無題奇譚〜Untitled tale〜 作:惰眠
結局、狭霧村に到着したのは十九時だった。
タクシーに分乗してきたため、みんな財布が軽い。最初は真中が全額出すと言っていたのだが、さすがにそれでは悪いという事で全員で支払った。とはいえバスで三時間の道のりをタクシーで行くとなると馬鹿にならない金額になるので、降りたときには全員がげっそりしていた。
狭霧村は山奥にひっそりとある村で、住人は百人を超えないくらい。そのほとんどが老人であり、若者は数えるほどしかいないという。
いわゆる限界集落のようなものであり、近いうちに破綻する事が目に見えている。だからこそ余所者を歓迎する雰囲気があるのか、一同は暖かく迎え入れられた。
「なんと、吾河県から……遠いところからよくいらっしゃった。なにもないところだが、ゆっくりしていってくだされ」
そう言ったのは車椅子に乗った老人である。彼は一同を最初に迎え入れた人物であり、髭面をくしゃりとした笑顔に変えて言った。
「儂は
「どーも、異能対策室の真中真生です」
真中が名乗ると、ほかの子供たちも次々と名乗る。最後にほまれが挨拶をすると、村長は少し驚いた様子で言った。
「もしや、香恋さんのところのほまれちゃんか? 大きくなったなぁ!」
「……お久しぶりです、村長。あとそこまで大きくはなってません」
ほまれが言うと、村長は豪快に笑い、「それでも七年まえに比べたら大きくなっとるよ!」とほまれの頭を撫でた。
「ところで、さきほど“一応、この村の村長だ”と言っていましたが、それはどういう……」
爽介が尋ねると、村長はほまれの頭から手を離して、
「この村は代々御刀家のものが村長をやっていてな。本来の村長は儂の
「そんなことが……えっと、ご冥福をお祈りします」
爽介の言葉に村長は「優しい子じゃな」と目を細めて笑い、それから「こんなところで立ち話もなんだから、宿に案内しよう」と言って携帯端末を取り出し、操作した。
すると闇のなかからひとりの少女が姿を現した。
後ろで三つ編みにした白髪に青い目。怪我をしているのか、躰のあちこちに包帯を巻いている。
「お呼びでしょうか、おじいさま」
「客人を宿に案内せい」
「畏まりました」
少女が一礼するのを見た村長は、客人たちに視線を移すと、
「これは儂の孫娘で
「こき使うだなんてそんな……私、朝倉紗由っていいます、よろしくね」
紗由が祈に笑いかける。
祈は「御刀祈と申します」と頭を下げたあと、宿に案内しますと言って歩き始めた。
村内で明かりが点いているのは家のみで、街灯もなにもない。いまは夏なので明るいが、これがもし冬だったら懐中電灯が必要になるだろう。不便といえば不便だが、山奥なので冬天市より暑さはマシだった。
祈は無口で、道中はひとことも喋らなかった。小鳥や紗由、爽介が会話を試みたが、固い壁を張り巡らせているような無表情を返されるだけ。結局、子供たちの間で村についての感想の往復があったのみで、あとは無言で歩いていた。
三分ほど歩き、「
扉を叩くと、すぐに女将が出てきて、太陽のような笑顔で全員を迎え入れた。部屋の数は十分にあったが、ひとりで使うには広いという事になり、女性陣で一部屋、男性陣で一部屋という編成に落ち着いた。
荷物を置くと、村長と祈を含めた全員が男性陣の部屋に集まった。人数分のお茶を用意した女将が「夕食の準備が整ったらお呼びしますね」と言って調理場へと戻っていったのを見ると、村長が口火を切った。
「して、客人たちはどうしてこの村に?」
「あ、僕たちと香恋さんは別件なんですよ」
爽介が言うと、ほまれは頷いて、
「私はみなもの墓参りに来ました」
と言った。
