無題奇譚〜Untitled tale〜   作:惰眠

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今回から新章“狭霧村の惨劇の章”となります。


#45「狭霧村へ」―狭霧村の惨劇の章―

 翌日。

 異能対策室に夜宵を除く“HELLO WORLD”のメンバーが集まっていた。

 叶の失踪は一同に大きな衝撃を齎したが、未だ手掛かりすら見つからない零導とは異なり、手掛かりが明示されている状態だったので、まだ最悪と言うには早い状況だった。

 

「なら、すぐにそのナントカ村に行こうよ!」

 

 そう言ったのは小鳥である。それは一同の総意だったが、物理的な問題がそれを妨げていた。

 

「っていっても、どうやって行くつもりだ?」

 

 和樹が小鳥に視線を向けてきく。

 

「えっと、たしか愛知県だよね。なら電車で……」

「アホ、着くまえに日が暮れちまうだろうが」

 

 やっぱりなにも考えてなかったなと呆れる和樹の横では、爽介が携帯端末を用いてルートを調べている。

 

「澪標から名古屋まで電車と新幹線でおおよそ三時間半、そこからバスで三時間だから……普通に行っても日が暮れるね」

「名古屋まではまだ分かる。そこからバスで三時間ってどんだけ田舎なんだよ……」

 

 楓がげんなりした顔で言う。彼女の脳裏には日本語が通用しないほど方言が酷い田舎が浮かんでいた。最も、そんな田舎はそうそうないだろうが。

 

「いまは十時だから……着く頃にはいい時間になるね」

「というか、冬天線が止まってるから東京まで行けないぞ」

 

 翔一の言葉に、一同は「マジかよ」と言わんばかりの表情を浮かべる。

 

「人身事故だとよ」

「なんてタイミングの悪い……」

 

 話をきいていた桜井が溜息をついて言う。

 

「なら、新幹線で行けば……あ、でも冬天市に戻れないのか」

「澪標には新幹線通ってないし、バスか車しかないね……」

 

 そんな会話のなかで、ひとり考える素振りを見せていた楓が立ち上がり「あたしに考えがある」と決意を込めた声色で言った。

 

「その村までは無理だけど、東京までならあたしの“空間接続(コネクト)”でなんとかなると思う」

「でも、それだと楓さんが!」

 

 爽介が声をあげる。

 楓の“空間接続(コネクト)”は転送するもののサイズや距離に比例し負荷が増大する。県内ならともかく、県外となるとその負荷は想像を絶するものになる。

 しかし止められるのを予想していたのか、楓は「大丈夫だよ」と微笑んでみせた。

 

「小鳥と真中さんの異能であたしを強化してくれれば、東京までなら行けると思う。さすがに全員は無理だけど……」

「でも……」

 

 なおも渋る爽介に、楓は「叶を救うにはすぐ動かないといけない。だから、これがいちばんいい方法なんだよ」と諭すように言った。

 

「リンドウ先輩に続いて叶までいなくなったら、“HELLO WORLD”は崩壊しかねない。だから、多少無茶をしても助けなきゃ」

 

 それに、もう誰にもいなくなってほしくないから──そう言って楓は同意を得るように全員の顔を見た。

 しばらくの沈黙が続き、やがて小鳥が「じゃあ、それでいこう」と呟いた。

 

「楓には負担を掛けちゃうかもしれないけれど、絶対に叶を連れて帰る。だから、お願いしてもいいかな」

 

 小鳥の言葉を受け取った楓は、

 

「おーきーどーきー!」

 

 そう言って、ニッと笑ってみせた。

 

   *   *   *

 

 話し合いの結果、村に向かうのは小鳥・翔一・爽介・紗由・真中となった。

 いつ帰ってこられるか分からないため、澪標市内を回って旅支度を整えたあと、一同は異能対策室に集合した。

 

 ──“腕の中で眠る灯”

 

