになったというのは、驚くべき出来事だったからである。

 

「友達……とは少し違うかもしれません。このまえ、“喫茶はるかぜ”で会った人と仲良くなって、その人が遊びに誘ってくるんですよ」

「へー。どんな人なんだ?」

 

 真中がゲーム機から顔を上げて尋ねる。余談だが、いまはお昼休みで、異能対の職員は思い思いの体勢で寛いでいた。

 

「無銘さんのところの事務員です」

「ああ、あの人か」

 

 事務員──背月美桜は異能対と関係が深いわけではないので、そんな人もいたなという程度の認識ではあったが、仕事の関係で会う事もあったので全員と顔見知りではあった。

 

「でもまあ、いい事だとは思うよ。正直に言うと、覚寺は趣味がなさすぎて心配だったんだ」

「室長には言われたくないと思いますよ」

 

 真中に突っ込まれ、亮一は黙り込む。

 

「でも、覚寺くんが遊びに行くって想像がつかないかも……」

 

 桜井がそう言うと、他のふたりも頷いた。

 

「いつも読書しているイメージがあるからな」

「もっと外に出て遊んでみたらどうだ?」

「室長には言われたくないと思いますよ」

 

 桜井に突っ込まれ、亮一は黙り込む。

 

「それで、どこに遊びに行くんだ?」

「本屋とか、カフェとか……このまえは少し遠出して、水族館に行きました」

 

 覚寺はさらりと答えたが、真中と桜井は固まっていた。

 

(デートだ……)

(完全にデートだ……)

 

 恋愛沙汰に興味がない亮一だけは「水族館か……涼しそうでいいな」とややピントのズレた事を言っていたが、それに突っ込む者は誰もいなかった。

 

「そ、そーいえば覚寺は明日から非番だったよな。なにか予定はあるのか?」

 

 真中が訊ねると、覚寺は「いえ、特には」と首を横に振ったが……そのタイミングで、彼の携帯端末が振動した。

 

「すみません、少し外します。もしもし、覚寺です……はい……明日ですか? 特に予定はありませんが……はい」

 

 覚寺は通話をしながら部屋を出ていき、一分後に戻ってきた。

 

「誰からの電話だったんだ?」

「背月さんからで、“喫茶はるかぜ”でお茶をしないかというお誘いです」

「仲いいんだな」

 

 感心したように言う亮一に「……まあ、平均的には」といつもの調子で返す覚寺。

 

(これ、確実に背月さんからアプローチかけてますよね)

(まあ……そうなんじゃねーの? 彼女いた事ないから知らんけど)

(私も彼氏はいた事ないですよ……ってそうじゃなくて、なんかこう、感慨深いものがありますよね)

(気持ちは分かる。本人は気づいてないみたいだけどな)

(室長は……あるわけないか)

 

 真中と桜井がとりあえず見守ろうと決めたところで昼休みが終わり、一同は慌ただしく準備を始めたのだった。

 

 翌日、覚寺と美桜が“喫茶はるかぜ”で歓談しているのを異能対の職員がこっそり見ていた、という目撃情報があったが、それはまた別の話である。

 

   *   *   *

 

 その2「異能対の休日─真中真生の場合─」

 

 真中真生の休日は、食う寝る遊ぶの三連コンボである。

 小柄で女顔、加えてちんちくりん(本人談)という属性を持つ真中は彼女などおらず、加えてひとり暮らしのため、基本的には自由に過ごしていた。

 異能対の仕事自体がそれなりに激務のため、休日は睡眠時間に費やす事が多いが、起きているときはゲームや読書、アニメ視聴などのオタ活に消費する。たまに道場に行き鍛錬をする事もあるが、頻度としては少ない。

 そんな感じで自由に過ごしていた真中だが、最近になって変化があった。

 その日は貴重な休日で、睡眠に充てようと思っていた。しかし思い直して積みゲーを消化しようとしていたところで、チャイムが鳴った。

 空いてるよーと声をかけると、「おじゃましまーす!」という声とともに少女と少年が入ってきた。

 

「遊びにきました、まなかししょー!」

 

 そう元気に言ったのは赤坂小鳥。真中にとっては弟子にあたる少女である。

 

「すいません、急に押しかけてしまって」

 

 小鳥の頭を引っ掴んで下げさせたのは茨羽和樹。どうやら誘われて着いてきたようだ。

 