その名前をきいた村長は悲しそうな表情になり、「みなもちゃんか……もう七年になるのか」と呟いた。
「みなも?」
「……私の友達」
ほまれはそれだけ言うと黙り込む。
村長は「ほまれちゃんが来たと知れば、みなもちゃんも喜ぶじゃろう」と言って、他の面々に視線を転じた。
それを受けた一同は顔を見合わせ、代表して小鳥が発言した。
「あたしたちは、仲間を……御剣叶を探しに来ました」
沈黙。
次いで、ごとりという音が連鎖する。
村長と祈が目を見開き、空の湯呑みを床に落とした音だった。
「いま、御剣叶って……」
祈が震え声で呟く。
来訪者たちはその反応を怪訝に思ったが、話をまえに進めない事にはなにも分からないので、爽介が澱みない口調で事情を説明した。
話をきき終えると、祈が信じられないといった表情で、「じゃあ、叶ちゃんは生きているんですか……?」と訊ねる。
「生きてるもなにも、いまは俺たちと一緒に行動してますよ」
翔一の言葉をきいた祈は顔を歪め、「じゃあ、
「祈!」
村長が呼び止めようとするが、祈は外へと飛び出していったようで、「うおっ!」という男の声がきこえてきた。どうやらぶつかりそうになったらしい。
ややあって襖が開き、ひとりの青年が姿を現した。無造作にハネた髪に、気だるげな雰囲気、右目の下にあるほくろが特徴的な青年である。
「おいジジイ、祈が外に飛び出してったがなんかあったのか?」
青年は部屋をぐるりと見回し、怪訝そうな表情を浮かべながらそう訊ねる。
「それに、見慣れねぇ顔が多いようだが」
「この人たちは吾河県からの客人じゃ」
「吾河ぁ? んな遠いところからなにしに来たんだよ」
正確に言うと、ほまれは吾河県からやってきたわけではないのだが、訂正するのが面倒になったようで黙っていた。
青年は胡散臭いものを見る目で来訪者たちを見ていたが、
「この人たちは、叶ちゃんの行方を追ってきたのじゃ」
村長がそう言った瞬間、目の色を変えて近くにいた真中に掴みかかった。
「それ本当か!」
「あ、ああ。御剣は冬天市にいたんだが行方不明になってな。ここに手掛かりがあるときいたんで探しに来たんだ」
突然の事で驚きながらも、真中は冷静に答える。
それを受けた青年は「やっぱり生きてやがったか……」と呟くと、真中を突き飛ばして村長に突っかかっていった。
「オレの言ったとおり、アイツは生きていただろ! 怪物なんて嘘だ、兄貴たちを殺ったのはアイツなんだよ!」
「それは……」
「この村にいるってんなら探して洗いざらい吐かせてやる! 兄貴たちの墓に土下座させて、腹掻っ捌いて中身引き摺りだして、それで……!」
「やめんか!」
村長が一喝すると、青年は彼を睨みつけて、
「とにかく、オレは認めねぇからな!」
そう言って部屋を出ていき、荒々しく襖を閉めた。
あとに残ったのは重苦しい静寂のみ。村長は溜息をつくと「村の者が失礼した」と頭を下げた。
「いえ……でも、なにがあったんですか?」
紗由が戸惑った様子で尋ねると、村長は「長い話になる」と言って、注ぎ直したお茶をひとくち飲んだ。
「いまから六年まえ……この村に起こった惨劇の話じゃ」
「六年まえって……
ほまれがきくと、村長は頷いて、「この話は叶ちゃんとも関係がある話じゃ。役に立つかどうかは分からんが、きいてくれ」と姿勢を正して言った。
つられて全員が姿勢を正すと、村長はよく通る声で話し始めた。
・ ・ ・
その惨劇を語るまえに、まずは叶ちゃんがこの村に来たきっかけを話さないといけない。
あれは、十年まえの事じゃった……。
かつて、儂には親友がいた。
御剣
村で剣道場を営み、細々とした暮らしを送る日々。もう還暦を超えているというのに女の影はなく、それを延々と擦られながら生きているような奴だった。