 ──“水準(レベル)昇華(アップ)──Lv4”

 

 小鳥の異能で楓の能力を限界まで引き出し、真中の異能で上限を突破する。

 この組み合わせにより、楓の異能は大幅に強化を遂げ、そして……

 

 ──“空間接続(コネクト)

 

 見事、東京駅までの道を作る事に成功した。

 とはいえ維持するのは楽ではないようで、早くも楓の額には汗が浮かんでいる。

 

「できた……はやく……」

「みんな、行くよ!」

 

 転送には負荷がかかるため、ひとりずつゲートに入っていく。そのたびに楓は顔を歪め、呼吸は荒くなっていく。

 

「叶ちゃんの事、よろしくね!」

「無事に帰ってこい!」

 

 仲間たちの声を受け、小鳥たちは次々にゲートを通っていく。そして転送が終わり、異能を解除した瞬間、楓は吐血し、その場に崩れ落ちた。

 

「楓ちゃん!」

 

 亮一と帆紫が駆け寄り、介抱する。

 

「あ……あはは……思ってたよりキツかったや……なんかのう(・・)が……あつくて……」

 

 呟くように言うと、楓は意識を失った。

 亮一が救急車を呼び、他の者は協力して楓を医務室まで運んでいく。

 あとに残されたのは、ゆらゆらと揺らめくゲートの残滓のみだった。

 

   *   *   *

 

 ──五分後、東京駅

 

 ゲートをくぐってたどり着いたのは、東京駅の真ん中だった。

 道行く人が一斉に視線を向けてくる。異能の存在が広く認知され、非日常の幅が広がったとはいえ、異常は異常として認知されるという事だろう。

 そんな視線を意に介さず、小鳥は“HELLO WORLD”のグループトークに「無事に到着。いまから名古屋に向かうね」と入力したあと、仲間とともに名古屋行きの新幹線に乗車した。

 予約などしていないので乗るのは自由席。必然的にバラバラになり、小鳥は小柄な少女の隣に座る事となった。

 特にやる事もないので、携帯端末で仲間とチャットをしながら過ごす。新幹線内はインターネットが使えるので快適ではあるのだが、音楽をきいたり、配信サービスでアニメを見たりして過ごす気にはなれなかった。

 チャットの内容も、叶はいまどうしているかなとか、楓は無事かなといった至極単純なもの。零導についての話題も出たが、特に進展はないようだった。

 すぐに話題はなくなり、チャットも続かなくなる。名古屋まではまだまだ時間があるが、時間を金に換えたいくらいには持て余している。

 どうしたものかと思っていたとき、隣に座っている少女と目が合った。

 黄金色の天然パーマをツインテールにしており、青い目がこちらを見つめている。躰は小さく、顔立ちも幼いので一見すると小学生(どれだけ多く見積もっても中学生)に見えるが、幼い子供が宿すような純粋さはなく、どこか暗い雰囲気を漂わせている。

 

「あ、えーと……」

 

 なんとなく気まずくなって、小鳥は目を右往左往させる。

 少女はその様子を意に介さずに、静かな声でこうきいた。

 

「貴女、狭霧村に行くの?」

「え、あ、うん。そうだけど……」

 

 なぜ分かるのか、と小鳥は驚く。

 少女は「たまたま携帯端末の画面が見えたから」と悪びれる様子もなく答え、「あんなところになにをしに行くの?」のと尋ねた。

 

「友達がそこにいるかもしれないから、探しに行くんだ。というか、もしかして狭霧村に行った事があるの?」

「昔、住んでいた事があるわ。短い間だったけれど」

「そうなんだ。ネットで情報探してもなかなか見つからなかったから、よければいろいろ教えてほしいな……なんて」

 

 小鳥が冗談交じりに言うと、少女は「私が知っている事なら」と頷いた。

 

「ほんとう!? 助かるよ! あ、あたしは赤坂小鳥。よろしくね!」

「……香恋ほまれ」

 