「べつに気にしてねーから大丈夫。ゲームと漫画しかないけどゆっくりしていってくれ」

 

 真中はそう答え、ゲームを立ち上げる。

 小鳥が遊びにくるようになったのはつい最近の事だった。異能力に関連性が見られるとの事で、小鳥を指導し始めてから妙に気が合ったのがきっかけである。

 指導といっても、小鳥はすぐに異能をコントロールし、易々と真中が教えられる領域を超えたのでやる事がなくなってしまった。それでも小鳥は真中の事を「ししょー」と呼んで慕っているし、それはそれで悪い気はしない。

 だが、三十代後半の男の家に現役の女子高生が遊びに行くというのは絵面的に少々よろしくない。初対面だとどんなに多く見積っても二十代前半にしか見えない真中だが、年齢的にはおっさんと呼ばれてもおかしくない領域に突入してしまっている。

 小鳥は純粋無垢の具現化のような娘なので全く気にしていないようだが、一歩間違えたらお巡りさんのお世話になってしまうので気が気ではない。

 なので、今回のように異性の友達を連れてきてくれるのは真中としても助かるのである。また新たな誤解が発生するような気がしなくもないが、そうなってしまったらいよいよ観念するしかないだろう。

 小鳥は天真爛漫な女の子だが、それと同じくらい純度の高いアホの子でもある。しかし無銘の教育の賜物か礼儀作法は意外としっかりしており、今日もジュースやお菓子を買ってきてくれていた。

 それらを飲んだり食べたりしながら、三人でゲームに興じる。和樹とはあまり接点がなかったが、悪い人間ではなさそうだった。少々ぶっきらぼうではあるが、小鳥の行動に茶々をいれたりツッコミを入れたりするさまは姉弟のようで微笑ましかった。

 ちなみに、友達というには妙に距離が近いのでふたりは付き合っているのかと思ったが、和樹は真顔で「それだけは絶対にないっす」と答えていた。小鳥はクエスチョンマークを浮かべていたので、どうやら本当の事らしい。

 

「そういえば、真中さんはどうして異能対に入ったんですか?」

 

 お返しというわけでもないだろうが、和樹がそうきいてきた。目はテレビに釘付けになっており、両手はゲーム機のコントローラーを握っている。いまは格闘ゲームで対戦しているのだが、真中と互角の戦いを繰り広げておりなかなか決着がつかなかった。

 

「これといって特別な理由はねーよ。ただ、そういうのに憧れてただけだ」

「憧れてた?」

 

 漫画を読んでいた小鳥が顔を上げてきいた。ちなみに小鳥はゲームがあまり得意ではないらしく、すぐに負けていた。

 

「英雄とかヒーローとか、そういうの。ま、俺なんかがなれるわけなかったんだけどな」

 

 自虐のような言葉だが、それは真中の本心だった。

 元々、真中は児童養護施設の出身で、縁あって異能対に所属する事になった。幼い頃から英雄やヒーローといったものに憧れていた真中は、異能対に入る事でそういった存在に近づく事ができると思っていた。

 しかし、現実は残酷だった。自分の異能は強力ではあるが、自分自身には使えない。幼き日に憧れた存在のようにかっこよく戦う事は叶わず、サポートを熟すのが精一杯だった。

 そのとき、自分はモブキャラだと思い知った。主人公にはなれず、引き立て役として消費される存在だと、悟ってしまった。

 一時期は悩み、異能対をやめようとすら考えた。自分がいなくても世界は回る。ヒーローになれないなら、自分の存在価値はないのではないかと考え、亮一に辞表を提出した。

 しかし、彼から返ってきたのは意外な言葉だった。

 

「真中はもうヒーローになってるじゃないか──室長はそう言ったんだ」

 

 なんでそう言えるのかと思わず尋ねると、亮一は「誰かを護ろうとしている時点でヒーローの資格は満たしているんだよ」と言って、真中の退職を拒否した。

 

「室長は変人でたまに強引な人だけど、個人の事情は考慮してくれる人なんだ。あんな感じに引き止められたのはあのときだけだった」

 

 その後は仕事に忙殺され、修羅場を幾つか乗り越えた事もあって後ろ向きな考えを持つ暇もなかった。そしてそのまま今に至るというわけである。

 