だけどあるとき、奴が子供を連れているという噂が立った。剣道場では子供も指導しているから珍しい事ではないが、どうやらそういった雰囲気ではないらしい。
それを
ぼさぼさの髪に、生気のない瞳。なにより躰のあちこちには痣があって、それを見た儂は御剣に詰め寄った。
「おまえ、こんな女の子に暴力を振るったのか!」
「馬鹿が、オレがそんな事するわけないだろう」
「じゃあ誰がやったというのだ!」
「この子は捨て子だ。山のなかに置き去りにされていた」
それをきいて、儂は改めて女の子を見た。
見た限り、まだ小学生にもなっていないというのに、その目はこの世の絶望を見てきたかのように濁り、躰は痩せ細っていた。
おそらく、親から虐待を受けた末に捨てられたのだろう。それを思うとやりきれなかった。
「……すまなかった、早とちりだったな。でも、どうするつもりだ。村で育てる事はできるだろうが、この子の将来を考えると町の施設に預けたほうがいいのではないか?」
村の若い者は年々減ってきている。祈のように、ずっとここで育ってきた子供もいるにはいるが、やはり社会に出るためにはしっかりとした生活を送らないといけない。
それを考えると、施設に入れるのが現実的だし、そうするべきだと思った。
だが、御剣の回答は思いもよらぬものだった。
「施設になど入れない。この子はオレが育てる」
「はぁっ!?」
気でも狂ったのかと思った。
奴はひとりで生きてきた身だし、老いている。子供……しかも女の子を育てるなんて、できるわけがない。
「馬鹿が……老いて枯れ果て、そのうえ男やもめの身で子供を育てるつもりか!」
「周りの助けを借りればなんとかなるだろう」
「だがこの村は狭すぎるだろう! 社会に出すためにはもっと広い世界で──」
「だとしても、オレが育てるべきだ」
説得したが、奴は聞く耳を持たなかった。一度決めたらテコでも曲げないのは知っていたが、今回ばかりはそうもいかない。
儂らは二時間ほど言い争い、それでもケリがつかなかったから剣を交えて決める事にした。
自分で言うのもなんだが、腕には覚えがあるほうだ。にもかかわず、膝を着いたのは儂のほうだった。
「決まりだ。この子はオレが育てる」
御剣はそう言うと、女の子に向かい合った。女の子は目の前で行われていた大喧嘩にも反応せず、ずっと俯いていた。
「オレは御剣鉄火。今日からおまえの親になる者だ」
「……ないでください」
女の子は顔を上げ、痛々しい笑顔を浮かべながら言った。
「わたし、いいこにします。いうこともちゃんとききます。だから、すてないでください。ころさないでください」
耳を疑った。
こんな幼子が言う言葉じゃない。言わせていい言葉じゃない。
「御剣……」
「心配するな」
御剣は女の子の目をまっすぐ見て、真剣な口調で言った。
「オレはおまえを見捨てない。だからもう我慢しなくていい。そんな笑顔、向けなくてもいいんだ」
御剣は女の子を抱きしめる。
女の子は信じられないといった顔で御剣の腕のなかにいたが、やがて小さな声で泣き始めた。
その瞬間、儂は悟った。
このふたりなら、うまくやっていける……とな。
・ ・ ・
「……そんな事なかったわい」
「どうした急に」
御剣が女の子を引き取ってから、三ヶ月が経過した。
思った通り、奴と女の子は上手くやっていけていた。
やっていけていたのだが……
「おい御剣、なんだこの黒いのは」
「焼き魚だ。さっき釣ってきたばかりだから新鮮だ」
「その新鮮さはとうに失われているではないか! こんなものただの有害物質だ! もしやこれを食わせているわけではあるまいな!」