 短い名乗りに、小鳥は「え」と驚きの声をあげる。

 

「香恋……ほまれ?」

「そんなに珍しい名前かしら」

「いや、知ってる名前だったからさ」

 

 その言葉に、少女──香恋ほまれの視線が鋭さを増した。一方的に知られているという状況に警戒心を強めたのだろう。

 小鳥はそれに気付き、「人にきいたんだよ。愛夜って旅人知らない?」と慌てて言う。

 

「愛夜? あの子と知り合いなの?」

「うん。いまはあたしたちの街にいて、何度か助けてもらった事がある」

「って事は、もしかして冬天市から来た人?」

「そうだよ」

 

 頷くと、ほまれは興味を持ったように小鳥を見た。

 

「気になるの?」

「人並みには。異能力者が多い街だときいた事があるし、私の家に逗留していた旅人はみんな冬天市を目指していたから」

「みんなって……愛夜の他にも旅人を泊めていた事があるの?」

「ええ。ひとりだけ……天姫奏っていう旅人なのだけれど、会った事はない?」

「天姫奏!?」

 

 思わず大声を出してしまい、慌てて口を塞ぐ。不幸中の幸いというべきか、イヤホンやヘッドフォンを使用して自分の世界に浸っている者が多かったので、大きな問題にはならなかった。

 小鳥は驚きを顔に出しながらも声を潜めて、

 

「あ、天姫奏を泊めていたの?」

 

 そう尋ねた。

 

「ええ。会った事があるの?」

「いや、えっと……」

 

 どう話したらいいものか迷い、結局すべてを打ち明ける事にした。いまの冬天市はお世辞にも安全とは言えないし、ほまれが何も知らずに街に来て事件に遭遇するのを防ぐという意図もあっての行動だった。

 話をきき終えたほまれは驚いた様子だった。生まれてからずっと冬天市で暮らしている小鳥にとっては日常となりつつある事ではあるが、異能力者が少なく、日常と非日常を綱渡りする必要がない環境で育ったほまれにとっては異様でしかないのだろう。

 

「随分と危険な事をしているのね」

「まあね。だけどそれがあたしたちの役目だし、風読家の事は許せないから」

 

 そこで思い出し、「あ、そういえば皐月日夜宵って知らない?」と尋ねてみる。夜宵はほまれの事をきいた際に「懐かしい感じがする」と言っていたし、過去に交流があったのではないかと思ったからだった。

 しかしほまれは「いえ、きいた事がないわ」と首を横に振った。

 

「そっか……」

「でも、いなくなった子……御剣叶って子の事は知ってる」

「ほんとう!?」

 

 再度声が大きくなってしまい、また口を塞ぐ。

 ほまれは特に気にする様子もなく、「村に住んでいたとき、何度か会った事がある」と言った。

 

「ただ、村に住んでいたのは七年まえの事だから、当時の叶ちゃんしか知らないけれど」

「七年まえかぁ。どんな子だったの?」

「元気で明るい、いい子だったわ。たしか家族はいなくて、村で剣道を教えていたおじいちゃんが親代わりだったと思う」

「そうだったんだ……叶に昔の事をきいても教えてくれなかったから、初めて知ったよ」

「そのあとの事はよく分からないけれど、まさか村を出ていたなんてね。でも、おじいちゃんももういないみたいだし、仕方ないか」

 

 呟くような言葉に、小鳥は「もういないって?」と反応する。

 

「私もそこまで詳しいわけじゃないけど、もう亡くなってるときいた事があるわ。ただ、村の人にきいても要領を得ない答えが帰ってくるだけなんだけれど」

「うーん、何かあったのかな?」

 

 首を傾げて考えてみるが、分からないものは分からない。

 仕方がないので、気になった事をきいてみた。

 