「そうだったんですね……」

 

 和樹と小鳥は話をきき終えると飲み物を一口飲んだ。ゲームは既に決着がついており、真中が勝利していた。

 

「でもあたし、泊さんの考えも分かる気がする」

「ああ、俺もなんとなく分かるかも」

 

 ふたりがそう言ったので、真中はそちらに目を向ける。

 小鳥は考えるような素振りを見せながら、言葉を紡いでいった。

 

「いまってむかしより異能力者が増えてるし、そういうのが当たり前になってるから、みんながヒーローになれる世の中だけど、そのなかで戦ってるししょーは凄いっていうか……うまくまとまらないけど」

「まあ言いたい事は分かるよ。異能力って概念が一般的になりつつある世の中だけど、それを誰かのために使わないヤツも多い。そんななかで戦場に立って、人々の暮らしを護ろうとしてる真中さんはヒーローそのものなんじゃないかって事だろ?」

「そうそれ!」

 

 小鳥が勢いよく頷いたのを見た和樹は真中に視線を移し、「目立った活躍をしていなかったとしても、ヒーローにはなれるんじゃないですか」と締め括った。

 

「……そうかもしれないな」

 

 ふたりの言葉に、真中は口元を緩め、目を細める。

 かっこよく戦えなくても、人々を護ろうとしている時点でヒーローになっている──そんな考えを持った事はなかった。

 不格好でみっともないとしても、誰かのヒーローになれているのなら、それで十分なのかもしれない。

 目のまえにいるふたりはまだ若いが、戦場に立ち、戦える人間だ。

 ならば自分は、陰ながらそれをサポートしよう。

 それこそが、真中真生というヒーローの役割なのだから……。

 

「というわけで、もう一戦やりましょう」

 

 気付くと、和樹が操るキャラが不意打ちを仕掛けてきていた。

 

「おまっ……それは卑怯だろ」

 

 顔を顰めながらそれを迎撃する真中と、応援する小鳥の声。

 充実した時間は、ゆっくりと過ぎていった。

 

   *   *   *

 

 その3「異能対の休日─桜井恵の場合─」

 

 桜井恵は困り顔で街を歩いていた。

 今日は友人と出かける予定だったのだが、休日出勤が入ってしまい、予定が空いてしまった。

 さてどうしようかと思っていたところ、見知った人物と遭遇した。

 

「あ、歌先さん」

「あなたは異能対の……桜井さん?」

 

 買い物袋を持ったその人物──歌先姫名は珍しいものを見たように目を丸くした。面識がないわけではなかったが、姫名が見た桜井はスーツを着て仕事をしている姿だけなので、新鮮なのだろう。

 

「買い出しですか?」

「そんなところです。桜井さんは非番ですか?」

「はい。でも、急に予定が潰れてしまって……」

 

 そう言った桜井は姫名が持っていた買い物袋に目をやる。重そうには見えないが、両手で持っているので少々大変そうではあった。

 

「よければ、持ちましょうか?」

「え、いや、大丈夫ですよ。大した重さじゃないので」

「でも、両手が塞がっていると大変でしょう。ちょうどお昼の時間ですし、喫茶店でご飯食べていこうかなぁって」

 

 その言葉をきいた姫名はしばらく悩んだあと、「そういう事なら……お願いしてもいいですか?」と申し訳なさそうにきいた。 

 桜井は左手の買い物袋を受け取ると、姫名と一緒に歩き始めた。

 とはいえ共通の話題などないので、会話は互いに質問しあう形となる。

 

「桜井さんは、どうして異能対に入ったんですか?」

「もともと市役所で公務員をしていたところをスカウトされて入りました。仕事は大変だけど、ちょうど環境を変えたかったし、給料もよかったので」

「公務員ですか……そういえば異能対って身分上はどうなってるんですか?」

「準公務員といったところですね。異能研は異能省の下部組織に当たるので」

「そうなんですね……」

 

 このあたりの事情は一般人にはあまり認知されていない事もあり、姫名は興味深そうに頷いた。

 

「歌先さんは歌手を目指しているんですよね」

「はい。動画サイトに投稿とかもしてるんですけど、なかなか伸びなくて。もうすぐ東京でオーディションがあるので、いまはそれに向けて頑張ってます」

「すごいなぁ……応援してます」

「ありがとうございます」

 