「叶が食いたいといっているんだ。なぁに、少し焦げたものを食べたくらいでは死なん」
「これが少しに見えるのかこの阿呆が! だいたいおまえ、いままでもこんなものを食ってきたのか!?」
「生徒の親からお裾分けを貰って生きてきたが」
「それを食わせろ! おまえなんざこの有害物質で十分だ!」
そう言って焼き魚……の成れの果てを口に突っ込んだが、奴は平然と食いよる。こんな奴と一緒にいるあの子が気の毒でしかない。
「というか待てよ。おまえいま、“叶”といったか?」
「ああ。あの子の名前だ。いままで苦労してきたぶん、これからは自分の願いを叶えて生きていけるような子になってほしいと思ってな」
「……おまえにしてはいいセンスではないか。それでその叶ちゃんはどこにいるのだ?」
「剣道場だが」
「おまえ、幼子に剣を振らせているのか」
「あの子がやりたいと言ったのだ。オレに止める権利はない」
そんな会話をしていたところで、叶ちゃんが戻ってきた。儂を見つけると目を見開き、御剣の後ろに隠れる。
「あ……」
「やあ叶ちゃん。御剣が世話になっておるな」
「逆だ。それより京一郎、おまえも焼き魚食うか?」
「寝言は寝て言え。というか儂が焼くから寄越せ」
魚を焼いて渡してやると、叶ちゃんは小さな声でお礼を言って、隣の部屋へと駆けていった。
「……叶は相変わらず敬語が抜けないな」
有害物質を噛み砕きながら、御剣は呟くように言った。
「儂らに気を遣っているのではないか?」
「それもあるだろうが……きくところによると、敬語で話さないと暴力を受けていたようでな。未だに怯えているのだろう」
「そうか……」
「出会ったころの叶は、家族を失ったときのオレと同じ目をしていた。だから引き取ったが……家族になるのは、難しいな」
そうこぼしたあと、御剣は決意を込めた口調で言った。
「……だけど、オレは叶を幸せにしてみせる。あの子が本当の笑顔を浮かべられるようにしてみせる。それが、親というものなんだよな」
いままで剣しか振ってこなかったような男が、親になろうと足掻いている。
友人として、それに応えたいと思った。
「……よし、儂に任せろ」
「任せろって、どうするつもりだ?」
「忘れたのか御剣よ。儂は御刀家の人間だぞ。村の者を護るのが御刀の役目だ。儂もおまえたちを手助けする」
「これ以上迷惑かけられるか。定期的に様子を見に来てくれて、毎月少なくない額を援助してくれるだけでもありがたいのに」
「気にするな。それに儂だけの力じゃない」
村というのは、都会に比べて仲間意識が強い共同体だ。
だから儂は住民たちに呼びかけて、御剣を支援するように呼びかけた。
奴は頑固だが村人からの評判は悪くない。みんなすぐに協力してくれた。
生活雑貨だったり、食品だったり、学用品だったり……いろいろなものを援助してくれた。そのおかげで生活には困らなかったし、叶ちゃんもすくすくと育っていった。
最初は引っ込み思案だった叶ちゃんも、毎日訪れる村人たちとのコミュニケーションや、子供たちとの交流を通してしだいに心を開いてくれた。特に祈とは波長が合ったみたいでな。最初のうちはもちろん、本来の活発な性格が出たあとも祈と行動する事が多かった。
御剣の奴も最初は戸惑っていたが、村人たちと交流するうちに慣れてきたようでな。頑固さが少し和らぎ、適当さ……よくいえば豪快な面が出てくるようになった。
そのうちに叶ちゃんは御剣の事を「じっちゃん」と呼ぶようになって、剣の腕もめきめきと上げていった。血は繋がっていないが、ふたりは紛うことなき親子じゃった。
なにもかもが上手くいっていた。このままいけば、叶ちゃんは幸せになるだろうと、誰もがそう思っていた。
その四年後に、御剣が死ぬまでは……。