無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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#44「失踪」

 “冬天市変死事件の再来”と称される事件が解決してから、一週間が経過した。

 事件の被害者は社会復帰を果たし、平穏な生活を送っている。発生から収束までが短かった事もあり、事件が社会に齎した損失は少なかった。

 異能研は信頼を回復したどころか事件を解決した英雄として持て囃される事となった。それは“HELLO WORLD”も同じで、以前起きたフェイクニュースの影響は完全に消え去っていた。

 一方で、冬天市警には批判が集中した。最もこれにより抜本的な組織改革が行われたので、一概に悪い事ばかりではない。

 並貴多刑事を裏で動かしていた風読家にも批判が向けられて然るべきではあったが、こちらは完全に封じ込められた。警察関係に大きな権力を持つ一族に逆らえる者はいないという事ではあるが、異能研や“HELLO WORLD”からすると釈然としない結果となった。

 なにはともあれ事件は解決し、子供たちは平穏な夏休みのなかに戻っていった。

 

   *   *   *

 

 八月十二日。

 夏の暑さから遮断されたスーパーマーケットのなかで、赤坂小鳥は隣にいる客に殺気が篭もった視線を向けていた。

 

「なんでアンタがここにいるの」

 

 小鳥の隣で牛乳の賞味期限を確かめていた女──家村天花は突き刺すような視線を受けても動じず、「私だって人間だ。買い物くらいするさ」と選んだ牛乳をカゴに入れた。

 

「そういうアンタこそ、なぜここにいる」

「夕飯の買い出しとよいちゃんへの差し入れを買いに来た」

「……馬鹿正直に答えるヤツがいるか。私はアンタの敵なのだがな」

 

 天花は毒気を抜かれたようにため息をつくと、「私としてはここで殺り合うのも構わないが」と付け加える。

 

「……やめとく。周りに迷惑がかかるでしょ」

「懸命な判断だ」

 

 天花はフンと鼻を鳴らすと、調味料のコーナーへと向かった。醤油を手に取り吟味するその姿が一週間まえに殺し合いをした人物とは重ならず、小鳥はそのまま買い物を続けた。

 

   *   *   *

 

 外に出ると、夏の暑さを思い出した。

 空は茜色で、夜の気配はまだない。小鳥は音楽をききながら商店街を抜けていき、自宅に帰る途中で無題荘に立ち寄った。

 夜宵の部屋のドアをノックして「小鳥だけど、入るよ」と言ってから、そばの鉢植えの下にあった合鍵でなかに入る。

 短い廊下を抜けて突き当たりの部屋に入ると、ベッドで横になっていた夜宵が「あ、こっちゃん……」と上半身を起こした。

 

「寝てないとダメだよ。買ってきたもの、冷蔵庫のなかに入れておくね」

「うん、ありがとう……」

 

 小鳥の言葉に従い、夜宵は再び横たわる。エアコンがきいて涼しい部屋のなかで、夜宵の躰は熱を持って発汗していた。

 事件が解決した日から、夜宵は体調を崩していた。毎夜同じ悪夢に(うな)され、何度も目を覚ます日々。そのうちに躰がついてこれなくなり、悪質な風邪をこじらせてしまったというわけだった。

 最も、仲間内にはフレデリカや美幸など、治癒の異能を持っている者もいるので普通の風邪程度ならすぐに治せる。しかし美幸や陽香の見立てによると夜宵の風邪は心因性のものらしく、なかなか回復しなかった。いくら異能といっても、心を癒す事は難しいという事である。

 仕方がないので自宅療養を続けているのだが、夜宵の様子からすると完全復活までは時間がかかるようだ。

 

「夢のほうはどう?」

 

 買ってきたものを冷蔵庫にしまう作業を終えた小鳥が訊ねると、夜宵は表情を曇らせて、

 

「臨時放送に呼ばれたときの夢をずっと見てる……」

 

 恐怖に満ちた声でそう言った。

 目に隈ができているところを見るに、あまり眠れていないのだろう。

 

「よいちゃん、やっぱりあたしの家に来る? ひとり暮らしなのにそんな夢ばかり見たら怖いと思うし、なにかあったときすぐに対応できるから名案だと思うけど」

「でも、無銘さんにも迷惑かけちゃうし、こっちゃんの家には菫ちゃんがいるからさらに大変になっちゃうし……」

「う、それは……」

 