 桜井の言葉に、姫名は微笑む。

 そんな会話をしているうちに目的地が見えてきた。喫茶店のなかから出てきた家族連れとすれ違い、その会話の断片を捉えた桜井は、「そういえば……」と呟く。

 

「もうすぐお盆ですね。両親に帰省するって連絡しないと」

「そういえばそうですね。ちょうどいいから、オーディションのときに寄っていこうかなぁ」

 

 姫名はそう言ってから、「あ、私の実家は東京にあるんです」と付け加える。

 

「でも、お父さんそろそろこっち来そうだからなぁ……」

「家族想いなんですね」

「あ、いえ、仕事の都合で来るってだけですよ。幹ヶ谷(ばん)(しょう)っていうんですけど……」

「……え?」

 

 その名前をきいて、桜井は買い物袋を落としそうになった。

 

「幹ヶ谷万象って……あの万象博士ですか? 異能研の副所長の?」

「はい。ちなみに、柘榴さんもですよ」

「喫茶店の従業員の? たしかに同じ名字だとは思ってましたが、まさか子供がふたりもいたなんて……」

「あ、いえ、私たちは養子なんです。両親が万象さんと知り合いで、その縁で引き取られました」

「そうなんですか……あの人、自分の事をなにも語らないので初めて知りました」

 

 異能研の副所長──幹ヶ谷万象は異能研究の第一人者だが、変わり者でもある。異能研の職員でありながら基本的に冬天市にはおらず、あちこちを放浪しながら研究をしているので、所在を掴む事すら難しい。

 たまに現れたと思えば場を引っ掻き回して去っていくので、職員たちの印象はあまりよくない。特に亮一とは過去になにかあったらしく、彼からは蛇蝎のごとく嫌われている。

 私生活を知るものは誰もいないため、桜井が驚いたのは当然ともいえる反応だった。

 

「じゃあ、柘榴さんもなにか理由があって幹ヶ谷博士のところに?」

「柘榴さんは記憶喪失なので、なにがあったのかは分かりませんが……お父さんがいきなり連れてきて、そのまま一緒に暮らす事になりました。最初は東京にいたんですが、お父さんが異能研に就任したタイミングで冬天市に引っ越したんです。まあ、お父さんはすぐにどこか行ってしまいましたが……」

 

 仕方なさそうに言う姫名に同情するような目線を向けたタイミングで喫茶店に到着。ドアを開け、店内に入った。

 ちょうど忙しい時間帯だったようで、姫名はすぐに持ち場へと戻った。それを見送った桜井はメニューを開いてそれを眺めたが、心中では別の事を考えていた。

 

(これは、室長がきいたら荒れるだろうなぁ)

 

 早めにお盆休みの申請をしておいたほうがいいかもしれない、と思いながら、桜井はのんびりと昼食をとったのだった。

 

   *   *   *

 

 その4「異能対の休日─泊亮一の場合─」

 

 その日、泊亮一は休暇を利用してとある場所に向かっていた。車の助手席には爽介が乗っており、後部座席には楓が乗っている。最初は亮一だけで向かうつもりだったのだが、どこで話をききつけたのか「着いていきたい」と申し出があったのだ。

 

「すごい山道ですね……」

 

 窓の外を見ながら爽介が呟いた。車はさきほどから山道に差し掛かり、連続したカーブのなかを緩やかなスピードで走っている。

 

「乗り物酔いはしていないかい? 念の為に酔い止めは持ってきたけど」

「僕は大丈夫です」

「あたしも! でも、移動ならあたしの異能を使えばよかったのに」

 

 やや不満そうに言う楓に、亮一は微笑んで、

 

「楓くんの異能は便利だけど万能ではない。負担をかけるわけにもはいかないし、それにたまにはゆっくり運転するのもいいものだよ」

「まあ山はあたしも好きだけど……でも、もう一時間以上運転してるよ?」

「もうそろそろ着くよ」

 

 亮一の言う通り、それから十分もしないうちに車は停止した。

 車外に出た爽介と楓は、目の前に広がる光景に目を丸くする。木々に囲まれた広場には大きなクレーターがいくつもできており、激しい破壊の跡があった。

 

「ここは……」

「ここは昔、大きな戦争が行われた場所だ。この場所でたくさんの人が傷つき、命を落とした」

「それって、まさか」

 