「そういえば、ほまれは京都の蓮見市にいるって愛夜にきいたんだけど、どうして名古屋行きの新幹線に乗ってるの?」

「あの子、そんな事まで話したのね」

 

 ほまれは呆れたような表情を浮かべてから、すぐに元の無表情へと戻り、質問に答えた。

 

「東京のほうに志望校があって、そのオープンキャンパスに行っていたの」

「オープンキャンパスって、高校の?」

 

 そう言った瞬間、ほまれが物凄い目で小鳥を睨んだ。

 

「貴女、歳はいくつ?」

「え? 十七歳だけど……」

「じゃあ私と同い歳ね」

「えっ!? ごめん!」

 

 みたび大声を出し、慌てて謝る。

 思えば中学生にしか見えない三十六歳(職業:喫茶店店主)もいるので、外見と年齢が釣り合わないのは珍しい事ではない。外見で歳を推し量るのはやめたほうがいいなぁ、と反省する。

 そんな小鳥に呆れる気力も失せたのか、ほまれは「慣れてるし、別に構わないわ」と毒気を抜かれたような表情で言った。

 

「でも、オープンキャンパスかぁ。あたしまだなにも考えてないよ」

 

 まだ高校二年生とはいえ、そろそろ進路を考えないといけない。しかし小鳥はなにも考えていなかったし、自分がこのさきどんな道に進むのかも分からなかった。

 

(いつか戦いが終わったとき、あたしはどうなってるんだろう。ちゃんと普通の生活に戻って、夢を見つけて自分の道を進めているのかなぁ)

 

 考えても分からなかったし、いまは叶の事を考えるべきだ。そう思い、思考を頭の片隅に追いやった。

 

「じゃあ、これから蓮見市に帰るんだ」

 

 小鳥がきくと、ほまれは少し考えてから首を横に振った。

 

「いや、これから狭霧村に向かおうと思ってる」

「なにか用事があるの?」

「……友達に逢いにいく」

 

 ほまれはそう答えると、窓の外に目をやる。

 いつの間にか、目的地はすぐそこまで迫っていた。

 

  *   *   *

 

 名古屋に到着したタイミングで、小鳥は仲間たちにほまれを紹介した。

 仲間たちはほまれを歓迎し、共に狭霧村に向かう事に同意した。

 

「それで、ここからはバスだったよな」

 

 真中が携帯端末に目をやりながら誰にともなく尋ねる。

 

「はい。たしかここら辺に……ってあれ?」

 

 目的のバス停に近づいた爽介が驚いたように声を上げ、信じられないといった表情でバス停を何度も見る。

 

「どうした?」

 

 その顔が青ざめるのを見た翔一がバス停に近づく。その表情が不味いものを食べたときのように顰められ、呻き声とともにバス停を凝視した。

 

「ちょっと、ふたりしてどうしたの?」

 

 紗由が尋ねる。すると爽介が絶望に満ちた声で、

 

「……です」

「なに? もっと大きな声で言わないときこえな──」

「だから、廃線なんですよ、このバス!」

 

 沈黙。

 やがて一同の脳裏に浮かんだのは、暗い田舎道をとぼとぼと歩いている光景。

 次いで、ほまれを除く面々は、出発前に楓と爽介が交わした会話を再生していた。

 

『澪標から名古屋まで電車とバスでおおよそ三時間半、そこからバスで三時間だから……普通に行っても日が暮れるね』

『名古屋まではまだ分かる。そこからバスで三時間ってどんだけ田舎なんだよ……』

 

 バスで三時間なのに、そのバスが廃線だという。

 調べた限りではルートは他にない。

 このままだと、叶を探すどころか異郷で行き倒れる事になりかねない。

 

 シンキングタイム、三秒。

 そして一同が取った行動は、

 

『タクシィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!!!!!』

 

 半狂乱になりながら手を上げ、タクシーを呼ぶ事だった。

 

 

 こうして叶を探す旅は、波乱のなかで幕を開けたのだった。

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