 実を言うと、菫の世話が思いのほか大変だった。

 可愛いし、いるだけで癒されるのだが、菫は小鳥と同じかそれ以上にアホの子である。毎日なにかしらのトラブルを引き起こし、無銘と美桜に怒られていた。

 加えて妙にふてぶてしいところがあるので、無銘の言うことは大体きかない。そういうこともあり、赤坂家にとっては手のかかる娘がもうひとりできたという感覚だった。

 もちろん、小鳥も頑張ってはいるのだが、そこに夜宵まで加わるとキャパオーバー気味になるのも事実である。なので夜宵の言う事は間違ってはいなかった。

 

「じゃあほかの人の家……それがダメなら教会に連絡するんだよ。あんまりひとりで抱え込まないでね」

「うん。ありがとう」

 

 小鳥は腕時計を確認して、「そろそろ行くね」と踵を返そうとする。

 その背中に、夜宵の声がかかった。

 

「そういえば、叶ちゃんの様子はどう?」

「このまえの会議は欠席した。アパートには行ってるんだけど、会ってくれなくて……」

「そっか……」

 

 姿は見えなくても、夜宵が表情を曇らせているのが分かった。

 ここのところ様子がおかしいのは夜宵だけではなく、叶もだった。なにがあったのかは分からないが、部屋に引きこもり、仲間とも顔を合わせていない。

 心配して何度か(ねぐら)に行ってはいるのだが、叶からのリアクションはなく、諦めて引き返すという状況が続いていた。

 さきの事件の際、目のまえで仲間が危機に遭い、叶自身も死にかけた。それを悔いているのではないかと思い、励ましの言葉を掛けたのだが、叶からの反応はないのでなんとも言えない。

 零導は行方不明となり、夜宵と叶は動けない状況にある。英雄として持て囃された裏で、“HELLO WORLD”は苦境に立たされていた。

 

   *   *   *

 

 今日の夕飯は生姜焼きで、小鳥のおなかは先程からエネルギー不足による抗議活動を開始している。なので夜宵のお見舞いを済ませたあと、小鳥は全力疾走で家に帰った。

 待ち構えていた美桜に材料を渡すと暇になり、駆け寄ってきた菫と遊びながらのんびりと過ごす。夏休みの宿題はまだ残っていたが、全力で目を逸らす事にした。

 最初は居住スペースにいたのだが、小鳥が目を離した隙に菫が脱走を試みたため、事務所まで追いかけて捕獲した。

 無銘は仕事で外出しているため、事務所に人の影はない。美桜のデスクは整頓されていたが、無銘のデスクには書類の山が形成されている。

 お仕事大変なんだなと思っていると、デスクに置かれた写真立てが目に入った。

 そこに写るのは、自分より幼い見た目をしている少女。左右で色が違う目に視線が吸い寄せられるが、よく見ると小鳥と似ていなくもない。その顔立ちと異能力だけが、小鳥が母から受け継いだものだった。

 なんとなく、自分の母親はどんな人物だったのだろうと考える。直接会った事はないし、無銘や夢羽からきいた話でしか知らないので、ぼんやりとしたイメージしかない。ただ確実にいえるのは、母親より自分のほうがやんちゃだという事だけだった。

 考えてもどうしようもない事だとは分かっているが、もしここに母親がいたらと考えてしまう。もしかしたら、優しく笑って助言をしてくれるかもしれない。

 ぶるぶると首を振り、その考えを追い払う。お母さんはもういない。道は自分で切り開かないといけないのだ。

 はぁ、と小さく息をつき、菫を抱き上げる。そのとき美桜に呼ばれたので、小鳥は元気よく返事をして居住スペースへと向かった。

 

   *   *   *

 

 ──同時刻、松ヶ崎町内

 