 思い当たる節があった爽介が声をあげる。亮一は頷いて、感情を押し殺した声で言った。

 

「異能夜行の跡地……俺の仲間が亡くなった場所だ」

「話はきいていたけど、ここがそうなんだ……。でも、どうしてここに?」

「休日になるとよくここに来るっていうのもあるけど、時期が時期だからね」

「そっか、そろそろお盆か」

 

 爽介の言葉に頷き、亮一は線香とライターを取り出す。

 火をつけて地面に置き、手を合わせて目を閉じる。

 つられてふたりも同じ行動をとる。当然の行為だと思ったという事もあるし、手を合わせる亮一の姿があまりに弱々しく見えたからだった。

 それが終わると、亮一は立ち上がり、脳の出力を切り替えて周りを見る。

 かつて研究所があった場所は更地になっており、周りには木々とクレーターしかない。いくら亮一の“天帝眼(エンペラーアイ)”といえども、かつてこの場所で命を散らしたものの残滓を捉えるという事は不可能である。

 それでも、亮一はそうせずにはいられなかった。

 ここに来るたび、いつもこうしている。なにもないと分かっていても、死んだ仲間を一目見たいという想いから、無駄な労力を使っている。

 しばらくそうしたあと、亮一は異能を解除した。

 

「……やっぱり、なにも視えないか」

「泊さん……」

「無駄な事だと分かってはいるんだけどね。それでも、逢いたいと思ってしまうんだ。こんな事を思っている時点で、俺は前に進めてないんだなとは思うけど……」

 

 異能夜行のさなか、亮一は限界を迎えて倒れたので、仲間たちの最期は伝聞でしか把握していない。だからこそ、あの場に自分がいればなにかが変わったのではないか、と悔いてしまう。

 自嘲するように笑い、「帰ろう」とふたりに呼びかけようとした、そのとき──

 

 

「過去は変えられないし現在も変えられないけど、未来なら変えられる」

 

 

 え、と声を出し、振り返る。

 爽介が真っ直ぐな瞳で、亮一を見つめていた。

 

「泊さんの口癖です。過去を悼む事は大切だし、変えられなかった事を悔いるのも必要だと思います。だけど……泊さんは、それを活かして未来を変える事ができてるんじゃないかと思って」

 

 その言葉に、楓も頷いて同意する。

 

「琴音さんと吹綿さんの事件のときだって、ふたりを救う事ができた。このまえの事件は……リンドウ先輩はいなくなっちゃったけど、和奏さんと天河さんを救う事ができた。だから、泊さんは異能夜行から前に進む事ができてるよ」

「爽介くん……楓くん……」

 

 真っ直ぐで温かい言葉に、感情が揺らぎそうになる。

 鼻の奥がつんとなって、上を向いた。

 夏の青い空が広がっている。それをぼんやり見ていると……

 

 

 ──そいつらの言ったとおりだよ。おまえはちゃんとまえに進めてる。

 

 

「え……」

 

 振り向くが、爽介と楓以外には誰もいない。

 それでも、いままできこえなかった声が確かに届いた。

 錯覚かもしれない。

 幻想かもしれない。

 それでも──。

 

「……おまえがそう言うなら、そうなのかもしれないな」

 

 穏やかな表情で亮一は呟く。

 それからふたりのほうを向いて「ありがとう」と頭を下げた。

 

「そんな、お礼を言われる事じゃないですよ」

「そうだよ。あたしはただ、思っていた事を正直に言っただけだし」

 

 と、そのとき、場の空気を壊すように楓のおなかが鳴った。

 

「……というわけで、おなかも正直なんだよねぇ」

「でも、もうお昼だしね。美味しいものでも食べて帰ろうか」

「やったぁ!」

 

 飛び跳ねて駆け出す楓と、それを慌てて追う爽介。

 それを追いかけながら、亮一は思う。

 

 

 仲間が死んだ日から、自分たちは夜のなかをさまよっている。

 だけど、夜明けは確実に近づいている。

 そのときを迎えるまで、歩き続けよう。

 それが仲間への手向けとなると、そう信じて……。




今回の短編のうち、亮一についての話は、夢幻(グッチー)氏によるスピンオフ『無題奇譚外伝~The Day of Festival of the Dead~』から着想を得ました。この場を借りてお礼を申し上げます。

次回は本編です。
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