 鮮真翔一は叶のアパートに向かっていた。

 夜宵が風邪をこじらせ、叶が誰とも会わなくなった日から、手が空いている者が様子を見に行く事にしている。今は夏休みなのでまったく時間がないという事はないのだが、それでもバイトや所用、夏休みの宿題などで忙しい事もある。特に零導が行方不明となってからはその捜索にも時間を使う事となったので、暇を持て余すという事にはならなかった。退屈な夏休みを過ごさずに済むという点では喜ばしい事なのだろうが、望んでいない方向へと向かっている感じは否めない。

 小鳥が夜宵のお見舞いに行っている事は把握していたので、時間があった翔一が叶の様子を見に行く事にした。ちなみに和樹は友達の宿題を見ると言って外出しており、帆紫は進路関係の用事があったため、茨羽家で時間があるのは翔一だけだった。零導を探そうとも思ったが、誰も叶の様子を見に行かないのも問題だと判断し、このような行動に至ったという訳である。

 茨羽家から叶のアパートまではそこそこの距離があり、歩いて三十分ほどかかる。異能力を使おうと思ったが、躰に無駄な負担がかかるのはよろしくないし、下手に使用して通行人に被害が出たら困る。なので運動がてらに走って行く事にした。

 体力とスタミナに物を言わせて走る事十五分。特に疲れる事もなく、アパートの付近までやってきた。

 行く手に見えるのは曲がり角。そこを曲がれば、叶のアパートが見えてくる。

 特に考えもなしに曲がろうとしたその時、突然曲がってきた人とぶつかりそうになった。なんとか停止したので大きな事故にはならなかったが、仮に翔一が車を運転していたらとんでもない事になっていた可能性はある。

 人影は尻もちをついて、その弾みで持っていたタブレット端末を落とした。慌てて謝った翔一は、その顔に見覚えがある事に気づき、少しばかりの驚きが混ざった声をあげる。

 

「みいろちゃん?」

 

 翔一の手を借りて立ち上がった少女──みいろはタブレット端末を拾い上げると、『しょういち、こんにちは』と入力する。

 

「こんなところで奇遇だな。タブレットは大丈夫?」

『とってもがんじょうだから、だいじょうぶ』

 

 みいろの言う通り、タブレット端末には傷ひとつ付いていなかった。みいろ自身にも目立った外相がない事を確認した翔一は安堵の息をついて、再び謝った。

 

『きにしないで。それより、しょういちはどうしたの?』

「ああ、仲間の様子を見に来たんだ。みいろちゃんはこのまえの事件に関わっていたから見た事あると思うけど、御剣叶っていう黒髪の女の子がちょっと……引きこもっていてな」

 

 翔一が言うと、なぜかみいろは表情を曇らせて俯いた。それに気付いた翔一が「どうしたんだ?」と訊ねると、みいろは逡巡するようにタブレット端末に文字を入力していき、翔一に見せた。

 

『そのこ、しってる』

「知ってるって……」

『もういない』

 

 え、と声が漏れる。

 みいろは申し訳なさそうにもじもじしながら、『あぱーとにはいない』と入力した。

 

「いないって……なんでみいろちゃんが知って」

 

 困惑に満ちた声は、みいろの後ろからきこえてきた大声に掻き消される。

 

「あ、いたいた! アンタ、叶ちゃんの友達だよね!」

 

 声の主は恰幅の良い中年女性だった。顔を見て、叶のアパートの管理人だと気付いた翔一は「どうしたんですか?」ときく。

 

「アンタ、叶ちゃんがどこ行ってるか知ってるかい? 昨日の夜から応答がないんだけどさ」

「昨日の夜から……?」

 

 昨日も叶の様子を見に行った者はいた。誰だったかと考えながら携帯端末を取り出し、思い出した名前に電話をかける。

 

「もしもし、神永か?」

『その声は鮮真先輩ですね! どうしました?』

 

 いまは零導の捜索に加わっているであろう楓の元気な声がきこえてきた。翔一はスピーカーフォンにして周りに声がきこえるようにしてから、こう尋ねた。

 

「昨日、御剣のところに行ったのって何時くらいだった?」

『昨日ですか? うーん、たしか十七時くらいだったと思います。もしかして、叶と会えたんですか!?』

「いや、その逆だ。いま大家さんと話してたんだが、御剣は昨日の夜から応答がないらしい」

『それって……部屋のなかで倒れてるとか?』

「……ありえるかもな」

 

 翔一はそう言ったが、そこで大家が「いや、それはない」と口を挟んだ。

 

「叶ちゃんには悪いけどさ、ドア叩いても応答がなかったものだから合鍵でなかに入ったんだよ。そしたら、叶ちゃんはいなかった」

『って事は、何も言わずに出ていった……?』

「いまも戻ってないんですか?」

「どうだかねぇ……アンタたちが連日訪ねてきているのはアタシも知ってたから、てっきりどこかに連れ出したもんだと思ってた」

『もういっかい入ってみたら?』

 

 そうするつもりさと言って、大家は鍵の束を取り出す。翔一とみいろは彼女のあとについていき、叶の部屋が解錠される様子を見守った。

 なかに入った大家は一目見て「……いないみたいだね」と諦めたように首を振った。翔一とみいろもトイレや風呂、押し入れのなかなど一通り見てみたが、どこにも叶はいなかった。

 

「やっぱりいない」

『どこにいっちゃったんだろ……まさか、なにかの事件に巻き込まれたとか? 叶は真面目だから、なにかあったら連絡してくるはずだし』

「ありえない話じゃないな」

 

 そう同意しつつも、現在の叶にその道理が通用するのかは怪しいと思った。

 しばらく探しているうちに、叶だけではなく、彼女が持っている刀もなくなっている事に気づいた。最も叶は外出時に刀を携行する事が多かったので、それほど不思議な事ではない。

 裏を返せば、叶は自らの意思でアパートを出ていき、戻ってこなかったという事になる。

 なぜそんな事をしなければいけなかったのだろうと思っていると、みいろが服の裾を掴んできた。

 

「どうした?」

 

 翔一がきくと、みいろは手に持っていたタブレット端末を見せてくる。

 

『さぎりむら』

「さぎり……って、え?」

『さぎりむらにいけば、なにかわかるかもしれない』

 

 すると、その様子を見ていた大家が、

 

「そういえば、叶ちゃんはどこかの村の出身だってきいた事があるね」

『そういえば、西のほうにある小さな村の出身だって言ってた』

「じゃあ、御剣はその村にいるって事か?」

『分からないけど……でも、行く価値はあると思う』

 

 携帯端末で検索してみると、狭霧村という村が愛知県にある事が分かった。西のほうにある村という発言とも合致するので、ここで間違いないだろう。

 

「でも、みいろちゃんはなんでそんな事を知っているんだ?」

 

 翔一がきくと、みいろはしばらく俯いてから、

 

『そのむらは、すべてがはじまったばしょだから』

「全てが始まった場所?」

『そのむらで、おんなのこがりんふぉんをうめこまれた。そこからすべてがはじまった』

「リンフォンって……まえに泊さんが言ってた呪物の事か」

『わたしはそのおんなのこのかわり(・・・)。そのためにうまれた』

「え……」

 

 つまり、それは──

 翔一が口に出そうとしたところで、アラームのような無機質な音が鳴り響いた。出処はみいろの首に付けられたチョーカーからで、それを察したみいろは悲しそうに俯いた。

 

「みいろちゃん……」

『ごめんなさい』

 

 そう言うなり、みいろは外へと駆け出していく。

 すぐに追いかけたが、翔一が外に出たときにはその姿はなかった。

 あとに残された翔一の脳裏にはみいろの言葉と、最後に見せた悲しそうな表情が焼き付いていた。

 

『……鮮真先輩?』

 

 楓の声で我に返った翔一は、「とりあえず、みんなに相談してみよう」と言って通話を終える。

 そして“HELLO WORLD”のグループトークに得た手掛かりを送信したのだった。

 

   *   *   *

 

 月明かりの下を、ひとりの少女が歩いている。

 目は虚ろで、足取りは覚束ない。少女は手に刀を持っており、その刃は赤く濡れていた。

 足を止め、ぎこちなく月を見上げた少女は、力なく言葉を(こぼ)す。

 

「……ごめんなさい」

 

 その背後には、斬り殺された死体が。

 少女──御剣叶は自分の罪を悔いるように俯くと、また歩き始める。

 その姿は闇に溶けていき、やがて見えなくなった。




次回から新章となります。
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